20話 洞窟探索
師匠に昨日言われた通り7の鐘の少し前に北の門に到着する。いつもの通り師匠達の姿はないが7の鐘が鳴ると師匠達がやってきた。ギースさんは普通だが、師匠は頭を抑えているので、また二日酔いみたいだ。
門にやってきた二人と挨拶を済ますと俺は早速気になっている事をギースさんに聞いてみた。
「ギースさん、背中の大盾すごいですね。ちょっと持たせてもらってもいいですか?」
そう、ギースさんは昨日装備していなかった鎧を装備し金属製の大盾を背中に背負っていたのだ。
「うん?ああいいぞ。今日も別に必要ないが、俺も鈍った体を鍛える為に装備してきただけだからな」
人の装備を借りるのはマナー違反かもと思ったがギースさんは気にする事無く普通に盾を渡してくれるので、手に持ってみる。
重!これ片手だと持ち上げるのがやっとだ。でもギースさんさっき軽々片手で持ってたな。まあ見た目から筋肉量が俺と全然違うのが分かるから仕方ないけど、俺も少しは筋トレしないと、あとスタミナか。『快足』スキルのおかげで走ってても疲れないんだけどどうやってスタミナつければいいのか・・・師匠は無駄って言ってたけど今度から素振りでもしてみるか。
今後の事を考えながらギースさんに盾を返して出発したのだが、俺とギースさんが歩く後ろを師匠が気持ち悪そうについて来ているので心配になってしまう。
「師匠、具合悪そうですけど、大丈夫ですかね」
「ああ、ガフのアレはいつもの事だ。あいつ昨日も帰ってから一人でワイン飲んでたから自業自得だ。ギンも気にすんな」
情け容赦ないギースさんだが、師匠は気持ちが悪いのか俺達の話が聞こえているだろうが何も言ってこない。しかもギースさんの話から昨日は『猫宿』行かなかったみたいだ。少しホッとする。
「ここから森に入るぞ」
30分程歩くと、ギースさんがそう言って道から外れていく。俺も後を付いていくが、入って行った所は泥濘だった。昨日買ったばかりの新品の靴が早速泥で汚れる。丈夫と言われて買った靴だが防水性はないらしく靴下もすぐにビチャビチャになった。悲しい。
「おい、ギン!いたぞ、あれが『毒森蛙』だ。」
足が気持ち悪いのを我慢してしばらく歩くとギースさんの指差す方には牛蛙並みのでかさの非常に禍々しい色をした蛙がいた。
「ほら、ギン。行って来い。」
ギースさんはそう言って大鼠のトラウマがあるこん棒を渡してくる。
「えっと、どうすればいいんですか?」
マジでどうやって倒せばいいか分からないので聞いてみると、ギースさんは少し驚いた顔をする。
「ギンは何も知らないな。毒森蛙は内臓に毒があって、それが解毒ポーションの材料になるから頭を潰すんだ。動きも遅いから簡単だが、間違えて腹を潰すと引き取り拒否されるからそこは覚えておけ。」
ギースさんに教えて貰い、蛙までこん棒を持って近づくが、全く逃げる気配がないので振りかぶって頭を潰す。大鼠と違い一発で仕留める事が出来たし、そこまで嫌な感触は手に残らない。
「簡単だろ。それをこの袋に入れろ、そんな見た目だけど表面に毒は無いから安心しろ。ガフからギンも『魔法鞄』持っているって聞いているから直接入れてもいいけど、何となく嫌だろ?」
泥まみれでおまけに禍々しい色した蛙をそのまま収納はしたくないので、言われた通りギースさんの渡してくれた袋に倒した蛙を放り込む。そこから二人で手分けして毒森蛙を探し始める。師匠はその辺でグロッキー状態で木にもたれている。今日は師匠何も指導してないな、声すらほとんど聞いてねえ。まあギースさんが代わりにやってくれてるんだからいいけど。そうして俺は『探索』で簡単に蛙を見つけられるので、見つけ次第頭を潰していくとすぐに目標の30匹を達成した。
「ギン。お前すごいな。俺まだ3匹しか見つけてないのに、もう終わりか。」
「アハハ!今日はかなり運が良いみたいですね。さっきから群れ見つけまくりですよ」
ギースさんが褒めてくれるが俺はチート能力を使っているので、乾いた笑いで誤魔化す。
