18話 湧水採取
朝食を食べ終わっても起きてこない師匠達は放っておいて、俺は『猫宿』を後にした。ちなみにエレナ達昨日の夜の給仕の人達は朝の給仕はしないのでもう家に帰っているらしい。
師匠達が起きてくるまでは何もやる事が無いので、なんとなく街の広場に足を向ける。この街の中心という事で相変わらず賑わっている。広場で果物を売っている露店を見つけると、ここで買った葡萄をずっと『影収納』に入れっぱなしにしていた事を思い出した。
確か今日で5日目か。この街来てから4日で童貞捨てるなんて思わなかったな。なんか酒も普通に飲んでるし、この4日間1日1日がかなり濃くて、楽しい。・・・それより葡萄はどうなってるかな?
リュックから葡萄を取り出すと見た目は買った時と全然変わっていないので、一粒だけ口に入れると、買った時と変わらず相変わらず酸味が強いが甘さのある葡萄の味がする。
大丈夫だとは思うけど、まだ4日目なんだよな。時間経過してるかどうかはまだ判断できないからもう少し日が経ってから確認するか。後は色々スキルで確認したい事が他にもあるけど、一人だと出来ないやつもあるし、一人にならないと出来ない事もあるからな。スキルを全部話せる仲間が欲しいな。師匠に『影魔法』の事を言っても大丈夫そうだけど、万が一、あのクソムカつく国と同じ反応されたら、ショック過ぎて俺は立ち直れそうにないから、やっぱりまだ言えねえなあ。
色々考えながら、広場をうろつきながら、露店を冷やかしたり食い物を買って食べたりしながら師匠達が来るのを待つ。
「おい!お前『最長』だろ?」
道の脇に座ってボーッとしながら待っていると、何となく嫌な感じで声を掛けられたので声の方向に顔を上げると、そこには4人の冒険者風の男女が立っていた。当然顔は知らない。
「誰?」
4人とも顔は知らないので、俺の知り合いではない。ただ、俺の渾名を呼んでるって事は俺の事は知っている人みたいだ。何故か俺の渾名は有名みたいだし、知っていても不思議ではないが、そんな風に敵意を向けられる覚えはない。
「俺達は『ドアールの羽』っていうパーティだ。お前が噂の『最長』か、あんまり強く見えないな。ハッ」
歳は4人とも俺と同じぐらいか、初対面なのに強く見えないなとか失礼な事を言ってくる嫌な奴らだな。
「強く見えなくて当たり前だろ実際弱いんだから」
師匠との訓練やゴブリンとの戦闘で俺が弱い事は知っているので、当たり前の事を言われてムカつくが言い返さずに肯定する。
「ハハハ、こいつ弱いって自分で認めてるぞ。こんなんが俺らの後輩か情けねえ、いいか良く聞け!『最長』とか言われて調子乗って勘違いしていると痛い目見るからな!良く覚えとけ!」
そう言って4人は立ち去って行ってしまった。
何だったんだアレ?何が言いたかったのか分かんねえぞ?冒険者の暗黙の何かかなあ、師匠に後で聞いとこう。
◇◇◇
「はあ?『ドアールの羽』?ああ、そいつらまだ駆け出しだな。確かギンの来る1週間ぐらい前に冒険者になった奴等じゃねえか?大方指導員制度で有名になったギンに嫉妬してるだけだろ。ほっとけ、気にすんな」
お昼になってようやく広場にやってきた師匠達にさっきの事を聞くと、こう返された。
なんだ、絡まれただけか。じゃあ、どうでもいいか。それよりも
「師匠!ギースさん!昨日あの後、もう1回女の子誘ったそうじゃないですか!何で俺も呼んでくれないんですか?」
「ガハハハッ。バレちまってたのか。まあいいじゃねえか。2回目はギースも自分で出したんだからよ。それよりもだ!エレナはどうだった?」
二人は俺の肩に手を回し下卑た笑いを浮かべながら昨夜の事を聞いてくる。傍からみたらカツアゲされてるようにでも見えるんじゃないかこれ。
「気持ち良かったですよ」
別に隠す事でもないので正直に言う。ただ、昼間の人通りの多い場所でする話ではないが、俺も昨夜の事を誰かに話したくて仕方なかったので、気にしない。
