129話 『水都』の人々との再会
「ここが国境都市グランツェか。結構みんなピリピリしてるわね」
「まあ仕方ないよ。戦争が始まったらこの街が最前線になるんだから」
「そうよね。兵士の数も他の街より多いし物々しい雰囲気だよね」
グランツェに着いた俺が最初に思った感想は3人と同じだった。街の至る所に兵士がいてその辺を歩いている住人の数も少なく、いても暗い表情をしている。それでも兵士達の様子から街の雰囲気はピリピリしていた。
「最初は広場にある道具屋に行くんでしょ?」
「ああ、マリーナさんって人にエステラさんの情報を集めてもらっているから、それを聞きにいかないと」
そう言えば1年で行くって言っときながら、そこから更に1年以上放置してるから、マリーナさん怒ってるかな。少し気まずいが別に無茶な事をお願いした訳じゃないから大丈夫だと信じて広場の道具屋に向かう。
「いらっしゃい・・・ギンさん!!」
聞いていた通り広場には1軒だけ道具屋があったので、中に入ると店番をしていたマリーナさんがすぐに俺に気付いてくれた。
「お久しぶりです。マリーナさん。すみません、時間が大分かかってしまいました」
「いえ気にしないで下さい。こちらこそあの時は大変お世話になりました。それで依頼の話ですが、少し待っていて貰っていいですか?あの人が戻ってきたら店番代わりますから」
そう言って優しく微笑んでくれるマリーナさん。しばらく店の商品を眺めたり、話をしたりしながら待っていると、ようやく店番の代わりが帰ってきた。ちなみにマリーナさんの家にあったポーションは全て購入した。
「戻ったぞ・・なんだ客が来てるのか・・・獣人!!!・・・・ギン!!!!」
子供を腕に抱えて反対の腕にはでかい荷物を持った見知った顔の大男。顔に似合わず子供好きで『大狼の牙』にいたガウルだ。獣人のガルラに気付いて驚いた後、俺の存在に気付いた。
「久しぶり!ガウル。すっかり父親の顔になってるじゃねえか」
「本当に久しぶりだな。いつこの街に来たんだ?」
「ついさっきだ、マリーナさんに依頼の結果を聞きたいから、街に入って真っすぐここを目指した」
「だから、あなた店番お願いね。私はギンさんをナンシーの所に案内するわ」
「分かった。ギン、お前しばらくこの街にいるのか?」
「ああ、しばらくはいるから、また話をしにくる」
ガウルにそう言った後は、マリーナさんに案内されて夜は歓楽街っぽい所にあるアパートの一室に連れて来られた。
「誰だい?全くこんな時間に・・・ってマリーナか?どうした?」
アパートの扉をノックすると中から不機嫌そうな声と共に美人なお姉さんが顔を出した。美人だが髪が所々跳ねているし、この世界の色気のないパンツで上はタンクトップみたいなシャツを着て色々見えそうな・・・っていうか見えてる格好だからさっきまで寝ていたんだろう。
見えたのは一瞬だけですぐに俺の目はヒトミの手で押さえられて何も見えなくなった。レイさん不可抗力なので腕をつねってくるのは止めて下さい。そして後ろにいる水谷からは尻を蹴られた。何でだよ!
「ナンシー!あなた何て格好してんの?少しは隠しなさいよ!」
「うるさいな~。自分の家でどんな格好しようが勝手だろ。それで何の用だい?」
マリーナさんとナンシーって人が軽く言い合っている声が聞こえるけど、見えない。ヒトミはいつまで俺の目を抑えておくんだ。
「ナンシー、こちらがギンさんよ。私にエステラさんの事を依頼した人って言えば分かるわよね?」
「・・・ふうん。あんたが?それで単刀直入に聞くけどエステラの奴幸せそうだった?」
ナンシーの問いにエステラさんの事を思い出す。普段はニコニコ笑って俺や師匠達のやりとりを聞いている姿、ターニャがアホな事して呆れている姿、口の悪いケインさんを小突いてる姿・・・うん、どれもいい思い出だ。
「ええ、仲間や恋人がいて毎日楽しそうでしたよ」
「そうかい、って事はあいつらちゃんと約束は守ったみたいだね」
「約束って?」
「エステラは元々この街の娼婦だったんだよ。家族を流行り病で失くした後、どう言う経緯か分からないけど娼婦になって私と同じ店に流れついた時には、あの子は感情は無かった。まあ仕事の時は笑った顔を作っていたけどね。それである日あいつら3人組が店にやってきて、一番顔の良い奴がエステラにいれあげちまったんだよ。でエステラを買い上げて一緒に連れて行ったんだけど、その時にエステラを必ず心から笑わせてやるって約束していったんだ」
エステラさん昔はそんなんだったんだ。ドアールの頃だと想像もつかないな。
