125話 サイの国へ
翌日、俺達は新たに待木、フェイ、黒龍の3人を加えて出発した。
「ふん。なかなかの早さじゃ」
俺達についてきながら黒龍が感心したように口を開く。フェイにおんぶされた待木が気まずそうにしているが、遅い奴が悪い。こっちは森を燃やすヒトミ以外はちゃんとついて来ているから待木も何も言えないだろう。ちなみにヒトミは俺が抱っこで運んでいる。
「本当はもっと早く走れるんだけどね」
黒龍の言葉にフィナがわざと挑発するような言い方で言葉を返す。フィナはやっぱり昨日から機嫌が直っていない。
「ああ?貴様!儂等が遅いと言っておるのか?ちゃんと儂等は遅れずについてきておるのじゃ!」
黒龍が言い返した所で俺達は頭を抱える。これで何度目だろうか。
「それでも遅い!分からないの?」
フィナのその言葉に黒龍の纏う雰囲気が変わる。またキレやがった。
「き、貴様、馬鹿にしておるんじゃな?」
「馬鹿になんてしてない。正直に思った事を口にしただけ」
そう言い返しながらフィナも雰囲気が変わった。はあ~やれやれだな。
「フィナ、ストップだ。殴り合いはもうするなよ。黒龍もだ」
そう言って二人の足を影で捕縛する。フィナはそれで渋々と言った感じで引き下がり殺気を抑える。黒龍の方は未だに諦めきれないのか体を動かしながら捕縛から逃れようとしている。
「黒龍殿。あんまり聞き分けがないとアンナに怒られるぞ」
「・・・むー。分かったのじゃ」
フェイの説得に黒龍も大人しくなってくれた。昨日からフィナと黒龍はずっとこんな感じで一触即発・・・いや、一回ガチの殴り合いしたから爆発はしてしまったけど。その時は最初は黒龍が優勢だったが、本気になって影を纏ったフィナに殴り飛ばされたら、黒龍が泣き出したのでそこで止めたんだけど、二人ともまだ思う所があるのかずっとピリピリしている。そうして二人に気を使いつつ移動して、大森林の入口までたどり着いた。
「し、シルカリリア様?ど、どうしてこのような場所まで・・・そ、それにこいつらは・・・」
入口まで着くといつぞやのガルラの知り合いのジークとか言うエルフが森から出てきて、シルカに話しかけてきた。ジークの態度からするとシルカってエルフの中でも結構偉い立場みたいだ。
「見張りご苦労。私はお婆様達の見送りだ。見送ったらすぐに戻るから、お前達は気にせず見張りを続けていろ」
偉そうに話すシルカとそれに頭を下げながら指示を受けているジーク。やっぱりシルカって偉い奴なんだ。
「はっ!分かりました。・・・・お婆様?」
シルカの指示を受けてくるりと踵を返して森に戻ろうとした所で、何かに気付いたのか足を止める。
「ああ、そう言えばまだお前達はお会いした事がなかったのか。こちらが私のお婆様、こちらが黒龍様だ」
紹介されて軽く手を挙げて答えるフェイと黒龍。いつの間にかジーク以外の見張りもジークの隣に並んでいた。
「おお!お目にかかれて光栄です」
「はいはい、そう言うのはいいから、さっさと自分の仕事に戻りな」
ジークの喜びの言葉を手を挙げて止めると、具合が悪そうに手であっちに行けと指示を出す。それを良い風に受け取ったジーク達は張り切って森の中に消えていった。
「なんか冷たくないか?もう少し会話してやれば、あいつらも喜んだだろう?」
「儂は奴隷じゃったからな崇められるのは、いつまで経っても慣れん。だから黒龍殿と二人で他との接触を断ち森の奥で暮らしているのじゃ」
こいつらが森の奥で暮らしている理由も分かり少し納得した所で、すぐに街の門に辿り着いた。普段は交易の商人ぐらいしか出てこない大森林から冒険者風の連中がゾロゾロ現れたから門番連中が大騒ぎしている。
「フェイ、黒龍。ちゃんと変化しておけよ」
「言われるまでもない」
「分かっておるのじゃ」
森から出る前に二人は変化しているが念の為もう一度注意する。注意しながら二人の姿を確認すると、フェイは冒険者本部に飾ってあった肖像とほぼ同じ姿になっていた。ただし白色の髪と碧目は黒に、エルフ特有の耳は短くなっているが、それでも絶世の美女と言っていい。黒龍は人型から角と羽と尻尾が消えた可愛い黒髪の幼女となっている。
黒龍はまあ分かるが、フェイは若作りしすぎだろ。年を考えろ。・・・あれ?何かこの二人の変化した様子どこかで聞いた事があったような?