「で?他は?」
「ん?他って言われても気持ち良かったとしか・・・」
「ちっ!つまんねえ」
「これだから童貞は」
俺が反応に困っていると、二人は俺の肩から手を離して酷い言葉を浴びせる。
「師匠、残念、俺はもう童貞じゃないです。立派な大人です」
しかし師匠の酷い言葉はしっかり否定しておく。だって間違ってるから。
「おい、ガフ。お前どんな指導してんだ?お前の弟子調子乗ってるから多分死ぬぞ」
「死んだ原因が『エレナとヤッて調子乗ってたら死にました』か情けねえ死に方だな」
「ちょっと!二人とも変な事言うのやめて下さいよ!本当になったら嫌じゃないですか!」
二人の不吉な物言いに俺は怒りながら文句を言うが、何となくノブと馬鹿話してる時のような懐かしさみたいな物を感じて楽しくなる。
「まあ、軽い冗談だが、調子に乗ってあっさり死ぬ奴は多いから気をつけろ」
冗談なのか、警告なのか良く分からん事をギースさんから言われる。ギースさんは多分冗談で言ってると思うが、俺には警告にしか聞こえない。
「それじゃあ、今日は時間もあんまりねえしギンがあっさり死なねえように採取系の依頼だな。ラチナの実を探しながら湧水まで行くか。ギース、お前どうする?」
「それぐらいなら、俺もついてくか。少しは運動して、この鈍った体を元に戻さないとな」
「んじゃあ、ギン、俺ら一旦家に戻って準備してくるから、お前はギルドで受付済ませて待ってろ。湧水行くって受付に言えば採取用の革袋準備してくれるからな。俺とギースの分も用意してもらっとけよ。飯はこの辺の屋台で済ませとけ」
師匠からの指示通り、屋台で軽く食事をしてから冒険者ギルドに向かう。ギルド内にはミーサさんの姿が無かったので別の受付の人に湧水依頼に行く事を伝えると、革袋を師匠達の分も合わせて30個渡された。これに水を汲んでくればいいらしい、1つ1リットルぐらいだろうか。
革袋を預かって少しすると師匠達も来たので出発する。今日は光の教国に向かう街道を進んで最初に見える川を遡っていった所に水が湧く場所があるので、そこで採取すると聞いた。まあこれも子供の小遣い稼ぎになっているのでそこまでの道はしっかり踏み後があり、迷う事はない。
「しかし、ギン。お前運がいいな。ラチナの実もう10個目か。普通はこんな所で10個も見つからないんだけどな」
先程から俺が小さい栗みたいな形をしたトゲトゲのラチナの実を拾ってくる度に呆れるようにギースさんが褒めてくれる。実際は出発前に師匠からラチナの実を渡され、それで形を覚えて『探索』で道から近い所に落ちてる奴を拾いに行ってるだけなんだけど、さすがにこれ以上は怪しまれるかな。
「まあ、探してる時は見つかんねえけど、探してない時は結構見つかるって奴だろ。ギンは今日それが偶々逆になってんじゃねえのか?俺らも新人の時あったじゃねえか、バカ見てえに目的の物が見つかる依頼や、逆に全く見つからなくて焦った依頼がよ」
「そういや、そうだな。ギンは今日は運がいい日だな。エレナとヤッて運が上がったか。あいつとヤッた奴は運が良くなるって話だしな」
ギースさんが下品な事を言ってるが、そんな訳ない。単純に『探索』で見つけてるだけだが、エレナがそんな風に言われるのは何となく嫌なので、もう見つけないようにしよう。それよりも、
(師匠。ギースさんに『探索』の事話した方がやりやすいんですけど、何で話しちゃダメなんですか?)
『念話』で師匠に聞いてみると、師匠は一瞬ビクッとしてから何事もないように歩き出しながら答えてきた。
(ギースの野郎は、普段はいいんだが酒飲むと口が軽くなる事があるからな。言っとくけどお前だけじゃなくて俺もトラブルに巻き込まれる可能性があるから言ってんだからな?)
(そうですか。なら黙ってる事にしますけど、これからギースさんが一緒だと色々やりにくくないですか?)
