85話 風の国境都市
「ふう~無事に入れたな」
無事に風の国境都市ウインドグラニカに入れた俺が大きく溜め息を吐く。
「へえ~これが街か~。日本と全然違うね」
ヒトミが周りを見渡しながら感心したように呟く。城から助け出した時より顔色は良くなり、ボサボサだった髪もレイに肩の位置で、きれいに切り揃えてもらったので日本にいた時の清楚系な雰囲気に戻りつつある。
「私も馬車の中かその街の領主の屋敷からしか見た事ないから、こうやってここに立ってるのは新鮮だなあ」
俺の服なので長さは全然合ってなくて袖を折っていて、その上に俺の防寒用のマントを羽織ったレイ。顔をマフラーで隠して周りをキョロキョロしながら感想を述べる。そんなレイは肩甲骨の辺りまで伸びた黒髪を紐で縛ってポニーテールにしている。
「まあ、これからしばらくここに滞在する予定だからな。街の観光は後にしてまずは服を買いにいこう。特にレイは何も持ってないからな」
そう言った俺だったが、姉貴の買い物に荷物持ちとして付き合わされた時の後悔をすっかり忘れていた。
「う~ん。やっぱり全然駄目だな~」
「でも仕方ないよ。私だって全然可愛くないって思っても我慢して着てるもん」
「だよね~。でも街の人見ると、こういうのが普通っぽいからこの辺にしとこうかな。特に私はあんまり目立たない方がいいしね」
「お、終わったか?」
自分が少しげんなりした顔になっているのは分かっているが、流石に店に入ってから2時間以上待たされるとは思わなかった。幸い平民用の服屋はこの街に2軒しかないので、もう1軒店を回るだけで終わりが見えているのがいい。これが日本ならそこら辺に服屋があって終わりが見えない。
「うん。この店ではこれだけにしとく。ちょっと待ってて今着替えてくる」
・・・2時間以上選んだのにこれだけって程しかカウンターの上に服が無い。まあ、下着とかヒトミの分もあるから仕方ないのかな。
「ごめんね。ギンジ君。お金大丈夫?」
着替えに行ったレイが見えなくなった所でヒトミが申し訳なさそうに謝ってくる。ヒトミも毎日あの怖いメイドさんが着替えの服を持ってきていたので、持っている服は今着ているのと、寝間着だけだというので、ヒトミにも当然選ばせた。
「ああ、金の事は気にするな」
「・・・えっと。これだけ買って日本円でどれくらい?」
「金の事は気にするな」
「・・・怜ちゃん!!!!!ちょっと待って!!!これマズいよ!!!多分買いすぎだよ!!」
俺が答えるとヒトミは大声を上げてレイの所に走って消えてしまった。
「・・・えっと、ごめんなさい。お金は絶対返します」
「私も今着てるのがあるからいらないよ、汚れたら『洗浄』で洗えばいいし」
奥から出てきた二人が申し訳なさそうに言ってくるが、もう既に遅い。店員さんはニコニコ笑っていて、目の前のカウンターにあった服はきれいに無くなっている。
「おお、レイ。似合ってるぞ」
あんまり可愛くないとか感想を言っていたが、出てきたレイを見たらそんな事は無かった。白い厚手のワンピースの上に紺色のコートを着て、落ち着いた大人の女性って感じだ。ただ、口回りに俺の深緑色のマフラーで顔の下半分を隠しているのがよろしくない。ここは対策を考えないと。
「えっ?そう?えへへ~。・・・じゃなくてごめん。これだけ買ってくれる?」
(いや、二人ともさっきのはもう全部買ったからな。次の店行くぞ。ここじゃあれだから静かにな。一旦店から出るぞ)
あえて『念話』で黙らせて店の外から街の中心に向かう。ドアールや水都と同じように街の中心に広場がありそこに屋台が立ち並んでいる。もしかしてこっちだとほとんどの街がこういう作りになってるのかもしれない。
(ふう、ここまでくればいいか。二人とも声にも表情にも出さないでくれよ。俺は今手持ちでざっと白金貨10枚ぐらい持ってる)
(・・・いや、それがどれくらいか良く分かんない)
(銀貨1枚1万円ぐらいだな)
(・・・え!それって!銀貨の上が金貨、大金貨、白金貨・・・・って事は1億円!!!)