「なあ、お前等その格好でよくどこに出掛けるんだ?」
「何じゃいきなり。まあ、森から出る時は基本この格好で適当な街に行ったりするからな。よくと言われると・・・ドワーフの小僧の所ぐらいか?ああ、ワインを作らなくなってからは行っておらんが、チルラトにはよく行っておったな。あそこはたまに上手いワインが出来ていたからな。その年のワインは大量に購入して隠しておるんじゃ、ほれ、今儂が飲んでいるのはこの300年前のワインじゃ。」
・・・こ、こいつ、水都で執事の爺さんに聞いた都市伝説の『ワインの黒姫』だろ。あの爺さんが言うには俺並に強いって話だし、こいつなら水都ぐらい簡単に滅ぼせるだろう。姿が昔から変わらないのは『変化』のおかげか。
そして取り出した300年前というワインを見ながら俺は、今のフェイのある言葉が気になっていた。『大量に購入して隠している』?
「おお、上手いなこれ、流石300年物だ。でもこれ全部飲み終わったらどうするんだ?」
一口だけ飲ませてもらったが、味なんて楽しむ余裕はなく、フェイに探りを入れる。
「美味いじゃろ。やはり300年は寝かさんとな。これを飲み終わったらまた取りに行くぞ。色々な場所に隠して寝かせておるからな」
・・・やべえ。下水にワイン隠しているの絶対こいつだ。俺が奪ったなんてバレたらまた殺し合いになる。・・・黙っておこう。
まあそんな事は顔に出さずに門まで近づくと、当然門番達は警戒して手に武器を構えていた。
「うん?何じゃ?やるのか?フェイ、こいつら蹴散らせばいいのか?」
こいつも好戦的だな、大森林で育つとこんな風になるのか?溜め息を吐きながら待木に黒龍を任せて俺は前に出る。
「えっと・・・領主様を呼んでくれませんか?」
「もう伝令を走らせている。貴様らは一体何者だ!」
一番偉そうな人が怒鳴りながら答えてくれるが、顔には怯えが広がっている。まあ呼んでくれてるなら少し待てば来るだろう。
「じゃあ、来るまで少し待たせてもらいます。ああ心配しなくても許可なく街に入らないですから」
そう言って皆に指示を出し、思い思いの場所で座り寛ぎ始める。まあ、待木は当然女子3人に囲まれて質問攻めにあっている。当然待木の護衛のフェイと黒龍も近くで話を聞いている。溝口の話が出来て嬉しいのか黒龍は物凄く良い笑顔になっている。そして、逆に不機嫌そうなのが、
「いつまで膨れてるんだ」
そう言ってフィナの頭を撫でてやる。少し不服そうな顔だが特に嫌がる素振りも見せないのでそのまま撫で続ける。
「元々獣人は仲間意識が強いんだ。フィナは村長を間近で見て成長してきたのもあって特にそれが顕著だが、まあ、主殿に買われてからを考えるとそれも当然だがな」
いつの間にかガルラが隣に来ていてフィナが膨れている理由を教えてくれた。俺達の事を大事に思ってくれるのは嬉しいが、いつまでも膨れられていても困るな。
「俺達の事をそこまでフィナが大切に思ってくれて嬉しいけど、いい加減、膨れるのはやめような。可愛い顔が台無しだぞ」
「ぶー。分かってるけど、あの時のお兄ちゃんが危ない状況を思い出すとやっぱりまだ怒りが湧いてくるんだもん」
「まあ、その気持ちは嬉しいけど、俺はもうあいつらの事は許したんだからフィナも許してやれ」
「・・・・分かったよ。私の主様にそこまで言われたら許してあげるよ」
