46話 地竜戦①
本日2回目です
昨日は夜から明け方まで見張り担当だったので毛布にくるまり寝ていると師匠から起こされた。
「来たぞ、起きろ」
「よう、ギース。『尾無し』はどうだ?」
こちらに歩いてくる大勢の冒険者の先頭を歩くギルマスがギースさんに聞いてくる。いつものピシッとした格好じゃなくて、軽鎧姿で新鮮だ。ただ装備品の光沢が明らかに他の冒険者と違うのでかなりの値打ち物だろう。
「今はいねえ。飯食べに行ってるんだと思う。見張ってて分かったがあいつは明け方から昼頃まで外にいて、戻ってきてからはずっと巣に引き籠ってるな」
「そうか、それなら先に飯を食うか。お前ら先に飯だ!」
ギルマスの指示で各自飯の準備を始め出す。準備をしながら色々情報の交換が行われる。
「ギルマス、今回は何人集まった?」
ギースさんが気になっていた人数の確認をする。
「俺達、Cが1、Dがお前ら入れて5だから、全部で33人だな」
「それで『尾無し』の巣ってのはホントなのかよ」
ギルマスとギースさんの会話にカイルが割って入って来たので、師匠から地竜の鱗が投げつけられる。
「ほら、昨日朝に拾ってきたやつだ、もう少ししたら戻って来るから待ってろ」
カイルは地竜の鱗を手にすると、マジマジと眺めている。他の連中も集まってきて鱗に興味深々な様子だ。
「取り合えず飯食って『尾無し』が戻ってきたら各リーダーが一度確認に行く。確認が終わったら作戦会議だ」
「『尾無し』の奴寝てたぞ。どうする?今から行くか?」
「いや、飯食いに行く前の明け方がいいんじゃないか?腹が減ってた方がいいだろ」
「腹減ってると狂暴さが増すけどな」
「どうする?ギルマス?」
昼飯も食べ終わる頃に地竜が戻ってきたので、食べ終わった各リーダーが師匠の案内で『尾無し』と周辺の地形の確認。その後、リーダーのみで作戦会議が行われているが最初の議題のいつ戦闘を始めるかで意見が割れている。寝込みに遠距離から羽を攻撃する事は意見が一致したが、昼寝している時か明け方外に出る前に仕掛けるかで話がまとまっていない。各リーダー以外も話を聞いているが基本口は挟まないのがこういう場合のルールみたいだ。
「私は朝に仕掛ける方がいいと考えている。狂暴性が増すと言ってもどっちも寝込みを襲う訳だし『尾無し』が怒りだす事には変わらないだろ。あと万が一逃げられた時に明け方ならまだこれから日が昇るから探しやすいしな。前回は昼過ぎからの戦闘で結局暗くなって逃げられたからな」
ギルマスのこの言葉で明け方『尾無し』が外に出る前に仕掛ける事が決まった。そこから詳しい作戦と各自の役割が話し合いの中で決まっていく。
「よし、作戦も決まったし、各自明け方まで休んでくれ。夜は一応各パーティから一人は見張りを出してもらうからそのつもりで」
ギルマスの言葉に解散の雰囲気になり、各パーティ毎に動き出そうとした所、
「ギルマス一つ聞きたい事がある」
1人の女がギルマスに声を掛ける。弓を背負っているので弓士だと思う。少し吊り上がった目が強気な印象を持たせるその声に動き出そうとした全員が動きを止めて注目する。
「このレイドはDランク以上の参加のはずだ。何でここに『最長』がいる?」
あ~、バレたか~。しれっと混ざってあわよくば地竜戦の見学したかったんだけど、気付かれたなら厳しいだろうから、諦めるか。
「ギンは俺らと一緒に巣を見つけたからな」
「だからどうした?『最長』はまだ新人だろ、足手まといになるだけじゃないか。まあ、まだこの場にいるのはいいさ、だけど戦闘には参加させずにここで留守番だよ」
この女の言葉に俺の事に気付いた他のパーティも頷いているから仕方ないか。ここで俺が何かやらかしたらギースさん達「カークスの底」に迷惑かかるしな。
「分かってる。ここで留守番してるよ」
「いや、駄目だ。ギンてめえは戦闘に参加だ。俺の下につけ」
素直に留守番役を引き受けようとしたら、師匠がすぐに否定してきたので驚いた。
「師匠?」、「ガフ、お前」、「本気か?」
師匠の言葉に俺やギースさん、ギルマス、その他のメンバーから驚きの声があがる。