(ああ、それなら俺に任せとけ。ギースは単純だから、誤魔化すのは簡単だ。そうだな、お前小さい頃から親に狩りに連れていってもらってたって事にしろ。そうすれば何とか誤魔化せるだろ)
(はあ・・・師匠がそう言うならそうします。・・・師匠それよりもう少し歩くと右手側に敵です。2匹いますがあんまり動いてないですね)
先頭を歩く師匠は黙って手を挙げたので、ギースさんと俺は立ち止まる。ハンドサインって奴で基本的な『待て』『行け』『戻れ』はギルドで決められているので、冒険者内では共通している。あとはパーティ独自のハンドサインを決めているらしい。
俺達が止まると師匠が先行して様子を見に行き待っているとすぐに師匠が戻ってきた。
「スライムだ。ちょうどいい、ギンお前の依頼進めようぜ。今スライム3匹だったよな?これで5匹だな」
相手がスライムだったので警戒が一気に解けて軽い感じで話始めるように見えているが、師匠の目は周囲の警戒を怠っていない。
「ギースさん、魔石俺が貰ってもいいですか?」
スライムと言ってもかなり安いが魔石は売れてお金になるので、一応ギースさんにも確認する。
「ああ、別にいいぞ。っていうか俺が勝手についてきてるだけだから、ガフとギンの指示に従うし討伐報酬はいらないぞ。自分で採取した分はもらうけどな。」
それなら遠慮はいらないので、スライムの近くに行き魔石を引っこ抜き、革袋の水で腕を洗う。生き物って見えないからなのか、やっぱりスライムだと精神的なストレスがない。
湧水まではスライムに遭遇したのはその1回だけだったのだが。
◇◇◇
「結構いるな」
「何であんなにいるんでしょう?」
「いや、湧水には結構いるって聞いたけど多くねえか?」
湧水に近づくと最初俺の『探索』に反応があったので、師匠に教えると先行して偵察に行った。そして偵察から帰ってきた師匠に連れられて今隠れている茂みに3人で身を潜めて湧水近くに大量にいるスライムを眺めながら、どうするか話をしている。
「いや、俺も多いとは聞いた事あるが、ここまでとは思わなかった。」
「だな、ここホントにガキが小遣い稼ぎで来る場所なのか?流石にスライムって言ってもあの数は引くな」
「15匹ですね。・・・・って何ですか?何で二人とも俺見てるんですか?」
二人から優しい顔を向けられているが、二人とも元の顔が怖いので不気味以外の何物でもない。
「何って、これお前の依頼だろ?ほら、さっさと行って来い!」
「マジすか?手伝ってくれないんですか?」
師匠から突き放されたので、抗議するが、
「あの数は気持ち悪い」
ギースさんも俺を見捨てた。ちくしょお。
俺は一人で湧水の近くに立っている。近くには蠢くスライム達、ギースさんも言ってたがすげえ気持ち悪い。師匠とギースさんの方をチラリと目を向けると、手を前後に振って早くやれと合図される。
◇◇◇
「終わったあ!」
最後のスライムから魔石を抜き取ると思わず声が漏れた。いや、スライムだから別に命の危険はなかったが、この数は気持ち悪い。辺り一面スライムだったゼリーだらけで足の踏み場もないし、俺の靴も酸でかなり劣化したので買い換えないといけない。靴を買い替えるだけで今回の依頼は多分赤字になるだろう。
「お疲れ」
「終わったか?しかしさすがにヤベえなこの数」
「見て下さいよ!この靴!酸でやられてボロボロですよ!あっ!ここ穴空いてる!これ買い換えないと駄目か。報酬いくらかしらないですけど、靴買えば赤字ですよね?」
「確実に赤字だな」
「やっすい靴でも赤字だな、まあ足元はしっかりした奴の方がいいから多分銅貨8枚ぐらいのマイナスか。しかしここが何でガキの小遣い稼ぎの場所になってんだ?毎回こんなにスライムいねえのかなあ?」
赤字確定で涙目の俺と色々と不思議に思っている師匠、何を考えているか分からないギースさんの3人で本来の目的だった湧水を汲んでいく。
「あー!ちくしょお!やっぱり先を越された!」
水を汲んでいると後ろから子供の残念がる声が聞こえた。『探索』では何か来ているのが分かっていたので、驚く事はなかったが、子供だとは思わなかった。師匠とギースさんもチラリと子供達に目を向けるがすぐに興味を失ったようで、また水を汲み始める。
「兄ちゃん、何匹いた?・・・・あれ?あんたもしかして『最長』?」
だから何でこんな子供・・・って言っても中学生ぐらいか・・・まで俺の渾名が知れ渡ってるんだよ。
3人とも水を汲み終わったので水を汲む順番待ちをしていた子供達の脇を抜けて帰ろうとすると、2人いる子供達の中でもリーダーだと思われる先頭の子に話掛けられた。
「何の事?スライムか?だったら15匹いたぞ」
多分湧水にいたスライムの数を聞かれたんだろうと思い、数を答えてやる。
「15!ちくしょう!今日の昼は当たりだったか。もう少し早くくればよかった。」
数を聞いて悔しがる子供。もう一人も少し残念そうな顔つきになっている。話の内容から湧水に集まるスライムの数は多かったみたいだが、少し興味を持ったので詳しく話が聞きたい。
「おい、ガキ!ちょっと話聞かせろ!」
と思ったら師匠が先に少年に声を掛けるが、少年は師匠の顔を見るや、怯えた顔に変わる。分かるぞ、師匠もギースさんも顔怖いもんな。
「おい、ギン!金!鉄銭5枚だせ!どうだ?少し話したくなったか?」
師匠は完全に悪者のセリフを口にして少年に詰め寄るので少年は涙目になっている。しかも何で俺が金ださなきゃなんねえんだ?まあ、いいけど・・・・
鉄銭5枚を少年に渡して近くの石に座るように勧めると、少年は他の子に革袋を渡して水を汲んでくるように指示してから石に座る。
「お前らここに良く来るのか?」
「はい、この時期は毎日2回水汲みに来ます」
子供は師匠からの質問に緊張でガチガチになっていて、さっき俺に話しかけた気楽な感じ
は無くなっている。
「俺らがここに来た時はスライムが気持ち悪いぐらいいたけど、普段からあんなにいんのか?」
「15匹はちょっと多いですけど、普段でも5匹ぐらいはいます。だから毎回倒して少しでもお金の足しにしてます」
「そうか、頑張れよ!それにしても毎回そんなにスライムいるならすぐに装備ボロボロになるだろ?」
「いえ、裸になってスライム倒してるから大丈夫です。酸で痛くなったら、すぐそこの川に飛び込めばいいので」
少年が指を差す方向には遡って歩いてきた川が見える。今の時期ならいいけど、寒くなったらどうすんだろ?
