17話 三つ目
それにしても先ほどからこの店は宿屋にしては何かおかしい。女の子の格好もそうだが、妙にスキンシップが激しい子が多い。料理やビールを持ってくると去り際に俺の頬を撫でていったり、背中越しに料理をテーブルに置かれたりするので、背中に気持ちの良い感触が当たったり。そういうサービスのお店なのかなとか思っていたら、全くスキンシップをしてこない子もいるので、どういう事なのか良く分からない。そうして俺たち3人の料理の食べるペースが遅くなる頃には気付くと店のテーブルは8割程埋まっていて、給仕の女の子も3倍以上に増えていた。と、その中の一人の給仕の人が師匠とギースさんに気付いたのかこちらに向かってくる。
「あら、ギースにガフじゃない?いらっしゃい。ケガしてるから稼げないんじゃなかったの?」
「俺はケガで稼ぎはないけど、ガフは違うぞ。しっかり稼いでる。今日はこいつの奢りだ」
「ああ、そう言えばガフは指導員の仕事してるって聞いたわね」
ギースさんの言葉に少し驚いた顔をした後、すぐに納得する給仕の人。かなりの美人さんがいるこの店の中でも見た目はトップレベルだろう。身長は俺より低いぐらい赤いストレートの髪を腰まで伸ばして、ピッタリした服を着ているので、スタイルが素晴らしい事も見ただけで分かる。なによりその胸の大きさはすごいし、更にその胸の半分ははみ出すぐらいの服を着ているので、余計にその胸に目が行ってしまう。
「おお、エレナ。久しぶりだな。稼ぎはまあぼちぼちだな。それよりも今日こそどうだ?」
師匠もギースさんも見知った顔らしく3人で話をしているのを聞きながら俺は1杯目のビールをチビチビ飲んでいる。
「いやよ!それにガフとギースには新人を頼みたいわ。あんた達、顔は怖いけど優しいから新人教育に丁度いいのよ」
「かあ~、また振られちまったぜ。それにしても俺たち客だぜ!何で新人教育しなきゃなんねえんだよ。好きに選んでもいいだろ?」
「もちろん構わないわ、でもこう言っとけば優しいあんた達なら絶対やってくれると思ってるから」
「別にお気に入りがいるわけでもないしいいけどさ」
「ありがと、ギース。それじゃあ後で新人に声掛けとくから宜しくね。それでこちらの方はどなた?・・・!ああ彼が噂の『最長』?」
やっぱり名前よりこっちの渾名の方が知られてるのね。まあ、その通りだし、馬鹿にされてる感じでもないからいいんだけどね。それよりもさっきから会話についていけてない。
「えっと、初めまして、エレナさん、ギンと言います」
「宜しくギン、エレナでいいわ。あと敬語も無しね」
「・・・わかった。エレナ、よろしく」
明らかに年上・・・って言っても多分二十歳ぐらいだろうけど、年上にタメ語は喋りにくいな。
「想像の通り、こいつが俺が指導しているギンだ、今日はまあ新人研修の一環って奴だな。こいつ今日酒と鼠討伐で二つも童貞捨てんだよ。そんでまあ女の方も捨てさせてやろうと思ってな。そういう訳でエレナ、どうだ?こいつの童貞捨てさせてやってくれねえか?」
師匠が何を言っているか一瞬理解できなかったが、理解した瞬間師匠に大声を上げていた。
「師匠!何言ってるんですか!エレナに失礼過ぎますよ。あと、俺は童貞じゃないですから、嘘言わないで下さい。ごめんな、エレナ。師匠の言う事は気にしないでくれ」
俺が謝ると何故かエレナは師匠とギースさんをジト目で睨みつける。
「ちょっと、二人とも!ギンに何も教えずに店に連れてきたの?女将は何も説明しなかったの?」
「・・・あれ、そういやギンに説明するって女将に言ったけどしてなかったわ。ガハハハ。」
「俺はガフが驚かせる為にわざと言わないって思ってたから、何も言わなかった」
「はあ~。あんた達新人にはしっかり教えなさいよ。まったく」
首を振りながら呆れたように言った後にエレナは俺の顔をジーッと見つめる。少し恥ずかしいんだけど、何か顔に付いてるのかなあ?
