25話 治癒
女の子はすぐにグラスを空けると、俺とエレナにお礼を言ってから部屋から出て行ったので、改めて二人で乾杯してから飲み始める。一口飲んでからさっきの回復魔法の事を聞こうとしたが、それより先にエレナが話を始める。
「ねえ、ギン。このお酒どこで手に入れたの?」
軽く、ホントに天気の様子でも聞いてくるかのようにエレナが聞いてくるもんだから、一瞬ホントの事言いそうになった。ヤバかった、出所は師匠から口止めされてるから言えない。となれば、
「企業秘密だ」
言葉の意味が通じないかもと思ったけど、何故かしっかり通じたみたいで怪しむ目つきに変わり、俺を見てくる。
「ふうん。まあいいけど。そういえば関係ないけど最近100年以上前の『チルラト産』のワインが売りに出されたらしいわ。」
おい!関係ないなら何で今その話題出した!・・・嫌な汗が出てきた。
「それを領主様が全部購入したらしいわ。全部で白金貨1枚だったそうよ」
「へえ~。って白金貨!?」
金貨の上が大金貨で白金貨はその上だろ?金貨が確か10万円ぐらいだとすると1000万円!?師匠は金貨36枚で売ったな。白金貨1枚が金貨100枚だから、やべえ商業ギルドぼろ儲けじゃねえか。師匠に明日報告しとこ。そういえば明日の予定も決めてなかったな。
「そう、白金貨。すごいわよね、お金ってあるとこにはあるんだって思ったわ。・・・それで風の噂だけど、最近ガフが大金手に入れて羽振りがいいって話があるのよ」
うん、これもうバレてるな。だけど俺は口止めされてるからバラす事はしないというか出来ない。
「更にここ最近ガフと寝た子達からガフの評価が高くてね。ギースもってなら不思議じゃないけど、何故かガフだけなのよ。お付の子に話を聞くと毎回グラスを2つ頼まれるそうなの。あら、私達も今日同じ事してるわ。不思議ねえ」
ぐおおお、すごいプレッシャーを感じる。別に悪い事してる訳でもないけど、素直に「ごめんなさい」したい。
「そうだな、不思議だなあ・・・アハハハ」
だけど、駄目だ。師匠の言いつけは守らないと、どこで話聞かれて狙われるか分からん。
「スーティンに飲ませたのもこのお酒?」
痛い、痛い。何で腕に爪立てるんですかねえ。痛いんですけど。
「いや、飲ませて無いから、結婚祝いであげただけ」
スーティンにあげた事もバレてるな。こっちは言っても問題ないだろ。
「ふうん。こんな良いお酒を結婚祝いだからって初めて会った子にあげるなんてギンは気前がいいわねえ」
うん?何かまずい予感がする。また追い詰められてない?
「今日も躊躇いなく1本出したし、ギンはあと何本このお酒持ってるのかしら?」
俺にもたれかかりながらエレナは妖しく聞いてくる。あと100本近くは持ってるが、言えねえ。
「あ、あと少し。うん、あとちょっとだけしかないな」
自分でも目が泳いでいる事が分かるが、頑張って誤魔化そうとする。エレナはジト目で俺を見ているのでまだたくさん持ってる事がバレているな。
「フフフ、意外に口が堅いじゃない。でももう少し腹芸を身に付けた方がいいわよ。表情で何考えてるかバレバレよ」
「・・・・」
悔しいけどその通りなので何も言い返せねえ。
「で?ギンは何を話したかったの?」
お酒の話からようやく解放されると、俺が気になっていた回復魔法の話題ができるようになった。
「さっきの股間に『治癒』の話」
「何?元気になったの?でも最後までするのは多分時間足りないわよ?」
いや、違う。そっちじゃない。少しそっちも気になるぐらいにはなったけどまだ大丈夫だ。でも全部疑問に思ってる事答えてもらえる時間はなさそうだな。・・・!あっそう言えば延長って出来るのかな?
