45話 買い出し
2人で話していると、アッと言う間に街に戻ってきた。戻るとその足でギルドまで足を運ぶ。
「ギルマス呼んで、話がある」
受付窓口でターニャがギルマスを呼び出すと、すぐに対応してくれる。ポーラスの野郎がいるけど、残った師匠達が心配なので文句言うのはまた今度だ。
「どうした?珍しいな、ターニャから呼び出されるなんて」
「『尾無し』の巣を見つけた」
・・・・・・・
ターニャの言葉に回りの動きが止まる。あのギルマスでさえ驚いた顔で動きを止めている。
「ほ、本当か?嘘じゃないな?虚偽報告だったらランク降格、悪質だと除名だぞ?」
正気に戻ったギルマスが慌てて聞き直す。虚偽報告って結構厳しい罰を受けるな。
「嘘な訳ない。今は残りのメンバーが入り口を見張っている。私とギンが報告に来た」
チラリとこちらに視線を向けられたのでコクリと頷く。
「分かった。話を聞こう。・・・この街のDランク以上の冒険者はすぐにギルドに集まるように手配を」
ギルマスが近くの職員に声を掛けると、ギルド職員が慌てて動き出す。冒険者達も何人か慌てて外に飛び出していった。多分ここにいないDランク冒険者を呼びに行ったんだろう。
「それで、巣の場所はどこだ?」
「ここから南の洞窟。地下5階で採掘してたら隣の洞窟に繋がった。ガフとギンが偵察に行ったら『尾無し』が寝てたって」
ギルマスが困った顔で俺を見てくる。ターニャ所々説明足りてないから実際に偵察に行った俺が詳しく説明をする。
「そうか、あの野郎そんな所に巣を作っていたか、見つからない訳だ。分かった、報告ありがとう。二人はこの後どうする?」
「みんなの食料が心配だから買い出ししたら明日には洞窟に向かう。ギルマスはいつ出れる?」
「俺達は早くて明日・・・いや明後日だな。人が集まらなくてもどうするか伝令を走らせるから、明後日までは見張りを頼む」
そう言うとギルマスは席を離れたが、その足取りは何故か軽そうに見えた。俺達も光苔の納品を済ませギルドから出て買い出しに向かおうとすると冒険者連中に囲まれて質問攻めにされる。次々質問されるが聞かれる事はほぼ同じなのでいい加減うんざりしてきた頃に、
「おらあ!邪魔だ!そんな所で集まってんじゃねえよ」
ギルド中に男の大きな声が響き渡る。集まっていた冒険者連中はその声の主に気付くと次々その場から離れていく。そうして人混みの中から5人組のパーティーが現れた。先頭は少し目つきの悪い戦士風の男、装備からしてアタッカーだろう、その後ろには大盾を持った大男とでかいハンマーを持った男、弓を背負った女と俺や師匠と同じ様な格好をしている斥候系の女だ。雰囲気や周囲の様子からかなり強そうだ。そう思っていると、囲まれているのが俺達だと気付いた先頭の男が話しかけてきた。
「なんだ?ターニャじゃねえか?何でお前が囲まれてんだ?ケインの野郎はどうした?」
「カイル、いつ戻った?」
ターニャは先頭のカイルって男の質問に答えず質問を返す。
「今さっきだよ。それより俺の質問に答えろよ。何があった?」
「『尾無し』の巣を見つけた。ギルマスがウキウキ、戻ってすぐに悪いけどカイル達も強制参加確定」
ターニャの答えに全員驚いた顔をする、先頭の男はすぐに顔を手に当て、
「ホントあの人は『尾無し』の事となると・・・」
何やら文句を言っているが、多分ギルマスの事だろう。だがすぐに顔をあげると、