「レイ、ナンシーさんに写真を見せてやってくれ」
俺のスマホは今やレイの持ち物になってレイの魔法鞄に入れられている。まあ写真機能しか使えないからいいんだけど。
「え、エステラ!・・・良かった、あの子楽しそうに笑ってる」
ナンシーの嬉しそうな声が聞こえたからレイが写真を見せてくれたんだろう。で?俺はいつまで目隠しされてなくちゃいけないんだ。
「ギンさん、エステラさんの荷物はまだ家に保管してありますけど、どうしましょう?」
しばらくしてマリーナさんが声をかけてきた。ナンシーはまだ写真を見ているんだろう声がする。エステラさんの荷物か・・・家族はいないけど、ナンシーさんに渡すってのも変な感じだな。
「悩んでいるなら孤児院に寄付してやってくれないか?エステラも偶に匿名で孤児院に寄付していたらしいから文句は言わないだろ」
俺達の話が聞こえたのかナンシーが提案してきた。エステラさんが寄付していた理由は分からないけど、孤児院を気にかけていたようなら俺も特にその提案に反対するつもりは無い。って事でエステラさんの荷物の処遇も決まった。
「エステラの事本当にありがとう。今度お店にも遊びにおいで、たっぷりサービス・・・は出来そうにないか」
ナンシーと別れ際のセリフでまた手の甲と尻に痛みが走る。ドアール出てから一度もそう言う店には言ってないんだけど、何で俺には信用がないんだろう。扉が閉まる音がして俺はようやく目を開ける事が出来た。
「これからどうするの?」
通りに出た所でレイから質問される。これからは動きがあるまでグランツェで待機するしかないだろう。王様達にこちらの兵が集まるまでは勝手に動かないようにお願いされてる。俺達が金子達を排除したらそのまま一気に責めて火の国を滅ぼすんだそうだ。
「王様達に勝手に動かないように頼まれているから動きがあるまでこの街で待機だな」
「ふむ、それならしばらく暇だな。依頼でも受けるのか?」
ガルラの質問にどうしようか考える。ここで何もせずにずっと待っておくのも馬鹿らしいから、ギルド行って依頼でも確認して決めるか。
「まあこの辺にBランクの依頼があればいいけど、無ければ水谷のランク上げだな」
水谷は未だにEランクだからさっさとDにあげてやろう。確かもう少しでDにあがるはずだ。
その後はマリーナさんの家で食事をご馳走してもらいガウルと色々話をしてグランツェの現状を教えてもらった。グランツェの門の外に水の国の臨時政府やギルドがあり、避難民はそこで暮らしているそうだ。一応水の国の騎士達が見回っているそうだが、それでも治安は悪く避難民の生活は苦しいらしい。ただ、火の国が支配してから水の国だった街への税は重くなりどちらで暮らした方がマシか悩むレベルだという。俺達も明日はその場所に行ってみようという話になった。
「う~ん。仕方がないけどみんな表情が暗いわね」
「まあ、今の状況考えたら仕方ないよ~」
翌日難民キャンプに足を運んだ俺達が見た光景は至る所に乱雑に張られたテントと暗い表情で歩く人々の姿だった。国を追われて慣れない土地で生活している事もあるが、多分もうすぐ火の国が攻めてくるって事も表情が暗い理由だろう。
そんな事を話しながら水の国の臨時の冒険者ギルドのテントに入って行った。テントと言うには中はかなりの広さで天井は低いがテニスコートぐらいの大きさがある。ただし冒険者が立ち入れるスペースはかなり狭く、当然普通の冒険者が飲み食いするスペースもないが『水都』の本部ギルドの機能が全てここに集まってると考えれば仕方がないと思われる。そうして中に入った俺達は所属変更の為、受付に向かうが、受付の前では見知った顔が深刻な顔で話合っていた。
「ギルマス、避難先見つかりました?」
「いや、また駄目だね。どこも受け入れて貰えないね」
「困ったな~早く見つけないと」
「深刻な悩みみたいだな、手を貸してやろうか?リマ、クオン」
受付けの前で深刻そうな話をしていた知り合いの3人に声を掛ける。驚いて顔を向けた3人はやっぱりリマとクオン、『水都』のギルマスだった。
「「ギ・・・ギン?!!!」」
俺に気付くと驚きながらも『水都』のギルドで再会した時と同じように俺に飛びついてくる二人。以前と違うのは俺が誰かを認識している事、『身体強化』使わなくても受け止められた事だな。
「良かった。心配してたよ」
「もう!少しは連絡ぐらい寄越しなさいよ」
抱き着いてきたリマとクオンから文句を言われる。そして俺の後ろにいる3人から攻撃を受けているのは何でだ?
