3-1 マイコン少女
急いで家に帰る。電話代に異常があったなら、まず真っ先に俺の関与が疑われる。そしてあのマイコンが見付かってしまったら、言い訳なんて通じる筈がない。
絶対に、説教を喰らうだけで済まないだろう。どうしたらいいかなんて、解る筈もない。誤魔化しなんて出来る訳もないだろう。
部屋に着いた。鍵を開けて中に入ると、
「んあ、お帰り」
家には既に母さんが居た。テーブルの椅子に座って、また煙草をぷかぷか吸っていた。
「どうしたよ息切れしてるぞ」
全力で走って来たんだ。そりゃあそうなるよ。
「母さん、あの……」
だけどしまった、もう母さんが帰って来てるかもって事は全然考えてなかった。このままだと俺に対する追求が――。
「あ? なんだ、変な事でもあるか?」
……あれ、特に追求はない。もうとっくに電話代の通知は来ている筈なのに。
「いや、今日の夕飯が何かなって」
「昨日の余りだよ知ってんだろ」
そりゃあそうだ。昨日も母さんの手伝いで夕飯を作ってたんだから。
「ああそうそう。ちょっと俺宿題しとく」
「ああ、頑張れな」
……普通に話が終わってしまった。
仕方なしに自室に戻るけど、根本的な問題は全然解決してない。
そしてすぐさま鞄をベッドに放り置いて、服とかに埋もれさせていたマイコンを見やる。彰の言う事が正しいとしたら、これはとんでもない金食い虫だ。
放ってはおけない。だけど通信はやめたくない。その反する二つの考えに、頭を抱える。
……拾わなきゃよかった。見付けなきゃよかった。
だけど、後悔してももう遅い。時間は戻りはしないんだから。
「おーい洋一ー」
母さんの声。呼び掛けられる度、びくびくする。
「な、なに?」
「ちょっと買い出ししてくるわ。留守番しといてくれな」
買い出し。何か食材が足りないんだろうか。
「解った」
そう答えて。少しして玄関のドアが開いて、閉まる音が。
……やるなら今か。
自室を出る。探し物をする為に母さんの部屋に。
極力痕跡を残さないように、電話代の請求書を探してみる。母さんは豪快に見えるけど几帳面だから、こういった重要物は纏めて保管してある筈だ。
タンスの中を漁ってみる。するとやっぱり、請求書の束があっさりと見付かった。
電気代。水道代。ガス代。そして、電話代の請求書も見付かった。
今月分の請求書。間違いない。恐る恐る金額の欄を見てみると。
……四桁台の数字が。
高い金額じゃない。普通に一月分のものとして考えられる金額だ。母さんは仕事とかでたまに長電話をする。俺はあんまり誰かに電話を掛けるって事はしないたちだし、それを考えると妥当な額ではあるだろう。
もう一度確認する。先月分のものも見付けて比べてみたけど、やっぱり、今月分の金額に間違いはなかった。
……電話代が増えてない?
まさか。回線はちゃんと電話線で繋いでる……筈。でないと誰かと会話とか、出来る筈がないのに。
通信はしていた。ナズナさんと、いっぱい。
なのになんで。
俺は、本当に?
ナズナさんは、本当に?
電話代が示す通り、通信をしていないとしたなら。
ならあのナズナさんは、どうやって。
想像してた悪い結果は回避出来たと思っていいんだろうけど、代わりに違う問題が生まれ出たように思う。
……確かめたい。
もしかしたら、通信を利用するのに何かの抜け道的なものがあるのかも知れない。
そんな裏技を利用して、俺と話をしていただけかも。
……部屋に戻って、マイコンの電源を付ける。
ナズナさんの書き込みは、まだない。
「気にし過ぎ……だよな」
そう、気にし過ぎてるんだよ。ナズナさんは少なくとも俺よりは知識があるのに違いない。何か抜け穴を知ってたとしても不思議じゃない……筈だ。
「ただいまー」
玄関から母さんの声がした。すぐにマイコンの電源を消す。出来る限り、このマイコンの存在は母さんには隠しておきたかった。
やましい事と思っていなかった。最初は。
だけど今となっては、これはもう爆弾に等しい。いつ爆発するか解らない不発弾だ。
ならいっそ、もう一度捨てに行けばいいとも思った。元々これは不法投棄されてたものだし、彰の言う通り万単位の電話代が来たとしても、ブツがなければ一度くらいは誤魔化せよう。ナズナさんとの繋がりは断たれてしまうけど、先々の事を考えればそれがいい事と思う。
“――本当に?”
心の中で、何かが呟いた気がした。
そりゃあそう。ナズナさんとの話は楽しい。楽しかった。それを断ってしまう事も気が引ける。
……もう少し。もう手遅れかも知れないけど、もう少しだけナズナさんと話が出来れば。
“そう”
もう少し。もう少しだけ――。