「で?ケインの野郎は?まさか別れたのか?だったらあいつの事笑いに行かねえとな」
愉快そうに嫌な事を言う。ケインさんと仲悪いのかな。
「ケイン達は今『尾無し』の巣を見張ってる。私とギンは報告に戻ってきただけ。カイルは早くエステラを諦めた方がいい。じゃないと可哀そう」
このカイルって奴エステラさんが好きでその恋人のケインさんに嫉妬してるのか。でもターニャの最後の言葉が気になるな・・・・あ~そういう事か。
弓持ちの女がターニャの言葉を聞いてアワアワしている。カイルの後ろにいるので、隣の斥候女が優しい目でそれを眺めているが、カイル本人は気付いていない。
「うるせえ。とっくに諦めてるよ。ただあの野郎俺と会うと見せつけるようにエステラを抱きしめるからムカつくんだよ」
あ~それはケインさんが悪いなあ。
「ん。分かった。ケイン殴っとく」
ターニャも恋人なのにケインさんの扱いが雑だなあ。
「それで、こいつは誰だ?」
カイルが俺の方を見ながらターニャに質問する。
「ギン、ガフの弟子覚えておいて」
ターニャ、もう少し詳しく説明してくれても・・・
「ガフの弟子?」
「うっそだろ」
「ぜってーエステラとターニャ目当てだろ」
「あいつが人に教える姿が思いつかない」
「百歩譲ってギースなら分かるんだけど」
師匠もだけど、俺も酷い事言われてるな。エステラさんとターニャの事なんて戻ってくるまで知らなかったぞ。
「ギンはガフとギースのお気に入り。あと私達が目的じゃない。最初は少し警戒したけど一度も口説かれてない、エステラも同じ」
やっぱり少しは警戒してたのか、まあ二人とも美人だからな。
「へえ~。あいつらのねえ~。ギンって言ったな。ランクは?」
ジロジロ値踏みするように俺を見てくると質問してくるカイル。
「まだFに上がったばっかりだ」
「はっ!まだまだヒヨッコか。見た事ねえから新人だな。俺らはこの街最高ランクのCランクパーティ『大狼の牙』、リーダーのカイルだ、こっちの大盾がガウル、ハンマー持ってる奴がオール、弓持ってる奴がクリスタ、斥候のピエラ」
カイルは口は悪いがこうやって自己紹介しっかりしてくれるからそこまで悪い奴じゃなさそうだ。メンバーも紹介されると手を挙げてくれるし。師匠が言っていたけどこいつらがこの街最高戦力のCランクパーティか。強そうだけど暇なときに稽古つけてくれないかな。
「宜しく、暇なときは稽古つけてくれ」
「はあ?マジかお前?Fが俺らCに稽古って・・・・度胸は認めてやる。但し容赦しねえからな」
軽く挨拶を済ませて『大狼の牙』と別れてからは他の冒険者連中に絡まれる事もなくギルドから出れたので、その足で食料の買い出しに向かう。
「何日分の食料買いこむんだ?」
師匠からは最初予備含めて5日分用意しとけって言われたから食い物はまだまだ残ってるんだよな。でも今日は街で食べるからいいとして、明日は洞窟に向けて出発、早くても明後日から地竜退治か、いや少し遅れる事も考慮すると、俺は大体2日分追加で買っとくか。
「3日分の予定。あんまり買いすぎても運べないし、腐らせるかもしれないから」
そうして二人で食料を買いこんだ後、次は道具屋に行くと言われたので俺もついていく。
「親父~」
店に入るとターニャが奥に声を掛ける。ついでにその辺の木の棒でカウンターをガンガン叩き始めて、五月蠅い。こんな事して怒られるんじゃないか?
