94話 風都への道中
そして翌日、馬車の移動は嫌だと俺が我儘言ったので、みんな徒歩で出発する事になった。徒歩だと風都まで約1ヶ月かかると何度も念をおして確認されたが、こっちは戦争が始まって金子達が出てくるのを待っているだけなので、別に構わない。
もし始まってもこの街道は必ず騎士団が通るだろうから、その時についていけばいいと考えている。そもそもみんなを『自室』に入れて俺が走れば多分5日ぐらいだろう。ただクーミがついてくるらしいので、少し困っている。嫌な奴なら置いて行けばいいけど、結構良い人っぽいから置いて行くのは心苦しい。取り合えず初日は移動しながらクーミの様子を見る事にした。
「マジで!ノブの奴結婚してるの?!」
「はい、野盗に襲われていた奴隷商を助けた時に、生き残った姉妹をそのまま妻に迎えたそうです。風都の貴族の中では『奴隷を妻にするなんて』と言った声も上がっていましたが、勇者のまとめ役のノブタダ様には何かお考えがあるんだろうって事で陛下もお認めになったそうです」
風都までの道中クーミからノブが結婚していると聞いて驚きの声を上げる。
・・・あいつ絶対何も考えてねえぞ。敢えて考えてるとすれば、あの変態は姉妹丼でも楽しもうとでも思ってたんじゃねえか。しかし勇者のまとめ役?って事は他にも勇者はいるのか?噂だと4人って聞いた事あるけど。
「勇者のまとめ役って事は風都には何人勇者がいるんだ?」
「・・・・すみません。私からはノブタダ様とアユム様の事以外はお話するなと言われています」
俺の質問に申し訳なさそうにクーミが答える。
まあ、そうだよな。勇者の情報は機密事項扱いなんだろう。ノブに聞けばこの国に召喚された奴等ぐらいは教えてくれるかな。
「歩は?結婚してるの?」
「いえ、アユム様は自分の相手は自分で見つけると言って、紹介された相手は全て断っています。次期侯爵候補、公爵家の次男、第3王子からの話も断ったと噂されています」
「歩ちゃんらしいな~。でも王子様の話を断ったって歩ちゃん結婚できるのかな?」
「もし津村君が結婚してなかったら似合うと思わない?」
「・・・おお!結構いい感じがするかも。ギンジ君はどう思う?」
「・・・・いや、そもそも俺そのアユムって奴知らないし」
ノブの外面は良いけど、本性知ったら多分女子はドン引きするだろうな。そもそもあいつが俺に話しかけてきたのは、俺がボッチだったから自分の性癖を話すのにうってつけとか言うふざけた理由だったし。
「「・・・・・・」」
俺の答えに二人は無言になる。
「本気で言ってる?水谷歩だよ?」
「同じクラスだったよ?」
「同じクラスなのは分かるけど、どんな奴かは覚えてないなあ。」
俺がクラスメイトで覚えてる女子は委員長以外はムカつく奴らだったからな。覚えてないって事は特に絡んだ事もないって事だろう。
「ヒトミの為にあれだけギンジに話しかけてたのに酷くない?」
「・・・いや、レイちゃん、その事は内緒だって」
「もう付き合ってるんだからいいじゃない。それよりもギンジよ。何でそんなにクラスメイト覚えてないのよ」
「そもそも絡んだ事無い奴の名前は覚えられないんだよ」
「いや、歩と安奈ってヒトミの為にしょっちゅう絡んでたじゃない」
言われて朧気ながら思い出してきた。なんか小っちゃいのとでかいのがいた気がする。
「・・・なんか小っちゃいのとでかいのがいた気がする」
「どんな覚え方してるの?はあ~、ギンジ君冒険者の顔と名前はすぐに覚えるのに、何でクラスメイトの顔は覚えてないのかな~」
「それは多分ちゃんと自己紹介してないからかなあ。冒険者はちゃんと顔見て名乗るだろ。多分それが違いだ」
俺が答えると二人は呆れたように俺を見て、何か言いたそうだったが結局何も言われなかった。
「あの・・・3人ともノブタダ様とアユム様と随分親しくしているように聞こえますが、何故でしょう?水竜討伐のお礼で呼ばれただけですよね」
先程から俺達の会話を聞いていたクーミが不思議そうな顔で質問してくる。ノブの奴詳しい説明してないのか?