「まあ、運が良いのは良い事だ。それよりもまだ時間全然あるから蝙蝠行くか?」
「ああ、それでいいぜ!ギース!ギンに棒持たせてやってくれ」
少し復活した師匠がギースさんに指示して俺の身長と同じぐらいの長い棒を渡してくれた。それからギースさんの案内でしばらく歩くと崖に暗い口を開けた洞窟が現れた。
「よし!行くか!ここは地下2階の初心者向けだからな。強えのはいねえ、だけど油断してると死ぬ事もあるから気を付けろ」
二日酔いからすっかり復活した師匠が軽く説明してくれた所で洞窟に入って行く。
魔法で周囲を照らしながら洞窟を探索していると、周りから変な鳴き声が聞こえてきた。
「おし、来たぞ!ギン!あと2~3個明かり出して周囲を明るくしろ。蝙蝠が見えたら手に持ってる棒で叩き落とせ」
師匠の指示に慌てて周囲に『光』を3つバラけるように投げる。
「無詠唱?」
あ、やべ、ギースさんいるのすっかり忘れて無詠唱で魔法使っちゃった。ここは強引に誤魔化すしかねえな。
という訳で「輝き『光』」とギースさんに聞こえるぐらいの声で詠唱っぽい事言ってから光を生み出す。すぐにギースさんは勘違いだったと思ってくれたのか、周囲の警戒を始めるが、師匠は呆れた顔でこっちを見ていた。これは後で怒られそうだ。
しかし今は戦闘中なのでそっちに集中する。俺の生み出した明かりで大きい蝙蝠が見えると俺とギースさんは手に持った棒を振り回して叩き落とす。師匠は短剣で落ちてきた蝙蝠の首を斬っていく。人手があるから簡単だけど一人だと結構大変な依頼だな。
「ふう、取り合えずこんなもんか。よし、ギン!面倒だからこのままカバンにいれとけ!多分このままでも納品受け付けてくれるだろ」
合計8匹の蝙蝠を倒すと、周囲から鳴き声が無くなったので、こちらに向かって来た蝙蝠は全て倒しきったみたいだ。師匠の指示通り首のない蝙蝠の死骸をカバンに入れていく。
「この洞窟って奥はどうなってるんですか?」
ふと、気になる事を聞いてみる。ゲームとかだと最奥に宝箱とかあるんだけど、こっちの世界ではどんな感じなのかな。
「何もねえぞ、調べ尽くされてるから新たな発見も無いしな。蝙蝠以外にモグラやミミズがいるぐらいか。偶にゴブリンがここに住み着くらしいが、すぐに討伐されるって聞くな。まだ時間もあるし奥まで行ってみるか」
師匠から返って来た答えはあんまり魅力ある内容でも無かったが、時間もある事だしって事で3人でどんどん奥に進んでいく。途中いくつか分岐はあったが師匠達は迷いなく進んでいたので地図が頭に入っているようだ。途中2回程蝙蝠の群れに襲われたが、最初よりも数が少なかったので危なげなく討伐できた。これで蝙蝠は合計16匹。
「ここだ。な?何もねえだろ?昔はこの洞窟領主が管理してたとか、街の避難所になってたとか、最奥のここに宝箱があったって話だけどホントか嘘か怪しい所だな」
洞窟の最奥は10畳ぐらいの広いスペースがあるだけでここには何も無かった。但し、ここには何も無かったのだが、少し手前の通路に脇道があるのが『探索』で分かった。しかもその脇道は見た目では分からないように埋められているみたいだった。
(師匠。この手前に脇道ありました、すぐに行き止まりになっていますけど)
(マジかよ。ホントお前の『探索』ヤベえな。当然行くに決まっている)
(ギースさんはどうしましょう?俺の『探索』バレちゃうかもしれないですね)
(ああ、そういやそうだったな。・・・そうだ!お前脇道の所で靴紐解けたとか言って立ち止まれ、そうすりゃ後は俺が何とかする)
(はあ、分かりました)
こうして洞窟の最奥のスペースを後にして今来た道を戻っていき、少し歩いた所で俺はしゃがみ込む。
「どうした?ギン?」
「靴紐結ぶんでちょっと待ってもらっていいですか?」
すぐにギースさんが声をかけてくるのは、俺の事を気にかけてくれているんだなと思い少し嬉しい。
(どっちだ?)