そういって不貞腐れながらも納得してくれたフィナの頭をしばらく撫でながら待っていると、物凄い勢いで馬車が走って来た。そして俺達の目の前で止まると従者が扉を開ける前に自分で扉を開けたのか領主が飛び出してきた。
「はぁ。はぁ。み、皆さま、よくお戻りになられました。心配していましたが、先程戻られたと聞いて慌てて馳せ参じました。皆様無事お戻りになり、心より・・・・・・??」
肩で息を切らしながら俺達を心配していた言葉を述べながら見ていたが、ある一角で視線が止まり、何か考え込んでいる領主様。
「ああ、こいつがエルフの里に召喚された勇者『テツ』です。後二人はその護衛です」
その言葉に一瞬驚いた顔した領主だが、すぐに平静を装いつつ馬車に乗るように促されたので、馬車に乗り込み領主の館まで案内された。俺は馬車は嫌なので歩いてついていった。
「ええ、まずはよくお戻りになられました、勇者の皆様。見た感じケガもなく無事でなによりです。し、しかもエルフの里の勇者様までお連れするとは・・・我が国や教国があれだけ問い合わせても召喚された数しかお答えして貰えなかった勇者様をお連れするとは」
到着してものすごい豪華な部屋に案内されて席に着くなり領主様が感謝の言葉を口にする。その言葉を聞いたフェイが居心地悪そうな顔をしたのが見えた。
「まあ、それぐらいにして、まずは報告・・・の前に自己紹介からですね。こいつがテツ、エルフの里に召喚された勇者です。それでこの二人が護衛のフェイと・・・・黒龍って名前あるのか?これからも黒龍って呼ぶのはマズいと思うぞ」
そう言えばずっと黒龍としか呼んでなかったけど名前あるのかな?フェイも黒龍としか呼んでなかったな。
「あるぞ。「わああああああ!!!駄目じゃ!駄目じゃ!テツ!儂の真名は教えてはならんと言ったじゃろうが!儂を真名で呼んでいいのはママ達とお主だけじゃ」
俺の疑問にすぐに待木が答えてくれようとした所で黒龍が慌てて話を遮ってくる。真名ってあれか、バレると逆らえなくなるとかって奴だな。そりゃあ教えられないし、フェイも黒龍としか呼べないよな。・・・けど一々黒龍って呼ぶのも面倒くさいし、それでこいつがあの伝説の黒龍とバレるのも面倒だな。
「なら、お前はこれから『ミラ』って呼ぶぞ。いいな?」
「ふん、好きに呼べ」
まあ、由来はゲームからだけど気にしていないようで、ミラはテツを引っ張って行って離れた所で何か言っている。多分ミラの表情から文句を言っているだろう、待木は頭を下げている。
そうして話を戻そうと領主の方に顔を向けると、手に持ったカップがブルブル震えて中身を滅茶苦茶飛び散らせていた。
「あ、あ、あ、も、もしか、して、このお二方は、ま、まさかとは思いますが・・・」
「ま、まさか~。そんな事ある訳ないじゃないですか~。領主様冗談きついですよ。見た目も人族じゃないですか~」
「そ、そうですよね。名前が同じだけですよね。ビックリしましたよ~。いや~それにしても大森林にも人が暮らしているんですね」
「誰が人じゃ。儂はエルフじゃ、同じにするでない。気分が悪くなるわ」
「そうじゃ。儂も人ではないぞ。・・・いや、ママの娘だから人になるのか?」
俺達の会話が聞こえたのか不機嫌そうに話しに入って来たと思ったら本当の姿を見せやがった。ミラは手の一部だけ姿を戻すという器用な事をしていたけど、どう見ても人ではないと思うぞ。
「・・・・・う~ん」
バタン!!