「ああ!!ごめんなさい。久しぶりにギンに会えたから嬉しくて」
「すみません。メンバーの前で誤解される行動してしまいました」
そう言ってリマとクオンは俺から離れ攻撃している3人に頭を下げると、ようやく攻撃をやめてくれた。俺別に悪い事してないんだけど。
「ふあ~。本当に目の前に『カークスの底』がいる」
「やっぱり世界中で暴れてたのギン達だったんだ」
自己紹介が終わると、目を丸くしておかしな事を言ってくるギルドの受付嬢。
「クオン、別に暴れ回ってねえからな、全くとんでもないデマが流れるな。やっぱりずっと『D止め』しておくべきだった」
「いや~。『D止め』しててもあれだけ竜を討伐してたら関係ないと思うよ。ギンとアユムだっけ・・・の二人以外は竜をソロ討伐してるとか普通におかしいからね」
「あ、あれは!ギンジが・・・」
「そうだよ!ギンジ君がやらせたんだから!」
クオンの言葉にレイとヒトミの二人は抗議するが、
「それでソロ討伐してる所がおかしいから。普通はレイド戦やクラン戦で討伐する魔物だからね」
「「・・・・」」
リマの答えに二人は押し黙ってしまったが、言われてみればソロ討伐っておかしいな。『尾無し』もドアールのみんなで何とか倒したもんな。
「・・・まあ、いいか。それよりも所属の変更頼む」
「いいかって・・・相変わらず軽いな~」
「所属の変更って!!もしかして全員ここの所属になるの?」
「ああ、しばらく厄介になる」
「・・・・う~ん、あんまり言っちゃ駄目だけど、もうすぐ火の国が攻めてくるって話だからここ所属になるのはおススメはしないよ」
やっぱり一般人レベルまで火の国が闇の国を攻めてくるって広まっているのか。
「それなら丁度いいわ。私達あいつらを止めるつもりだから」
「え?・・・いやいや、いくら『カークスの底』が強いって言っても無理だよ」
水谷の言葉を信じられないのかリマが否定してくるが、俺達は話合って既に答えは出ているし、王様達にも許可をもらっている。
「まあ、何とかするから、お前らは『水都』に戻った後の事を考えてればいいさ。それよりも他の奴等ってこの辺にいるのか?」
あんまり乗り気じゃない二人だったが黙ってみんなの所属の変更をしてくれた後、知り合いの連中に尋ねてみる。
「ああ、『ウェイブ』と『戦乙女』は今ダルクさんの護衛依頼中だね。トマス達『ギン弟子』は多分その辺で訓練でもしてるよ」
「ああ、分かった。ちょっと見てく・・・『ギン弟子』?」
クオンの答えに俺の知り合いが無事で安心したが、何かおかしなパーティ名を言われて思わず立ち止まってクオンに向き直る。『ギン弟子』って何だ?
「トマス達のパーティ名よ。良かったねギン、『カークスの底』が有名になる前から名乗っているから、あんたの事相当慕ってるよ」
リマから嬉しそうに言われるが正直あんまり嬉しくない。俺は少し面倒見ただけで別に弟子にしたつもりはない、それに『ギン弟子』ってなんか格好悪くないか?
「まあ、慕ってくれてるんならいいんじゃないかな」
ヒトミの言葉にそんなものかなあ?と思いながらトマス達のいる場所に向かった。
キャンプから出て辺りを見渡すと草原に動く人影が沢山見えたのですぐに見つかった。
「ハハハ、ほらちゃんと動かないといつまで経っても攻撃当たらないぞ」
「フェイント入れろ。斥候職はトドメとか欲張るなよ、味方のフォローに徹しろ」
「何本も投げてれば覚えるぞ」
遠くからでもあいつらの声が聞こえてくる。俺と出会った時は新人のあいつらが今では新人に指導してるなんて成長したな。俺と出会った時はガリガリだったが、今ではその様子はなくトマスは更にイケメンに、背が高いディーは筋肉がついてごつくなった、ベースは落ち着いた雰囲気だ。あいつらどれぐらい腕をあげたんだろうか気になるが、俺が相手だと本気で来てくれないかもしれないな。
「みんな、少しお願いがある」
・・・・
「あれ!何だ!魔物だ!!!」
訓練していた一人が俺に気付いて大声を上げる。そしてこっちを見た奴等が俺に気付くと警戒態勢に入る。俺は今ものすごく久しぶりに虎のマスクを被っているから、頭が虎の魔物に見えるだろう。
「全員下がれ!」
「アレなんだ?見た事ない魔物だな?」
「獲物は木の棒か・・・頭は悪そうだな」
よし!ベースてめえだけは少し強めにいくぞ。・・・それにしてもトマスの命令にみんな従ってるって事はやっぱりこの中でトマス達が一番強いのか。
俺は木の棒を片手に反対の手に小石を握っている。その小石をトマスの腕を狙って投げると、まだ距離があると思って油断していたトマスは反応が遅れた。
「痛っ!!こいつ!」
「馬鹿!待てって」
「チッ!!トマス後で反省会だ!」
小石が当たったトマスは怒って盾を構えてダッシュで距離を詰めてくる。その後ろでディーとベースが注意しているが、止まる様子は無し。すぐに頭に血が昇る癖は相変わらずだな、直せって言ってたんだけど。
「当たるかよ!」
再び俺が投げた小石を盾で難なく弾いてトマスは更にこっちに向かってくる。そしてトマスの持つ盾が邪魔で恐らくトマスの後ろをついてきているだろうディーとベースの様子が全く分からない。
「おらああああああ!!!」
ダッシュのままトマスが盾で俺に体当たりしてきたので、俺はそれを真正面から受け止める。『身体強化』使えば動くことなく止められただろうけど、使ってないのでかなり押された。こいつかなり力も強くなっているな。
??