「まあガフから説明受けて私で良いって言うなら別に構わないわよ、その時は呼んでね」
「エレナ!それマジかよ!」
「冗談だろ!」
俺の頬を撫でて去っていくエレナの背中に師匠とギースさんが驚きの声を上げる。周囲の客も何やら静まりかえったと思ったら、ヒソヒソ話だす。何がなにやら分からない俺は不安で一杯になるんですけど。
俺が一杯目のビールを飲み終わった後すぐにおかわりのビールを師匠が頼んだので今はそれをチビチビ飲んでいる、師匠たちはもう何杯目かは分からないが、酒を飲むペースは落ちていない。周囲も大分元の雰囲気に戻ったが、時々俺たち・・・じゃなくて俺を見てヒソヒソ話をしているのが目につく
「ギンに今から説明するけど、ここは普通の宿じゃねえんだ。まあ所謂『売春宿』って奴だ。1泊朝飯付きで銀貨1枚、女は鐘2つの時間で銀貨1枚だな。まあ、ここは一般的な値段だけど、飯は美味くて女のレベルも高い!何より毎月医者から病気がないか診察受けてるから人気なんだよ」
・・・おう、何となくそっち系のお店だと思ってはいたけど、正しかったか。でも俺未成年・・・こっちの世界じゃ成人か、だったら問題ないのか。いや、でも初めてがお店ってのはなあ。
「で、こういう店だけど宿がメインな訳だから、気に入った子を誘っても断られる事もある訳だ。さっきから飯や酒を運んできた時にベタベタしてきた子は誘ってもOKで、逆にそっけなかった子は誘っても断られるからな。そうやって酒や飯を食べながら、どの子にするか選んでいくんだ。まあ断られたくなかったら娼館に行くのがいいぞ、あっちはソレがメインだから金さえ払えば絶対断られないからな」
そうか、妙にスキンシップ激しい子と全くない給仕の子の意味はそう言う事だったのか。
なんだかんだ言っても俺も男、こういう所は興味があるので真面目に師匠の話を聞く。
「それでエレナなんだけど、お前も見たから分かるよな?あいつがこの店の隠れ人気ナンバー1なんだけどよ、あいつ中々誘いに応じてくれねえんだよ。俺も来る度に誘ってるがOK貰えた事はねえな。聞いた話じゃあ多い時でも月に2~3人ぐらいしか相手しねえらしい、普通は1日に1~3人だから、どんだけ誘いに乗らねえか分かるだろ?ギン、そんなエレナがお前にはOK出したんだ、ここはちゃんと乗っとけよ。エレナって1度誘いに乗ってもその後はOKしない事もあるらしいし、今日逃がしたら二度と応じて貰えないかもしれねえからな」
周囲が俺を見てヒソヒソ話をする理由が分かって少し安心する。しかし師匠の中では何故か俺がエレナを誘う事が確定しているような言い方をしているので、困る。
「師匠、正直に言いますが、俺はまだ童貞です。ですので最初はできれば好きな子としたいんですが・・・」
まあ、好きな子なんていないので作る所から始めないといけないんだけど。
パシン!パシン!
俺が言うと同時に師匠とギースさんから頭を叩かれた。手加減無しなのでメッチャ痛い。
「馬鹿野郎!ギン!お前冒険者だろう!いつ死ぬか分かんねえんだぞ、心残りなんて残しておくな!最初は好きな人がいい?高望みしすぎだ、ふざけんな!」
「そうだ!ギン!お前は贅沢言ってられる身分じゃない!エレナで童貞捨てられるなんて自慢できる事だぞ!」
でかい声で二人が話すから周囲の客に俺の童貞がバレて恥ずかしい。さっきとは違い可哀そうな物でも見るような感じで俺を見てヒソヒソ話をし始める周囲の客。チラリとエレナを見ると、師匠達の話が聞こえてたのかケラケラ笑っている。
「ちょっと!二人とも、声大きいです。分かった、分かりましたから少し落ち着いて下さい」
恥ずかしくて慌てて二人を宥めるが、もう遅い。周囲の客だけでなく、給仕の子も俺を見て哀れみの視線を向けている。何人か獲物を見るような目つきになっているのが少し怖い。
「そもそも、ギン!お前好きな奴いるのか?」
「いや、いないですね、だからまずは作る所・・・痛!」
話の途中でまた二人から頭を叩かれた。この人達手加減無しなんだけど・・・マジで痛え。
「なら贅沢な事言ってねえで、エレナでいいじゃねえか。エレナが最初とかって末代まで自慢できるぞ」
「いや、自分の子孫に初体験の話なんてしませんから!」