二人の姿を見た領主様は椅子事後ろに倒れて気を失ってしまった。・・・どうしよう、人払いしているから俺達以外周りに誰も人がいない。この状況で誰か呼ぶと勘違いされる可能性が非常に高い。
・・・・・
「ハッ!?」
結局水谷の水魔法で領主様を目覚めさせた。水谷の魔法は操作できるってのが便利だな。領主様に水をかけて起こした後は水谷が出した水を回収して消したので濡れた様子もない。
「起きましたか?」
「起きたのか?全くこれぐらいで気絶するとは情けない奴じゃ」
「おお、これは上手い。これがママの好きな食べ物か。本当に美味しいのじゃ流石ママ!」
起きた所で俺が声を掛ける背後でフェイとミラが変化を解いて普段の姿で机に座りポテチを食べながらくつろいでいる。
「はあ・・・えっと、これは・・・!!え、エルフ?」
再びフェイに気付いて慌て始める領主だが、そこからしばらく何でもないように話をしてようやく落ち着いた所で話を進める。
「取り合えず待木の奴大森林から出た事ないから身分証持ってないんですよ。それでここで作って貰えないかなってお願いです。駄目なら入口で作ってもらいますけど」
「い、いえ、やります。是非やらせて下さい」
そう言って机の上のベルを鳴らしてメイドを呼ぶと色々指示を出し始める。
「お前等は身分証いらないのか?」
「儂等は持っておるから大丈夫じゃ」
そう言えば偶に街に買い出しに行くって言ってたな。
「そう言えば身分証作るのいくらですか?・・・待木は金持ってねえだろ、俺が立て替えておいてやるから後で払えよ」
身分証作るのに大した金額じゃなかったと思うけど金がかかる事を思い出した。待木はずっと大森林にいたから金なんて持ってないはずなので俺が払おうとすると、フェイが領主の手に何か白い物をポンと投げ渡した。
「余計なお世話じゃ。金ぐらい儂が払ってやる、小娘よ、今は金を持ってきてないが、これなら足りんという事もないじゃろう?」
「ん~?テツの為か?なら儂もこれをやる。ママが褒めてくれるかな~」
そう言ってミラはどこからか自分のだろう真っ黒い鱗を領主の前に投げた。ちなみに俺が切り落としたミラの一部は要らないって事なので許可を貰い全て俺が回収している。流石に食べるつもりはないけど、ギルドで売れば金にはなるだろう。
「こ、これは、エルフの白光髪、こ、こっちは黒龍様の黒鱗!」
驚く領主だったが、これってどっちもこいつらの体の一部じゃねえか。実質タダみたいなもんじゃん、と思っていたのだが、後日聞いたら、どちらも国宝ものだそうだ。そしてレイが着ている謎素材の服はそのエルフの白光髪を混ぜて織られていて、俺の愛用の片手剣はミラの牙が使われているそうだ。
「あ、あのフェイ様。よくぞお越し頂きました。今宵はささやかながらパーティを開催したいと考えていますが「いらん」・・・はい?」
「聞こえんかったか。いらんと言っておる。儂はテツの護衛じゃ、お主らの相手をしている時間はない」
「な!・・・せ、せめてどうかお顔だけでも「くどい」・・・」
取り付くシマもないフェイに物凄い困った顔でこっちを見てくる領主だが、多分俺達が頼んでもフェイは頷いてくれないだろう。待木がお願いすればいけそうだけど、借りは作りたくない。俺も別にどうでもいいが彼女二人ともう一人が咎めるような目で俺を見ている。
「フェイ、最初の顔見せだけでもいいから出てくれないか?」
「嫌じゃ」
下手に出て言ってみたが、まあ当たり前だけど即断られる。それなら別方向から責めるか。
「最初の挨拶だけでたら後は下がってラーメンでも食ってたらいいから」
「ラーメン?・・・確かママが食べたがっていたような・・・フェイ!」
「・・・い、嫌じゃ。人族は嫌いじゃ」
少し考え込んだが結局答えは変らない。だけどもう少し押せば何とかなりそうな感じもするので、もう少し押してみる。
「東も多分好きだった・・・っていうか嫌いな奴はいないんじゃないか?東達細い麺の食べ物とか試行錯誤してなかったか?」
「・・・しておった。何か違うなあとか言ってた、結局妥協してそれが今ではカルボナーラになっておる」
