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死後処分  作者: CB
1/1

4月30日~5月3日

【読了目安時間】30分~40分


 本当はついこの間までやっていた企画「隣人」に投稿しようと思っていた小説です。ですが、推理というより怪奇寄りになってしまった&筆が乗ってしまって期間内に書き終わらなかった等々の理由があり、普通の連載投稿となりました。

 春の長期休暇中に主人公がとある出来事に遭遇し、奔走する話となります。今回の投稿では4月30日~5月3日までの4日間の出来事をまとめました。残りの5月4日~5月7日については、1日分毎に、一週間ペースぐらいで投稿していくつもりです。


・・・--月--日/--曜日・・・

 

 4月終わりから5月初めにかけて用意された長期休暇。ある人は旅行に出かけ、ある人は実家に帰省し、ある人は家に万全の警備体制を敷く。人によって様々な過ごし方があるとはいえ、ある程度予想できる行動に限られる。

 例に漏れず俺もそんな人の一人。入社して4年を迎えた途端仕事を辞め、この休暇中に実家に引っ越すつもり。いわゆる出戻りという訳だ。仕事を辞める理由?思い出させないでくれ…。あまり人に語っても面白いものでもないのが現実である。

 とにかく、休みの間に少しずつ荷物を実家に送りつつも、連休明けの月曜日に予約した引っ越し屋が来るまでは、せめてのんびり過ごさせてもらおう。そういえば、休みと言える休みを謳歌してるのも、社会人になってからは初めてのことかもなぁ。



 そんなとりとめの無いことを考えていたら、いつの間にか自宅のマンションに到着していた。自動ドアの入り口をくぐり、居眠りをしている年老いた受付の前を通り過ぎる。205号室の郵便受けを開けると、チャリンと音を立てて俺の鍵が落ちた。

(入れる時にちと手前すぎたか。)

 面倒と思いつつも腰を曲げて鍵を拾う。普段出かける時に郵便受けに鍵をしまうのは、面倒を少しでも省くためなのだが、思わぬ面倒が生まれてしまった。「次はもう少し奥めに入れるか」と呟きながら鍵を使ってガラス戸を開け、階段を登って3階へ。


 305号室の右側。ガスメーターが入っている空間の扉に手をかける。

「こんばんは」

 俺は手を止めながら声のした方向を振り向くと、そこには初老のお婆さん。真っ白になった髪を後ろでまとめており、夕暮れの西日が眩しいのか細い目をしている。なんとも優しそうな印象の方だ。

「…こんばんは」

 俺は自然な作り笑いと共にお婆さんに会釈し、同時に扉の方へ体を少し寄せる。そうして俺の体と壁の間に生まれた隙間を、お婆さんは「ありがとねぇ」と言いながら通り過ぎていった。

 お婆さんが離れたのを見届け、俺は手をかけていた扉を開ける。そこには細い針金で簡易的に固定された俺の鍵。鍵だけを取り外し、針金は残す。


 204号室の前。汚れを持ち込ませないためかマットが敷いてある。そのマットを持ち上げると隠されていた金属が目に入った。俺の鍵だ。


 206号室。玄関扉に飾られているクマのぬいぐるみ。吸盤でくっつくタイプのやつだ。そのクマに背面を向けさせ、背中に取り付けられたファスナーを下ろす。そして中から出てきたのは俺の鍵。


 地上階まで降り、一つずつ通り過ぎていく。「101…、102…、3…、4…、」そしてとある部屋の前でピタッと足を止める。月明かりは105号室のプレートを照らしていた。そのプレートをスライドさせると、銀盤の中心に小さい円のくぼみがある。その中にある俺の鍵を、手に取った。


 おいおい、何か勘違いしてないかい?俺の行動に対して何を思っているのかは大体わかるが、そんな訳ないじゃないか。俺は至って当たり前の行動しているだけだよ。だってそうだろ、205号室を基準とした上下左右の隣部屋、



 それらの部屋すべてが俺の部屋なんだから______。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



・・・4月29日/土曜日・・・


 ゴツン!

「痛ってぇ!!」

 怠惰な俺を叱るかのように落ちてきたスマホを、額を抑えながらベッドの下から拾い上げる。待ちに待った今日は連休初日。と言っても、俺の場合はこの連休を待っていた理由が他の人とは違うかもだが。

「ホントに俺、辞めちまったんだなぁ」

 誰に言うでもなく呟く。入社する前はこんなことになるとは思いもしなかった。一言で言えば限界だったのだ。思い至ってからは辞めるタイミングなんて考えてる余裕もなく、わりと勢いでここまで来たかもしれない。そのため5月からどうするかも何もかもノープランだ。決まっていることと言えば実家に一度戻ることだけ。そりゃそうだ、収入が無くなるのだからもうこの一人暮らし生活を謳歌することは無理。…まぁ仕事に忙殺される毎日だったせいで、謳歌すること自体結局出来たかは疑問だが。



 遠くで何か扉が閉まるような音がして目が覚めた。気づかないうちに眠ってしまっていたらしい。

「っと、もうこんな時間か」

 スマホの時計を確認すると16時56分。約束していた17時には少し早いが、遅れるよりはいいだろう。

 連絡先から父親を選び、電話をかける。前までは親に電話することなんてなかったのに、ここ最近は父親と電話してばっかりだ。

―おう、感心感心

「仕事辞めたからって時間ぐらいは守るさ」

―ハハハ、そりゃそうか。

―んで、ちゃんと辞められたのか?