「寒くなったらどうすんだ?さすがに川に飛び込めないだろ?」
「冬はさすがにここには来ないよ。薬草や魔力草の採取メインで動いてる。まあ今も別チームが採取はしてるけど」
俺の疑問を少年は砕けた感じで教えてくれるが、師匠と対応が違うのが気になる。
「ここは普段はお前らしか来ないのか?」
「たまに新人冒険者とかが来るぐらいです」
チラリと俺の方を見て答える。俺が新人なのは知ってるみたいだ。まあ渾名知ってるぐらいだし。ただやっぱり師匠にはしっかり敬語使うんだよな
「そうか、分かった。悪かったな時間取らせて。そんじゃあ」
少年に礼をしてから、その場から離れある程度離れた所で子供達が後を付いてきていない事を確認してから、師匠に聞きたかった事を聞いてみる。
「師匠、何で俺から金ださせたんですか?」
「今のガキの話は別に俺らは必要ないけど、お前はもう1回ここに来る必要があるからな。必要な奴に金出させただけだ」
「師匠達、ここにはもう来ないんですか?水汲んでくるだけで金貰えるんですよ?簡単じゃないですか?」
「そんな楽ならいいんだけどな、ギン、今回の達成報酬いくらか知ってるか?銅貨1枚だぜ。しかも湧水は鮮度が命って事で1日で消費できる100個までの納品しか受け付けてねえから新人2週目以外は1人10個までしか革袋貸してくれねえ。半日潰してしかも装備がスライムで駄目になるかもってんなら人気ないのも今回で分かったわ。さすがに俺らが全裸でスライム狩ってたらヤベえだろ?」
う~ん。師匠とギースさんが全裸でスライムと戯れてる・・・想像しただけで地獄絵図だ。日本じゃなくても即通報モノだな。
「100個限定ってこの水何かに使うんですか?俺は唯の売れる飲み水だと思ってたんですけど」
「馬鹿かお前?唯の水に金出す奴なんかいるかよ。飲みたけりゃ自分の『生活魔法』で出せばいいだけじゃねえか」
日本だとアルプスの水とか色んな所から採取した水が売られてるんだけど、こっちではそういう事はないようだ。
「この水・・・とういうより新人依頼の半分以上はポーション作る時に必要な原料の素材集めだ」
ギースさんが俺の疑問に答えてくれる。
「Fランクの依頼まではそんな感じでポーションとかの素材集めが多いな。しかしこれで銅貨1枚かスライムがいなくてもこの依頼割に合わねえな」
たしかにほぼ半日かけて銅貨1枚かこれなら薬草採取の方が効率がいいな。
「そういえばDランクだと報酬どのくらいなんですか?」
「まあ大体金貨1~10枚って所か」
「そうだな、それをメンバーで割るから個人に入る金は更に少なくなるな。消費アイテム買わねえといけないし、次の依頼の準備しねえといけねえし、装備買う用に貯めとかねえといけねえわで、Dランクって言っても結構カツカツだな」
「へえ~。Dランクでも大変なんですね」
「まあ、Cランクになると、報酬も桁違いに良くなるから目標にしてる奴も多いけどな。ただそこまで上がれるのは一握りだ。この街でもCランクは1パーティしかいねえ。そいつらがこの街の最高ランクだ。そういやギルマスが現役の時はAランクだったって聞いたな」
やっぱりギルマスの雰囲気から分かってたけど、かなりすごい人だったんだ。まあ、俺はそこまで目指すつもりはないけど、何とかこの世界で食うのに困らず生きて行けたらいいかな。