やっぱり作ろうとしていたか、たまに無性に食べたくなるもんな。しかしそれでカルボナーラが出来たってあいつら何やってんだ?そう言えば前にまんまカルボナーラを食べたけど、東達が考えたなら味は同じで当然だったんだな。
「それの元を食べたくないか?食べたくなくても墓に供えると東達絶対喜ぶだろうな~」
「・・・ぐ・・・ホントにイチ様が喜ぶのか?」
「ああ、お前等ポテチ食べただろ?あれも日本の食い物だから東達食べたがってただろうな~」
「ぐ・・・ぬぬぬ・・い、嫌じゃ、やっぱり信じられん」
やっぱり歳取ってるだけあって中々頑固だな。それじゃあ、
「待木も食うか?」
「食う。というか何故そんなもの持ってる?」
「俺のスキルとだけ言っておく。日本人だとやっぱり食べたくなるよな。東達も絶対喜んだだろうな~」
「東はどうかしらんが安奈は喜んで食べるだろうな」
「フェイ!フェイ~!」
待木の答えにミラがフェイを訴えかけるように呼びながら体を揺すっている。揺すられているフェイは眉をハの字に曲げて考え込んでいるが、ミラには甘いからこれはもう落ちるだろう。
「・・・・ぐ・・・分かった。最初だけじゃ」
ようやく納得してくれたフェイはパーティが始まり約束通り最初の紹介だけされるとすぐに部屋に戻っていった。ミラは別段気にする事なく腹が膨れるまで飯を食べた後、待木と用意された部屋に戻って行った。
「皆さま、ありがとうございます。まさかエルフの里の勇者様だけでなくあの伝説のエルフ様と黒龍様までお目通りできるとは思ってもいませんでした。可能であれば『湖都』で女王陛下にお会いして頂きたいですが、さすがに厳しそうですね」
「そうですね。建国王に買われる前の主は酷い奴だったらしく、未だに人族は嫌いだって言ってましたから。多分フェイがお願いを聞いてくれるのはミラか待木ぐらいでしょうね」
領主の感謝の言葉と感想に俺がフェイから聞いた事を何となくに口にすると、
「えっ!?・・・人族が嫌い?・・まさか・・えっ?そ、そんな?建国王様の第2妃ですよね?す、すみません、も、もう少し詳しく教えて頂けますか?」
そう言えばフェイに人族嫌いを広めておけと言われていたから丁度いいと思い領主にその事を話した。
「は、はあ。ま、まさかそうだったとは・・・いや、これは凄い事を聞いてしまった。ああ、そう言えば皆様が大森林に入ってから色々動きがあったもので、もしかして獣人の里でも何かして頂けたのですか?」
フェイ達が強力過ぎて忘れていたが、フィナが族長になってから色々指示だしていたんだった。この様子だとフィナの親父達はきちんと言われた事をしてくれたみたいだ。
「いや、俺達じゃないですよ。フィナ丁度いいから挨拶しておいた方がいい。一応お隣さんになるからな」
「えっと。この度獣人族の族長になりましたガルフィナです。聞いているとは思いますが、ヤクモ村を襲った人たちを捕まえれば、交易場所を前の所まで戻すように指示してありますので、犯人捜し宜しくお願いします」
「ああ、ご丁寧にどうも。犯人についてはこの街だけでなく『湖都』にも伝令を走らせているから国として対応する予定・・・・はあっ?!」
俺の指示でしっかり挨拶したフィナに軽く挨拶を返したと思ったら固まる領主。今日1日で驚かせすぎたかな。
「ええ、フィナがこの度族長になりました。フィナは俺達についてきますけど、心配しなくても代理を指名してあるし、何かあればすぐに連絡がとれるので安心してください」
「本当だ。だからこれ以上人族の問題でフィナの手を煩わせるなよ」
俺の言葉がまだ信用できないのか領主がガルラを見ると、ガルラが何目線か分からない注意をする。あまりに失礼な言い方にヒトミが何か言いたげな視線を向けると、ガルラの尻尾が忙しなく揺れ動き視線は挙動不審に揺れ動いている。今後ガルラが我儘を言った時はヒトミかファルに対処させよう。
「ま、まさか獣人の族長にまでお会いできるとは、ディオラの歴代領主でも初めての事です。皆様本当に有難うございます」
そう言って深々頭を下げる。人目がないと言っても公爵様がここまで頭を下げてもいいのか疑問に思ったが、それだけ大森林を重要視しているんだろう。この人の代は今後は安心できそうだ。