「うん。迷惑かけてごめん」

―親なんて子から迷惑かけられるためにいるようなもんだ。あまり気にするな。

「うん」

―あーそれと、引っ越し屋は来週の月曜日に予約しておいた

「あー、わかった。やっぱこの休み中は無理だったんだ」

―やっぱりこの時期は依頼が多いらしくてな。まぁお前は平日でももう動けるんだし、なら休み中じゃなくてもいいだろ?

「そだね。時間は?」

―それがまだ決まらないらしいんだ。午前の対応にするか午後の対応にするか決まったらまた連絡するって言ってたぞ。

「ふーん。わかった」

 父親は少し悩んでいるような間を取ってから

―大丈夫なのか?

「何が?」

 父親は何も言わない。反射的に何が?とは言ったものの、聞かれてることはわかる。

「ん~、まぁ大丈夫だよ。いろいろこれからまた大変だとは思うけど、それもまぁなんとかなるよ」

―そうか。

 納得してるようなしてないような返事だ。具体的に言えない俺も悪い。

―月曜からこっちに来る訳だし、次また出ていくまでの間は俺もクミコと一緒に見張っててやるよ。

「うん。ありがとう」

―じゃあ、また連絡する。

「わかった。それじゃ」

 通話を切った後、「そういえば母さんの名前、久々に聞いたかもな」と思ったことを口に出す自分がいた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



・・・4月30日/日曜日・・・


 朝、目が覚めたのでスマホで時間を確認しようとしたが、何かがおかしい

「あれ、なんでだ」

 俺はスマホを手にしようとしているのに、右手は自分の部屋の鍵へ伸びていく。そして鍵をしっかり掴んだ。

「待て待て待て」

 鍵を手放そうとするが、しっかり掴まれておりどうにもおかしい。左手で無理やりにとも思ったが、左手もなぜかベッドから立ち上がることを補助するだけで、俺の意識通りに動いていかない。

 そして俺の体は意に反して立ち上がり、机へ移動したかと思えば本棚にあるルーズリーフを一枚手に取った。

「どうなってんだ」

 自分の体が勝手に動く様を見せつけられては冷静ではいられない。意識だけはハッキリしてるのがまた酷く恐怖を感じさせた。その恐怖のせいでただただ目の前の光景を見ていることしか出来ない。

 握っていた鍵をルーズリーフと一緒に机に置き、今度は引き出しをゴソゴソとしたかと思えば、見つけ出したシャーペンを手に取り、置かれてたルーズリーフに文字が書き込まれていく。


/驚かせてしまってごめんなさい/


「っ!」

 その文字を見た途端、背筋に何か冷たいものが流れていったような気がした。


/私は今あなたの身体を使って、こうしてやり取りをしています/

 言葉が出ない。脳はフル回転して現状を理解しようとしているが、現実離れしすぎている状況に、理解など出来る訳がない。冷や汗が吹き出してくるのを感じる。体は乗っ取られていると言っても過言ではないのに、やけに感覚だけはしっかり伝わってくる。

/落ち着いて。とりあえず何か質問してみてください/

 書き込まれていく文章は丁寧で、どこか温かみを感じさせる。

 俺はまだ冷静になりきっていない頭のまま、声を出すことにした。

「とりあえず、俺の体を返してくれないか?」

 そう言った途端、シャーペンは机にカランと転がった。俺は右手、左手の順にグーパーして俺のモノであることを確かめ、念のため椅子に座り、足を軽く上げ下げしてみた。どれも正常に動くことを確認し、安堵からふぅと息を吐き出した。

 そして覚悟を決め、また声を出す。

「また俺の体を使っていいから、やり取りしよう」

 すると右手はシャーペンを握り直し、ルーズリーフへ書き込んでいく。

/ありがとうございます/

 ひとまず落ち着いた俺は、疑問をとにかくぶつけていくことにした。

「あなたは誰だ?」

/私はこの建物の206号室に住んでいた、美紀と申します

 206号室?それって俺の隣の部屋じゃないか。どういうことだ。確か206号室はいわゆる空き部屋で、まだ誰も住んでいないはずだが…。

「ミキ?さんでいいのかな。住んでいた、というと今は?」

 ミキさんの手(本来は俺の右手なのだが)がわずかに止まる。

/今は死んでいます。現状の私をわかりやすく言うのであれば、幽霊というものだと思います/

「幽霊、か」

 この超常現象が起きていることを考えれば、決して相手の言うことは嘘ではないのだろう。それに、仮に嘘だとしたら、この状況がさらに意味不明なものになってしまう。

「わかった。ひとまず信じるよ」

/ありがとうございます/

 そろそろ本題に入ろう

「それで、ミキさんはどうして俺の体を使ってこんなことを?」

/それはあなたにお願いしたいことがあるんです/

「というと?」

/私の母親に一通、手紙を書かせてください/

「母親に、手紙?」

/はい。私は死ぬ直前、母親と喧嘩してしまったんです。今思えば些細なことだったんです。ただ、喧嘩してから顔を合わせないまま、私は死んでしまいました/

「聞いていいのかわからないけど、どうして死んだの?」

/わかりません/

「わからない?」

/はい。死んだ時の記憶がどうにも曖昧なのです。気づいたら、隣の206号室にいました。意識はあるんですが、足元を見ようとしたら自分の足が無いことに気づきました。同じように両手もありませんでした。鏡に映らないことを確認したところで、私は死んだことを自覚したのです/

