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影魔法使いの冒険者  作者: 日没です
2章 水の国境都市の新人冒険者
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15話 酒の値段

「よし、体洗いたいけどこのままギルドに依頼完了の報告して、少し稽古するぞ、汗流すのはその後な」


下水から出た所で「洗浄」を使ってきれいにしているが、やっぱり体を洗いたいのは師匠も同じなのかこの後の予定を教えてくれたので我慢する。




ギルドに着くと昼過ぎなので、昼飯を食べている人はチラホラ見受けられるが受付は誰も人がいないので、いつものようにミーサさんの所に向かう。


「お、お疲れ様です。今日は大鼠でしたね、ちゃんと討伐できましたか?」


ミーサさんはいつもと違い引き攣った笑顔で対応する。何かした覚えはないけど、嫌われちゃったかな?


少し思い当たる事がないか考えていると、背後から師匠が口を挟んでくる。


「ミーサちゃん、いくら苦手だからって受付が顔に出したら駄目じゃねえか。ほら、ギンさっさと尻尾だせ」

「ちょっと待って!待って下さい!ここに!ここに置いて下さい!」


ミーサさんは慌てて机の下から汚れた布切れを机に敷く。多分これ雑巾だよな。


言われた通り、10本の尻尾を雑巾に乗せていくと、ミーサさんはどんどん青ざめていく。


「は、は、はい。10本確認しました。依頼完了です。尻尾はもういいです。しまって下さい」


あれ、持って帰っていいのか?いらないけど、持って帰ると不正できるんじゃね?


「おいおい、ミーサちゃん、持って帰ると不正を疑われるじゃねえか。ちゃんとそっちで処分してくれよ。あと、完了って言ってもギルドカードも渡してないし、報酬も貰ってねえんだけど」


すごく意地悪い顔でミーサさんに注意する師匠。多分こういう所がミーサさんに嫌われてるんだろうな。案の定ミーサさんは目つきが鋭くなり、どこからどう見ても怒っている。俺からギルドカードをひったくると奥で手続きをして、報酬の銅貨3枚とギルドカードをバシンと机に叩きつける。俺何も悪い事してないのに・・・


「ガハハハッ、そんなに怒るなって、まあ、この尻尾は俺が捨ててきてやるよ、ギンはそこで少し待ってろ」


そう言って師匠は布切れごと尻尾を持ってどこかに歩いて行った。


「はあ、一々揶揄ってこなければなあ、あとお酒飲みすぎる所も駄目か、見た目と喋り方がチンピラみたいなのもなあ」


それほぼ駄目なんじゃ・・・ミーサさんが何か言っているが俺は聞こえていない振りをした。すぐに師匠が戻ってきたので、裏の訓練場に向かい昨日と同じように木の棒で師匠に殴りかかるが、まだ2日目なので、成長しているわけない。当然俺の攻撃はカスリもしない。昨日と同じように15分程で体力の限界になり、昨日と同じように攻撃した拍子に足がもつれて地面に倒れこむ。


「まあ、昨日の今日だから仕方ねえが、少しは考えてから仕掛けてこい。少し休んだら、もう1回やるぞ。次は避けずに全部受けるからな、武器落とすなよ」


少し休んでから師匠の言う通り、もう1回訓練を開始する。言われた通り今度はこっちの攻撃は全て受け止められて、その衝撃で手が痺れてくる。そのおかげで大鼠を殴った感触がどんどん上書きされていく。結局手が痺れて武器を持てなくなった所で、終了となった。


「はあ、だから少しは考えて攻撃しろって。今日はもういいけど、明日からは攻撃を止められたり、避けられたりした後の事を考えろ」


師匠から駄目出しされるが、その通りなので何も言えない。だって攻撃始めたら、何も考えられないんだもん。いや攻撃する前から考えておけばいいのかな、でもそうすると、予想外の時に反応できないよな。いや、予想外の時なんて今は考えなくていいか。よし、明日は攻撃前に次の行動まで考えて攻撃をしよう。




