92.5話
本日2回目です
「カイル隊長、また冒険者ギルドですか?」
ギルドに入って行こうとする俺に部下が呆れたように声をかけてくる。
「ああ、こうやって何か変わった依頼がないか調べて早めに街への脅威を取り除くんだよ!」
もう何度目になるか分からない言い訳を言いながら、部下をその場に残してギルドに足を踏み入れる。実際は部下に言ったのは建前で、本音は冒険者だった頃の癖で依頼が気になるからだ。
「よお、隊長。また依頼の確認か?」
俺がギルドに入ると冒険者や職員から声がかけられる。いい加減名前覚えろとか思ってしまうが、俺も覚えてないからあんまり強くいえねえな。
「よお、カイル、また依頼の確認か?」
馴れ馴れしく俺の肩に手を回してくるのは『大狼の牙』元パーティメンバーのオールだ。こいつ一人残してパーティ解散したから後ろめたさがある。本人は仕方ねえから気にするなって言ってくれてるけど、やっぱり悪いと思ってしまう。
「ああ、特に変わった依頼はねえな。・・・・お!二つ名か」
特に変わった依頼が無い事を確認していると、掲示板の隅に二つ名についての報せが貼ってある事に気付いた。
「へえ~。二つ名なんて1年ぶりぐらいじゃねえか?何々『撲殺』のレイに『切り裂き』のヒトミってまた、えらく物騒な二つ名だな」
「おい、この『撲殺』地竜を一撃で殴り殺したって本当かよ、どんな化物だよ。『尾無し』で俺達あれだけ苦労したんだぞ。何か嘘くさくねえか」
「こっちの『切り裂き』は水竜を一撃で切り裂いたってよ。何でどっちも一撃なんだよ。嘘くせえが、本部が認めてるから多分本当なんだろうな。どんなバケモンなんだろうな」
オールと二人で掲示板の前で二つ名について色々言い合った結果、オーガみたいな筋肉達磨の女じゃねえかって事で話がついた。
「な!・・・何でこいつらが・・・カイル・・・こいつらのパーティ名を見てみろ!」
話がつくといきなり驚きの声を上げたオールの指示に従い掲示板に目を戻す。
・・・『撲殺』はウインドグラニカ所属か・・確か風の国境の街だったよな・・・行った事はねえな・・・パーティ名は・・・は?・・・え?・・・マジで何でこいつが・・・いや、こっちの『切り裂き』も同じパーティじゃねえか・・・どうなってやがる。
「な!・・・・ど、どうなってんだ?何でこいつらが『カークスの底』を名乗ってやがる?オール!こいつらに心当たりは?」
「い、いや無え。どういう事だ?こいつらこの街出身なのか?・・・いや、この街出身なら絶対このパーティ名を名乗る訳ねえ」
2人で驚きつつも更に掲示板の報せを読み進めていくと『カークスの底』がCランクの点付きになったと書いてある。そりゃあ、二つ名持ちが二人も所属してるんだ、これぐらいじゃ驚かねえが、逆に今までDランクだった事に驚きだ。まあD止めしてたから点付きにして無理やりランク上げたって所か。リーダーは『撲殺』と『切り裂き』のどっちだ?
・・・・・!!
「ブ、アハハハハ、ア~ハハハ」
「ガハハハ、おい、カイルようやく分かった。それにしても・・・ブハハハハ」
リーダーの名前を見た瞬間俺とオールは大声で笑い出す。俺もようやく合点がいった。お前なら当然そのパーティ名使うよな。
「アハハハハ、腹痛ええええ。あの馬鹿死んでねえとは思っていたけど、何で風の国に行ってんだよ。こっちに来いよ」
「まあグラニカに行ったのは理由があるんだろ。しかしギンの奴とんでもねえの仲間にしてんな」
オールのぼやきに俺はピタリと笑う事を止めた。
あいつが仲間にしてるって事は当然『影魔法』を教えても問題ない奴って事だ。この世界にそんな奴いるのか?奴隷・・・いや、それなら冒険者になれねえから違うな。・・ま、まさか・・『勇者』?・・・そうだ!絶対『勇者』だ、それならこのふざけた二つ名の由来も納得できる。
「カイル?どうした?」
俺が考え込んでいるのを心配してオールが声をかけてくるが、今はそれに答えている余裕はない。俺は慌てて受付に行き掲示板に貼ってある同じ報せを寄越すように言う。すぐに同じ物を持ってきた受付に礼を言ってから、オールに謝っておく。
「悪い、急ぎの仕事が出来た」
「あ、ああ。頑張れよ」
戸惑いながらも返事を返してくれるオールを振り返らず、俺はギルドを飛び出し領主の館に向かう。後ろから部下が慌ててついてくるが、それに気づく余裕もなかった。
「領主様!」
ノックもせずに俺の雇い主の部屋に飛び込んでいくと領主は机で書類を眺めていた。流石に普段はノックもせずに主の部屋に入る事はないが、今日は緊急の用事だ。それに俺を雇う時に礼儀は気にしなくていいと言われた事が気に入ったからこの人に雇われた。
「何だ、カイル?ノックもせずに緊急の案件か?」
「ああ、緊急だ。マリーを今すぐ許してやってくれ」
「何だ、またそれか。緊急ではないではないか」