 それは、なんとも怖い状況だ。もし俺だったら間違いなく意識だけの状態とはいえ発狂していただろう。俺が黙っていると、ミキさんは察してか、続きを書いていく。

/話が逸れましたね。とにかく母親とは仲違いしたまま別れることになってしまったんです。そして、一人部屋の中で何日か過ぎたころ、母親が部屋へ来てくれたんです。どうやら荷物整理に来てくれたみたいでした。一緒に来た業者が家具を外へ運び出す間、母親は私の私物を段ボールへ仕舞っていました。その時、私は見てしまったんです。母親が涙を流しているのを/

 俺はしばらく黙って文字を見つめていた。もうここまで書いてくれれば、手紙を書きたい理由など明白ではあったが、今まで抱えていた思いを誰にも伝えることが出来なかったミキさんのことを考えると、ここでやり取りを止めることなど出来るはずもなかった。

/私は母親についていき、せめて実家に一緒に帰ろうと思ったのですが、どうやらここから遠くへはあまり行けないみたいで。でもずっと何かしらの方法で母親に今の私の気持ちを伝えたいと考えていたんです/

「それで、俺の体を使おうと思った訳か」

/そうです/

「でも、何で今?恐らくあなたが死んだのは俺がここに来るよりも前の話のはずだ。ここに住み始めた時から既に206は誰も住んでなかったし」

/今までは思いついても出来なかったんです。私は日中は206号室の中しか移動できませんが、日が沈み、深夜になると207号室か205号室までなら移動できるみたいです。それで夜の間はずっと何とかしてどちらかの身体をお借りできないか試してきたんです。ですが、昨日までは何度やっても結局入る事は出来ず/

「そして今日、やっと入れたと」

/はい。昨夜も最初207号室の方から試したのですが、ダメでした。ですので諦め半分ではありながら、あなたの身体へ試したところ、なんと入れてしまったのです/

 ミキさんも想定していなかったのが文章からありありと伝わってくる。

/そもそもあなたは夜帰っていないことも多かったので、試している回数だけで言えば207号室の方より少なかったのですが、それでも成功した瞬間はびっくりしました/

「俺もびっくりだよ…」

 つい言葉を漏らす。

/とにかく、そういう経緯があって、あなたの身体をお借りしたいと思い、現在に至る訳です/

「なるほどねぇ…」

 なぜ今日になって俺の体は幽霊耐性が弱くなったのかは不明のままだが、一応納得することは出来た。あまりにも突飛なことが多い話ではあったが、話の筋は通っている。

/ですので、改めてお願いさせてください。今既に許可も得ずにお借りしているあなたのお身体ですが、私の母親に宛てた手紙を一通書き終わるまで、どうかこのままお借りさせてください/

 もちろん拒否することもできる。ミキさんが文章から感じる通りの人であれば、拒否したところで俺を恨んだりはしないだろう。俺がまず「体を返して」と言った時も、すぐに自由にさせてくれた人だ。悪い人では無さそうであることも理解していた。だから俺は、

「一通だけですよ」

 そう言って、承諾したのだった。




 カーテンを開け、窓から外の様子を見た。今日は生憎(あいにく)の雨みたいだ。だがミキさんが書いてくれたこの手紙は、俺としては今日中に投函したい。俺はため息を一つこぼしてから、寝間着から普段着へ目をつぶりながら着替え、玄関に立てかけてあったビニール傘を掴み外へ出た。

 ミキさんが手紙を書き終わった後、いろいろ試してわかったことが大まかに三つある。


 一つ。視界は共有されること。俺が見た景色はミキさんも見ている。

 二つ。体の自由度はミキさんが決められる。ミキさんが右手だけ借りたいと思えば、俺はその間他の部位が使える。やろうと思えば口を含めた全身を、ミキさんが借りることも出来るみたいだ。

 三つ。これは今外へ出てみてふと気づいたことだが、俺の体に入ってる間は、ミキさんが206号室からあまり動けないという要素を無視できるということだ。


/これには私もびっくりしました/

 ミキさんは俺の右手を借りて、スマホに文字を打ち込んでいく。ミキさんはスマホを使ったことはないらしく、フリックではなくガラケー打ちをしていた。

/まさか今になって外に出れるなんて。10年ぶりです/

「俺もびっくりだよ…」

 ついさっきも言ったような言葉を俺は繰り返す。

「手紙、ホントにもう書き直したりしない?」

/大丈夫です。書きたいことは全部書きましたから/

「なら良かった」

 ミキさんが手紙を書いている間、流石に堂々と見るのは憚られたため俺は目をつぶっていたし、なるべく手の動きから推測しないようにしていた。だから内容は知らない。ただ、なんどもルーズリーフを変えていたのは嫌でもわかってしまった。一通だけしか出せない手紙だ。俺も同じ立場なら納得いくまで何度だって書き直したいだろう。

「家に茶封筒があって良かった。切手もこの値段で多分足りるはずだよ」

 切手を貼る都合上、どうしても住所は見ないといけなかったため確認したが、それほど遠い訳でもなかったので、手持ちの切手分でなんとかなった。

「ただ…、ごめんね」

/何がですか?/

「俺が目をつぶっていたせいで、多分文字の位置、ぐちゃぐちゃだよね。書いてあることは伝わるだろうけど」

/気を使わせてしまってすみません。でも、いいんです。本来だったら手紙を出すことすら叶わなかったかもしれないんですから/

 「たしかにそうだ」と呟きながら、俺は駅前の郵便局まで歩いていく。ポストがこの辺ではそこにしかないのが悲しいところだ。


/止まってください/

 ミキさんが急に文字を打ち込む。

「どうしたの?」

/もう一回、周りの景色を見てくれませんか?/

俺はスマホから顔を上げ周りを見渡す。場所だけで言えば、目的地である最寄り駅と、俺が暮らすマンションのちょうど間ぐらいに位置する場所。何の変哲もない十字路だ。このまま後ろに引き返せばマンション。左に行けば駅前。正面を行けば大きい公園があり、右に行くと車通りの多い国道へ出る。

