84.5話
私はロバート・ノリス・フレイム。フレイムの名を継ぐ火の国の王である。そして世界統一を達成し、歴史に名を刻む予定の偉大な王である。ナールグイン大司教から勇者を大勢召喚できると聞いたあの日から、私は戦争を始める準備を極秘裏に開始した。
そして勇者召喚の日、教えて貰った通り装置を細工すると、10人の勇者が召喚された。2~3人の予定だったのが10人だ、10人。そのうち二人は建国王とその妃と同じ魔法が使え、一人は『四重詠唱者』とか大当たりだった。教国には教えて貰う代わりに該当の名前の人物がいた場合は教国に引き渡す約束だったが、その者はいなかったのでほっとした。
これで安心したのも束の間、召喚した勇者に困った人物が二人混じっていた。一人は『影魔法』を使える事が分かったので、我が国に災いをもたらす前に殺しておくように指示した。途中逃げられたと聞いた時は肝を冷やしたが、無事死んだと報告があって安心した。
そしてもう一人、最初は真面目だったがすぐに部屋から出てこなくなったと報告があった。しばらく様子を見ていたが、全く出てくる気配が無かった。そして水の国に攻め込むまで待っていたが結局何も変わらなかったので、こいつも殺しておくように命じたが、カワサキが戦争が終わるまで待ってくれとお願いしてきたので、言う事を聞いてやった。聞けばただ抱いてみたいという呆れた理由だったが、それで子供の機嫌がとれるなら安いものだ。そう、残りの8人の勇者は実に扱いやすい子供だった。美味い料理と顔の整った相手をつけておけば、こちらのお願いに従ってくれた。
そして、勇者達が魔法を使いこなせるようになるまで待ってから水の国に攻め込んだ。兵の数に不安はない、我が国が数も練度も勝っている。負けるはずは無いが、向こうの勇者の実力が未知数なのと何故か教国の『聖女』が参加していた事だけが心配だったが、そんな心配は杞憂だった。
水の国とわが軍がぶつかったと報告があったその日。
「陛下。わが軍は大勝です。被害は軽微。勇者様達が全て蹴散らしたとの事で、このまま予定通り水都まで進軍するとの事です」
『念話』持ちの報告を聞き、心が震える。今すぐ小躍りしたい気分だが、私は王なのだ。兵士のいる前では我慢だ。
「うむ。報告ご苦労」
それだけ伝えた後はその場から兵を下がらせて、大臣と喜びあおうと思っていたが、報告は更に続いた。
「更に教国の『聖女』も無事捕らえて勇者様2名と我が兵がこちらに移送するとの事です」
それを聞いて更に気持ちが昂る。聖女は『蘇生』魔法が使えると聞いていたので、手に入れたかった。出来る限り生きたまま捕らえるように言っておいたが、警備が厳重だろうし、可能性は低いと考えていた。まさかこれほど上手く事が運ぶとは・・・自然と笑みが浮かぶ。
「やりましたな。陛下」
「そうだな、上手くいきすぎて少し怖いがな、なんてなワハハハハ」
大臣と食事をしながら喜びを分かち合う。今日は気分がいい。だが、
「陛下!大変です!我々が捕らえた聖女様が殺害されました!」
「な、何だと!どういう事だ?誰がやった?」
喜んでいた翌日衝撃の報告が入って来た。
「聖女移送中の兵士の『念話』が突然切れたらしく慌てて確認に行った所、聖女様の遺体の胸にスギヤマ様の剣が刺さっていたとの事です。恐らくは・・」
「ええい!もうよい!スギヤマを連れてこい!」
「それが聖女を護送していたスギヤマ様・・・というか全ての兵が行方不明となっています。野営していたと思われる場所には焼け焦げた聖女と思われる遺体があるだけでした」
「な、何だと・・?」
頭が真っ白になった。何故ここでスギヤマが聖女を殺害したか理由が分からない。そして護送していた兵が消えたとはどういう事だ?・・・!勇者は、もう一人の勇者はどうした。
「勇者は2人で聖女を護送していたと聞いている。スギヤマ以外の勇者はどうした?」
「アサノ様になりますが、こちらも行方不明です」
クソッ!これでは何が起こったのかさっぱり分からんではないか。『念話』スキル持ちが懐柔でもされ勇者が隠れて結託したりする可能性を考えて、『念話』を繋いでいなかった事が悔やまれる。隣の大臣を見ると、何やら考えていたようだが顔を上げた。
