2話 鬼ごっこ
くっそおお。国外追放じゃなくて、暗殺かよ!勝手に召喚して、不吉だからとか言う理由で殺そうとしやがって、絶対許さん!
怒りに身を震わせながらも森の中を走っていく。さすがに街道だと馬持ちのオッサンに追い付かれるから森の中に逃げ込んだけど、生き残れるかは分からん。だけどこのままオッサンといたら確実に殺される。
「待て!待つのだ!大丈夫!痛くしないから!な、大人しく戻ってこい!」
俺が女子に言いたいセリフトップ10にランキングしているセリフを言いながら追いかけてくるオッサン。重そうな甲冑来ている割には結構早い。だが小5の時にクラスリレーのアンカーに選ばれ「韋駄天」と自称した俺の足に付いてこれるはずはない。・・・思えばあの時が俺の人生で一番輝いていた時だった。・・・・・そんなくだらない事を考えていると左肩に鋭い痛みが走る。
「い、いてええええ。」
痛みのある左肩に手を回すと何かが刺さっていて、引き抜くと手の平サイズのナイフだった。恐らくオッサンが投げたものだ。
「くっそおおお。痛えじゃねえか。嘘つくなよ!オッサン。」
痛みの余り後ろを追いかけるオッサンに文句を言う。
「すまん!最初だけ!痛いのは最初だけだから!だから止まれ!」
またまた俺が女子に言いたいランキング上位のセリフを言いながら追っかけてくるオッサン。最初からだけど、オッサンの言う事なんて信じる訳がない。俺は更に加速するが、左肩が痛いのと森の中なので思ったよりスピードが出ない。オッサンは持久力はあるのか段々と差を詰めてくる。
これはマズい。何か助かる方法。・・・スキル!何があった?『念話』・・・『誰か助けて!』・・・・返事がない。・・・・『ノブ!助けて!』・・・・駄目だ返事がない。・・・あともう一つ『自室』!!
最後の一つのスキルを頭で叫ぶと目の前に見慣れた扉が現れた。その扉を開けると躊躇う事なく中に入り扉を閉める。
・・・鍵!鍵!え?無い?何でだ?ヤバい!ヤバい!
いつものように鍵を掛けようとしたが、いつもの場所にあるはずの鍵がなくて滅茶苦茶焦る。マップでは赤丸が近づいて来ている。周りを見渡し武器になりそうな傘を手に取り、奥の部屋に逃げ込む前に台所から包丁を取り出し、マイルームに逃げ込み扉を閉める。マップではオッサンの赤丸が目の前に迫っている。
はぁ。はぁ。痛い。肩痛い。何で俺がこんな目に・・。いや、今はあのオッサンだ。姿見を扉の正面に置いて、自分の姿に怯んだ隙にまた外に逃げ出そう。傘と包丁持ってきたけどよく考えたら、これじゃあの全身鎧をどうもできないからな。逃げる事だけ考えろ。・・・・はぁ。はぁ。近づいてきた。もう目の前か、来るなら・・・あれ?
ここで俺は気付いた、俺の黒丸とオッサンの赤丸の距離だともう俺の家に入ってきててもおかしくない距離だが、玄関が開けられた音はしていない。不思議に思いながらも警戒していると、マップ上では俺とオッサンが重なった。別に変な意味じゃない、考えるだけで気持ち悪い。
??不思議に思っていると、赤丸が段々離れていく。
・・・・これは!この部屋は安全地帯か?外の扉は何故か見つかっていない、オッサンから見えないのか、見えなくなったのか?・・・やった。良かったああ。いや待て、大きな音を立てるな、聞こえるかもしれない。俺の家は壁薄かったから隣の生活音結構聞こえてたもんな。
幸いギシアンの声は聞こえなかったけど、そんな声が聞こえてきたら高校2年思春期真っ盛りの俺には耐えられなかっただろう。まずはさっきから痛む肩の治療をしようと思い、押し入れから救急箱を取り出す。消毒してガーゼをガムテープで貼って終わり。傷の深さがどれくらいか分からないけど無理すれば動くのでそこまで酷くはないと思いたい。肩の治療を終えて畳んである布団に腰かけて部屋を落ち着いて見渡す。窃盗犯に仕立て上げられた俺の言い分を何一つ信じてくれなかったクソ親が姉貴と別で暮らさせる為に俺に借りたワンルームだ。俺の服や勉強机、テーブル、ノブを脅かす為にノリで買った虎のマスク、漫画やゲーム全て俺の物だ。
どう見ても俺の家だよな?ここ?どうなってんだ?外に出たら元の世界に戻れる・・・・訳ないか・・・未だに赤丸が近くをうろついているからここで外に出るのは危険すぎる。・・・腹減った。飯食おう。
そうしてインスタントラーメンを作って腹が膨れた所で、疲れもあったのか一眠りしてしまった。危機感薄いけど平和な日本育ちだからね仕方ないね。とか思っていたけど、起きてマップを見た瞬間昼寝した事をものすごく後悔した。だって『探索』使うとマップの赤丸が3つぐらいに増えてるんだもん。
くそ!オッサン仲間呼んだな・・・でも3人しか仲間いないのか・・・範囲外にも仲間がいるのかな?このマップ拡大縮小・・・おお!出来た・・・って赤丸多!!