「エレナ、この店って延長ってできるのか?あればしたいんだけど」
エレナは首を振って答えたので、そういうルールはないみたいだ。と思ったら、
「あるけど、おススメしないわ。最初と違って次は鐘1つで銀貨1枚よ。途中で時間になったけど、どうしても最後まで。って客が使うぐらいで使った客も終わった後は後悔しかしてないわ」
「ああ、あるにはあるんだ。じゃあ、使うか。銀貨1枚だよな、ほい」
そう言って銀貨を渡すと、エレナは呆れた表情をしながらもお金を受け取った。
「ギン、私の話聞いてた?今ならまだ間に合うわよ。でもこの鈴鳴らしたらもう無理よ。どうする?」
もう一度念を押してくるが、俺は全く構わない。まだ2回目だがエレナは信用しているので、少しでも情報が欲しい。あと、だいぶ立ち直ったがそれでもクロの事を引きずっているのでもう少しエレナと一緒にいたいってのもある。
「ああ、鳴らしていいよ。鐘1つならもう1本いけるかな?エレナ飲めそう?」
「イケるわ!」
エレナが間髪入れずに肯定して鈴を鳴らしている隣でカバンからワインを取り出すと、エレナの口の端はピクピクしている。思っている以上に気に入ってくれたみたいだ。
「何でしょう。もうそろそろ時間ですが・・・・えっ?・・・あっ!はい、了解しました。」
鈴を鳴らすと相変わらず待たずに扉が開き女の子が入ってくると、エレナは無言で銀貨1枚を渡しながら、何かハンドサインをする。何だろう?延長のサインかな?
女の子が出ていくのを確認すると、回復魔法より気になる事が出来たので、エレナにさっきのハンドサインとお店の事を聞いてみる。
「さっきのハンドサイン何?延長の合図?」
「そうよ、さっきも言ったけど延長って基本途中で時間になった客が最後までって使うものだから、行為中な訳。それで私達もお客の気を散らさないようにお金を渡してハンドサインで伝えるの。それがまさか、椅子に座って美味しいお酒飲みながらこのハンドサインをするなんて思ってもなかったわ。あの子もビックリしてたじゃない。ククク」
さっきの女の子の驚いた顔でも思い出したのか肩を震わせてエレナが笑う。笑いながら俺の肩をバシバシ叩いてくる。
「ああ、久しぶりにこんなに笑ったわ。あの子の顔見るとしばらくは笑っちゃいそうになるけどどうしてくれの、ギン?」
何で俺?言われた俺もあの子みたいに驚いた顔をしてみる。
「プ、ク、ク、あ、駄目、プ、ク、ハハ、アハハハハ。いや・・・駄目・・・ククク、我慢出来ない」
俺の驚いた顔を正面から見たエレナは笑いを堪えようと必死に耐えて最終的に俺の胸に顔を埋めて肩を震わせて俺をバシバシ叩いている。
しばらくするとようやく笑いに耐えきったようでエレナは顔を上げるとそこには未だ驚いた顔を作っている俺。再び俺の胸に顔を埋めて肩を震わせ俺をバシバシ叩き始める。さっきよりも叩き方が強いので少し痛い。
さすがに3度目は無いって言っても信じて貰えず中々顔を上げてくれないエレナをどうにか信じさせて顔を上げて貰い、ようやく話を再開する。
「なあ、この店って連続指名駄目とか、延長しても損するとか少し変じゃないか?連続指名有りの方が常連増えそうだし、延長が同じ料金なら同じ子をずっと指名する奴も出て儲かると思うんだけど、女将ってあんまり稼ぎたい訳じゃないの?」
「逆よ、ギン。稼ぎたくないわけないじゃない。連続指名すると同じ客がずっとお気に入りの子を独占しちゃうでしょ、延長料金もそれが理由の一つね。それでお気に入りの子が全然指名できないと離れていく客もいるわ。他にはずっと指名しているとこいつは「俺の女」とかお店の子に惚れちゃう勘違いした客も出てくるのよ。それを防ぐ目的もあるわね。あと、この店のルールだと客がバラけてくれるからお店の子も満遍なく指名されて不満も少ないしね。何よりここは『宿屋』だからね。太い客より多くの客よ」
目の前の利益より長期的な目で利益を見てんのかな。少し気になった事を聞けたので本題に入る事にする。
「さっきの話だと『回復魔法』って使える奴少ないのか?」