「ああ、私たち友達なのよ。私とヒトミが歩とギンジが津村君ね」
「ええ?それって・・・いえ・・・分かりました。ノブタダ様より丁重にお連れしろと言われた事もこれで納得できました」
・・・クーミの奴、俺達をどこかの国の貴族とか勘違いしてないよな。
「勘違いされても困るから言っておくけど、俺達は唯の平民だからな。そっちこそ領主の態度から結構いい所の出身なんじゃないのか?」
正直に平民だと伝える。流石にノブたちと同じ勇者とは言えないけど。
「家自体は伯爵なので、そこそこ身分は高いと思います。ただ、私は8人兄弟の末っ子で、側室の子なので父からはほとんど見放されています。だから身分は気にしないで下さい」
気にしないでって・・・伯爵ってそこそこ偉い身分じゃなかったか。それなのにこの態度・・・親から見放されてるって言っても貴族が平民に敬語で話しかけるなんてあるのか?
「ああ、私は小さい頃から家の召使いの奴隷の子供達と遊んでいたので、身分差は全く気になりません。そのおかげかノブタダ様から気に入られまして、奥様達の護衛兼話相手兼先生として仕える事になったんですよ。ノブタダ様の身分が高くてもやっぱり元奴隷の奥様達の護衛をするのは抵抗ある人が多いですから、私は運が良かったんです。この鎧もノブタダ様に仕える事になった記念に初めて父がプレゼントしてくれたんです」
あんまり身分差を気にしていない事を尋ねると、理由を教えて鎧を触りながら「えへへ~」と笑うクーミは、鎧なのか父からのプレゼントかは分からなかったが本当に嬉しそうだった。そして何故今回クーミが俺達の所に来たのか理解した。多分ノブの奴身分差を気にしない奴を敢えて選んだな。って事はガルラとフィナの事も当然知ってるし、俺が冒険者になってからの事も知られていると思っておいた方がよさそうだ。
「今回クーミが俺達の所に来たのは偶然選ばれた訳じゃないだろ?多分ノブが指名したんじゃないか?」
ほとんど確信しているが、念の為確認してみる。
「すごいです。よく分かりましたね。今回はノブタダ様とアユム様からの重要任務と言う事で騎士団の上の人達が手を挙げていたんですが、何故かノブタダ様が私を指名したんですよ。それで依頼を受ける時に陛下にも初めてお目通りしたんですが緊張で何も覚えてないんですよ~」
少し恥ずかしそうに自分の失敗を話してくるクーミを見て、俺は自分の考えが正しい事を確信した。一応『念話』で今確信に至った事をみんなに伝えておく。
「ふう、本日はこの村に泊まりましょう。お代はノブタダ様から預かってますからこの村で一番大きい宿に行きましょう」
日も暮れかけてきた頃に今日の目的地の村に到着すると、クーミが少しドヤ顔で言ってくる。これだけでクーミがあまり風都から外に出た事がないのが分かった。多分この大きさの村なら宿は一つあればいい方だ。無ければ村長にお願いしてどこかの空き家か村の指定された場所で野宿になる。で、案の定、
「すみません。大部屋しか取れなかったです」
この村に1軒しかない食堂兼宿屋を見つけるとクーミが交渉したが、結局大部屋が一つしか取れなかった。まあ俺達は個室があれば『自室』で寝るので全く問題ない。けどクーミはどうしようか。
「ねえ、クーミちゃん良い人っぽいから『自室』に入れてあげたら?」
「そうね。津村君に仕えているって言ってたから津村君から黙っているように言って貰えれば大丈夫なんじゃない?」
ヒトミとレイはクーミと移動中におしゃべりして打ち解けたので評価が高い。まあ、俺も風都やクソムカつく国の情報聞けたし、何よりクーミは俺達が平民って言っても全く偉そうな態度にならないんだよな。獣人二人にも俺達と変わらない態度で接しているし。