ヒトミはすぐに分かってくれたので、こっちのお金の価値の順番は知ってはいたんだろう。ただ、こっちに来てから城から出てないみたいだし、日本円でいくらぐらいってのが分かってなかった所に俺が銀貨1枚=1万円と教えたからすぐに気付いたんだろう。
(おお、さすがヒトミ。博識だな)
(・・・・博識だな・・じゃないわよ。何でそんな大金持ち歩いてるのよ!)
(野盗団潰してたって言っただろ?それで宝売ってだいたい白金貨2~3枚かな、あと、ムカつく貴族の家から全て奪って裏ルートに売り払ったりもしたからか)
(・・・えっと。ギンジ君何言ってるか分かんないよ)
(・・・・私も分かんない。でも考えるのはやめたわ。取り合えず遠慮しないで買い物して良いって事よね)
「ああ、そうだ。彼女が可愛い格好してくれるなら金は惜しまないぞ」
「「・・・・・」」
??
「怜ちゃん、ギンジ君ってアレだよ」
「分かってる。アレだわ」
「これは私達が自制しないと駄目だよ」
「分かってるわ。私は家で慣れてるから、瞳もハメ外さないでね」
アレって何だ?何か酷い事言われてないか。俺は彼女二人の喜んだ顔がみたいだけなんだけど?
そうして向かった2軒目ではレイが1着。ヒトミは小物系を買っただけだった。銀貨1枚だった。
「遠慮しないでもっと買っても良かったのに・・・ああ、あれか気に入ったのが無かったのか?今度貴族街の服屋行くか?それともこの国の『風都』とか行くか?」
あんまり買わなかった二人を心配して聞くが、冷たい目を向けられるだけだった。何故だ?
「さて、今から二人とも冒険者ギルドに行って登録するぞ」
飯も食って皿を洗い終わって一段落、俺が次の目標を伝えると二人は拍手をし出す。そんなに待ち望んでいたんだろうか。
3人で宿を出てから冒険者ギルドに向かう。ここもやっぱり街の中心にある。
「げっ!」
ある建物に気付くとレイが女子に相応しくない声を上げて俺にぴったりくっつき顔を隠す。幸い女神教の教会前に人はいないので気付かれる事はないが、早めに対応しないといけないと思った。
ギィ
建付けの悪いギルドの扉を開けると中にいる冒険者の視線を浴びる。まあこの時間ならいつもの事だ。絡まれる事も覚悟しているが、冒険者っぽくないレイとヒトミを連れているからだろうか特に絡まれる事なく受付までたどり着けた。
「おう、何だ色男。依頼か?」
「いや、所属の変更と、この二人の冒険者登録だ」
受付のオッサンに、首に掛けていた自分のギルドカードとレイとヒトミから身分証を渡す。このオッサン見た目ゴツイから元冒険者かな。
「はいよ。ちょっと待ってろ」
そう言って職員が席を離れていった所で、
「ねえ、ギンジ、私達何すればいいか分かんないわよ」
「ごめんね。任せっぱなしで」
2人から不安そうに声を掛けられる。
「心配するな。俺が対応するから二人は話を振られた時に合わせてくれるだけでいい」
「ほら、これが二人のギルドカードな。新人への説明はいるか?」
「いや、俺からしておくから、新人クエストの板だけくれ。指導員も俺がいるから結構だ。ああ、あとこの二人とパーティ登録したい」
「ほら、これがクエストの板だ。パーティ登録は新人クエスト終わらせてからだ。まあ引き抜き対策でパーティ組んでるって周りに言ってる新人も多いけどな」
って事は『ドアールの羽』は勝手にパーティ組んだって言ってただけか。
「おっと、まだ名乗ってなかったな。俺はシャバラだ、宜しくなギン、レイ、ヒトミ」
俺は軽く手を挙げて挨拶を返す隣でレイとヒトミはしっかり頭を下げている。そうして登録も終わったのでギルドの外に出ようとしたのだが、
「よお、色男。女二人も連れて自慢か?どっちか俺達に寄越せよ」
そう来るだろうと思ったけど当然ギルドを出る前にガラの悪い3人に絡まれる。
「悪いな。どっちも俺の女だから渡すつもりはねえよ。それよりもこの街来たばっかりだから少し教えてくれよ。酒でも奢るぞ」
絡まれて不安そうな二人の腰に手を回して引き寄せながら3人組に答える。
「おっ、よく分かってんな。だがその前にお前の名前は?どこから流れてきた?」