「ここがどうかした?」

 ミキさんはすぐには書き込まず、少し間を置いてから、

/いえ、何でもありません。足を止めてしまってすみません/

 とだけ書き込んだ。



 ポストの投函も無事終わり、家までなんとか帰ってこれて一安心。時計を見るともう昼過ぎだ。

「あ」

 そういえば朝から何も食べていない。そう思うとやけにお腹が空いてくる。何か食べようと思い、ミキさんに一声かけようと思ったその時だった。

 ゴトン!と音を立ててスマホが床に落下した。

「ミキさん?」

 右手をグーパーとしてみる。おかしい。右手は今ミキさんが…。そこまで考えた時、ふと気づく。俺が最後にミキさんとやり取りしたのはいつだ?ポストに投函して、ちゃんと入れたことをミキさんと確かめあったのは覚えている。だがそこからは?スマホを拾い上げ確認してみるが、やはりそこからの書き込みは一切ない。

「ミキさん…」

 いったいどうしたのだろうか。用が済んだからもう俺の体から出て、206号室へ戻ったのか?だとしてもミキさんのような人が、俺に一声もかけずに行くことなんてあるのだろうか。疑問は尽きなかったが、答えはついぞ得られることはなかった。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



・・・5月1日/月曜日・・・



「しっかし、よく降るなぁ」

 昨日から降ってた雨は、今日になっても落ち着く様子を全く見せていなかった。テレビのお天気キャスターもあまりにこやかな表情は見せていない。

―雨はこれから雨脚が強くなり、今夜から明日明け方までがピークとなるでしょう。地方によっては警報レベルになるところもあり、夜のお出かけは控えた方が良さそうです。では明日の詳細な天気、見てみましょう___。

 昨日はあんな出来事があったから、今日は家でのんびり過ごそうかと思ってはいたのだが、これでは洗濯物も干せやしない。

「実家に送ろうと思ってた荷物も明日でいいか」

 一応段ボールにまとめはしたのだが、雨の中これを持って郵便局まで行くのは少し、いやだいぶ手間だ。そうしてベッドに寝転んだのだが、やることもなく、考えることと言えば昨日のこと。

 あれからミキさんはやはり何の反応も示さない。一応まだ俺の体に入っていることも考慮して、昨日は風呂やトイレはそれなりに気を使ったつもりだが、それももう必要ないだろうか。

 そういえばと思い立ち、机の側にあるゴミ箱を覗く。そこには書き損じたルーズリーフを丸めたゴミがたくさん捨てられていた。昨日机の上に溜まっていたものを、一旦ゴミ箱に入れたのだった。

「ゴミ出しも、明日にするか」

 燃えるゴミの日は明日では無かったが、このままゴミ箱に入れておくと見てはいけないものを見てしまいそうで、とてもじゃないが俺には出来そうになかった。



 23時を過ぎたころ、体に覚えのある奇妙な違和感があった。まるでミキさんに体を借りられた時のような…。

「ミキさん?」

 俺は問いかけるが、どうもおかしい。体はじっと動かない。もちろん俺から動かそうとしてみるが、動くことはない。ということは金縛りに近い現象だろうか。

「ミキさんじゃないのか?」

 体はやはり動くことはない。ふと、あることを考えた。もしミキさん以外にも幽霊がいるとしたら?そして今の俺の体は幽霊耐性が低いのかもしれない。つまり、ミキさん以外の幽霊でも俺の体に入りこみやすくなっているのではないだろうか。

「俺の体に入ったヤツ、もし可能なら筆記で会話しないか?もしその意思があるなら俺に右手以外を返してくれ」

 するとすんなり俺は右手以外を動かせるようになった。俺はあの時を再現するように場を整える。

 最後にシャーペンを机の右側に置き、俺は腰を据えた。

「じゃあまず聞かせてくれ。あなたは誰だ?」


/俺はヒロト。元204号室の住人だ/


「204号室?」

 またこの建物の幽霊?おいおい勘弁してくれよ。どうしてこんなことに。

/あんまり驚かないんだな/

「悪いがお前が初めてじゃないんだ。俺の体に入って来たのは」

/嘘だろ?本当に?/

 嘘だと言いたいのはこっちの方だ。別にこのマンションは俺以外にも住人はいるのに、なんで俺ばっかりなんだ。

「こんなこと嘘言ったってしょうがないだろ。あまり詳しくは言えないが、つい昨日もあったことだよ」

 俺の右手はしばらく固まっていたが、また動き出す。

/もしかしてそのせいかもな/

「何のことだ?」

/昨日からやけにこの部屋から変な感じがしていたんだ。今までになかったことだから、どうしても気になってしまって覗きに来た。そしたら穴だらけの人がいたから、そのまま入ってみたんだよ/