翌朝、領主自ら門まで見送りに来てくれた。あんまり目立ちたくないから最初は遠慮したのだが、どうしてもと言う事で押し負けてしまった。
「ほ、本当に馬車は必要ないんですか?」
「大丈夫です。馬車よりも自分達で移動した方が早いですから、それよりもこれ本当に助かります。このお礼は必ずさせてもらいますから」
そう言って手に持つ紙をヒラヒラ振って見せる。今日の朝領主からもらった印籠みたいなものだ。これがあれば砂の国での俺達の身分の保証は領主である公爵が全て責任をとると書かれている。要するに俺達がどれだけ悪い事をしても領主が全て責任を持つって事だ。悪い事する気はないけど、これで各都市の移動がかなり楽になった。ただでさえ目立つガルラとフィナに加えて、背のでかい待木と姿を変えていると言ってもエルフと黒龍がいるんだ。今まで以上に目につくが、この紙があれば住人専用の入口が使える。入場待ちで目立つ心配もないだろう。
「いえ、こちらの方がまだまだ返さなければならない恩があるので、お礼は不要です。それよりも道中くれぐれもお気をつけ下さい」
そうして一度シャルラに寄ってお願いしていた火竜素材のヒトミとフィナの装備を手に入れてから特に問題なくサイ国の王都『ギョク』に辿り着いた。
「おお、懐かしいのじゃ。フェイの部屋に行くか?」
『ギョク』についた俺達はそのまま報告の為に城に足を運ぶと、この間の応接室に通された。すると本当にここに来たのは久しぶりなんだろうミラが嬉しそうにフェイに提案しているが、フェイはその提案を拒否して何となく不機嫌そうにしている。
バタン!!
しばらくすると慌ただしい足音が聞こえてきたと思ったら、王様と宰相、第1王子がノックも無しに大きな音を立てて飛び込んできた。
「ハァ、ハァ。よくぞ無事お戻りで、そ、それでフェイ様がお見えだと・・・・ハハッー!!」
飛び込んできてフェイの方に視線を向けると、そのまま滑りながら頭を床につける王様。この世界最強の国の王様がそんな事していいんだろうか?
「ま、まずはようこそお戻りになられました。歓迎致します」
挨拶も終わり落ち着いた所で、全員席に着き報告を始める。今の所火の国に動きはないようだが、サイの国、砂と闇の国はいつでも兵をだせるように準備だけは進めていると聞いた。俺達も大森林での事を報告して驚かれたりはしたが、目の前に伝説のエルフと黒龍がいるので、信じてもらえたみたいだ。そしてそのフェイだが、さっきから話を振られてもそっけない態度でずっと居心地悪そうにしている。ミラは久しぶりだから城を見回ってくるといって第1王子とどこかに行ってしまった。
「それでは私達は明日にでもここを発って闇の国に向かい、闇の国の女王様にお会いした後は、国境都市グレンツェに滞在して向こうが動くのを待ちます」
「やはり、我々と一緒に行動はして頂けないのですか」
俺達の今後の行動については既にパーティ全員と話は済んでおり、それを水谷が王様に説明したら最初は反対された。金子達に対抗できる俺達と一緒に戦いたいらしいので、出来れば共に行動して欲しいと言われたが、3度も間に合わないとかにはしたくないので、一足先に闇の国に向かう事にした。
「戻ったのじゃ。久しぶりじゃから仕方ないが大分変わっておった。儂等がいた頃の面影は全くなかったのじゃ」
戻って来たミラが頭を撫でられながらフェイにそう報告している。一緒について行った第1王子も戻って来たが何故か興奮した様子だった。
「ち、父上。黒龍様のお話は大変興味深いものでした。当時は、あの英雄達の部屋まで用意されていたようです。私の部屋はあの『水流王』様のお部屋だったそうです」
「な、なんじゃと!それなら他のお方のお部屋はどこだったのか聞いたのか?」
「はい!確認致しました。ただ、その前に黒龍様がもうお休みになられたいとの事で、まずはそちらを先に致しましょう」
そう言われて見ればミラは大きなあくびをして眠そうだ。夕飯はまだだけどミラの生態がどういうものか分かってない俺達は口を挟めない。
