58話 出発前の準備
「・・・ン!ギン!」
腕を引かれながら耳元で大声で名前を呼ばれるので五月蠅い。呼ばれている方に顔を向けると心配そうな顔をしたエレナが俺を見ている。
「ん?どうしたんだ?っていうか耳元で大声だされると五月蠅いんだけど」
「もう!さっきから呼んでも返事しなかったのは誰なのよ・・・はあ~、もういいわ、家でお昼食べましょ」
引っ張られながらエレナの家まで行き、リビングに入ると、
「じゃあ、ギンの国のご飯食べさせて」
笑顔で飯をたかってくる。まあエレナなら良いかな。
「『自室』」
目の前に俺の家の扉が現れる。
「・・・・は?・・・・え?・・・扉?」
「ほら、行くぞ」
エレナの腕を掴んで『自室』に引っ張り込む。
「ここで靴ぬいでくれよ」
「・・・・・はい」
俺の指示に素直に従ってくれるが、多分混乱しすぎてるからだと思う。
「ほら、そこに座って」
部屋まで引っ張ってくると、キョロキョロしているエレナを座らせて、俺は机を挟んで反対に座る。
「俺の昼飯ってカップラーメンかインスタントラーメンなんだけど、どっちが食いたい?」
昼飯と言えばこの2択しかないのが、男の一人暮らしの悲しい所だ。一応簡単な料理はできるが、昼から作るには面倒くさいから我慢してもらおう。
「じゃあ、ガフから聞いてるカップラーメンで」
「はいよ」
注文を受けたので台所でお湯を沸かす。
「うわ、何その竈、勝手に火が点いた。そもそも何も燃やしてないのに何で火が消えないの?」
ガスコンロに興味津々のエレナだが、詳しく説明しても分からないだろうから、取り合えず俺の国の魔道具だと説明した。
「美味しかった~。ギンはこんな美味しい物毎日食べてるの。いいな~」
カップラーメンを食べてご満悦のエレナ。毎日カップラーメンは流石に健康に悪すぎる。昔は休みの日は毎回昼は食べてたけど、今は依頼中ぐらいか、街にいる時はギルドとか屋台で済ませる事が多い。
ご飯を食べると落ち着いたのか家の事について色々質問を受けた。特に冷蔵庫、トイレ、風呂が衝撃的だったみたいで、かなり質問責めにされたり、体験したりしていた。そうして今、
「きゃああ、何これ、髪がサラッサラッになった!」
俺のリンス兼シャンプーで髪を洗い終わったエレナが自分の赤い髪を見て興奮しているのを湯舟に浸かりながら優しい目をしてそれを眺めている。
「何これ、ズルくない?ギンの国の人は毎日こんなすごいの使ってるの?」
興奮状態のエレナが鼻息荒く聞いてくるが、そんなに興奮する程でもない安物なんだけどな。姉貴は馬鹿高いシャンプーとか使ってたけど。
「しかもお風呂まであるなんて、ギンはやっぱり元の国でも偉い人だったの?」
俺の浸かっている風呂に入ってきながら質問してくる。さすがに二人で浸かると狭いな。
「全然偉くないぞ、唯の一般人だ。風呂も各家庭に必ずあるから珍しくないし」
しばらく俺の国について質問をされ、それに答えていると満足したのかこれからの予定を聞かれる。
「今日はこの後、夕方ぐらいにガジ達の所に行って明日薬草の場所教える約束して、ギルドで指名依頼の細かい所を詰めようかな」
この街を離れるので、師匠との約束通り明日は孤児院のガジ達に薬草と魔力草の場所を教えて、採取もしてくる予定だ。
「そう、それなら私は明日ガフ達の家の契約を解除してくるわ。鍵は持ってくから」
エレナの明日の予定も決まったけど、仕事は大丈夫なのかな?聞きたいけど、聞かない方がいい気がするので、そのままにしておく。
「・・・そうすると、夕方まで暇ね」
急に艶かしい雰囲気になり、俺の首に手を回してくる。えっと、これは誘われてるって事で合ってるのか、まあ夕方まで暇だしね。仕方ないね。
「スキル」
布団で寝ていると隣のエレナが何故か唐突にスキルの確認を始めた。当たり前だが俺にはエレナのスキルは見えていない。
「変化なしか」
ポツリとエレナが呟くと、俺の方を向いてきたので、上を見ていた俺もエレナの方に向き直る。
「ギンは自分のスキルの事教えてくれたでしょう。だから私の事も教えるわ。まあ、ギン程凄いものじゃないけど、今まで誰にも話した事はないの。ギンが初めてだけど内緒にしててね」