「ガフ!あんた本気で言ってんのかい?『最長』があんたの弟子だってみんな知ってるよ!可愛い弟子だからって贔屓しようとしても駄目だよ!こいつはここに留守番だ、いいね!」
さっきの弓使いが師匠に大声を出して詰め寄ってくる。詰め寄られても師匠は慌てる事もなく、
「ギンは、新人でもかなり役に立つ。なに、戦闘に参加はさせねえよ。支援組に入れて回復とかやらせるつもりだ」
「それでも素人同然じゃないか!それでヘマされて何かあったら、あんたどう責任とるつもりなんだい?」
「そん時は俺の報酬はいらねえよ」
「師匠!!」、「な!!」、「ガフ!!!」、「マジかよ」
さらっと何でもないように言った師匠の言葉に俺やギースさん達以外にも先ほど以上の驚きの声を上げる。何故そこまでして俺に参加させようとしているのかホントに分からない。得意の『潜伏』でやり過ごして背後から攻撃ってのもあの地竜には絶対通用しないだろう。
「ガフ、あんたホントに何考えてるんだい?慎重さが売りのあんたがどうしちまったんだよ」
「・・・・・もういい、ガフそれでいいんだな。何かあったら責任は取ってもらうぞ」
更に食い下がる弓の女の言葉を今まで黙ってやりとりを聞いていたギルマスが止める。ギルマスの言葉に「当たり前だろ」と軽く返したので全員俺の参加に表面上は納得してくれたのか各パーティ毎で集まって休憩を始める。
ギースさん達と一緒に休憩ポイントに来るなり、俺は師匠に文句を言い始める。
「師匠!何であんな事言ったんですか?俺が足引っ張ったらどうするんですか?もう全員納得したから撤回できないですよ!」
「うるせえな。そん時はギンの手持ちの酒もらうからいいんだよ、って言ってもお前は後組の支援だからヘマ起こしようがねえさ。まあ、間違えて地竜のタゲ取らないようにするぐらいか」
「・・・・みんなは何で何も言わないんですか?」
「まあ驚いたが、ガフがそう言うなら必要なんだろ。まあギンがやらかしてもガフの報酬が無くなるだけだからな。俺らは痛くもないしな。ガハハハッ」
大笑いするギースさんに呆れながらもみんなを見ると、みんなギースさんと同じ意見のようだ。誰も師匠に文句を言おうとしない。
「みんな、俺を買い被りすぎですよ。まだFランクになったばかりですよ」
「お前じゃねえよ。ガフを信じているんだよ。今まで何度もガフの直感に助けられたからな。今回も多分ガフの直感は当たるんだと俺は思っているぜ」
ケインさんの言う通り俺を信じている訳じゃなくて師匠の言う事だから誰も反対しないのか。ここまで信頼される師匠ってやっぱりすげえな。
(ギン、地竜の時はお前の手持ちで一番いい短剣使え。今使ってる奴だとダメージ入らねえし、下手したら多分壊れる。あと、俺らに何かあった時はお前も戦闘に加われ、周りの事は気にするな。何か言われても俺が全部面倒みてやるから)
何故師匠がそこまで俺も買ってくれてるのか分かんない。ウィート達との訓練で少しは強いと思ったけどまだまだDランクの師匠達にはボコボコにされてるのになあ。
「そう言えば買取カウンターの人やギルド職員の人を見ますね」
ギルマスの元に集まっている人達を見て俺はさっきから不思議に思っていた事を聞いてみる。
「ああ、あいつらも元冒険者だ。全員元Cランク以上だな、ギルド職員には暴れ出す冒険者を止めれるぐらいの強さも必要だからな」
「って事はミーサさんも?」
「いや、ミーサちゃんは唯の一般職員だ。あの気の強さで腕っぷしまであったら反則だろうよ」
ミーサさんがいないので失礼な事を言って笑い出す師匠。この場にミーサさんいたら怒り出すだろうな。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