「フェイ。儂はもう眠くなってきたのじゃ。いつもの場所で寝るから何かあったら起こしてくれ」
「仕方ないのう。まあ久しぶりだから仕方ないか、お休み黒龍殿」
フェイと会話していたミラは何故か全裸になった後に窓から飛び出していった。慌てて王様達が窓に駆け寄るがその隙間から黒い大きな影が上に飛んでいくのが見えたと思ったら、城中に鐘の音が響き渡り一気に辺りが騒がしくなる。ミラの奴が元の姿に戻ったからそれを見た兵達が騒ぎ出したんだろう。
「黒龍様がお戻りになってお休みしているのだ!すぐにこの鐘を止めろ!そして兵達に伝えろ!怯えるな、我が国の守護龍様がお戻りになられたのだ!歴史的瞬間に立ち会えた事を誇るがいい!とな」
すぐに王様達が動き出して各自に指示を出していくとすぐに騒ぎは収まった。収まったのだが、騒ぎを引き起こした当の本人は、城の一番高い場所で龍形態で寝ているから街からも確実に見られているよな。
「す、すごい。伝説は本当だった」
「ま、まさかこの目で見る事が出来るとは」
王様達はミラが寝ているのを見て何故か感動していたが、絵の飾ってある所まで案内されてその理由が分かった。その絵には中年だが渋い感じのオッサンと黒髪で色気のある魔女っぽい女性、エルフの美女、奴隷紋が首に入った美女が微笑みを浮かべて書かれていた。まあ、東とその奥さん達だってことは分かる。そしてその絵の背景には城が書かれており、その城の上には今より少し小さいが黒龍が丸まって寝ているという今と変わらない様子が描かれていた。
「また、懐かしい物を。いつまで残しておくつもりじゃ、いい加減処分せんか」
「だ、駄目ですよ!この絵は初代様が国を興しようやく国内が安定したので描かれた絵と伝わっております。見て下さい、皆さまのこの優しくも暖かい笑顔、そしてこの絵の城の上で安心して眠る守護龍様を!即ち我が国の平和の始まりを表す絵です。そんな貴重な絵を処分出来る訳ありません」
王様が絵のモデルとなった本人がいるのにドヤ顔で絵の説明をしてくれる。
「阿呆!どう伝わっておるのじゃ。その絵は城下に絵が上手いと噂の絵描きが来たと聞いたスーが、珍しく我儘を言ったから描いてもらっただけじゃ。それにみんな笑っておるがそれは絵描きが想像して描いたんじゃ。本当はみんな長い時間ジッとしておって疲れた顔をしておったからの、黒龍殿は待つ事に飽きて寝ておるだけじゃ。それにこの頃には国は既に安定しておったわい」
・・・うわ~。フェイのせいでこの絵の言い伝えが全くのデタラメになってしまったじゃないか。城に入って正面階段を上がった一番目立つ場所にあるのになんか台無しだな。
「・・・・陛下、聞かなかった事にしておきましょう」
宰相が王様に耳元でささやく声が聞こえてきたが、聞こえない振りをしておいた。
「ねえねえ、お婆ちゃん。この人が黒川さんなの?」
ヒトミが中年東の隣に立つ黒い女性を指差しながら訪ねる。絵に描いてあるエルフはフェイで、首に奴隷紋が書かれているのがスーって言う第3妃だから、必然この女性は黒川って事になるんだが・・・なんか全身真っ黒で魔女みたいだな。全身黒いドレスを着てその上にも黒いローブを羽織っている。手袋も真っ黒だからそう思っても無理はないと思う。
「これが黒川?眼鏡かけて髪も三つ編みで一つにまとめてたから気付かなかったけどすごい美人だったんだ。・・・でも何でこんなに黒いの?」
「こんな美魔女みたいに成長するもんなんだね」
水谷とレイがその絵をみて俺と同じ感想を述べる。ヒトミも横でうんうん頷いているから同じように考えているようだ。
「ヨミコの顔は全然違うぞ。あいつは黒い物が好きだったから服装はその絵の通りだと思うが、顔については色々注文つけて書き直させておった。大体その絵の「こんせぷと」とやらは『魅了を使う妖艶な魔女』らしいぞ。自分の顔を何度も書き直しさせておったからしまいにはイチ様に怒られておったわい」
その当時を思い出したのかフェイがケラケラ笑い出す。何だか俺の持つ黒川のイメージと激しく乖離しているな。見ると3人とも眉を寄せて難しい顔をしているので、自分の持つイメージと違っているんだろう。