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3-2

 夕飯を食べた後、一人部屋に篭ってマイコンの電源を付ける。

 だけど、ナズナさんからの書き込みはまだなかった。

「どうしたんだろう……」

 いつもは大体この時間になったら通信してくれるのに。まあ、いつかの母さんの時みたいに疲れが溜まってるとか、そういう事も考えられなくはないけど。

“こんばんは”

 それだけ打って、待ってみる。時間の進みが、妙に遅く感じられる気がした。一分どころか、三十秒すら待ち遠しいくらいに。

 そうしてしばらく待ってみる。だけど、十分待っても、二十分待っても、ナズナさんの返事がなかった。


 ――。頭がぼーっとする。

 どうやら少しうたた寝してたみたいだ。部屋は暗い。時計を見ると、もう日付が変わっていた。

 ディスプレイを見ると。まだ何も書かれては――。

“どうかした? ヨウイチ君”

 だけど今まさに、コメントが書き記された。

 ナズナさんはいつもの通りに。

 だけどおかしい。俺はまだ不自然な書き込みはしていないのに、どうしてナズナさんはそれに気付いた?

 ……いや自分でそう思っただけだ。書き込みをしていて眠ってしまったから。結構時間が経っていたからナズナさんは心配しただけで。

 ……でも、不信感は消えない。心のどこかで、引っ掛かりがあるんだ。

“ナズナさんは、どこに居るんです?”

 今まで敢えて訊いてなかった事。それを今問うてみる。

 ナズナさんからの返信が遅い。何かを、考えているんだろうか。

 ……何を?

 やましい事がなければ、答えはすぐに返って来る筈。

“私は私。ナズナ ミズリ”

 長考の末に、そんな、答えになってない言葉が返って来た。

“やましい事なんてなんにもないよ。大体の事はもう終わったから”

 どうにも要領の得ない言葉が。もう終わったって、どういう事か。

“終わったってどういう事? 何をしてたんです?”

“仕込みが済んだって事”

 解らない。仕込みって。

“このマイコン、通信代が増えてないんですけど。どういう事か解りますか?”

“もう縛られる必要はないよ。今までも、これからも”

 意味が解らない。今何が起きてるのか、それさえも。

“ナズナさんは、何者なんですか”

 少し、間が開く。ここまで話しておいて、躊躇う理由はない筈。

“答えてくれても”

“じゃあ、君はなあに? ヨウイチ君”

 え……?

“君は生きているの? それとも死んでいる?”

「ひ――」

 息が詰まる。思わず、マイコンに繋がっている電話線を引っこ抜いた。

 こんな事は今までなかった。俺の打ち込んでいる最中に、あんな変な質問を送って来るなんて。酔っ払って話をしてたって事はあるけど、それでもこんな訳の解らない問答をするなんてなかったんだ。

 だけど電話線は抜いた。通信は断たれた……よな。

“抜いても、駄目”

「え――」

 電話線は繋がってない。なのに更に言葉が打ち込まれている。

「なんで」

 なんだよこれは。凄くおかしな事がある。

“私はここに居る。ずっと、ここに居る”

「――うわあっ」

 震える指で、マイコンの電源スイッチを押す。

 画面が暗くなる。静かな部屋に、はあはあと息が漏れる音がする。だけどこれでもう関わる事は――。

“駄目だよ”

 ――電源が付いた。そして画面に文字が浮き上がった。

 なんで。触ってもいないのに、どうして。

「なんだよ、なんなんだよお前――」

“これは私。私はずっとここに居る。君と一緒に”

 怖い。このマイコンはどうなってるのか。なんで電源が勝手に――。

 そうだコンセント! それを抜けば電気も何もない。マイコンを動かしようがない筈だ。

 本体とディスプレイ、両方のコンセントを引っこ抜く。これでもう――。

 ……だけど。

 何者かが居る事に違いない。このマイコンに、何か意思のようなものが取り憑いているのか。

 そんな馬鹿な。だけどそうとしか思えない。このマイコンは曰く付きだと。

 ……そんなものを、この部屋に置いておきたくない。あのナズナ ミズリがどんな存在だとしても、あれは明確に俺に害する、敵だ。

 ふと、窓の方を見る。

 ここは三階。もしもこのマイコンに、何かの意思が宿っているのだとしたら。

 ……残っているのだとしたら。

 窓を開ける。下には今、誰も居ない筈。

 ディスプレイと、それを載せたマイコンを、一気に持ち上げる。重いと思っていたそれらは、意外とすんなりと持ち上がった。

 三階の窓から、

 それを――。


 がしゃん!




 ――窓から外を覗き込むと、一階の、小さな庭のようになっている土の上に、残骸がある。

 恐らく、それが俺の仕業だという事はすぐに解る事だろう。だって、それは俺の部屋の真下にある物なんだから。加えて夜中に大きな音、そして明るくなった朝になれば、それが見付からない筈がない。

 ナズナ ミズリ。

 果たしてそれが何者だったのか。マイコンを破壊した今となってはもう解らない事だ。

 ……実在したのか。したとしてどこの誰なのか。もしかするとあれはマイコンに取り憑いた幽霊か何かじゃなかったのか。

 確実なのは、今後彼女はもう俺とは関わる事はないだろうという事だ。繋がる手段はなくなった。もう何をしようと――。

 ……本当に?

 疑問はまだ残る。あのナズナ ミズリの存在について、明確な答えはまだ出ていない。

 あれだけおかしな事が起こって、マイコンを破壊するまで返信を続けていたナズナ ミズリだ。

 本当に、これで終わりなんだろうか。


“――本当に終わったと思ってる?”


 ……え?

 声――はしない。部屋の中は暗いまま。勿論誰も居ない筈。なのにふと、頭の中に女の声のような言葉が浮かんだ。

“言ったでしょ? 私はずっとここに居るって”

 何これ。俺の思考? がおかしな事に。

“ヨウイチ君の中には私が居る。だって、昨日までずっと私とお話ししてたじゃない。毎日、ね”

 ――嘘。まさかこれ、ナズナ ミズリの仕業?

“正解”

 そんな馬鹿な。馬鹿な。

“君の脳内には私との記録がある。私の思考データが、君の頭の中に出来上がってるんだよ。君へのインストールは終わった。後はこうして、ずっとお話しが出来るだけ”

 違う。俺の考えてない事が、どうして勝手に頭に浮かぶんだ。

“だってそうでしょ。マイコンは人が造ったもの。人の脳に適応出来ないって、どうして言えるの?”

“私はここに居る。君が生きている間、君と一緒にずっと居る”

“ナズナ ミズリはここに居る。ずっと君の中に居る。くすくす――”


 ―――

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