マップには近くにある3つから少し離れた距離で赤丸が円を描くように取り囲んでいる。その数約200!
しまったああ。寝たのは失敗だった。どうするこのままここで籠城するか?食料は毎週買い溜めしてるから何とか1週間分はあると思うけど、それを超えたらまずい。それまでにオッサン達が諦めてくれるのを待つ・・・方に賭けるのは怖すぎる。どこか包囲網に穴が出来ればいいけど・・・。
しばらく・・・大体1時間位待っていると範囲外から赤い三角が3つ近づいてくる。ああ、何故か時計は使えるんだよ。さすがG-ショックだ。まあ、日本と異世界の時間が合ってるか分かんねえけど、時計だと今16時って所だ。異世界の時間は・・・外出れないから分かんねえ。
それよりも増援か・・・しまったなあ、やっぱり無理してでも逃げとくべきだったか。このままじゃどんどん増援が・・・うん?何か変だな。
何故か包囲網を崩して半分程が増援の3つに近づいていく。すぐに赤い三角は中抜き三角に変わったが、動き出した赤の奴等は変わらず中抜き三角周辺でうろついている。
これは・・・罠?・・・俺が釣られて飛び出した所をって感じかなあ?ちょっと様子見かな・・・・あれ次は逆から2つ増援か?
様子見に徹しようとしたらさっきとは逆から2つ増援が現れたけど、今度は残りの半分がそちらに向かって行き、その増援がすぐに中抜き三角に変わる。マップでは丁度赤が別れて包囲に隙間が空いている。
これは罠か?・・・罠でもまた自分の部屋に逃げ込めば大丈夫か・・・顔は隠した方がいいかな。あとナイフ避けに少しでも防御力上げとかないと・・・
この時の俺はテンパっていた事もあり、何故か顔を隠す為に虎のマスクを被り、服を着こんでゆっくりと扉を開けて外に出た。外は夕暮れで時計の時刻とあまり変わりなさそうだ。幸いすぐには気付かれなかったので、ゆっくりとマップ右方向に向かう。何故右か、それはそっちから来たからでそっちに進めば元の街に戻れるかもしれないという単純な考えだった。そうして恐る恐る森の中を進んでいくが、集まった連中は元の位置に戻るのか段々散らばっていく。このままゆっくり進んでいくとすぐに追いつかれると思ったので、思わず駆けだした。当然その辺に生えてる草や藪に当たりガサガサ音が鳴るので、すぐに気付かれた。
「何だ?何の音だ?」
「追え!追え!」
「いたぞ!こっちだ!」
音が聞こえた奴等が口々に叫ぶ。更に大きな笛の音が鳴り響きマップ上の赤丸が全てこちらに動き出す。頭の中でも警報が鳴っている。
やべええ。逃げろ逃げろ、少しでも街の近くに・・・幸い森の中で薄暗いからまだ見つかってないはず、これは音を頼りに追ってきてるだけだと思いたい。
そんな事を考えていると周囲が明るく輝いた。
「なっ?」
マップでは近くまで追っ手が来ているが急に明るくなった事に驚いて思わず足を止めてしまう。あたりを見渡すと何か光の球みたいな物が宙に浮いて周囲を明るく照らしているのが見えた。
「いたぞ!って何だあいつは?」
「魔物か!見た事無い奴だが、頭は黒虎に似てるな。気を付けろ!黒虎はCランクの魔物だ。慎重にいくぞ!」
俺を見つけて可笑しな事を言っている兵士。いや、俺が可笑しな格好しているからか。だって今の俺って虎のマスク被っているもん。いや、それよりも逃げなきゃ。再び全力で走り出すが、走る時の動きや振動で肩が痛み出す。幸い兵士達は虎のマスクを被り変装した俺を魔物だと勘違いして警戒しているらしく俺を包囲するように移動しているので、少しは距離が取れたが肩の痛みがヤバい。
『自室』
頭で唱えると再び目の前に扉が出てきたので、扉を開けて部屋に飛び込む。一応部屋の奥で警戒しているが、やっぱりマップ上ではこの部屋に気付かず赤丸が俺を通り過ぎて、どんどん離れていく。
これはチャンス!