「穴だらけ?」

 書いてある意味が理解できない。穴だらけってなんだ?俺の体は至って健康なはずだが。

/お前の身体、スカスカに見えるんだよ。もっとも、これは感覚的なアレで、別に見た目のことではないけど/

 スカスカって…。ええと、つまり、

「要するに俺の体は今、幽霊が入り放題って訳か?」

/そうそう。そういうこと/

 マジかよ。大問題じゃねえか。俺の体のプライバシーは無いのかよ。俺の体の幽霊耐性が下がっているというのはいよいよ現実味を帯びてきたな。認めたくはないが。

「んで、変な感じってのはどういうことだ?」

 また右手は迷っているかのような固まり方をしてから書き始める。

/なんというか、誘われるような感じだ。ほら、蛾とかがよく蛍光灯に夜集まってるのとか見たことないか?/

「俺が蛍光灯?」

/そうそう/

「言ってる例えとかは理解できるが、そんなに抗えないような感じなのか?」

/いや、別に抗えないってほどではないんだが/

 一旦そこでヒロトさんは言葉を濁す

/ほら、外でお腹が空いてる時に、料理のいい匂いが漂ってきたらついついそっちに行ってみたくならないか?/

 さっきから例えを使ってる感じからして、ヒロトさん自身もあまり原理は理解していないのだろう。ただ、言いたいことはわかる。

「なるほど。とにかくどうしてヒロトさんが俺の体に入ってきたのかはわかったよ」

/どうも/

「じゃあもう俺の体から出ていってくれないか?」

 ミキさんには明確な目的があったからこそ許したが、俺の体に別の意識が入ってる状態というのは当然気持ちが悪い。それに、当たり前のことではあるが、死者が生者に干渉できる今の状態はあまり良くないことのように思える。俺に原因があるののなら、明日にでもお祓いか何かしてもらいたいな。

/もちろん出ていくが、その前に一つ頼まれてくれないか?/

「え?」

/俺は生前、ツーリングが好きだったんだが、/

 俺に拒否権はないのだろうか。勝手に身の上話を始めようとしている。

/ある峠道で事故ってしまってな。峠道からバイクごと下にあった森に落ちてしまったんだ。それで本来だったら通報を受けた警察が死体を見つけてハイ終了となるはずだったんだが、どうにもまだ俺の死体が見つかってないらしい/

「…それで?」

/俺の死体を見つけてくれ/

「絶対に嫌だ」




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



・・・5月2日/火曜日・・・



 降り続いていた雨は嘘のように晴れ、雲一つない晴天。ゴミ出しを済ませ、洗濯物を干し、実家に送ろうと思っていた荷物も出した。それで今日は終わるはずだった。だったんだが…。


 ブロロロロロ……。

 なぜか俺はバイクを使って県境付近の峠道へ向かって爆走中である。


「はぁ。どうしてこんなことに…」

 結局あの後あまりにもヒロトさんが折れないため、渋々死体探しなんてものに付き合う羽目になっている。嫌なら拒否すればいいじゃんって?俺もそうしたい。だが、理由はわからないが、俺の体は幽霊の方に主導権があるらしく、幽霊が自ら出ていこうとしない限り追い出せないのが現状だ。もうマジで明日お祓い行こう。正確にはお祓いというより体にもう幽霊が入ってこないような呪い(まじない)か何か教えてもらおう。

 今俺が乗っているこのバイク。これは204号室の現住人のものを完全に無断で借りているものだ。事の経緯は朝食時まで遡る。



/204号室の住人は土曜日から帰省中だから、バイクをちょっくら借りよう/

「ハァ?」

 今こいつ、何て書き込んだ?

「いや、無理だろ」

/無理じゃない/

 そもそも無理かどうか以前に、どう考えてもやってはいけないだろ。と言ってもどうせ説得は無理なんだろうから、そもそも不可能ではないか、という点から攻めていこう。

「帰省中でいないとして、バイクの鍵どうすんだよ」

/鍵仕舞ってる場所、俺わかるから/

「204号室にどうやって入るんだよ」

/俺がその部屋に暮らしていた時に普段鍵を隠してやつがそのままだから、そこにある鍵使えば開くぞ/

「んな訳ないだろ。新しい住人来たら鍵変えるだろ」

/お前、ここの大家がどんな人か知らないだろ/

「そりゃあ会ったことないし、会う機会もないよ」

/受付の老人いるだろ。男の。あの人だよ/

「…嘘だろ」

 受付の老人は俺でも知っている。休日の昼にたまに見かけることがあったが、いつも寝ていて、まともにこの建物の受付業務をしているところを見たことがない。もし本当にあの人だったとしたら。