「なあギン。さっきもガフが言った通り俺達は冒険者だからな、いつ死んでもおかしくない。だから心残りがないように生きた方がいいぞ。死ぬ時に『俺童貞のままだった。あの時エレナ誘ってればよかった』なんて思いながら死にたいか?」
ギースさんに言われて考えてみる。・・・・そんな最後は嫌だ。そんな悲しい事を思いながら死にたくないな。でもいいのかなあ?俺まだ17だろ、いやまあこの年で経験してる奴もいるらしいからいいのか?・・まあいいか!どうせこっちだともう成人してるって話だし。
「分かりました!エレナを誘う!って事でいいですか?」
「おし!よく言った流石は俺の弟子だ!」
そんな所で弟子扱いされてもなあ・・・・
「そういや、ここは宿がメインだからな、女の子の嫌がる事とか叩いたり、叩かれたりとか、特殊なプレイは無しだ。そういうのしたかったら専門の娼館に行けよ。ここでそういう事すれば一発で出禁だからな」
「いや、初めてなんで、そんな事しないです。する余裕もないと思います」
「そういやそうだったな。まあ後でエレナの具合でも教えろよ。ブハハハハ」
「話によるとすごい技術持ちらしい。ガハハハッ。」
最低だよ。二人とも話の内容が下衆すぎる。しかも酒に酔ってるのか普段より声でけえし、周囲の客も迷惑・・・してる感じはないな。みんな師匠達みたいにでかい声で騒いでる。
「よし、んじゃあ、行くか。そういや明日はどうするかな。まあ明日も広場に待ち合わせな。時間は昼に集合でいいだろ。ギンも余韻を楽しみてえだろうし」
また勝手に予定を決められるが、確かに今からする出来事の余韻を明日は楽しみたいので、師匠の立てた予定に素直に従う。
「お~い、エレナこっち来てくれ」
意見がまとまり師匠がエレナを大声で呼ぶので、周囲の客から注目を集める。
「ん?決まったの?」
「ああ、ギンがご指名だけどいいか?」
「あら、ありがと、よろしくね」
「マジでOKしやがったよ。ギンやったな!末代まで自慢できるぞ」
「だから子孫にそんな話しないですって。・・・えっとエレナは俺でいいのか?」
「いいわよ」
即答された。男らしくて格好いい。誘ったはいいが、未だに覚悟が出来ていない俺とは大違いだ。
「んで、俺らの相手の新人はどの子だ?」
エレナは手招きをして給仕の子を二人呼ぶ。二人とも可愛いけど若くねえか?俺と同じ年ぐらいかな?日本だと師匠達は絶対捕まるな。
「この子たちよ。まだ働き始めたばっかりで、男慣れしてなくてね。あんた達の怖い顔で慣れさせてやって欲しいんだけど。いいかしら?」
「ひでえ言われようだが、まあいいさ宜しくな」
「宜しく」
二人から挨拶されて女の子達も恐る恐る頭を下げて挨拶する。
「そんじゃあ、これ代金な、おし、じゃあ行くか」
師匠は女の子に一人づつに銀貨1枚を渡した後、新人の子の腰に手を回して階段を上がっていく。ギースさんも同じ様子で話をしながら上がっていく。
「ちょっと!何で一人で階段上がろうとするのよ。ほら、こっちに来て。腰でも肩でもいいから手を回して」
俺もそれを見ながら階段を上ろうとするが、一人で上がろうとしたらエレナに注意された。注意されながら腕を引かれたので必然的にエレナにかなり近づくとエレナが俺の体に腕を回す。更に俺にも腰か肩に手を回せとか言われるが俺にはかなりハードル高え。しかもエレナが抱き着いてくるもんだからでけえのが俺に当たってるんだけど。
「フフフ、その反応、初々しくて可愛いねえ」
緊張しながらも頑張ってエレナの腰に手を回して緊張でガチガチになりながらも階段を上る俺を見てエレナが艶やかに笑う。俺はそれに返す余裕なんてない。
「おい、エレナが階段上ってるぞ」
「相手は?『最長』ってマジか?」
「『最長』って童貞なんだって?さっきガフ達が大声で話してたぜ」
「なに?エレナって童貞好きなの?」
「俺も童貞だったらエレナOKしてくれたのかな~」
俺とエレナが階段を上っていくのを見た客は色々言っていたが緊張した俺は何も聞こえていなかった。
「はあ~。緊張した~」
案内された部屋に入り、部屋のベッドに腰掛けると、そのままバタンと倒れこむ。
「フフフ、何で『終わった~』みたいな感じだしてんのよ。むしろ今からでしょう」
俺を部屋に案内した後、戻って入り口の外で何やら誰かと話した後、こちらに来る途中にあるドアを開けて中を確認し、俺のぼやきに笑いながら返してくる。