俺は再び部屋から外に出ると、ゆっくりと反対方向に足を進める。部屋から出て最初はゆっくり進んでいったが、ある程度距離が離れたので、軽いジョギングぐらいのペースで森の中を走りだすと、やっぱり肩が痛む。痛みを我慢して先に進むとマップ上に中抜き三角が3つ見えてきたので、先ほどの場所に戻ってきた事が分かった。そしてその3つが何か非常に気になったので、警戒して近づいていくが3つともさっきから全く動かない。近づくにつれ、何か異様な臭いが濃くなってくるが、我慢して警戒を怠らずにたどり着くと、そこには緑色の肉の塊が落ちていた。地面は赤い物が広がっており、最初は何か良く分からなかったが、回り込むとそちら側には頭があったのでそれが何か理解した。
「・・・これって、あれだ!・・・ゴブリンって奴だ。やっぱり異世界なんだ、ここ。・・・・う、うえええ。」
そこまで考えた所で、俺の我慢は限界で胃から内容物が逆流してきた。日本では動物が車に跳ねられて死んでいるのは見た事があったがさすがに人型の死体は初めて見た。しかもそれが首を半分程切られたり、腹が大きく裂けたりしているから、初めて見るにしては衝撃が強すぎる。
はぁ。はぁ。えっと。マップでは丸が人で、三角が魔物であってるよな、で、俺の敵は赤で、死ぬと中抜きに変化するのか?
先ほどのゴブリンの死骸から少し離れた所で『自室』に入り、口や顔を洗ってから色々考えている。今はマップの表示についてだが、これって考えればかなりの高性能だ。敵が分かる、人かモンスターか区別できる、マップの拡大縮小ができる。デフォだと多分100mの範囲が表示されて、拡大は10mぐらいまでできる、縮小は・・・『自室』だと良く分からん。今の所分かってるのはそんな所だ。あと『自室』のすごい事が分かった。いや、まだ確定ではないが、さっき食べたインスタントラーメンが何事も無かったかのように補充されている。これって部屋の物が無くなったら補充されるみたいだ、いや、虎のマスクは俺が脱いで床に落ちているだけで補充されていないな。この辺は良く分からない。そんな事を考えながらもマップを表示させていると、何人か兵士がこっちに戻ってきたみたいだ。俺のいる場所はさっきのゴブリンの死骸からは100m以上離れているが取り合えず目印になるものが欲しかったのでマップに表示されるようにはしてある。そうしていると兵士がゴブリンの死骸と接触して、しばらく動きが止まる。するとマップ外からどんどん赤丸が集まってきた所で、俺は自分の失敗に気付いた。
しまった。さっき吐いたの、そのままだった。俺がこっちに戻ってきているのがバレたか?・・・バレてるな続々集まってきてる。どうする?今から走って逃げるか?・・・いや、肩の痛みとさっき吐いたので、体の調子が悪い。それに今から夜になるから外に出るのは怖いな。このまま明日まで部屋に引き籠ろう。
そう決めると、俺はまたラーメンを食べてシャワーを浴びて布団に潜り込んだが、興奮して寝れない。マップでは赤丸がゴブリンの死骸を中心に包囲網を作っている。俺は包囲網から少し外れた所にいるが、その距離は近いので移動すれば物音ですぐに気付かれるだろう。明日からどう動くかとマップを見ていると、何故か包囲に参加していない赤丸が俺の進行方向にしばらく待機してその場から離れるそこには茶色の点が残る。その敵はすぐに移動してしばらく待機、茶色の点を残してまた移動を繰り返している。
何してんだ?残っているあの茶色い点は何だ?初めて見たな。何にせよ、俺にとって良い物じゃない事は確定してるだろうけど、明日隙があれば確認しとくか。・・・あとは・・・寝れないし・・・・スキルの確認でもしとくか。取り合えず『念話』は使い方が分かんねえな。呼びかけても反応ないし。あとは『影魔法』かこれは詠唱とか必要なのか?『影』って漫画とかだと、相手に影伸ばして身動き封じたり、影の中に入ったり、影の槍が飛び出して攻撃したり、アイテムボックスみたいに物を出し入れたりとかって感じだけど・・・まずは動くのかな・・・うおお伸びた!考えるだけでいいのか・・・しかも前後左右壁も這っていく・・・まじか・・・俺が考えてる通りに影は動く、結構自由だな。次は拘束・・・は検証できないから後回しでいいか、それじゃあ次は影に入れるのか?まずは物から・・・入んねえな。・・・・いや『収納』。
頭でそう思い浮かべると影の上にあった虎のマスクが影の中に沈んでいく。
おおすげえ!でもこれどうやって出すんだ。手突っ込めばいいのかな。
そう思い恐る恐る影の中に手を突っ込んで虎のマスクを探そうとするとすぐに手に何かが当たる。それを掴んで取り出すとやっぱり虎のマスクだった。それからしばらく影魔法について検証を行った。