「鍵、変わってないかも」

/そういうこと/

 そんなことあるのだろうか。

/じゃあこうしよう。鍵が変わってて入れなかったらもう俺も諦める/

「一応聞くが、鍵が変わってなかったら?」

 右手の中で、ヒロトさんがニヤリと笑った気がした。

/俺と楽しいツーリングだ/



 目的の峠道に着いたらしく、脇にバイクを停める。停めてからバッグに入っていたスマホを取り出し、右手は素早く文字を打ち込んでいった。

/ここだ。この近くで森へ行ける道がないかどうか探すぞ/

 周りにあるものと比べると妙に新しいガードレールから下を覗くと、森が鬱蒼と生い茂っており、探すのに骨が折れそうであることが容易に想像出来た。

/そんな面倒臭そうな顔すんなって。いくら車とぶつかったとはいえ、そんな遠くに飛ばされた訳じゃないからすぐ見つかるさ/

「通報を受けた警察が見つけられてないんだろ?何か見つからない理由があるんじゃないか?」

/さぁな。とにかく行ってみよう/

 俺は足が動かせるようになったことを確認し、スマホの地図を確認してから歩き出す。

「そういえば、何で死体の場所はわからないのに、死体がまだ残ってることはわかるんだよ」

/そんなの俺にもわからんよ。ただ言えることは、何か重い感覚がするんだ/

「重い?」

/そう。変な話だろ?俺はもう死んだのに、ずっと体が何かにのしかかられてるかの様に重いんだ/

 ミキさんはそんなことは一言も言ってはなかった。黙っていた可能性はあるが、今となってはわからない。

「つまり、それが死体がまだ見つかってないんじゃないかって思う理由か」

/ああ/

 そうこう話していると、左に若干獣道と化してはいるが石階段らしきものが見えてきた。

「さぁて、行きますか」



「この辺りのはずなんだが」

 バイクを停めた付近のちょうど下辺り。木が鬱蒼としてはいるが、かろうじて上にある峠道を確認することは出来る。

「そもそも事故があったのは何年前なんだ?」

/4年前だったかな/

「曖昧なのかよ」

/死んでから随分経ったからな/

 俺は話しながらも手がかりは探し続ける。

/そういえば、事故の前日も雨だったなぁ/

「書き込んでる暇あったらお前も探せよ」

/いやいや、それがすげぇ雨だったんだよ。ハラハラしながら天気予報を確認して、そしたら明日は快晴だと聞いてホントに安心したもんさ/

 駄目だ。こいつ会話する気無い。

/天気も晴れたし、気分良く出かけたらこのザマさ/

 俺はため息をつき、天に助けを求める様に顔を上げた。

 そういえば、どうしてだろうか。

「なぁ、おかしくないか」

 過去話が盛り上げっていた右手が止まる

「ここ、見渡す限り森だろ。地図で見た時ナントカ樹海って書いてあったし」

/そうだな。俺がバイクで走ってた時も緑ばっかりの景色で退屈だった/

「じゃあ何でここら辺だけ妙に開けてるんだ?」

 そもそも変だ。どうしてここからなら峠道にあるあの妙に新しいガードレールが見えるんだ?

/???/

「いやだってさ、別にここ日が当たらない訳でもなし。普通ここも雑草や木で生い茂るはずだろ?だとしたら他のとこみたいに、峠道は見えないはずだろ」

/別に木はここもびっしり生えてるじゃん/

 言われて確かにとは思う。

「木が生い茂ってるのは変わらないとしたら、枝が少ない?」

 右手がピクッと何かに気づいたみたいに震えた。

/そういえば、枝が妙に折れてる木が多いような/


「もしかして、土砂崩れ?」


/前日の雨のせいで、峠道の上の地盤が柔らかくなってたのか?/

「辻褄は合うはずだ。もし事故が起きて、通報後に土砂崩れが起きたとする。そうするとしばらく現場は通行止めになって、警察も大規模な捜索で無い限り迂闊に近づけない」

/その上、俺の死体は土に埋もれてわからなくなる/

「ということは」

 俺は足元を見る。つまりはそういうことじゃないのか。




 一旦家に引き返し、道具を揃えてからまた出発した。現地に着く頃にはもう日が傾こうとしている時間だった。

 森に入る前に、一度バイクを停めた場所から上を見てみると、明らかに削り取られたかのような斜面が山肌に形成されており、自分の推測が間違ってないことを確信した。

「ヒロトさん、あんたどんな服着てたんだ?」

/黒のライダースジャケットとジーパンだ/

「オーケー」

/それと、スマン。俺掘るの手伝えそうにねぇや/

「どうした?」

/どうも疲れてきててな。死んでから疲れるなんてなかったのに。目を通して見てるから、後は頼む/

 その文章を確認し、作業に取り掛かる。俺一人しかいないため、土を掘れる範囲はかなり限られてしまうこともあり、正直今日終わるかもわからない作業だ。ただ、俺は自分の考えを確かめたい一心で作業に没頭する。


 1時間もした頃だっただろうか。スコップの感触に違和感があった。

「もしかして」

 一昨日からの雨で土が柔らかくなっていたのも助けとなったのか、それはあっさりと見つかった。黒のライダースジャケット。土からは表面しか見えないが、恐らく間違いない。

 急に右手がポケットにいれたスマホを勝手に掴み出す。

/それだ。間違いない/

「は~。疲れたけど、見つかって良かったよ」

/ああ、本当にありがとう。見つけてくれて/

「これでもういいのか?」

 流石にこれ以上掘り返すと、引き返せない領域まで行ってしまいそうな気がして怖い。

/ああ、これでいい。俺は満足だ/

 そう書き込まれた瞬間。右手が急に脱力し、危うく落としかけたスマホをなんとか左手でキャッチする。そして、悟った。

「さようなら。ヒロトさん」


 掘り返した土を戻し、せめて気持ちだけでもと思い、少し盛り上げた土に手頃な木の棒を刺す。そして手を合わせ、あの世での幸福を祈った。

 バイクまで戻る途中、「あ」とつい間抜けな声を出してしまう。

「俺バイク運転出来ねぇよ」

 結局バイクは手で押して帰ることとなり、家まで5時間近くの徒歩をさせられたのだった。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