スキルの重要性は師匠に嫌と言うほど教えられた俺は言うつもりは無いのでコクリと頷いて返事をする。
「私のスキルに『輝視』ってあるんだけど知ってる・・・訳ないわよね。私も聞いた事ないし、調べてもこの街の図書館やギルドの本には書かれていなかったわ。ガフや他のベテラン冒険者にも遠回しに聞いたりしてみたけど、誰も知らなかったわ。多分レアスキルだと思うんだけど、これがどんなスキルか私もはっきり分かってないの」
俺の持ってるレアスキルかなり有名みたいだけど、エレナのはマイナーなのかな?それとも俺以上にレアスキルとかかな。このスキルって奴覚えるのはいいけど使い方とか書いてないから困るんだよな。師匠が教えてくれなかったら『念話』を未だに使えてなかったかもしれないし。
「私が『猫宿』で働き始めた時は、今と違って誰でも指名を受けてたわ。それで丁度同じぐらいに入ったスーティンと売り上げを競いあって1年もする頃には私とスーティンが毎月の売り上げ1位と2位になっていたの。それで結構私を気に入って指名してくれる客にちょっと良いなって感じの人がいたんだけど、ある時私を指名した次の日魔物に殺されたって聞いたわ。冒険者が客だとこういう事は良くあるんだけどね。それ以降たまにだけどお客の中に目の奥が輝いて見える人が見えるようになったの。何かのスキルかな?って思って確認したら、このスキルがあったわ。で、だから何?って感じだったけど、1年ぐらいして何となく分かった事は目の輝きが見えた人は誰も死んでないって事」
「え!それって凄くね?」
絶対死なない人が分かるなんて凄くね。街じゃなくて国レベルで重宝されそうだな
「それが合っていれば凄いけどまだこのスキル覚えて2年ぐらいだから結論出すには早いわね。パーティで一人だけ生き残ったって人や、野盗に襲われて命からがら逃げてきた商人に見えた事もあるけど、逆に見えなくても同じように生き残った人も多いわ。っていうか見える人が少ないから何とも言えないって所かしら。この街の冒険者だと『大狼の牙』とギンと他数人って所ね。見えて無くても死んでない冒険者の方が多いから私の予想が合っているかは微妙かな。ただ今の所確実に言えるのは輝きが見えた人は知る限り死んでないって事ね。それが分かったぐらいからかな。指名した人が次の日に死んだなんて聞きたくなくて指名を受けるのは見えた人だけにするようになったのは」
エレナが指名をほとんど受けない理由ってそれだったんだ。
「それでも私に熱を上げ過ぎて借金奴隷になった人もいるから、そうなりそうな人は次から指名を断るようにしてるの。ギンも危なかったわよ、輝き見えていても普通新人は断るから。ただ、あのガフとギースが新人と楽しそうにしているのと二人なら新人に借金はさせないかなと思ったから指名受けたの」
ポーラスへの怒りは多分エレナじゃないと止まらなかっただろうから、師匠達がいなかったら今俺はここにいなかったかもしれないな。その時は今頃俺は賞金首だったな。
「初めて私のスキルについて話したけど、絶対じゃないからね。無理しちゃ駄目よ」
「分かってる。俺も師匠と同じで慎重派だから、無理そうならすぐ逃げるから」
「もうそろそろ着替えて出ましょう」
2人でしばらくまったりしていたがエレナが布団から起き上がりながら声をかけてくる。時計の針は16時をさしているが、エレナは時計が読めないのによく時間が分かるなと感心してしまう。そう言えば師匠や他の冒険者も見張りの時におおよその時間分かってたな。
体は疲れているので起き上がりたくないが、頑張って起き上がり、影魔法で早着替えをする。ついでにエレナにも服を着せる。
「ホントに影魔法って便利ね」
一瞬で着替えが終わったので感心したように呟く。便利な事は否定しない。
そうして二人で孤児院まで行き、ガジと明日薬草採取の約束をしてからまずは商業ギルドに向かい、師匠達の武器防具を売ってお金に換えてからギルドに向かった。途中エレナが
「私は『猫宿』でエステラ達の服を渡してくるから、先に終わったら待ってて」