いつも俺がお願いしている事なので領主は呆れたように手に持つ書類に再び目を向けたので、俺は手にした紙を領主に差し出し視線を遮る。今回はいつもと違う、これ以上マリーがこのままだとマジでこの街がヤバい。
「ん?何だ?二つ名か、久しぶりだな。それでこれが何の関係がある?」
「パーティ名を見てくれ」
紙に目を通していくと、恐らくパーティ名に気付いたんだろう。紙を持つ手がプルプル震えだした。
「カイル!誰だこいつらは!!何故あいつらのパーティ名を名乗っている?あいつらは死んだはずだ!」
「ああ、ガフ達は死んださ、俺もあいつらの死体は確認した。ただ、あいつらのたった一人の弟子が残ってんだよ。それがこのパーティリーダーのギンって奴だ」
領主は俺の答えに忌々しそうな顔で紙を机の上に投げる。
「それでこいつらとマリーに何の関係がある?」
「今のマリーの状態を見たらギンは必ず怒るぞ。あいつが本気で怒れば誰も手を出せねえ。多分この街が消える」
「ハッハッハッ。お前でもそんな冗談を言うんだな。たった一人に何が出来る?」
「一人じゃねえだろ?二つ名持ちが二人もいるんだ、しかもその由来読んでみろ、二人ともバケモンだぞ」
机に投げた紙を再び手にとり読み始める。今まではギンが影魔法使えるって言えなかったら、理由も言えずにマリーを許してやってくれって言ってたけど、これでどうにか領主の気が変わってくれるといいんだが。
「カイル、このギンって奴はどれぐらい強いんだ?」
「バケモンみたいに強いのは確かだ、怒ったあいつを前にしたら、情けねえが俺は恐怖で動けなかった。恐らくこの二つ名持ちの仲間と同じぐらい強いだろうな」
「そ、そんなにか・・・・・・・ふう、分かった。ガフも死んだ事だしマリーを許してやる。・・・ほら、これを返しておけ」
机からこの街の住人である証のタグを取り出し俺に渡してきたので、俺は踵を返して部屋を後にした。マリーの元に向かいながら、この街のギース達の嫌われ具合は相変わらずだと呆れてしまう。『カークス史上最悪の子供達』、『最年少賞金首』この街でのあいつらの呼び名を思えば当然か。領主も当時は相当頭を痛めていたみたいだし、国や他の貴族からも嫌味を言われていたらしいからな。
「よお、マリー。今いいか?」
「カイルじゃないか?どうしたんだい?」
街の外に立つ一軒のボロ家に向かうと家の前でマリーが洗濯をしていた。
「領主の許しが出たぞ。これで街に入れるな」
マリーにタグを渡すと、マジマジとそれを眺める。いきなり許された理由が分かんねえんだろうな。
「な、何でいきなり?何かあったのかい?」
「ほら、これ読んでみろ。ギンが成り上がってきた、それでお前がこのままだとギンが絶対怒るって領主に言ってやったら許すってよ」
「ぎ、ギンってあんた達にガフの荷物の依頼した人だよね?」
「ああ、そうだ。ガフの弟子だった奴だ。それじゃあ俺は仕事あるからもう帰るけどよ、お前に任せたい仕事があるから明日また来る」
「仕事?」
「ああ、ピエラとクリスタが子供の面倒で忙しくてな、少し家事を手伝って欲しい。詳しい話は明日な。ガッシュにも宜しく言っといてくれ」
そう言って俺はマリーの家を後にする。
「ありがとう。・・・本当にありがとう」
背後からマリーが泣いている声が聞こえてきた。
◇◇
今日は何の用事だろうか?水谷さんが珍しくクラスメイトだけで話がしたいと言ってきたからには日本関連の話題かと想像してしまう。
「みんな、ごめんね。時間もらって」
「別にいいよ」
「ああ、俺もこの時間は魔法の練習だから気にしてないよ。むしろサボれてラッキーって感じだよ」
外山さんは別段気にした事無いように答え、俺は場を和ませる為に軽く冗談を入れてみる。
「なんでわざわざ呼び出したんだよ。忙しいの分かってるだろ」
いつもの様にイラつきながら原田が答えてくる。最初はもっと大人しい性格だったのにこっちでチヤホヤされてかなり我儘になったな、こいつ。
「だからごめんって謝ってるじゃない。それよりもこれ見てよ!ちょっとみんなの意見を聞きたいの」
原田の嫌味を華麗にスルーして自分の用件をガンガン勧めていく。水谷さんは平常運転だ。原田はそれ見て嫌そうな顔をしている。ざまあ。
「二つ名?・・・って確か冒険者の奴だよね?」
「強い人に与えられる称号みたいなものだったっけ?」
「ふん、こんなの俺でも余裕でできるから、あんまり大した事ないな」
・・・全く・・原田は何でマウント取りたがるんだろう。イライラするなあ。
「そう、今回はその二つ名じゃなくて二つ名を付けられた人の名前を見てみて!『レイ』と『ヒトミ』よ!少し気にならない?」
ワクワクした感じで水谷さんが言ってくるが、俺には特に気にならないので少しみんなの様子見をしている。
「も・・もしかして『大野さん』と『田中さん』?」
外山さんが気付いたのか答えた事で俺もようやくクラスメイトに思い至った。だが、それだと何故二人が冒険者なんかやっているんだろうか?