「何を確認してたんだ?」
「トイレとお風呂の確認よ。ちゃんと掃除出来てるかと体を洗う準備できてるか確認したのよ」
「へえ~。仕事熱心だな~」
「フフフ、本当に何言ってるのよ。仕事は今からじゃない。ルールだからまずは体を洗うわよ、さっさと服を脱いで頂戴」
そう言いながらエレナは自分の着ている服をサッと床に脱ぎ捨てる。肩にかかっていた部分を外すだけで下にストンと落ちるので、簡単だ。というかブラはしてないんですね。服を脱ぐと二つの大きな胸が露わになってるんですけど。ああパンツは履いてるんだ。でも白いトランクスを紐で縛って止めてるって感じであんまりエロくないな。
なんて思っていると、エレナは躊躇う事無く紐を解いてパンツを脱ぎ捨てて裸になる。
「ほら、初めてだから仕方ないけど、さっさとギンも服を脱いで」
裸になったエレナに驚いて固まっていると、俺の方に近づいてきてパパッと俺の服を脱がせていく。気付くといつの間にか俺も裸にされていた。
「ほら、行くわよ。」
エレナに手を引かれて二人裸で風呂場まで一緒に歩いて行き体を洗われた後、俺は今日3つ目の童貞を捨てた。
◇◇◇
朝、目が覚める。腰に若干疲れを感じるが異世界召喚されて以降、最高に頭はスッキリしている。ふと、ベッドに寝ている自分の隣を見ると、エレナはいない。・・・・・・・・そう・・・いないんだよなあ。あの後、時間が来たらしく、部屋の扉がノックされると、
「じゃあ、時間だから仕事に戻るわ」
そう言って服を着るとあっさり仕事に戻って行ってしまった。まあ仕方ないんだけど、起きたら隣で寝ているとかもう少し余韻を楽しみたかった。
まあ、終わってみればこんなもんか・・・とか漫画やラノベだと主人公は冷静になってる事もあるけど・・・・そんな冷静になれる訳ねえ、なんだあれ?メッチャ気持ち良かったぞ。ヤバい、気持ち良すぎ、ワロタ。風俗好きな奴はとことんハマるって聞くけど俺もハマりそう。いや、ハメる方なんだけど。
・・・・・
何か考え方が師匠に似てオッサンっぽいな。師匠は尊敬しているけど、考え方がオッサンっぽくなるのは嫌だな。そういえば昨日大鼠を殴った時の嫌な感触が手に残ってたけどそれが無くなってる、エレナの感触に上書きされてるな。
そんな事を考えながらもやっぱり昨日の事を思い出して余韻を楽しみながら顔を洗い身支度を整えて部屋を出て1階に向かう。
「おはようございます!」
下に降りると昨日と違い普通の格好をした給仕の子達から挨拶される、多分全員俺より年下だろう。それに挨拶を返しながら適当に空いている席に座る。客はテーブルが半分空いてるぐらいの込み具合だろうか。みんな心なしかスッキリした顔をしているように見える。
「朝食になります」
給仕の子が俺の前にトレーに乗せた朝食を置いていくので軽く呼び止める。
「師匠とギースさんって言って分かる?もう店出ちゃったか聞きたいんだけど」
「いえ、昨日は遅くまでお酒を飲んでいましたので、まだ寝てると思います」
ん?昨日結構早かったよな?この店来たのが多分開店直後ぐらいだったろうし、あの後飲み食いしてたって言っても2~3時間ぐらいだろ?遅くなかったよな?
「えっと。ガフさんとギースさんですが、昨日は時間が来た後、姐さん達と一緒に降りてきまして、そこから二人でまたしばらくお酒を飲んでいました。で、寝る前にもう一度別の姐さん達とお部屋にお戻りになりました」
俺が不思議に思っている事が分かったのか、給仕の子が説明してくれる。
マジで?師匠達昨日あの後、また違う子誘ったのか。元気すぎだろ。しかし二人とも同じパーティーだけあって行動パターンが同じ・・・・いや違うな、二人で同じ行動しているって事は予め二人で決めてたな。余韻を楽しめとか俺に言ってたけど、自分達が朝ゆっくり寝たかっただけか。
「そういえばギンさんに『あんまりハマり過ぎて身を滅ぼさないように』とエレナ姐から伝えておくように言われてました」
給仕の子にお礼を言って仕事に戻らせようとすると、仕事に戻りかけた足を止めてエレナの伝言を伝えてくれた。昨日会ったばっかりなのに俺の考え読まれてやがる。このままじゃ悔しいから当分来ねえぞと思ったが、まあその決意はすぐに覆される事になる。