「陛下。これはスギヤマが裏切ったと考えた方いいでしょう。聖女殺害後、恐らく護送していた兵も全て殺害。そしてアサノも殺されたか裏切ったか・・・いえ、ここは裏切ったと考えておく方が万全でしょう」
「何故だ?スギヤマ達が裏切る理由が分からん。スギヤマ付きのメイドの報告でも特に問題ないと聞いているぞ」
「その報告すらも噓だったかもしれませんな」
「クッ、スギヤマとアサノ付の連中は全員捕まえて、痛めつけてでもいいから話を聞け。あとスギヤマとアサノの首に賞金を懸け、冒険者ギルドに手配書を回しておけ」
そう指示すると、すぐに兵が部屋から出て行ったので静かになるが、頭が痛い。全てが上手くいっていたのに、ここで躓くとは。まあいい、もうすぐ水都が落ちたという嬉しい報告が来るはずだ。勇者二人がいなくなったのは痛いがそれでもまだ6人はいる。
そう言えば『役立たず』はカワサキが抱いた後に変な情をかけられても困るから、聖女が手に入った時点で衰弱死した事にするつもりだったが、どうするか。奴隷にでもして従わせるか・・・そうするとカワサキ達も奴隷にさせられるかもと思い警戒するから駄目だな。勇者全員の奴隷化は、兵の士気も下がるし、民の支持も得られないからまだ早い、あいつらは簡単に操れるから今までのように誘導してやる方がいい。まあ、まだカワサキが戻って来るまで時間はある『役立たず』の事は後で考えよう。
◇◇◇
「陛下!大変です!」
数日後、大臣と今後の計画を考えていたら、兵が駆け込んできた。
「何だ!」
「城内で火災が発生しました。現在消火活動を行っておりますが、火の勢いが強く難航しております。」
「火元は?」
「タナカ様の部屋からです」
・・・タナカ?誰だったか・・・ああ、あの部屋から出てこない『役立たず』か。
「すぐに火を消し止めろ。水魔法使いは全員消化活動に向かえ」
指示を出すとすぐに火を消し止めたと報告があった。
「陛下、火は無事消し止められましたが、中から遺体が一つ見つかりました。恐らくタナカ様だと思われます。胸にアサノ様の剣が刺さっていましたので、恐らく殺害された後に火を放たれたと思われます」
「アサノだと!何故アサノがタナカを・・・全く訳が分からん。・・ああ!!イライラする」
「陛下!一大事です!」
「今度は何事だ!」
「死体が!裏庭に50人以上の首を切り落とされた死体が発見されたとの報告がありました」
「「は?」」
私も大臣も言っている事に頭がついていかず驚きの声をあげる。
「しかも全て我が国の騎士団のものではないかと・・・現在確認中です」
「・・・何だと?・・・何が、一体我が城で何が起こっているというのだ」
呆然として口から疑問が言葉になるが、それに答えてくれるものはいなかったが、すぐに答えが分かった。
「城内にアサノとスギヤマがいるはずだ!すぐに探し出せ!裏庭の死体もあいつらのせいだ!城門・・・いや帝都の門を全て閉めろ!帝都中の『探索』持ちを全て動員して二人の行方を捜し出せ!」
そう指示を出したが、結局どれだけ探そうが二人が見つかる事は無かった。
帝都中を探したが見つからなかったと報告があった後、大臣と今後の事について話をしている。
「陛下。既にスギヤマ達は帝都より脱出したと思われます。そして聖女、タナカと立て続けに勇者を殺害したと言う事は・・・」
大臣の言葉に悪い想像が頭に浮かぶ。まさか・・・全員仲が良いと聞いているし、会食中も毎回楽しそうにしていたではないか。
「次はカネコ達か!!だが、それならこの城にいる間でも殺せたのではないか?」
「1人でも殺せば警備が厳重になって、この後の勇者暗殺が難しくなるとでも考えたのでしょう。タナカが1人になり他が城から出たこのタイミングで動いた事から、戦争が始まるずっと前から考えていたのでしょう。そうすると聖女の護衛を二人が担当した事も納得できます」
私や大臣含め城の連中は全員スギヤマとアサノに騙されていたのか。信じられん。