「ギンだ。この間まで水都にいた」
「・・・『水都』の『ギン』・・・」
言われた通り名乗ってやると3人組は俺の事を聞いた事があるのか、静かに考えだした。
「・・・・・!!お前!もしかして『採取野郎』か?」
3人の内一人が思い当たったのか俺の渾名を口にする。どんだけ俺の渾名広まってるんだろ。
「おい、なんだよその情けねえ渾名」
ギルドで飯を食ってる奴が俺たちの会話を聞いていたんだろう。会話に入ってくる。
「水都で採取だけでDランクに上がったソロ冒険者の事だ。もしかしてお前の事か?」
「確かに水都だとそんな渾名付けられてたな」
別に隠す訳でもないので正直に答える。実際その通りだし。
「ブハハハ、そんな奴がこの街に来るとはな。大丈夫か?Dからだと討伐依頼ばっかりだぞ。さっさと引退しとけよ。ガハハハッ」
目の前の奴の言葉にギルド中から笑い声が聞こえる。
「おい、俺もそいつの話聞いた事あるぜ。確か『生活魔法の使い手』とか言われてたぜ」
「何だよそりゃ。俺だって生活魔法ぐらい使えるぜ。ギャハハハ」
うーん。水都じゃ目立ってないつもりだったけど意外に渾名の方が知れ渡ってるな。この街ではもう少し大人しくしないとな。
「ちょっと、言われてるけど。いいの?」
「そうだよ、馬鹿にされてるよ」
「まあ、これぐらい挨拶みたいなもんだ。それよりも今笑ってない奴等がいたら顔を覚えていた方がいい。そっちが要注意だ」
「って事でお前だとその二人の姉ちゃんは勿体ないな、俺たちが指導してやるよ。グヘへ」
いやらしい顔で俺達に近づいてくる3人組。レイかヒトミに触ったら、蹴り飛ばしてやろう。
ギィ
そう考えていたらギルドの扉が開いて疲れた顔をした3人組パーティが入って来た。角刈りの大男とイケメンだが顔に大きな傷がある男、小さくてサル顔が特徴の男でどこかで見た事がある奴等だ。
「ふぃ~。ようやくギルドだ、今回の依頼も疲れたな~。・・・・あん?何の騒ぎだ?」
「よお、クマソン。今面白い奴が来てるぞ。水都から来たお前らなら詳しいんじゃないか?」
そう言って入り口近くの奴が角刈りの大男に声を掛け、俺を指差す。俺を見たパーティメンバー全員が驚きの顔に変わる。
「お、お前ギンか?水都にいた?」
「ああ、お前ら確か『青の鎧』だったか?久しぶりだな」
「な、何でお前がここに?」
「戦争が始まったから避難してきた」
「・・・って事はここらの野盗は終わりか。可哀想に」
『青の鎧』元々水都にいたDランクパーティだ。俺は話した事はなかったが、ゴドル達と時々話しているのを見た。確か護衛依頼とかで水都から出ていったはずだけど、まさかこんな所で会うとは。
「ああ?何分かり合った顔してんだ?お前らこの『採取野郎』と知り合いか?」
「直接喋った事はないが知っているな。何せギンの奴有名人だからな」
「そりゃあ、そうだろ、俺でさえ『採取野郎』の話は耳にしたんだ、水都でも有名だったんだろ」
そう言う冒険者にクマソン達3人は冷たい目を向ける。
「お前、『首渡し』って聞いた事ないのか?」
「ああ?あるに決まってんだろ?確かソロで水都周辺の野盗を潰し回ってる頭のイカれた奴だろ」
「その『首渡し』がこいつだよ」
あああ・・・バレた。先に口止めしておけば・・・まあ、もう水都では広まっていたからここでも近いうちにバレたかもな。それにこいつら以外にも俺の事知っている奴もいるかもしれないから、口止めしてもあんまり効果無かったかな。
・・・・・・
クマソンの言葉に今まで俺たちの会話を聞いて、野次を飛ばしていたり、ニヤニヤしていた奴等も固まっている。
「ええ?!!ほ、ホントかよ」
「嘘ついてどうすんだよ。まあ信じなくてもすぐにこの辺の野盗は壊滅していくと思うから黙って見てればいいさ。なあギン?ここでもやるんだろ?」
「ああ、当然だ」
バレてるからもう隠さなくてもいいや。
「ちょっと、危ないわよ」
「そうだよ、死んだらどうするの?」
バレてもバレなくても当然この街でも野盗を潰す気満々だったが彼女二人から止められる。止められるが後でしっかり話し合って納得してもらおう。