今俺は最後の見張りの役目についている。一応俺は師匠達「カークスの底」の一員とみられているのか、見張りに出された。師匠達はみんなぐっすり寝ている。ずるい。そして今、俺と見張りをしているのが、さっき俺と師匠に突っかかってきた女弓使いシーラって名前の奴だ。名前だけは教えて貰ったが後はずっと無言で見張りをしている。周りはみんな寝てるので喋る訳にもいかないけど、それにしては空気が重い。実際は2時間ぐらいだと思うが、感覚的には丸一日ぐらいその重い空気に耐え抜くと徐々にみんな起き出して、朝食の準備を始め出した。朝食を食べ終わると全員で装備の確認をしたり、荷物の確認を行い戦闘の準備を始める。そうして全員の準備が完了したら、まずは盾組6人とメインアタッカー6人が俺たちの開けた穴を通り、物音を立てずに広間に向かい配置につく。辺りは少し夜が明け始めたぐらいだが洞窟には大きな穴が外に繋がっているのでゆっくり進めば何とか歩けるぐらいの明るさになっている。
そうして配置についたギルマスから合図があった事を俺以外の『暗視』持ちが確認すると、予め決められていた俺含む20人が『尾無し』に気付かれないようにゆっくり進み配置につく。その配置の一番後ろにいる俺が師匠からの合図で洞窟内に『光』を無詠唱で3つ投げ放つ。それが戦闘開始の合図となった。
俺は『光』を投げ放つと同時に元来た道に走って戻りだす。戻る途中に、ドスッ、ザシュ、と何かが刺さる音がするとすぐに、
「グオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!」
洞窟内にものすごいでかい吠え声が響き渡る。俺の出した『光』で地竜の位置を完全に把握した19人からによる一斉射撃。たくさん刺さる音がしたから狙い通り地竜の羽にかなりの攻撃が集中したみたいだ。・・・・・昨日のギルマスの話を思い出す。
「3年前尻尾を切り落とした後、あいつもヤバいと思ったのか森に逃げ込んだんだよ。当然こっちも仕留めようと追いかけたんだが、後ろは崖って所までようやく追い詰めたと思ったら『尾無し』の奴崖に飛び降りてな。慌てて駆け寄って下を覗くとあの野郎羽を広げて滑空してやがったのを見て逃げられた事を確信した。その日はもう日も落ちたから追えなくて、明るくなってから探したけどあいつの死体も痕跡も見つけられなかった。だから今回も『尾無し』は崖から飛び降りて逃げるかもしれないから最初に羽を潰す必要がある」
昨日のギルマスの話を思い出しながらも洞窟が狭くなっている場所まで逃げ込んで振り返ると、射撃した連中がわざと大声をあげ地竜の注意を引き付けながらこちらにダッシュで戻って来る。そしてその後ろには怒りながら走ってくる地竜の姿が見える。
「もうちょっと奥に!後ろの人が入れないから!もっと奥に!」
最初から目印役として残っていた人と俺で駆け込んできた人たちを更に奥までいくように促す。そうして全員が駆け込んできた所で、
ドオオオオオオオオン!
広場から狭くなった洞窟に大きな音を立てて頭から突っ込んできた地竜だったが、予想通りデカすぎて頭しか入ってきていない。ここまで作戦通りだったが、最後の集団で入ってきたターニャやエステラさん達が走りを緩めながらも奥まで走っていくが、すれ違い様、
「当てた」
「ふふん。余裕よ」
上手くいった事にご機嫌な二人が自慢してくる所までは良かったのだが、
「何よ!外したわよ!悪い!」
ターニャとエステラの自慢が聞こえたのか俺の手前で立ち止まり文句を言ってくるシーラ。
「おい、もう少し奥に行け、その場所は!!!!!」
ドン!
「きゃあ!」
ギルマスから聞いていた通り、地竜は口を開けるとこちらに舌を伸ばしてきた。聞いてはいたけど実際見ると、まんま蛙じゃねえか。舌伸ばしは大体の射程は聞いていたので俺ともう一人が目印でその奥まで避難する事になっていたが、俺の手前で止まったシーラは当然射程圏内なので狙われた。こっちを見ていたシーラは気付いていなかったが、気付いた俺は慌ててシーラと体を入れ替えるようにしてシーラを奥に突き飛ばした。突き飛ばされて倒れたシーラは悲鳴を上げてこっちを睨みつけるが何が起こったのか理解すると驚きの表情に変わる。
「ギン!」
師匠の心配する声が聞こえるが、これは俺がヘマした訳じゃないよな。シーラのせいだよ。
くせえええ。
舌に体を纏われた俺の最初の感想がこれだった。舌には地竜の唾液がついているがそれが臭い。こいつ歯磨きしてねえだろ。感想はどうでもいいが臭くても地竜の舌、俺を巻き付けるとかなりの力で引っ張られる。このままだと地竜の朝ご飯確定だが、
ガグン!