「他の連中もスギヤマ達の仲間の可能性は無いのか?あと、いきなり裏切った理由は何だ?」
「スギヤマ達と今一緒にいない時点でその可能性は低いでしょう。裏切った理由ですが、こっちに召喚された事ぐらいしか思い浮かびません」
「そうか。にわかには信じられんがそなたの言う事も考慮して、取り合えず勇者達は『水都』を落とした後は二手に分けてすぐに撤退させろ。一方は教国を経由して戻ってくるように。全員『阻害』の魔道具を身に付けさせ更に勇者だとバレないように変装させるのを忘れるな」
◇◇◇
光の教国
聖都の中心にある『大神殿』更にその中心に位置する『白塔』の最下層。純白の法衣を纏い静かに佇む初老の男性が一人で最下層の部屋に立っている。その顔は威厳に満ち溢れており着ている法衣の豪華さからかなりの地位の人物だと判断できる。
「教皇様!こちらにおられましたか!」
「何だ?騒々しい。この部屋では静かにしろ」
慌てた様子で部屋に入ってきた人物を教皇と呼ばれた人物が諭すように注意する。
「申し訳ございません。ですが一大事です。水の国を訪れていた聖女様が火の国との戦争に参加し殺害されたとの報告が入りました」
黙って報告を聞いていた教皇だが聖女が殺害されたと聞くと片方の眉がピクリと持ち上がった。・・・・だがそれ以外の反応はない。報告の続きをただ黙って待っているように見えるがその頭の中では、ずっと望んでいた報告ではない事に落胆している。
「・・・・教皇様?」
「・・・ああ、そうか死んだか。それは残念だ。今回の件、強引に進めたのはブランディッシュ大司教だったな。あやつは解任とし、後任については後日協議して決定する」
今回水の国と繋がりの深いブランディッシュ大司教が強引に聖女を水の国に派遣した。大方火の国との戦争で水の国に恩を売り、他の大司教より政治的なリードを広げておきたかったんだろう。愚かな・・・教皇がブランディッシュ大司教に抱いた感情はそれだけだった。
「・・・えっと、それだけですか?聖女の遺体の回収や火の国への抗議は如何致しましょう?」
「必要ない」
一々指示を仰ぐこの大司教に少し苛立ちながらも、それを悟られぬように教皇は一言だけ静かに答える。
「ですが『聖女』ですよ。宜しいので?」
「構わん。我らが望んでいるお方は唯一人。聖女など大して価値はない。それで大森林の方はどうなっておる?」
「聖教騎士団を派遣し、大森林に侵入する事はできたのですが進軍してしばらくしたら・・・『ハイエルフ』様が現れまして、聖教騎士団は大きな被害を受け撤退しました」
その報告に教皇は今まで我慢した苛立ちを抑えられなくなった。
「馬鹿が!相手は一人だぞ。二手以上に別れて進めば良かったではないか?」
「そ、それが、獣人の里とエルフの里の同時攻略で二手に別れて進軍したのですが、もう片方には『黒龍』が現れまして、こちらも大きな被害を受けて撤退となりました」
「クソッ!あのババアと龍はまだ生きているのか、建国王の奴隷共め!邪魔しおって!・・・分かっているな!セバールグリド大司教!各国の勇者の情報を集めたが、あの方の名前は無かった。残りは大森林のエルフか獣人の里のみだ。あの方をお連れするのが我々の使命だ!あの方をお連れすれば我らが女神様が目覚めるのだ!そうすれば我が国が世界の中心になれる!いつまでもサイの国のご機嫌を伺う必要がなくなるのだ!分かったら大森林攻略を急がせろ!」
珍しく感情を露わにして命令し大司教が立ち去った後、教皇は再び視線を部屋の中央に戻す。視線の先には大きな装置があり、ケーブルが至る所から伸びて部屋の壁に繋がっている。その装置の上には透明なガラス張りのような水槽があり、その水槽の上からもケーブルが伸びて部屋の天井に繋がっている。そしてその水槽の中には黒く長い髪を漂わせながら、教皇と同じような白い服を着て穏やかに眠る女性が浮かんでいた。
「ああ、女神様。もう少しです。もう少しであのお方をお連れ致します。そして目覚めましたら、我が教国に更なる繁栄を」
1人部屋に残った教皇の言葉が部屋に響き渡った。