「ガルラ、フィナ、二人はどう思う?」
「私は別に構わない。今まで嘘をついている気配はなかったからな。まあ誰かに話しても主殿が扉を出さないで、知らぬ存ぜぬで通せば大丈夫だと思うぞ」
「私もお姉ちゃんと同じかな。あんなに普通に獣人に接してくれる貴族って聞いた事無いよ」
満場一致でクーミは信用できる人物だと判断された。まあバラされたらガルラの言う通りにすればいいか。
「クーミ。今から俺のスキルを見せるけど、この事は誰にも言わないって約束してくれるか?」
「へ?・・ああ、はい。大丈夫です。ノブタダ様よりギン、レイ、ヒトミの言う事は絶対に聞くようにって言われてます。ああ、夜の相手については拒否していいと言われてますので、拒否させて下さい」
・・・あの野郎、人を節操なしみたいに言うなよ。ほら、レイとヒトミが若干冷たい目で俺を見てるじゃねえか。あいつに会ったら文句言っておこう。クーミには俺達に『様』はつけなくてもいいと言ってるし、敬語じゃなくてもいいとも言っている。敬語についてはまだ少し時間がかかりそうだけど。
取り合えずクーミの言う事を信じて俺は目の前に扉を呼び出す。
「は?・・・え?え?・・・・」
「はあ~疲れた~。最近はギンジに移動任せっぱなしだったから、久しぶりに1日歩いたわね」
「うん。そうだね。少し体鈍ってるから、たまには自分達の足で移動しないとね」
俺の出した扉をいつものように開けて家に入って行く二人、その後をガルラとフィナがついて入って行く。
「あっ!フィナお風呂の準備お願い、ギンジはクーミに色々説明宜しく!」
「はーい!」
「分かった」
お風呂関係はフィナ担当なのでいつものように返事をして風呂場に向かう。俺もレイの指示に従う。
「なあ、ヒトミ。今日は疲れただろ、勉強はやめておこう」
「駄目よ~。ガルちゃんまだ二けたの割り算完璧じゃないからね~。今日はその復習だよ」
いつものようにお風呂が沸くまではガルラの勉強時間となるのだが、毎回なんだかんだ理由を付けてサボろうとするガルラをヒトミが引っ張って行くという、いつもの光景が繰り広げられている。
「ほら、クーミも中に入れって。ああ、ここで靴は脱いでな」
「は・・・はあ・・・」
訳が分かってないのか困惑した表情で俺の指示通り靴を脱いでいく。そのまま困惑したクーミにトイレの使い方や水道の使い方、変な所は絶対触らないようにと教えていく。
「ほら、ここを風都までクーミの部屋にするから好きに使ってくれ。こうすれば鍵もかかるから、あと光はこのボタン触ればついたり消えたりするからな。布団については寝る前に持って来るから布団の上げ下ろしはその時に説明する。取り合えずここなら絶対外敵は来ないから鎧を脱いで楽な格好に着替えてくれ。風呂の用意が出来たら呼びにくる」
そう言ってまだ呆然としているクーミを部屋に残して俺はリビングに向かう。リビングに入ると『影収納』で俺も楽な格好に着替えて、ソファに腰を下ろす。
「あっ!ギンジ!私も着替えさせて!」
キッチンで料理をしていたレイが俺に気付くといつものようにお願いしてくるので、影で着替えさせる。家ではみんな日本の時の格好なので、本当に日本にいるような感覚になる。ガルラも何故かTシャツとジーンズが気に入ったらしく俺から何着か貰ってそれを着回している。ただ俺とガルラは身長同じぐらいで、俺が穿くとピッタリの長さのジーンズをガルラが穿くと裾が足りていない事実は見ない事にしている。フィナはヒトミの弟達の服を着ている。そして二人の寝間着は何故か気に入ったジャージとなっている。