(俺が寄ってる壁とは反対です)
師匠がやれやれって感じで脇道がある方の壁にもたれると、違和感を感じたような演技をする。
「どうした?ガフ?・・・ギンすぐに立て!」
パーティ組んでるだけあってすぐにギースさんが師匠の動きに反応する。この辺はやっぱりベテランって感じで、すぐにギースさんは周囲を警戒する。
「この壁何か違和感あんな。ギース警戒頼む」
「マジかよ。こんな調べ尽くされた洞窟に隠し通路とかあるのか?」
ギースさんが警戒しながらも驚いているが、師匠は短剣で土壁をガンガン削っていく。すると、
カキン
師匠の短剣に何か固い物が当たる音がした。
「おいおい、嘘だろ、岩だよな」
ギースさんは驚いているが俺と師匠は脇道がある事は確信している。師匠は何も言わずに短剣を仕舞い『魔法鞄』からスコップを取り出して周りを掘り進めていく。暫くすると1枚の扉が姿を現した。
「嘘だろ。マジで隠し通路あったぞ。ただ、これは・・・」
「だな、ギースどうするよ。さすがにヤベえなこれ」
まだ3割程土に埋まっている扉を見て師匠とギースさんは困った顔をしている。俺はその扉に書かれたマークがどこかで見た事あるが思い出せなくてモヤモヤしている。
「仕方ねえ。このまま黙っているよりかはマシだろ。ちょっくら行ってくるからギースとギンは洞窟入り口で誰も入らねえか見張ってろ。くれぐれもこれ以上扉の土どかすんじゃねえぞ。」
言うだけ言って師匠はどこかに走って行ってしまった。
「師匠どこ行ったんですか?」
師匠の指示通り洞窟の入り口に向かいながらギースさんに師匠がどこに行ったのか質問してみる。
「ああ。ガフなら街に戻った。多分兵士連れてくるからまあ、大体鐘2つ~3つ待つ事になるな。入り口で飯でも食いながら待つぞ」
「??何で師匠街に帰っちゃったんですか?隠し通路って見つけたら報告の義務とかあるんですか?」
「いや違う。あの扉の紋章この街の領主のだったろ。さすがにあのまま開けるのはあらぬ疑いを掛けられるからな。兵士を呼んで中を確認してもらう。まあ、中に宝があっても没収されるが、変な罪を着せられて殺されるよりかはマシだろ」
「そういえば師匠言ってましたね。貴族の紋章入りには手を出すなって。そうか、どっかで見た事あると思ったらこのマーク領主の紋章だったのか。街の入り口とかに書いてましたね」
洞窟の入口まで戻りギースさんと二人で昼飯を食べ、話をしながら師匠を待つ。今日の昼も俺はカップラーメンだったが、ギースさんも師匠と同じでカップラーメンに興味津々で一口くれと言われたので、食べさせたら一瞬で全部食べられてしまった。俺の昼飯・・・。代わりに固いパンとスープを貰ったから腹はそこそこ膨れているが、あんまり美味しくなかった。
飯も食べ終わりしばらく待っていると、師匠が馬に乗った兵士を10人ばかり引き連れて戻ってきたが、その中の一人だけ他の兵士と違い鎧は着ていないが明らかに貴族だと分かる高そうな服装をしていた。
「おい、ギン!膝をついて頭下げてろ。ありゃあ貴族・・・領主の息子だ。」
おお、師匠凄い偉い人連れてきたな。俺もギースさんに習って膝をついて頭を下げる。
「エドワード様、こちらになりやす。ここのほぼ一番奥なんですが、初心者向け洞窟なんで、すぐに着きます」
師匠が貴族の人に洞窟の入り口を案内する。領主の息子ってエドワードって名前か。
「ここか。3人はここに残り見張りをしていろ。・・でこいつらは誰だ?」
俺は頭を下げているので、顔は見えないが、話し方から高圧的な態度が伝わってくる。
「こいつらは俺のパーティメンバーです。誰も立ち入らないように見張りをさせていました」
「ふむ、そうか。ご苦労。それでは中を案内しろ」
「ギース、ギン、行くぞ」
師匠に言われて慌てて立ち上がり、ここでようやくエドワードの顔を確認する。若い!と言っても俺より年上かな、金髪で少しぽっちゃりしてるな。痩せたらイケメンだと思う。その後はエドワードや一緒についてくる兵士をじっくり眺めたり話掛けたりする訳も無く俺達は無言で洞窟の奥を目指す。幸い魔物と戦闘になる事はなかった。
「これです。まだ罠とか調べていないのでくれぐれも触らないように頼んます」
さっきの隠し通路まで来ると師匠が扉を指し示して注意する。
「確かにこの紋章は我がエディック家の物だ。何故こんな所に」
そう言ってゆっくりドアに手を伸ばそうとするエドワードに師匠の怒声が浴びせられる。
「駄目だ!!触るな!!!・・・失礼しました。まだ罠を調べてないので少し待ってください」
「おお、そうだったな。すまん。では頼むぞ」
この貴族、素直に謝った所は少し好感が持てるな。漫画とかだと、今の師匠の言い方でさえ怒り出す奴もいるしな。
「では、失礼する前に、エドワード様、こちらの扉がまだ開かれていない事は分かりますか?」
「ふむ、まだ土に埋まっておるから当たり前ではないか。何の確認だ?」
師匠の質問に心底不思議そうに答えるエドワード。
「いえ、自分達の保身のためです。中に何もなくてもあらぬ疑いを掛けられないようにと」
「そう言う事か。分かったエドワードの名に懸けて、扉は開かれていなかったと宣言しよう。お前たちも分かったな」
エドワードは師匠の質問の意味を理解し、納得してくれたのか周りの兵士達にも言って聞かせる。この世界だと貴族って言っても案外話通じるんだな。いや、俺も実際の貴族なんて知らないし漫画やラノベの知識しかないんだけど。
(おい、ギン。俺の方で罠がないのは確認したけどお前の方で何か反応あるか?)