・・・5月3日/水曜日・・・



 最寄り駅から見て、俺が住んでいるマンションとは反対方向に神社がある。この付近では一番大きい神社であり、正月の時期になると屋台も出て盛況となる。

「階段なげー」

 とボヤきながら、時期外れの参拝をする俺。正直昨日あれだけ歩いた後のこれはしんどい。だが来てくださいと言われてしまったのだから行くしかない。


 昨夜、あまりの長距離徒歩に疲れ切った体に鞭を入れ、もう夜ではあったが神社の社務所に電話したのである。

―はい。〇〇神社ですが。

「あっ、夜分遅くに申し訳ありません。わたくし、サトウと言うのですが、そちらでお祓いとかって受け付けてたりしませんか?」

 電話の向こうから返事が返ってこない。あまりの突拍子もない電話にキョトンとしている様子がありありと目に浮かぶ。駄目元での電話ではあったが、こうも無言になられてしまうと気まずい。

 3秒くらい待っただろうか。こちらの声音で真面目な電話であることを判断してくれたのか、落ち着いた声で返答してくれた。

―まぁ、ええ。可能ではありますが、まずは見てみないことには____。

 急ぎであることを伝えると、では明日にでもと快く承諾してくれたのだった。


 電話口の人は優しそうな男性の声音であったが、名前を聞くのを忘れてしまったことを思い出す。

「まぁ、社務所に居る人に聞けばなんとかなるか」

 とりあえず今は、目の前の階段を一歩一歩進むことに集中する。


「お待ちしておりました」

 最後の階段を上り、鳥居をくぐった途端、声をかけられた。眼鏡をかけた短髪の男性で、神職に就いている人特有の服装をしている。

「もしかして、昨日電話を受けてくれた人ですか?」

「はい。わたくし、神主のジングウジと申します。サトウさんでお間違いないですね?」

「サトウで間違いないですが、神主さんだったんですか。昨夜は夜中であったにも関わらず対応していただき、ありがとうございます」

「いえいえ。これも何かの縁。ささ、こちらへ」

 神社の脇に建てられた社務所へ案内される。

「そういえば、どうして私が来る時間がわかったんですか?電話で伺うタイミングを伝え忘れていたと思うのですが…」

「私の家はこの神社の敷地内にあるのですが、私の部屋からは神社の階段がよく見えるのですよ」

 神主は振り返らず答える。玄関で靴を脱ぎ、置かれているスリッパを履いてからまた神主へついていく。

「男性が一人でこちらに向かってくるのが先程見えましてね。この時期に参拝も今時の人であれば来ませんし、運動をしに来た人にも見えませんでしたので、もしや、と思いまして」

「そうだったんですね」

「この部屋でお待ち下さい。座布団はご自由に」

 畳が敷かれたこぢんまりとした部屋に通される。隅の方に座布団が置かれていたので、お言葉に甘えることにした。


 しばらくすると神主がお茶を二人分持ちながら戻ってきた。

「おや、私が座る座布団までご用意いただきありがとうございます」

「勝手に置くのもどうかとは思いましたが、必要だと感じたので」

「ではお返しにお茶をどうぞ」

「ありがとうございます」

「ああそれと、足は崩していただいて大丈夫ですよ。私は仕事柄、正座をしますが」

「では遠慮なく」

 ジングウジさんはお茶を軽く飲むと、こちらを見据えて発言する。

「では本題に入りましょうか。今日はお祓いをしたくて来られたのですか?」

「はい。ええと、正確にはお祓いというより、幽霊から身を守る方法が知りたいというのが正直なところです」

 神主はキョトンとする。

「身を守る、というと?」

「経緯を話すと長いんですが、聞いていただいてもいいですか?」

 ジングウジさんは「どうぞ」と短く言い、俺の言葉を待つ。

 俺は日曜日からあった出来事を、なるべく詳しく話すことにした。ここで何か伝え漏らしてしまうと、ジングウジさんとしても、有効な方法を判断しかねると思ったからだ。

 ミキさんのこと。ヒロトさんのこと。そして幽霊と関わる内に自分なりにわかったこと。それら全てをジングウジさんは相打ちをしながら黙って聞いてくれた。自分で話していてふざけた内容である自覚はある。ただ、正直誰かに言いたいと内心思っていたことであったため、ジングウジさんが茶化すことをせず、真面目に聞いてくれるのはとてもありがたかった。


「以上が、自分が体験した出来事の全てです」

「そんな事があったんですね。苦労なされたことでしょう」

 ジングウジさんはお茶を一口飲む。俺も話して喉が渇いたため、タイミングを合わせるようにお茶をいただいた。

「では、改めて質問させてください。ヒロトさん曰く、あなたの体はスカスカで、幽霊が容易く入れてしまう。だからそれを何とかしたいということですね?」

 俺は返事の代わりに大きく頷いた。

「なるほど」

 ジングウジさんは目を細めた。

「しかし、今は出来ません」

「え」

 どうして。なぜ?