その後訓練場を後にした俺たちは商業ギルドに向かう。さすがの師匠でもお酒を売るのに信用できる店は知らないらしいので、ギルドで売るらしい。


「さて、この酒いくらで売れるかな。高くても安くてもどっちでも困んねえなんて贅沢すぎるぜ。唯これラベルも何も書いてねえからな安く買い叩かれれるかも知んねえな。ギンはどう思う?」

「120年前に作られたウォーターチルラト産のワインってだけしかわかんないですね。誰か利き酒できる人がいればいいんですけどね」


俺がそう言うと師匠はピタリと足を止め、ポカンとした顔で俺を見ている。利き酒できる人にでも心当たりあるのか、その事を考えもしなかったとかかな?


「おい、ギン!今『チルラト産』とか言わなかったか?言ったよな?何でもっと早く言わねえんだよ!1本空けちまったじゃねえか!」


師匠から怒鳴られてしまった。あれ?でも毒見する時『影収納』に入れてワインって教えたよな?『チルラト産』って言ったような、言わなかったような


「あれ?毒見の時言いませんでした?」

「言ってねえよ!しかも120年前って、かあ~、俺は何ちゅうもんを1本も飲んだんだ。・・・美味かったからまあいいか」


その後商業ギルドで順番待ちをしている時に『念話』で師匠がワインについて教えてくれた。


『チルラト』とは闇の国の国境にある街の名前で昔は葡萄の産地だったらしい。そのため、ワインやジュースがその街の特産品で特にワインは世界中でも知られているぐらい人気があったが、50年程前に災害で街や周辺の畑に大きな被害を受けた。その時の対応が悪いという名目で先祖代々『チルラト』を治めていた子爵から伯爵に領主が代わったはいいが、伯爵はワインによる利益だけが目的だったらしく街にあるワインを買い占めただけで、あとは何もしなかった。むしろ、自分が持っているワインの価値を高くしようとワイン作り復興の邪魔をしていたので、原料の葡萄を作る農家やワイン作りの職人が街を離れて廃れてしまったらしい。今じゃあプレミア物となった『チルラト』産のワイン、通常は1本銀貨5枚以上で取引され、年代が古い物程、価値が高くなるらしい。


(って事は今日見つけたのは銀貨5枚以上で売れるって事ですか?)

(馬鹿!そりゃあ普通の『チルラト産のワイン』の話だ。ギンの話だと120年前の物って事だろ、それなら最低金貨1枚以上で売れる!っていうかそれ以下だと売らねえ)


『念話』で話していると順番が回ってきたので、二人でカウンターに向かい、席に着くなり師匠が『魔法鞄』からワインを取り出しカウンターに置く。


「これを買い取ってくれ。ラベルは無えが120年前のチルラト産のワインって聞いてるし、飲んでみたが味も悪くねえから本物だと思う」


カウンターの商人は師匠の説明を聞くと胡散臭い物でも見るような目つきになり、ワインを手に取り、グルグル回して確認している。


「申し訳ないですが、私では判断できませんので、分かる者をお連れしても宜しいでしょうか?」


しばらくワインを見ていた商人は困った顔でこちらに提案してきた。


「まあ、そうだろうな。別にいいぜ、どうせ試飲もするんだろうしグラスも持って来いよ」


そう言われる事は予想していたのかすぐに返事をする師匠。しばらくすると、商人さんがみるからに執事っぽい格好をした人を連れて戻ってきた。


「戻ってきたな。別に試飲してもいいけど、本物だった時は試飲した方も同じ値段で買い取ってくれよ」


商人が戻ってくるなり希望を伝えると執事っぽい人が当然とばかりに頷き、ワインを手に取り商人と同じように見ているが、その目つきはかなり真剣だ。


「ふむ、瓶は『100年以上前のチルラト産』ですね。すみませんが、試飲させて頂きます」


うそお!瓶だけで産地と年代当ててきたよこの人!


