1-4
翌朝。目覚まし時計のアラームが鳴って目が覚める。
「ふあ――」
大あくびが出る。寝溜めしておいたとはいえ、夜中に少し動き過ぎたかも。
とにかく、ベッドから降りて、寝間着から学生服に着替える。自分の部屋を出て台所に行くと、母さんが用意してくれたんだろう朝食、トーストとコーヒーだけがテーブルの上にあった。
この家では母さんと二人で暮らしている。俺が出ていく前には、母さんはとっくに仕事に向かっていた。
その母さんが置いていった朝食を食べて、俺も学生の本分を勉めにいく。まあ今日は、本来と違う勉学をする為に行こうとする訳なんだけど。
とにかく、朝食を食べ切って、色々と詰め込んだ鞄を持って玄関へと。
「行って来まーす」
誰も居ない部屋の中に向かって、それだけを口にして、いざ学校へと赴く。
登校。そして授業中も、ずっとマイコンの事が頭から離れずにいた。授業の内容もまるで頭に入って来ない。全然集中が出来ずにいる。幸運だったのは、その間先生に当てられる事が一度もなかった事だ。机に片肘付いてぼーっと授業を流し聞いていた身としては、不意打ちを喰らわずに済んだのは本当に助かった。
そして放課後になって、学校のとある部室の前に立つ。戸の部分には、文字の書かれた張り紙がしてあった。
マイコン部。
一般生徒には殆ど馴染みのない部活動が、この学校にはある。
校舎の二階、端っこに位置するその部室は、戸を開ける前から何やら一種異様な雰囲気があった。普段なら好んで入ろうとは、ちょっと思えない。
だけどこれ以上マイコンに精通してる所を俺は知らない。それにここには一応友人が入ってる。教えを乞う事は出来るだろう。
とにかく、戸を叩いてみる。こんこんこん、と。
「すみませーん」
……、反応がない。
誰か居るのは確かだろうけど。叩き方が弱かったのかな。
「すーみーまーせーん!」
声を張り上げながら、どんどんどん、ともっと強く叩いてみる。
「はーい」
返事があった。少しして、部室の戸が開けられる。
「あれ、誰? 君」
俺と同じ学生服を着ている、だけど頭がぼさぼさで丸眼鏡を掛けてる男子生徒が顔を出した。だらしなさそうな風貌だ。俺が女だったら一発アウトを言い渡す自信がある。
「いやちょっと。ここに佐々木彰って奴が居ると思うんだけど」
「ん? 佐々木? 知り合い?」
男子生徒が、部室の中を覗き見て言う。俺もちらっと中を覗いてみると、同じような姿をした数人の生徒が、画面に向かってカタカタとキーボードを押しまくっていた。
……オタクまっしぐらだ。
その中に、件の男は居た。眼鏡を掛けた優男の姿。目的の人物である佐々木彰がオタク達に混じっていた。
「なんです部長。って、洋一か」
彰が俺達を見やって、そして認識する。
「よっ」
と手を少し上げて応える。彰は少しキーボードをいじって、それから俺の所に来た。でも、さっき彰が部長って言ってたの、このだらしない優男がマイコン部の部長なのか。
「ああ、ありがとうございます部長さん。ちょっとこいつと話があって」
部長さんは、ああそう、とだけ言って、彰と入れ替わる形で部室の奥に引っ込んでいった。愛想の足りない奴だなあ。だから陰気臭いって言われてるんだぞここ。
「珍しいね。陰気臭いって言って、殆どここに来た事ないのに」
彰とは同学年で、小学校半ば頃からつるんでる腐れ縁。今でもゲーム話なんかで盛り上がる事もある仲だ。彰がマイコン部に入ってからは、ちょっと疎遠になって来たりするような気がしないでもないけど。
そいつと一緒に部室から少し出て、戸を閉めて話をする。
「知り合いでな、マイコンに詳しいって奴はお前くらいしか居なかったんだよ」
「あれ、君ってマイコンに興味あったっけ」
「ああ、ここだけの話、昨日拾った」
「拾ったって……落ちてるものなのそれって」
訳が解らないといった顔をする彰。まあでも、詳しい説明をするのはめんどくさい。
「落ちてたんだよなあ。まあその話はまたにして。今日は聞きたい事があってだな」
「なんとなく嫌な予感はするけど、一応聞くよ」
察しがいいな。その予感は多分大当たりだ。
「マイコンをどう動かせばいいか解らん。教えてくれ」
顔面前で両手を合わせて、頼み込む。
「そんな事だと思った」
彰は本当呆れたような顔をして言った。拾って下さい的な犬猫じゃあるまいし、とでも言いたげな顔をして。
「で、機種は?」
「きしゅ?」
ってなんだ。彰の言葉がまるで解らん。
「マイコンの型だよ。それが解らない事にはどうにもならないよ」
「……マイコンって一種類じゃないんだ」
「そこからなんだ……」
彰の呆れたような顔再び。なんだか小馬鹿にされてる感じがしないでもないけど。まあ実際、俺は殆ど知らない身だから仕方のない事なんだけどな。
「一言でマイコンって言ってもね、いろんなメーカーが出してるから一種類って訳じゃないんだよ」
「……それって違いがあるの?」
「違うよ。ファミコンとPCエンジンとメガドライブとかくらい違うよ」
「そうか。初めからそう解りやすく言ってくれればいいのに」
「なんで僕が責められてるんだよ……」
呆れた顔三回目。
だけど困った。機種とかなんて言われても、素人がぱっと見で解る訳がない。
だったらどうする。かくなる上は。
「なあ彰」
「なんか嫌な予感がするんだけど。何?」
「俺ん家に来てくれよ。それで見てくれ」
「やっぱり」
呆れた顔四回目。呆れカウントするのもそろそろ飽きて来たなあ。いや困らせるつもりは全然ないんだけど。
「まあ、行ってもいいんだけどさ、ちょっと待っててくれよ。僕のプログラム、キリのいい所で終わらせたいからさ」
「ああ、助かる」
彰が部室に戻る。続いて俺も、暇だから部室に入る。
「見ててもいいけど、他の人の邪魔しないでね」
彰の言う通り、他の連中は完全にマイコン作業に没頭している。本当、邪魔にでもなろうものならガチギレされそうなのは明らかに思えた。
「ん? じゃあお前の邪魔はしてもいいの?」
「それもやめて」
という訳で、大人しく一時見学する事に。だけど後ろで見ていても、誰が何を目的にマイコンをいじって動かしてるのか、まるで解らない。周りを見ても、みんな黙々とキーボードをカタカタやってるばかりで、一体何が面白いんだろう。まあ、幾つかゲームっぽい画面があるのも見えたから、やっぱり楽しんでる訳なんだろうな。部活で遊べるなんて、羨ましい話だなちくしょう。
「ちくしょう、あーちくしょう」
「なんでいきなり怒り出すんだよ」
「気にするな。ちょっとした憤りだから」
「気にするよ静かにしておいてよ」
むう、仕方ないので静かにしておく。彰はしばらくマイコンをカタカタといじって、
「ふう、取り敢えずは一区切りかな」
そう言って、彰のやる事はどうやら終わったらしかった。マイコンの電源を切って、俺の方に顔を向ける。
「終わったよ。じゃあとにかく行こうか」
「ああ、本当待ちくたびれたぞまったく」
「十分も掛かってないだろ、どれだけ短気なんだよ」
なんだ数えてたのか。こいつ突っ込みの方もどんどん上達していってるなあ。まあ大体俺の振りのお陰なんだろうけど。