「少ないって・・・ギン、光の教国の神官しか使えないって知らないの?」
「家が田舎だったから知らねえ。『生活魔法』さえ俺の田舎誰も使えなかったから師匠に教えて貰ったぐらいだし」
「はあ?それならすぐに妊娠するじゃないの、どうしてたの?」
こちらの世界では行為が終わった後、女性に『洗浄』をかければ妊娠する事はないらしい。エレナも自分に『洗浄』してるの見たし、・・・・原因は俺だけどな。
「いや、よく分かんねえ」
まあ、ゴムなんてこの世界にないから答えられないから適当に答える。
「大丈夫なのか私が心配してもしょうがないけど。・・・回復魔法の話だったわね、回復魔法は光の教国の神官しか使えないのよ。理由は女神様への信仰心が高く特別な人達だからって言われているわ。で、光の教国では回復魔法が使える神官を各国に派遣していて・・・大体各国に10人ぐらいって聞いているわ。各国はそこから更に地方の街に振り分けていくの、この街の教会にも1人いるわよ。都には3人いるって聞いているけど、向こうは人が多い分、回復魔法必要な人も多くなるからね。」
色々情報が多すぎる、ちょっと落ち着こう。まず回復魔法使える奴が神官だけってホントか?俺は使えないけど金子や藤原でさえスキル持ってたぞ。
「回復魔法ってホントに神官しか使えないのか?他の魔法みたいに使える奴が珍しいんじゃなくて?」
「いいえ神官しか使えないわ。神官以外が使えるなんて話聞いた事ないし、いたとしたらかなり貴重な存在よ。すぐに国に問答無用で囲われるでしょうね」
マジでいないのか。ならあの馬鹿どもでも、クソムカつく国に未だに丁重に扱われてるのか。
「あと、その回復魔法ってどのぐらい治療できるんだ?中級ポーションぐらい?」
「それは神官によるわね。女神様への信仰が高ければ効果が高いって聞いた事あるけど。まあ神官によるって言っても誰が使った『治癒』でもギンのその腕のケガはすぐ直ると思うわ」
今日ゴブリンに斬られた腕を指差しながらエレナは答える。このケガは師匠の巻いてくれた白い布からすでに包帯に変わっている。さっき風呂に入った後、エレナが手際よく治療してくれたのだ。ケガした冒険者もたくさん店に来るので、女の子は治療に慣れているらしい。師匠は俺のケガは中級ポーションが必要って言ってたから『治癒』もそのくらいの回復量なのかな?
「でも治癒1回銀貨5枚だからね、気軽に使ってるのは貴族様ぐらいよ。私達平民は自分の稼ぎとケガの具合、神官の『治癒』レベルと銀貨5枚を秤にかけて教会に行くか考えるわ。噂だと『上級治癒』とかあるみたいだけど光の教国にいる神官か各国の首都にいる神官しか使えないって聞いたし平民にはとても出せない金額らしいわ」
師匠の話だと中級ポーションが金貨1枚だから、『治癒』の方がお得か。ただ教会に行かなきゃなんねえからそこはマイナスポイントになるな。
「女神様の『治癒』は『上級治癒』並だったらしいから、それなら迷う事なくお金は出すんだけどね」
「うん?ちょっと待ってエレナ。女神様って神様じゃないの?」
「違うわよ。女神様は約500年前に建国王様達と共に帝国と戦った方よ。それで戦いの後、自分の回復魔法を色々な人に教えたそうよ。まあ今でも使える神官は100人もいないみたいだけど」
建国王って聞いた事あるな。藤原の魔法が建国王と同じとか喜んでいたな?で、女神はそいつの仲間か。ホントの神様じゃないのか。まあ、貴重な回復魔法広めたんだったら神格化されててもおかしくないか、徳川家康とかと同じ感じなんだろうな。後神様になった人物誰がいたっけ?菅原道真ぐらいしか思い浮かばねえ
頭の中で考えが大きく脱線していると、エレナが俺にもたれかかってきて、トロンとした目つきで俺を見てくる。
「ねえ、ギン。少し酔った、出来れば酔いを醒ましたいわ。ベッドに行きましょ」
チラリとワインを見ると2本目が残り1/4ぐらいしか残っていない。俺はあんまり飲んでないから、延長してから今までの短時間でエレナが一人でほぼ飲んだ事になる。結構ペース早いが、全部飲むんじゃなかったのか?