自分の足を影魔法で捕縛した俺はその場で舌に纏わりつかれたまま静止する。そうして舌の影に俺の影を隠して地竜まで影を伸ばして仕込みをする。仕込みも済ませ静止状態にしたはいいが舌でもかなりの力で引っ張られるのでかなり苦しい。
「し、・・・師匠」
「よ~し、よくやったギン!おらああああ」
ザシュ!!!!!!
地竜の顔のかなり近くまで走っていった師匠が短剣で舌を切りつけると、限界まで伸びていた舌は切れ込みを入れたら裂けて簡単に千切れた。
「オオオオオオオオオオ!!!!!!」
再び怒って叫び声をあげる地竜だが、
捕縛!・・・・よし!俺の影魔法も通用する。
痛みで頭を振り回しているが影で拘束されている足は動かないみたいだ。一応影魔法が通用した事を確認すると捕縛を解除する。
解除されてようやく自分の後ろ脚で何が行われていたのか気付いた地竜はゆっくり突っ込んでいた頭を離して後ろを振り返る。
遠くから、
「来たぞ」、「振り向いた」、「こっからが勝負だ」
メインアタッカー達の声がして完全にこちらに背中を向けた地竜の後ろ脚や切断された尻尾の辺りが傷だらけになっていた。こっちに注意が向いている間にメインアタッカー達が攻撃した結果だ。
「よし、こっからだぞ、各自配置につけ!前の支援組は大回りで向かえ!気付かれてターゲットにされるなよ!」
師匠の声と共にほぼ全員広場に駆け出していく。
「ギン、くさい。『洗浄』」
「終わったらちゃんと体洗ってね『洗浄』」
ターニャとエステラさんからすれ違いざまに『洗浄』を掛けられる。いや二人以外にも数人俺に『洗浄』していきやがった。そんなに臭かったかな・・・・・うん、くさいな。
足元に転がっている地竜の舌から臭いが漂ってくる。
「?」
「ちょっと、いきなり止まらないでよ」
走ってアタッカー組に向かって行ったターニャが広場の手前で何故か立ち止まった為、後ろを走っていたエステラさんが抗議の声をあげる。
「今、何かすごい違和感があった」
俺のいる後ろを振り返りながら不思議そうに辺りを確認している。ターニャが違和感を感じた理由は俺には分かる、っていうか多分俺が原因だ。ターニャ達が走り出した時に地竜まで伸ばしていた影を戻していたんだけど、明るい広場に向かって俺だけ影が伸びている違和感に気付いたようだ。ターニャがこちらを振り向く前に俺は少し横にズレて伸ばした自分の影を落ちている地竜の舌に隠しながら影を元に戻したので、バレてはいないはず。
「もう、早くしないとケインとギースが危なくなるわよ!」
エステラさんの言葉にターニャは少し首を傾げながらも再び走り出してアタッカー組の方へ向かっていった。
バレなかった事にホッとした俺は足元に転がる舌が目に入る。先ほど俺を臭い粘液塗れにしたムカつく物体だ。
「くそ、後でタン塩にしてやる」
「タン塩って何よ?」
誰もいないと思って呟いた俺のボヤキが聞こえたのか何故か残っていたシーラが質問してくる。
「舌を薄く切って塩とかレモン汁で食う料理だよ」
「ふ~ん。今度食べさせてよ」
ああ、焼肉食いたくなってきた。そう言えば師匠とBBQの約束もあったな。
「今度師匠とBBQする約束してたからそん時に呼んでやるよ」
「そう、BBQが何か分からないけど食べさせてくれるならいいわ・・・・あとありがと・・・・先行くわ遅れないでよ!」
シーラから素直にお礼を言われ少し驚くがすぐに理由に思いつく。そうかやっぱり『洗浄』できれいになるって言っても粘液塗れにはなりたくないか。少し目つきはきついが美人のシーラの方が俺よりも粘液の需要があったかな。俺には粘液のよさは分からんけど、ノブは触手とか粘液とか好きだったな。




