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1-2

 寒い風が吹く夕方の、学校からの帰り道。いつも通り掛かる、背の高い草がぼうぼうに生えている空き地。

 ふと、何気なくそっちを見やると、殆ど草に隠れているようにして、白っぽい謎の塊があるのが見えた。

「……なんだ?」

 気になって寄ってみる。よく見てみると、それはブラウン管のテレビみたいなものと、その半分程の大きさの、スイッチや差し込み口のある、どこかで見たような大きな金属の箱。

「なんだこれ」

 一見してテレビ、プラス何かのブツにしか見えない。だけど、もしかしてこれ、どこかで見た憶えがあった。

 それはいわゆるマイコン、その一式だ。それが纏めて置いてあった。

 こんなの昨日まではなかったと思うんだけど。こんな所に不法投棄かよ……と思った次の思考は、

(……これ、要らないんなら俺が持って帰ってもいいんじゃね?)

 という結論だった。

 そうだ、どうせこいつは捨てられたんだ。このままだと、野晒しになってぼろぼろになるか、他の誰か――役所とかに見付かって強制処分させられるか、或いは俺みたいにこっそり持って帰ろうかと考える連中が出て来るかのどれかだ。

 ――なら、最初に見付けた俺が拾って行っても問題はない筈。

 という訳で、俺はそのマイコンを頂いてしまおうと思った訳だけど。

 辺りを見回して、人気がないのを確認する。この道の辺りは、幹線道路から奥まっている所だからか、普段からあまり人は通らない。

 マイコン本体を持ち上げてみると、ちょっと重たい。マイコン一式――特に本体とディスプレイは、どうにも一度に持っていく事は無理なように思えた。

 往復するしかない。取り敢えずはまずディスプレイの方だ。仮にこれ、俺が居ない間に誰かに見付かった時、本体の方は只の重たい箱に見えるだろうけど、ディスプレイの方はテレビと間違えられて誰かに持って行かれる可能性がある。勿論それはテレビとしては使えないんだろうけど、一見だけだと間違えられてもおかしくはない。

 それに、出来れば目立つような事も避けたい所だ。やましい事をしているとは思わない。不法投棄品を頂く訳なんだから。だけど、もしこれが誰かに――そして警官にでも見付かった日には。

 絶対に咎められる。理由やら動機やらは置いといて、絶対に説教くらいは喰らうだろう。そしてこのマイコンは俺の元に来る事もなく、遺失物、或いは不法投棄物として処理されるに違いない。

 どちらにせよ、俺の所に来る事はないだろう。運搬には慎重な考えを持って運ばねばならない。

 となると、やっぱり夜中の方がいいだろう。警ら中の警官に見付かる可能性はなきにしも非ずだけど、人目のある明るい時間に堂々と運ぶよりはマシな筈だ。

 という訳で、決行は夜中。丑三つ時辺り。ここの空き地と家とはあんまり離れていない訳だし、上手く行ったならゲームやらマイコン通信やら色々と出来る筈。

 ――問題は、それまでこのマイコンが無事だといいんだけど。

 念の為、もうちょっと奥の方にマイコンを押しやるか。ぼうぼうの草に隠れて、今晩だけ誰にも見付からないように願って。

 そうして、周囲を確認してから、草むらにあったマイコンを更に奥に、簡単に見えないように押しやった。そうしてから、細かいケーブル類やマウスやらは今でも持って行けると思い、それらを回収して学校の鞄の中に詰めていった。

 よし。

 これで残るは本体とキーボードと、でかいディスプレイだけ。それらの回収は後回しだ。後は夕飯を食べに戻って、今後の対策を考えようかな。


 瑞樹家の部屋は、団地街の一角、その三階にある。五階立ての古めの団地だ。勿論エレベーターなんて気の利いたものはない。

「ただいま……」

 玄関の戸を開けて、声を掛ける。だけど応えるものはない。母さんが帰って来るのは、大体午後五、六時辺りになるのがいつもの事だからだ。

 ――さて今からどうしよう。

 やる事がない。あっても学校の宿題くらいだ。勿論それを片付けておくのは大事な事だけど、それよりもあのマイコンの方がどうしても気になってしまう。

 ……時刻は午後四時頃。

 だったら寝ておこうか。

 どうせ勉強なんて手に付くまい。このままずっと気にするくらいなら、本当今から少しでも寝ておくべきだ。夕飯の時刻が大体午後六時。二時間だけでも、今の内に眠気を消しておく方がいいだろう。

 という訳で、ベッドに身を横たえる。夕飯の時だけ起きて、また寝てしまえば予定の時間には起きられる筈――。


 少しばかりの眠りの時間。暗い意識の中で、玄関からがちゃりと鍵を開ける音がした、気がした。

「ただいまぁ」

 その次に、母さんの疲れたような低い声が部屋まで届いた。その声に、俺の浅い眠りは覚めた。

「洋一ー、居るかー?」

 男勝りな口調。母さんは煙草をよく吸うからか、その喋り方はだみ声みたいな迫力がある。

 母さんが仕事で何をしてるのかはよく知らない。仕事場でもそんな口調なのかと。突っ込みたいけど藪蛇みたいな事になったら怖いから訊いた事がない。

「ああ、うん。居るよ」

 そりゃそうだ。部屋に帰って来て、ずっと寝ていた訳だから。

「あっそ、じゃあ手伝って」

 これもいつもの事。夕飯の準備を母さんと一緒にして、その後一緒に夕飯を食べる事。

「はーい」

 この日課は、今日まで殆ど欠かした事はない。

「今日は何作るの?」

「餃子だ。今日はビールが美味いぜえ?」

「いや俺未成年だからさ」

「解ってんよ。あたしは呑むってな」

 いや、俺の性格って、やっぱり母さん譲りなのかもなあ。強気の小ボケに走るってところか。だからそういう性格が被ると強い方に絶対負けるんだ。

「お前も呑んでみるか?」

「呑みたい!」

 母さんの提案に即答する。だけど。

「って言ったら?」

「んなの、決ってんだろ?」

 にやりと、その時母さんが凶悪な笑みを向けて来た。握り拳をゆっくりと、顔の所まで上げる。

「いややっぱりいいです」

 負けた。あの笑みが見えたら、素直にごめんなさいとしておくのが一番いいと解ってる。だって嫌な予感しかしないんだもの。


 母さんと夕飯の餃子を食べる。母さんはしっかりビールを呑みながら食っていて、ちょっといらっとする感じがしたけども。それこそ大人の特権だとでもいうのか。

 その後、風呂に入ってすぐに眠りに就く。部屋を真っ暗にして。ベッドに入って目を瞑って、無理やりにでも寝ておく。そうしてぴったり真夜中に、母さんが深く眠ってる間には起きられる筈――。

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