部屋割りだが、基本ご飯はレイの家で食べてお風呂もレイの家で入っている。理由は単純一番広くて使いやすいからだ。ただ、レイはあんまり自分の家が好きじゃないらしく寝る時は俺かヒトミの家で寝ている。ガルラがフィナの家で寝ている理由は、ガルラの家はいまや魔物の解体専用部屋になっているからだ。ガルラの唯一の趣味が魔物の解体と、ガルラらしいと言えばらしいのだが、自分の家に帰ると解体したくなるのはどうなんだと思う。まあそれで解体費用が浮いているので何も言えない。
「お風呂湧いたよ~」
基本的に各家の扉を閉めていれば音は聞こえないのだが、何故かフィナは毎回大声で風呂が沸いた事を叫ぶ。
「クーミ、風呂沸いたぞ。開けていいか?」
「は、はい、大丈夫です」
「着替えは持ったか?ウチでは毎回俺以外みんな一緒に風呂に入るから今日はクーミも一緒に入って使い方教えてもらうように」
そう言ってクーミを連れてリビングに行くと、レイがお風呂に連れて行った。俺はその間特にやる事もないので、『影収納』の整理をしている。整理をしていると、一覧にドアールの人や物が目に入るのであの時の怒り、辛さを思い出し、金子達への復讐の気持ちを再確認している。
「す、すごいです。何ですかあれ?髪の毛サラサラですよ!みんな髪の毛キレイだなって思ってましたけど、まさかあんなものがあるなんて思いませんでした。見て下さいこの髪!」
風呂から上がってきたクーミが興奮した様子で髪を見せびらかしてくる。ノブも風呂には拘っていたみたいで、クーミも毎回ノブの家で風呂に入っていたみたいだけど、さすがにシャンプーとかは無かったんだろう。クーミは初めて使ったシャンプー等に興奮している。そして部屋着だろうゆったりした服を着ていてレイとヒトミと同じように顔をパックしている。馴染むの早いな。
「俺は今から風呂入ってくるから、ここでのんびりしていてくれ」
そう言って俺も風呂に入る。俺が風呂に入っているとたまにレイとヒトミが乱入してくる事があるが、今日はクーミがいるから来ないと思うので、気にせずゆっくり風呂に入る。そして風呂から上がるといつものように夕食を食べて就寝する。
◇◇◇
「じゃあ、俺は行ってくるから留守番頼むな」
「うむ。移動か私も行くぞ」
「あっ。私も行く!」
翌朝朝食を食べ終わった後は、移動を開始する。そしていつもの如く獣人二人がお供につく。獣人は足も速いので俺の移動速度に普通についてくるから足手まといにはならないし、走るのが好きらしいので気分転換になるらしい。
「ただいま~」
昼飯を食べに一度『自室』に戻ると、偉い剣幕でレイとヒトミが詰め寄ってきて、ヒトミの家まで連れ込まれた。俺何か悪い事したか不安になる、してないよな?
「津村君最悪なんだけど、ギンジは知ってたの?」
「ホントああいう人だとは思わなかった」
いきなりノブの悪口を言われた。何で?あいつにまだ会ってないよね?
「クーミから聞いたのよ。偶に奥さん達とのアレをワザとクーミから見られるような場所でしてるんだって」
「そう、それにお風呂場になんかブヨブヨしたスライムみたいなの置いてあるんだって、何に使ってるかは臭いで分かるって言ってたけど、そんなのどう使うの?気持ち悪いんだけど」
あいつの変態性を知っている俺からすれば、二人が怒っている理由はくだらないものだった。多分、そんなの序の口だぞと言いたいが、今から会いに行くノブの評価をこれ以上下げて良い事はないだろうから二人には黙っておこう。
「言っとくけど、私は普通の以外は嫌だからね」
「私もちょっと変なのは嫌だな。ギンジ君もし興味があったら、まずは1回相談してね」