「そう、名前が同じだから二人の可能性が高いわ。この二人が所属しているパーティって元々私が欲しかった水竜の素材を獲ってくれたパーティなのよ。それでこうやって装備も完成したからお礼でも言いたいなって思って調べてもらったらこの二人に気付いたの」
水谷さんの中ではこの二人が同級生だと確信しているような感じだけど、いつものように突っ走って間違いでしたってならなければいいんだけど。
「ただ、この二人のパーティリーダーあんまりいい話入ってこないのよ。渾名が『ヒモ』とかって言われてるし、レイとヒトミの他にも獣人の女の子を二人もパーティに入れてる典型的なハーレムパーティ作ってるのよ」
獣人!いるとは聞いた事あるけど獣人なんて見た事ないぞ。やべえチョー見てえ。尻尾や耳をモフモフしてえ。このパーティリーダーずるいな。
「取り合えずこのパーティにお礼を言いたいって口実でここまで来てもらうわ。そこでホントにレイとヒトミか確認して、本物だったら私たちで保護する!」
保護するって・・・もう水谷さんの中ではパーティリーダーを悪だと決めつけてるな。可哀想にこのパーティリーダー・・・?!!
ギ・・・ギン?!!
・・・これは偶然か?・・・いや、レイとヒトミにギンなんて揃いすぎてる。
「ククク。アハハハハハハハ!」
いきなり笑い出した俺を3人が不思議そうに見てくる。まあ誰も銀の名前なんて覚えてねえよな。もしかしたら『土屋』って苗字すら忘れているかもしれないな。
でも、やっぱりお前もこっちに召喚されていたか・・・唯、何で冒険者やってんだよ。しかも何で委員長と大野さんまで一緒に冒険者やってるんだよ。相変わらず行動の予測がつかねえ奴だな。委員長は銀に優しかったから一緒にいても不思議じゃないけど、大野さんの事は嫌ってたはずだから一緒に行動している理由も分からない。まあ、その辺は直接本人から聞けばいいか。
「ああ、ごめんごめん。少し思う所があるから水谷さんは『レイ』と『ヒトミ』を呼び出してくれない?俺はこの『パーティリーダー』を呼び出してみるよ。少し会って話を聞いてみたいからね」
キョトンしている3人に謝りながら、何とか銀だけ先に会って話を聞きたい事を伝える。
「・・・ええ、まあ、別にいいけど、このリーダー津村君の知り合い?」
「さあ、取り合えず会ってみればわかるさ」
水谷さんの質問を敢えてぼかして答える。銀を悪と決めつけた水谷さんは会えば銀の奴を絶対怒らせるだろうな。その前に会って銀には話を聞いておきたい。その後は水谷さんにきちんと説明すればいいだろう。結構大変そうだけど、できればクラスメイト同士仲良くしておいて欲しい。
「まあ津村はそのハーレム野郎と会ってればいいさ、俺達はその間大野さん達と会ってるからよ」
・・・原田は・・・別に仲良くしなくてもいいな。っていうかこいつどの口がハーレムとか言ってんだ?毎晩違う女と寝て、自分の子供何人いるか分かってんのか。しかもこの口ぶりから大野さんも狙ってそうだ。水谷さんと外山さんがすごい冷たい目で原田を見ているが、気付いていないな。
「じゃあ、方針が決まったみたいだから、俺は今から呼び出しの手紙を書くよ。水谷さんも明日には出せるように準備しておいて」
そう言ってその場は解散となった。そのあとすぐに俺は銀への手紙を書いた。かなりシンプルな内容だが、あいつにはこれで十分だろう。あとはこの手紙を持っていってもらう人選だけど、あんまり高圧的に行くとあいつはへそを曲げるからその辺も考慮しないと。