「うるせえ!!・・・何じゃ小娘か?1人とは珍しいな。ケイン達はどうした?別れたのか?残念じゃったな、ガハハハッ・・・うおっ!!あぶねえ」
爺さんの軽口にターニャは持っていた木の棒を手加減無く投げつける。爺さんが避けなかったら、『投擲』スキルで確実に当たっていたぞ。少し後ろにいる俺からターニャの表情は見えないけど多分怒ってるんだろうな。
「親父、ポーションあるだけ出して」
「ああ?どうしたんじゃ?ウチには今中級までしかないぞ。」
「『尾無し』の巣を見つけた」
「・・・・・は?」
ターニャの言葉に驚いて固まる爺さん。そのままポックリ行かないでくれよ。
「ほんとか?おい『最長』、小娘の言ってる事ホントか?」
「ホントですよ。ギルドにさっき報告行ってきました」
「って事で後払いでポーション全部頂戴。お金は報酬貰ってから払う」
「お、おう。中級が5本、下級が20本しかないが・・・」
「それでいい。ギンはどうする?少しなら分けるけど」
「いや、俺は手持ちがあるからいいよ。」
確か上級1,中級4、下級10、毒消し3ぐらいあったはずだ。
「おい、小娘。後払いで利子はいらんから、討伐したら少しは素材をこっちに回してくれ。色付けて買ってやる」
「分かった」
爺さんは道具屋なのに竜の素材とか何に使うんだろ。肉が食いたいとかなら分かるんだけど。まだ倒してないうちから気が早いな、失敗したらどうすんだろ。
「ポーションも買ったし帰ろう。明日は8の鐘にウチに来て」
ポーションも買って道具屋を出た所でターニャに明日の集合時間を決められた後、ターニャを家まで送り届けて、俺もいつもの安宿に泊ま・・・・ろうと思ったけど何となく嫌な予感がしたので『猫宿』に向かった。今日はエレナを指名出来ないけど、給仕をしているエレナを捕まえて少し話というかお願いをして、エレナのお勧めの女の子を指名した。
翌朝、8の鐘が鳴って少ししてから師匠の家に向かう。扉を鳴らすが人が下りてくる気配がない。何度かノックした後に、『念話』を使えばいい事に気付いてターニャに『念話』をすると、予想通りまだ寝ていた。取り合えず『念話』を使って目覚めさせると寝間着のままのターニャが扉を開けてくれた。
「おはよう、ギン。まだ寝てた、来るの早い」
「いや、昨日ターニャが8の鐘に来いって言ったんじゃないか、しかも気を利かせて少し遅れてやったんだぞ」
「そうだった。少し待ってて準備してくる」
昨日、約束した時間の事はすっかり忘れていたみたいだ。そのままリビングに通されて椅子に座ってしばらく待つと、準備を済ませたターニャが下りてきた。
「待たせた。じゃあ行こう」
そうして2人で南の洞窟目指して出発する。街を出る前に広場でターニャが朝食を買っていたが、街の外に出るまでに食べ終わっていた。街から出てすぐにターニャをおんぶして洞窟に向かって走り出し洞窟までは特に問題なく辿り着き、洞窟も途中魔物を迂回しながら進んだので、戦闘になる事なく師匠達の元に戻った。
「戻った」
「おう、どうだった?」
戻るとケインさんとエステラさんは近くで毛布を被って寝ていたので起きていたギースさんが聞いてくる。師匠は穴の近くで地竜に動きがないか見張っているみたいだ。
「明日には出発する、駄目そうなら誰かに伝言を頼むって」
「そうか分かった。そう言えば街には誰がいた?Dランク連中は見かけたか?」
「何組かいた。あとカイル達がちょうど帰ってきた」
「おお、そいつは良かった。そうなると俺達以外にDランクが最低4組は欲しいな、集まるといいんだが」
ギースさんの安心した様子だと『大狼の牙』は腕もランク相当のようだ。それでもDランクがあと4組って全部で30人ぐらいになるのかな?結構な人数になるけど同士討ちとか大丈夫か?
「まあ、集まらなくてもいいじゃねえか。こっちはもう素材は頂いちまったんだからよ」
穴を警戒していた師匠が会話に混ざってくるが、俺もターニャも何を師匠が言っているのか分かっていないので首を傾げる。
「今日の明け方だよ、『尾無し』が外に出て行ってな。その時に巣の様子を探ったら、ほら見てみろ!爪と鱗がいくつか落ちてたんだよ。これだけで結構金になるぞ」
物凄い笑顔で話してくる師匠。悪い顔してんな~。ターニャも珍しいのか「ふおおおおおお」とか言いながら鱗と爪を触って感触を確かめているが、頬ずりするのはやめた方がいいと思うぞ。
「師匠、それなら今『尾無し』はいないんですか?」
「いやさっき戻ってきた。多分飯でも食ってきたんじゃねえか?今は寝ているな」
「取り合えず、俺らも飯食おう。ターニャ頼む」
そうしてターニャが買いこんだ食材を出してみんなで飯を用意し始めるが、当然俺はパーティメンバーじゃないので、自分で用意しなくちゃならない。その辺は冒険者である師匠達も結構シビアだ。準備が出来たのかケインさんとエステラさんを起こして飯を食べ始めたので、俺も荷物から屋台で買った食い物を食べ始める。
「・・・・・・??」
「明日まで暇だな~」とか思いながらぽけ~として屋台で買った串焼を食べていると、視線を感じたのでふと顔を向けると、みんなから注目されていた。何で?