そう言って別行動をしたが、待っててって事はまた家に泊めてくれるんだろうか。そんな事を考えながらギルドに行くと、俺に気付いた『大狼の牙』メンバーに取り囲まれた。
「ギン!あの依頼マジか」
「何考えてんの?」
「あんたどんだけ『カークスの底』好きなのよ」
「取り下げるなら今のうちだぞ」
あれ?カイルは?囲んできた中にカイルの姿が見えなくて不思議に思って周りを見ると、引き攣った顔でこっちに手を挙げて近づいてくる。
「よ、よお。ギン、す、少しいいか?ギルマスが話あるって。お前ら依頼の話はあとだ!」
カイルがいるって事はギルマスも戻ってきてるのか。丁度いいから謝りに行こう。カイルについてギルマスの部屋に入ると中には俺とカイル、ギルマスしかいないが少し二人とも緊張しているのか空気が変だ。でも先にギルマスには謝っておこう。
「ギルマス、昨日はすみませんでした」
「いや、こちらも済まなかった。犯罪者だと言っても職員を勝手に裁く訳には行かなかったからな」
俺が頭を下げると、ギルマスも謝罪してきた。
「ギン、カイルから全て聞いた。ああ、知ってるのは私だけだ。さすがにこの案件は超極秘事項だからな。・・・・で?お前は何を考えている?」
ギルマスが言った瞬間空気が張り詰めた。ギルマスは目の前で座っているが腰の剣に手をかけている。後ろのカイルも何となく同じようにしている気がする。少しでもおかしな動きをすれば襲い掛かってきそうだ。さすがにこの状態からだと影使う前に殺されるだろう。でも今の時点で敵として見ている訳じゃないのはマップで分かる。
「ミーサさんから聞いたかもしれませんが、1年ほど『水都』に行こうと思ってます」
多分聞きたい答えじゃないだろうなと思ったけど、案の定違った。
「違う!『影魔法』使って街を滅ぼそうとか、手当たり次第人を殺そうとか、この街の金目の物を全て盗もうとか考えてはないのか?」
う~ん。だから先輩の影魔法使いは何しでかしたんだろう。すごい気になる。
「そんな事考えていたら、真面目に冒険者なんてやってませんよ。だいたい、俺が『影魔法』使って思いついた悪い事なんて・・・・」
「なんて?」
「・・・・エレナにやったら思いっ切り叩かれました」
「何したんだ?」
あんまり言いたくないが、正直に話すと、
「アハハハハ!!」
「ヒヒ、プフ、クク、ク、クククク」
大声で笑いだすカイルと笑いを堪えようと必死だが、漏れているギルマス。
「ハハハ、レニーさん、やっぱりギンはギンだと思うぜ。心配するだけ無駄だ。まさか伝説の『影魔法』で女の服剥ぎ取る事しか思い浮かばねえなんてホント、ガフの言う通りギンは小物だな」
「うるせえな。さっきまで俺にビビッてたお前に言われたくねえよ」
「ビビッてねえし。警戒してただけだし」
「二人ともやめろ。それから座れってイスがないな。別の部屋行くか」
「ギルマス、俺が出すから大丈夫です」
そう言ってカイルの分まで影で椅子を作り、腰かける。カイルは恐る恐る指でつつきながら安全を確認してからイスに座る。
「改めて見ると凄いな。ホントに目の前に伝説の『影魔法』使いがいるとは。・・・それでギンは火の国の勇者だってのも本当なのか?」
「本当です。あっ、ギルマスこれを処分したいんですけど、どうにかなりません?」
そう言ってクソムカつく国の鎧セットを取り出す。ギルマスとカイルが鎧を確認してそれが何か分かると二人は顔を青ざめた。
「悪いけど、ギン。この街では無理だ。隣が火の国だからな、これを処理してるのがバレると大問題になる。頼むからこの街・・・いやこの国で処分しようとするのはやめてくれ。別の国で処分してくれ」
そんなに問題になるのか。でも兜1個売ったんだけど大丈夫かな?偽物だと思ってたみたいだしあれから結構経ってるから上手く処理してくれたんだろう。
「それでギンは1年程都に行くって事でいいんだな?頭の中でギンの存在を認めるのに時間が欲しいからむしろ、そうしてくれると助かる。」
頭を抱えながらギルマスが聞いてくる。あの鎧セットがあと70組ぐらいあると教えてからずっとこの格好してるけど大丈夫かな?