「方法が難しいとかですか?それとも、準備に手間取るとか」

「いいえ、そうではありません」

 ジングウジさんは自分の胸に手を当て、言葉を続ける。


「あなたの体にはまだ、ミキさんがいます」


 俺は言葉が出なかった。まだミキさんがいる?どうして。手紙も送ったし、彼女?もそれを見届けたはずなのに。

「あなたが疑問に思うのもわかります。なので説明させてください」

 俺は考えることを止め、説明を待つ。

「魂にとって、あなたの体は一つの狭い『部屋』のようなものです。ミキさんとヒロトさんは、サトウさんという『部屋』に入り、『部屋』に付いている操縦席からあなたを動かします。ですがこの操縦席を動かすには燃料が必要なんです。その燃料というのがミキさんとヒロトさん自身の力。いわば霊力とでも言えるものです。そのため、魂だけの存在とはいえ死者も疲労するのです」

 ヒロトさんが疲れたと言っていたのはそのせいか。そうすると、

「では、その話通りであるならミキさんも」

「はい。あなたの体を借りていた間、ミキさん自身が疲れを感じていたことでしょう」

「そう、だったんですか」

「そしてここが肝心なのですが、あなたの体にはサトウさん自身以外にもう一人、魂の存在を感じるのです。先程例えに出した『部屋』というのは、入ってきた人は自力で出ていかなければなりません。恐らくヒロトさんという方は、自分の霊力が尽きる前に『部屋』から出ていったのでしょう。ですがミキさんは、疲労を感じつつも無視し続けた結果、『部屋』から出る前に霊力が尽きてしまった。仮に、まだあなたの『部屋』にいるのがミキさんではなく、本当はヒロトさんだったとしても、理由は同じです」

 神主さんの言葉には妙な説得力があり、俺は頷くことしかできない。

「ヒロトさんはあなたの体のことを"穴だらけ"、"スカスカ"と表現していましたが、これをわかりやすく表現するならば『扉』です。今あなたの『部屋』は『扉』が壊れています。ミキさんが強引に入ろうとした結果ですね。『扉』が壊れ、開けっ放しになっているため『部屋』の明かりが外に漏れ出ている。ヒロトさんが仰っていた"誘われる"というのはまさにそれが原因でしょう。」

「では、もし今すぐにこの状況を改善したいとしたらどうすれば?」

 ジングウジさんはお茶を飲み、話し疲れたであろう喉を潤す。

「私が取れる手段は二つ。あなたの『部屋』にいるミキさんを強引に祓うか、『部屋』の『扉』がもう二度と開かないように塞ぐかです。前者であればミキさんの魂は消滅します。これは成仏とは違います。ミキさんは死んだ時に近い苦痛を感じることになるでしょう。後者の方法の場合、ミキさんがあなたの『部屋』から二度と出れなくなります」

「その後者の場合、わたしが死ぬまで…?」

「いいえ。そうではありません」

「と、言いますと?」

「ミキさんという魂は、あなたの体にとっては『異物』です。その『異物』が長期間あなたの体に居座ろうとすれば、あなたの意識に関係なく追い出そうとします。しかし『扉』は塞がっている。何度追い出そうとしても追い出せないことがわかれば、次は撲滅しようとするでしょう。それは先程の前者の案と変わらない結果を引き起こします」

「つまり、ミキさんが消滅するまで?」

「はい。消滅するまでです」

 俺は、予想していなかった状況に困惑していた。もちろんミキさんには成仏してほしい。消滅と成仏の違いがハッキリわかってる訳では無いが、再び死ぬような苦痛をミキさんに味合わせるのだけはしたくなかった。

「どちらの方法も、わたしは嫌です」

 俺は顔を上げられなかった。それを見たジングウジさんはニッコリと笑い、「では、ミキさんが回復するまで待ちましょう」と告げた。

「え…?」

 俺はジングウジさんに視線を戻す。

「霊力が尽きたミキさんは、今あなたの『部屋』の中で休眠、要するに霊力を回復しています。ミキさんの反応が無いのはそのためです。休眠から覚めれば、再びミキさんは意識を取り戻します。そしたらミキさんが『部屋』から出ていったのを見届けてから、わたくしが『扉』を塞げばいい。」

「そうなんですね」

 俺は自然と口角が上がっていくのを感じた。最善の方法がある、それだけでさっきまでの絶望感はすっかり消え去っていた。

「では、あとどのくらい待てばいいんでしょうか」

「そうですね、霊力が尽きたのが日曜日とのことなので、恐らく金曜日辺りには覚めるかと。それぐらいであれば、あなたの体もまだミキさんを『異物』と判定しないでしょう」

 金曜日というと、明後日か。それほど待たずに済みそうだ。俺はほっとしながら、緊張してしばらく飲めてなかったお茶を飲んだ。

「ですが油断しないでください。サトウさんもわかっているとは思いますが、今あなたの体は死者がとても入りやすい状態です。今までは運良く出会いませんでしたが、もし悪意のある死者が『部屋』に入り込んだら何が起こるかわかりません。難しいことですが、くれぐれもお気をつけください」

「ご忠告感謝します」

 ジングウジさんは笑顔のまま頷くと、空になった湯呑みを持ち、立ち上がる。

「では、申し訳ありませんがこの辺でお開きとさせてください。わたくし、この後神主の集まりに向かうため、出張しなければいけないのです」

「わかりました。本日はありがとうございます」

 俺も立ち上がって、同じく空になった湯呑みを手渡した。

「出張といっても、なるべく早く帰ってくるようにしますから。ですので次は土曜日にいらしてくださいね」

「はい。重ね重ねありがとうございます」

「ああそれと、最後に」

 俺は小さく折りたたまれた紙を手渡される。

「それがわたくし個人の電話番号です。もし何かあったら連絡してください。直接助けには向かえませんが、助言ぐらいであれば出来ますので」


 俺は社務所の玄関でジングウジさんと別れ、神社を後にした。

「でも、もし出張に行くまでに俺が神社に行かなかったら、どうしてたのだろう」

 帰り道にふとそんなことを思ったが、あの人ならば「その時はご縁が無かった、ということですよ」と言いそうだ。

 そういえば聞き忘れてたことが一つあったっけ。

「まぁそれは土曜にでも聞けばいいか」


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