「な、何かありました?」
何かしでかしたのかと思い、恐る恐る聞いてみる。した覚えはないけど知らない内にやらかしててもおかしくない。
「ギン、お前美味そうなもん食ってんな。どうしたんだそれ」
代表して師匠が聞いてきたのは俺の串焼きの事だった。食べたいのかな?でもタダであげるの無しだったよな。
「へっ?いや普通に街の屋台で買いましたけど」
「そうか、『快足』ならまだ朝買って今の時間でも大丈夫か」
勝手に師匠が納得しているが、これは一昨日買った奴だったような。
「違う、ギンは今日屋台で何も買ってない」
朝から行動を一緒にしていたターニャがすぐに否定する。
「って事は昨日買った奴かそれ。お前腹壊してもしらねえぞ・・・・何かおかしいな。ギンそれ俺に一口食わせろ」
「ええ?俺の昼飯ですよ。まあ、一口ならいいですけど、って何で全部食べるんですか!!」
師匠を信じて渡した俺の串焼きが一口で全部食べられてしまった。一口は一口だけど、全部食われるとは思わなかった。ひどい・・・
「なあ、ギン。何でこれ暖かいんだ?いつ買った奴だ?」
「買ったのはこの洞窟来る日の朝だから一昨日ですね。暖かいのはずっと『魔法鞄』に入れてたからですよ」
「・・・・・」
あれ?また無言?可笑しな事言ったかな。
「ギン、お前屋台でどれだけ買い込んだ?」
「多分5日分は買ってるはずですけど」
「よし、銅貨1枚で1食分買う!飯の時出してくれ」
「ちょっと、ガフずるいわよ」
「待て、ここはリーダーの俺が毒見の為に買う」
「いや、ギースが倒れたらマズいだろ、俺が買う」
「昨日一緒だった私のもの」
5人からいきなり詰め寄られてドン引きなんですけど、あと何で俺が飯を売る事になってるんだ?売らないよ。俺の飯が無くなる・・いや、カップラーメンとか食いつなげば何とかなるんだけど。
「俺の飯無くなるから売らないですよ」
「お願い。私達街に戻ってないから昨日からずっと干し肉と薄いスープなのよ。慣れてるけど美味しい物があるならそっちが食べたいの」
くそっ。男連中は下がってエステラさんの色仕掛けで来たか。ここまで詰め寄られたら当たってるんだけどケインさん的にはいいんだろうか。
「・・・分かりました。1品だけですよ」
結局エステラさんの感触に負けてしまった。男連中がハイタッチしてるのを見ると何か負けた気がするな。
「俺、串焼き」
「俺、豚肉系」
「俺は量が多い奴」
「スープってある?」
「私は暖かいパン」
朝に屋台で飯食ったから、最後のターニャは無視だ。
4人には正規の料金で料理を渡していく。ターニャは無視だが、文句を言ってくる。
「ターニャは昨日と今日の朝に街で食ったからやらねえぞ」
「何で?ずるい。昨日あんなに仲良くなったのに」
ちょ、言い方!うわ、ケインさんが今にも殴ってきそうな目つきで俺を見ている。
「言い方!ケインさんが勘違いするぞ!」
「何だ?お前らヤったのか?」
師匠がデリカシーの欠片も無い事を口にする。
「ヤッてませんよ!何言ってるんですか!こうなるかもって思ったから昨日『猫宿』泊まったんですよ」
昨日はアリバイ工作の為に『猫宿』に泊まっといてよかった。
「ホントか?ギン?マジでターニャに手出してねえのか?」
ケインさんが信じられないって顔で聞いてくるが、何?手を出しても良かったの?それがこっちの世界では普通なのか・・・・いや、それが普通でも人の物には手を出すつもりはない。
「当たり前じゃないですか!俺は人の物に手を出す趣味はないです。嘘だと思うならエレナに聞いて貰ってもいいですよ。昨日は『猫宿』に泊まりましたから」
「エレナか、そう言えばギンはそうだったな。ならターニャじゃ物足りねえか」
ボゴッ!!
ターニャの容赦ない拳がケインさんの腹に入る。ケインさんは言葉も出さずにそのまま地面に倒れこむが、悪いのはケインさんだから誰も心配しない。エステラさんも冷たい目でケインさんを見下ろしている。
少しひと悶着あったが、次の日の昼に討伐隊がくるまで特に何も起きなかった。