「はい、師匠の命令ですから従います。近々出るつもりです」
「そうか、分かった。そうそう、今日カイルと野盗のアジトを見に行ったんだけど、途中きれいに首だけ落とされた魔物が大量にいたんだが、あれはギンがやったのか?」
そう言えば何か襲われた気がするが、よく覚えていないな。
「よく覚えていないですね」
「数が多かったし、時間も限られてたから高価な物だけ回収してきたが、どうする?多分ギンの物だから、返せと言われれば返すぞ」
「いえ、俺が殺した記憶もないので、いらないです」
「それならカイルと分けるけど、後から文句を言うなよ。これで私の話は終わりだ。カイルとはこれから依頼の話があるだろ。ミーサが個室で待ってるからそこで細かい所を詰めてこい」
そうしてギルマスの部屋を後にして個室に入るとミーサさんが仕事をしながら待っていた。
「ああ、終わりましたか?カイルさんもいるから丁度いいので細かい所を詰めていきましょう。まずはギンさん、荷物はどのくらいになりそうか分かりましたか?」
師匠達の『魔法鞄』を3つ取り出す。それぞれ「男」、「エステラ」、「ターニャ」と書いた布が貼ってある。こっちの世界の文字は読めるが、書けないので昨日エレナにお願いして書いて貰った。
「この3つになります」
「はあ?3つってこんだけかよ?これで白金貨はおかしいぞ」
俺の答えに驚きの声をあげるカイル。この様子なら確実に依頼を受けてもらえそうだ。ここから3人で細かい所を詰めていったが、特に問題なく『大狼の牙』に依頼を受けて貰えた。カイル達は明日準備して明後日経つそうだ。俺も早めにこの街を離れよう。ギルドを出るとちょうどエレナがこっちに歩いてきているのが見えたので手を振って合図をする。
「ギンの方は終わった?私の方は取り合いで大騒ぎだったわよ、最終的に全部女将に任せたけどね」
笑いながら腕を組んでくるエレナに無事依頼を受けて貰った事を話していると当たり前のようにエレナの家に到着する。
「今日もギンの国のご飯食べさせてね」
という事で幸い材料は揃っていたので今日はカレーを作った。口に合うか心配だったけど、一口食べた途端無言でパクパク食べていたので、気に入ってくれたみたいだ。
「はあ~。1日に2回もお風呂入れるなんて上位貴族にでもなった気分だわ~」
何か色々寛いでシャンプーの入ったボトルをその大きな胸で大事そうに抱えているエレナを呆れて見ている。昼に風呂に入ったから俺としてはシャワーで済ませたかったが、どうしても風呂に入りたいというエレナの我儘を聞いた為、本日2回目の風呂に入っている。そしてシャンプーを気に入ったエレナがどうしてもとせがむ為、ボトル毎シャンプーをあげる事にした。どうせまた何事も無かったように容器ごと補充されてるからいいんだけどね。