トマスを受け止めて膠着した瞬間トマスが足で軽く地面を蹴った。砂が軽く俺の足にかかる程度なので、それに何の意味があるのか理解できなかったが、次の瞬間その行動の理由が分かった。トマスを飛び越えてベースが襲い掛かってきやがった。下に意識を向けさせて上から攻撃か、更に左からはディーもトマスの影から現れて攻撃を仕掛けてきた。中々良い連携だけど、そう言えばそれは俺が教えた連携だった。『水都』を別れる時にはまだまだ練習が必要だったけど、今じゃかなり上手くなったな。
そう思いながら右斜め後ろに飛んで攻撃を躱すついでに『闇』を放つが3人ともあっさり躱した。
あれ?昔はこれで終わりだったんだけど俺が思っている以上に3人は腕を上げてるな。
「生活魔法って事はてめえ魔物じゃねえな」
「目的はなんだ?」
「・・・・・今の攻撃の仕方は・・・」
おっと、ベースにバレそうだ。俺は慌てて木の棒をその辺に投げ捨てて3人に手招きして挑発すると、やっぱりトマスが怒って向かってきた。
「てめえ、舐めやがって!魔物じゃなくても容赦しねえぞ」
「だから落ち着けって」
「く、クソッ!!」
動き出したトマスにディーとベースも慌てて動き始める。そして今度はトマスの盾を両手で受け止めると、またトマスが足を軽く動かすのが見えた。さっきと違うのは足に乗った小石が俺の顔に向かって飛んできた事だ。最初の攻撃で下に意識を向けさせるだけの行動だと思ってると、痛い目見るから中々有効的だ。そして今度は左右からディーとベースが襲い掛かってくる。さっきの攻撃で上を意識してしまうからこれも良い連携だ。だけどそれも全部俺が教えたやつだ。
襲いかかる二人に『水』を放つ、ついでにトマスの頭上に『水』を設置する。目の前に現れた『水』にディーとベースは慌てて態勢を崩しながらも躱すが、そうすると俺への攻撃への意識が逸れたので、俺は少し下がって二人の攻撃を躱す。ついでに二人の武器を持つ手を掴みそのまま引っ張ると二人は勢いのままぶつかったのだが、身を捻って背中を向けて相手へのダメージを最小にしようとするとはかなり成長しているなあ。ぶつかったドサクサで二人から武器を奪い取りトマスの背後に回る。トマスは先程頭上に置いた『水』を被り俺を見失ったので、その背後からベースから奪った短剣を首に当てると動きが止まった。
「ま、参った。降参だ」
そう言ってトマスは盾から手を離すが、殺気は抑えられていない。トマスの奴、負けを宣言しても隙をついて襲ってくる気満々だな。それは止めろって教えたはずだけどな。俺は短剣を首に当てたままディーの剣の平でトマスの頭を軽く叩く。
「こら!訓練でそれやると嫌われるから止めろって教えただろ」
「いって~。・・・・ってその声・・・ま、まさか」
「久しぶりだな。しかしお前等大分腕を上げたな。連携がかなり上手くなってるぞ」
「「「アニキ!!!」」」
俺が虎のマスクを外すと3人は俺に飛びついてくる。暑苦しいし、こいつらさっきまで訓練していたから汗臭え。
「アニキ、本当に久しぶりです。元気そうでよかったです」
「ウッス。嬉しいッス」
「いや~。やっぱりアニキ強いっすね~。これでも俺達Dランクなんですけど瞬殺でしたね」