流れるような手つきでワインの蓋を開け、グラスに注ぐとTVでよく見るようにグラスに鼻を近づけ香りを確認し、一口飲んだ途端、瞑っていた目をカッと開く執事さん。


「こ、これは、本物ですね。恐らくお客様の言う通り100年以上前のチルラト産のワインで間違いないですね」


執事さんが言うと同時に師匠が「よし!」とガッツポーズする。やはり俺の言葉だけでは師匠は少し不安だったようだ。


「それでは買取の値段ですが、50年前最後の頃に作られたワインが1本銀貨5枚が相場となります。そこから10年遡る毎に銀貨1枚が加算されます。今回100年以上前は確定ですので、1本金貨1枚でどうでしょう」


執事さんの買取価格は師匠が言った通りだった。師匠すげえな、やっぱりこの程度の知識は一般常識なんだろうか。やっぱり俺には情報が足りなさすぎるな。


「いや、俺は『120年前の』って聞いてるから金貨1枚と銀貨2枚でどうだ?」


師匠の予想通りの金額だったが何か気に入らないのか師匠が値段交渉を始める。


「いや、流石にそれは・・・私どもでは100年以上前という事しか分からないのでせめて金貨1枚と銅貨5枚ではどうでしょう?」


執事さんと変わって今度は最初の商人さんが口を挟んでくる。執事さんはもう口を挟む気はないのか、後ろに下がって二人のやり取りを黙って聞いている。まあ執事さんはワインが本物か見極める為に呼ばれただけだしな。


「いや、お前も少し飲んでみろよ。絶対そんだけの価値があるから、仕事中とか固い事言うなよ、これも仕事だよ、査定だ、お前も商人なら酒の価値ぐらい勉強しないと駄目だろ、ほら、お前!ちょっとグラスに入れて飲ませてやれ」


師匠が執事さんに指示を出して、開いたワインをグラスに注がせ、商人に渡す。完全に師匠のペースになってんな。俺にはこんな交渉術はできない、いや、必要ならやんなきゃいけないのかな。


「う、美味い」


勧められるままにワインを一口飲んだ商人さんは驚きの声を漏らす。


「だろ?うめえだろ?俺もこれだけの酒は飲んだことねえ。お前も飲んだなら金貨2枚以上で売れるなとか考えただろ?だから、な?どうだ?」

「う~ん、では、金貨1枚と銀貨1枚、これでどうでしょう?さすがにラベルが無いのはマイナスになるのでこれが限界です」


おお!銅貨5枚プラスされた。あれ、俺が兜売った時は言われた値段で売ったな。偽物と思われていたけど、もしかして交渉すればもうちょい高くで売れたのかな。


俺が少し後悔していると、師匠が再び交渉を始める。


「そうか、まあしゃあないか。取り合えず5本だけ売るわ。ああ、その試飲した奴いれてな!」


『取り合えず』って所に少し力を入れて言うと、師匠は『魔法鞄』から4本だけワインを取り出す。


「ちょ、ちょっと待ってください。5本以上お持ちなんですか?」


師匠の言葉に慌てた感じで商人さんが師匠に話しかけると、師匠は物凄悪い笑顔を浮かべる。


「ああ、30本持ってる、明日から『水都』に向かうんだけど手持ちがちょっと心許無くてな、ホントはここで売るつもりは無かったんだけど、まあ仕方ねえ。残りは都で捌くつもりだ」


師匠、めっちゃ嘘言ってる。ワイン30本以上持ってんじゃん。しかも明日から都に行くって、俺の指導あるから絶対無理じゃん。


「あ、あの少しお待ち頂けますか?上の者と話をしてきます」


そう言って慌ててワインを手に持ち、執事さんと共に席を外す商人さん。そして個室には俺と師匠しかいなくなった。


(師匠!何で嘘ばっかり言ってるんですか?金貨1枚と銀貨1枚なら予想以上じゃないですか?)

(ガハハハ。甘えぞ、ギン!売る時は最初の掲示額から交渉して少しは高くで売るってのは常識だ。確かに今回は結構強気にいってるけど多分イケるぞ)


俺の『念話』での抗議に師匠はこっちの世界の常識を教えてくれる。


(俺、最初この街に来た時、拾った兜売ったんですけど、言われた値段で交渉無しで売ったんですけど、マズかったですかね?)