(いや、扉の中も反応ないですね)
師匠が扉を調べながら『念話』で聞いてきたので、特に罠など無い事を伝える。
「罠は無いようなので、今から扉を開けます。中に毒ガスが発生しているかもしれないので、少し離れて壁に張り付いて待っていて下さい」
師匠が注意すると、エドワードと兵士は慌てて距離を取る。ギースさんは松明に火をつけるとそれを師匠に渡す。
「じゃあ、ギース、開けてくれ」
ギースさんは扉を開けるとすぐに壁に張り付くので、俺も真似して張り付く。師匠は松明を中に投げ入れるとすぐに壁に張り付く。・・・・10秒ほど待つが何も起きない。次に師匠が『光』を投げ入れてチラリと中を覗き込む。暫く待って安全が確認できたのか師匠とギースさんの警戒が解けた。この辺の動きは呼吸ピッタリで二人がベテラン冒険者だって改めて認識するな。
「今から中の確認に行きます。入り口から見ていてください。」
エドワード達に声を掛けながら師匠はロープを体に結んで何か準備をしている。
「今から何をするんだ?」
「今からガフが中の確認に行きます。もしもの時は私がこのロープでガフを引っ張りだし助けます」
ギースさんの説明に納得の表情を見せるエドワード。俺もさっきから役立ってないけど、師匠達の動きは色々勉強になっている。
「んじゃあ、行ってくるぜ。何かあったら頼むぜって言っても奥はすぐに見えてるけどな」
ギースさんに声を掛け師匠は通路に入っていく。奥まで進んだ師匠がしばらく調査して異常が無い事を確認したのか手を挙げたのでみんなでぞろぞろ中に入っていく。奥には白骨死体が落ちているだけだった。
「こ、この短剣は我が家の家紋入りではないか!という事はこの方は私の血縁。いや、私の知る限り行方不明の者はいないはずだが」
白骨の死体の近くに落ちている短剣を手に驚くエドワードが、短剣を鞘から外すと中から錆びついた刀身が出てきて更に驚く。
「これはかなり年月が経っているな。いや、死体も白骨化してるから当然か」
「エドワード様、これが落ちていました」
周囲を調べていた師匠が何やら恭しくエドワードに手渡す。
「これは我が家の指輪ではないか。という事はこの死体はやはり私の血縁者、一体・・・名前!」
いきなりエドワードが叫びだし指輪の裏側を確認する。
「フーリ・エディックと書かれているが、誰かは思い当たらんな。帰ってから調べるしかないか。・・・お前たち、しばらくここは誰も入れるな。他にも隠し扉がないか調査する。」
兵士に洞窟を封鎖するように指示を出すエドワード・・・あれ?って事はしばらくここ入れない?蝙蝠の羽の数集まっていないけど、どうしよう。
「ガフとその仲間よ。ご苦労だった礼をやろう」
エドワードの言葉で隣に立っていた兵士が金貨を1枚ずつ俺達に渡すと師匠とギースさんは笑いを堪えているので、嬉しいみたいだ。まあ今回の依頼も銅貨数枚だったのが金貨1枚に変わったんだもんな。そりゃ笑いたくなるわな。
「お前たちは帰っていいぞ。そうだ!街に戻ったらこの事を冒険者に広めておけ!しばらくここに兵士を置いて誰も立ち入れないようにするからな。ギルドにもそう伝えておけ!」
偉そうに命令してきてムカつくが師匠とギースさんは頭を下げて「分かりました」と言っているので、俺も我慢して頭を下げた。