「気になってたけど、その姉ちゃんはお前の女か?まさかずっとソロだったお前がパーティ組むのか?」
「ああ、二人とも俺の彼女だ。色々あってパーティ組む事にしたから、何かあったら宜しくなこっちがレイ、こっちがヒトミだ」
「俺はクマソンだ。こっちがクウィーク、ヨキだ」
イケメンで傷のある大男がクウィーク、小さいサル顔がヨキだと紹介してくれた。互いの紹介も終わったので少し話を聞かせてもらおう。最初に絡んできた奴等はいつの間にかいなくなってた。
「なあ、飯でも奢るからこの街の事少し話聞かせてくれないか?」
クマソン達から了解を貰ったので、近くのテーブルに座り店員を呼ぶ。
「お前ら定食でいいな?定食3つと串焼き盛り合わせ1つ。ビール4つ。レイとヒトミは何飲む?」
「ちょ、ちょっと、ギンジ君お酒飲むの?ダメだよ。私達まだ未成年でしょ」
ヒトミが慌てて注意してくるが、ここは日本とは違い15で成人だから特に問題ないのだ。
(ヒトミ、こっちじゃ俺達はもう成人してるから問題ない。それに付き合いってのもあるんだよ)
クマソン達の前で聞かれても困るので『念話』でヒトミに事情を話す。
(付き合いって・・・ギンジ君がサラリーマンみたいな事言ってる)
「私、ワインしか飲んだ事ないけどあるのかな?」
「怜ちゃん!!!?」
おおレイも飲んでるんだ。これなら話が早い。取り合えず待たせている店員に葡萄ジュースを2つ頼んでおいた。
(レイももう飲んでるんだ?)
(教国でしょっちゅう各国のお偉いさんと会食してたからね。ワインは結構飲まされたよ。ビールは飲んだ事ないから、後でギンジの一口飲ませてね)
(じゃあ、ビールが来たら俺のとっておきのワインだしてやるよ。ヒトミはどうする?ワイン飲むか?)
(・・・・む~。何か二人とも大人になって置いて行かれた気分だよ。取り合えずビールとワイン一口ずつ貰って口に合う方を貰おうかな。駄目なら葡萄ジュースにしておく)
話もまとまった所で、ビールと葡萄ジュースが届いたので先に乾杯して飲み始める。一口目が終わった所で約束通りワインとグラスを出してレイとヒトミに渡す。グラスもう一つ買っとかないとな・・・
「あら、結構イケるね、これ」
「う~ん。飲めるけどって感じだなあ」
教国では良いワインばかり飲んでいたレイは満足そうにしているが、初めて飲んだヒトミは最初の俺と同じ微妙な反応をしている。
「なあ、ギン、そのワインってあれか?『ガフの秘蔵酒』って奴か?」
驚きの表情でヨキが聞いてくる。何でこのワインの事知ってんだろ?
「ああ、俺の師匠の秘蔵酒だ。何で知ってんだ?」
「ゴドル達から聞いたんだよ。ギンがヤバいぐらい美味いワイン持ってるってな。金貨2枚ってのはホントか?」
「・・・ゴフッ!!」「・・・ブッ!!!」
クマソンが聞いた途端隣のレイとヒトミが噴き出した。汚いな~。
「ああ、ホントだぞ。お前らも飲むか?」
「飲むに決まってんだろって言いたいが、いいのか?金は払わねえぞ」
「別にいらねえよ。この街の情報料とでも思ってくれてればいい」
もう1本ワインを取り出して、クマソンに渡すと3人とも残ったビールを一気に飲み干して大喜びでワインを注いでいく。
「ちょ、ちょっと、そんな簡単にあげていいの?金貨2枚だよ、20万円だよ?」
「飲んでる私達が言うのもアレだけど、少しは考えたら?」
「これも先行投資だよ。こっちはネットで検索とか出来ないからな。どうしても人から聞くしか情報が集まらないんだよ。だからこうやって良い印象を与えて正しい情報を仕入れやすくするんだよ」
「にしてはギンは投資し過ぎだけどな。しっかしこの酒マジで美味えな。100年前のチルラト産のワインって本気にしちまいそうだ」
俺たちの会話が聞こえていたのか、クウィークが割り込んできたが酒が美味いのか、上機嫌だ。そしてそれに納得したのか、レイもヒトミも何も言わなくなってくれた。
クマソン達からご機嫌でこの街の情報を教えて貰った後、俺たちは一度宿に戻った。