(馬鹿だろ、お前。少しは交渉しろよ!向こうからしたら唯の金づるじゃねえか!)


多分馬鹿な事をしたんだと思いながらも一応師匠に確認してみるが、優しい言葉は返ってくる訳も無く、怒られてしまった。


(普通の店ならあんまり強気に行くと怒って出禁にされる事もあるから慣れないうちは商業ギルドで交渉の練習しろ。ここなら出禁にされる事はないし、値段交渉が失敗しても最後に掲示された額で必ず買い取りに応じてくれるからな)


また一つ師匠からこの世界の為になる情報を仕入れていると商人さん達が戻ってきた。持って返ってきたワインはかなり量が減っている。


「すみません。お待たせしました。それでですが、上と協議した結果、30本全て売って頂けるなら、1本金貨1枚と銀貨2枚で買い取りとなりますが、如何でしょうか?」


おお、すげえ、師匠の言った通りになった。こういう事も指導期間中に教えて貰わないといけないな。


「よし!交渉成立だ!で合計いくらになるんだ?」

「金貨36枚ですよ」


俺が師匠の質問に即答すると商人さんが驚きの顔をして俺を見てくる。


「いや、すごいですな。こんなに簡単に計算されるなんて、もしかして商人希望とかですか?でしたら、私で良ければすぐに弟子入りを認めますよ」


何がすごいのか良く分からんが、商人さんに勧誘される。商人になっても多分上手くいかないからそのお誘いには乗れないけどな。


「悪いな、こいつは冒険者志望でな、もう俺の弟子なんだよ。」

「そうですか、それは残念。もし気が変わったら私に声を掛けて下さいね。ああ、私の名前はダルクと言います。都の商人ですが職員にでも声を掛けてくれたらすぐに伺いますから、それでは、今後ともよろしくお願いいたします」


その後はワイン30本ギルドに売り払い金貨36枚を手に入れた師匠はご機嫌かと思ったが、少し不機嫌そうな顔をしていた。


ギルドを出る前に師匠から『念話』が入るので、話を聞くと、


(おいギン!分かってねえから注意しとくけど、ギルドから出る時は少し困った感じの顔しとけよ。間違っても嬉しそうな表情すんじゃねえぞ。商業ギルドは出入口見張ってる奴がいるからな、嬉しそうな顔してたら金持ってるって思われて狙われるぞ)


マジか、この世界注意する事多すぎじゃねえか。そう言えば兜売った時は何で狙われなかったんだっけ?・・・手持ちの鎧セットが不動在庫になったからどうしようか悩みながらギルド出たから狙われなかったのか。


(ホントにそんな暇な奴いるんですか?)


師匠の言う事は信じたいが日本育ちの俺には少し信じられないので、念の為、師匠に確認すると、


(右に2人、左は3人か、正面はお前でも分かるだろ、あれはスラムのガキだ、あれで隠れてるつもりかよバレバレじゃねえか。まあ後ろからも気配があるから多分いるな)


噓だろ!って思ったけど、正面の冒険者ギルドの建物の脇に師匠の言う通り、孤児っぽいのが3人程物陰に隠れてこちらの様子を伺っている。


マジでいるよ、あんな小さい子供でも目つきがヤベえ、子供がしていい目じゃない。やっぱりこの世界治安悪すぎだろ。


(ギン!今日は宿取ってねえよな?まあ取っててもキャンセルさせるけど。取り合えず一度俺らの家に行くからな)

(はい、今日の宿はまだですけど・・・今日は師匠の家に泊めてもらえるんですか?)

(いや、パーティ全員の許可がねえと泊めたらいけないルールになってるからな。それぐらい厳しくしねえと女を連れ込んだりしてパーティ解散の可能性もある。今日は大分稼がせて貰ったから宿代は俺が出してやる!俺おススメのかなりいい宿だからな期待しとけ!)


何となく不安になる言い方だけど、まあ奢ってくれるんならいいか。師匠が最初に教えてくれた宿も安かったし。


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