121話 大森林の奥へ
「う~ん。歩きにくいわね~」
大森林の深部に向かって、しばらく歩いていると水谷が不満を口にする。今歩いている所は、緑の濃い密林みたいな所だから当然道なんてあるはずもなく、藪漕ぎしながら進んでいるので言いたくなる気持ちも分かる。
「仕方ない、これより先は獣人の土地と同じぐらいの大きさがあると言われているが、実質二人しか暮らしていないのだから手つかずの場所も多いんだろう」
ガルラの言う事が本当なら、ここのハイエルフと黒龍って二人でどれだけの土地を使ってるんだ。
「ねえ~。やっぱりお兄ちゃんだけ移動する?」
一番先頭を歩くフィナが振り返り会話に入ってくる。フィナが先頭なのは族長だからで、一応俺達は新族長の後をついて行く世話係とでもハイエルフには思ってもらえたらいいなと後ろをついて歩いている。
「駄目よ。少しでも警戒されないようにって事でみんなで歩いてるんでしょ」
「そうよ。そのハイエルフって人族嫌いって感じだから、あんまり刺激しないようにしないと」
「でも私の読んだ本では人嫌いってどこにも書いてなかったよ。そもそも東君と結婚したんだったら人が嫌いな訳なくない?」
「まあ、その辺は本人にあってから聞けばいいだろ。」
自分で言っておいてなんだけど、そのハイエルフは素直に答えてくれるかな。水谷が言っているように、俺もハイエルフは何となく人嫌いだと思っているから、正直に答えて貰えない気がする。
そうして深い森の中を通常の移動よりもかなり遅い速度で進む事10日、いい加減俺も移動が嫌になってきた頃、そいつが現れた。
「止まれ!貴様らここがどこか分かっているのか!」
『探索』でも分かっていたけど、顔に隠す事も無く敵意むき出しで俺達の前に現れたのは、エルフの女だった。森の入口で見た男も凄い美形だったが、この女も物凄い美人だ。金髪の長い髪を束ねてエルフ特有の長い耳、背はそこまで高くないがスレンダーな体形で弓を構えてこちらを睨みつけている。
・・・胸は小さいパターンか。それともこいつが貧乳なだけか・・・イタタタ。
いつの間にか俺の両脇に移動していたレイとヒトミが俺の手の甲をつねって、俺の後ろにいる水谷も何故か背中をつねっている。
「待ってください!私はこの度、新族長に就任したガルフィナと言います。ハイエルフ様への就任の挨拶で参りました!」
先頭のフィナが慌ててエルフに話しかけると、少しだけ警戒が解けたみたいで睨みつけてこなくなった。だけど、まだ弓は構えたまま・・・っていうか俺にメッチャ狙いつけてるな。未だにマップでは赤いので俺もまだ油断はしないでおこう。
「・・・ふむ、信じられんが、お前ともう一人の獣人はここまで入ってきた事は特別に許してやる。但し、そこの人族は許さん!大森林の深部はおばあ様達の領域だと知らない訳ではないだろう」
おばあ様って事はこいつハイエルフの孫か?そう言えばギルド本部で見たフェイって奴にどことなく似ている気がする。
「心配しなくてもこの方達は私の家族で、勇者様です。ハイエルフ様にお会いしたいと言う事で連れてきました」
「ふざけるな!隷属の首輪をつけておいて家族だなど笑わせるな!」
しまった。ここでも首輪のせいで変な勘違いされてしまった。
「こ、これは私達が望んでつけてもらったものです。勇者様は私達を大切に扱ってくれます。命令なんて一度もされた事ありません」
慌ててフィナが弁明するがエルフを余計に警戒させたみたいで、最初と同じように殺気を向けながら弓を構え直した。
「卑怯者が!こんな子供を使って小細工をして・・・死ね」
当然俺に狙いをつけて、矢が放たれる。このエルフ結構短気だな、それともエルフって種族自体が短気なのかな?
パシッ!
俺に矢が届く前にガルラが俺の前に飛び出してきて、こん棒で矢を弾き飛ばした。別に自分で対処できたんだけど、そうすると目の前のエルフが更に怒り出しそうだから結果的に良かったかもしれない。
「ちぃ、奴隷を盾にするとは、卑怯者め!」
更に怒りだしたから、あんまり良くなかった。相変わらず勘違いして怒って話を聞いてくれそうにないから、どうやって誤解を解いたらいいんだろう。困ったな。
「お前達、恨むならそんな奴等の奴隷になった自分を恨め!火よ!爆ぜろ『火球』」
エルフの言葉に十数個の炎の球が現れる。
こいつ・・・獣人がいるのに関係無しかよ。
そしてエルフが手を振り下ろすと俺達に向かって『火球』が飛んでくるが、この軌道はガルラもフィナも当然爆風に巻き込まれる。そして詠唱が俺が聞いた事あるのと全く違うな『火球』の詠唱はもっと長かった記憶がある。
ドオオオオオオン!!
俺が呑気にそんな事を考えていると『火球』が爆発して轟音が鳴り響き、爆風が辺り一面に吹き荒れる。周囲に煙や埃が舞い上がり視界が悪くなっている中、当然俺達は無傷でレイの『光壁』の中で作戦会議をしていた。
「どうしよう。話聞いてくれないよ。お兄ちゃん達ごめん」
「フィナのせいじゃないわよ。なんか最初から喧嘩腰だったし、まあ少し前に教国が攻めてきたから仕方ないけど・・・ホントあの狸親父邪魔しかしないわね」
レイの中で教皇の評価が最底辺だ。自業自得だけど。
「でも仕方ないとか言ってられないよ。どうする?このまま無視して先に進む?」
ヒトミの言う通り、今の魔法を見た感じだとレイとヒトミ、水谷は各「壁」を使えば問題なく先に進めるだろうし、俺もフィナも影に潜れば問題なさそうだ。ガルラは影に潜らせるかレイの『光壁』で守らせれば先に進めるだろうけど、放置して進むと印象悪いよな。既に悪い印象をわざわざ下げる必要もないしな。
「私の水で溺れさせる?そしたら静かになるわよ」
それをした場合はハイエルフと戦闘になる可能性がある事が水谷には分からないのだろうか。さっきからおばあ様って言ってるから、やっぱりこのエルフはハイエルフの孫なんだろう。その孫を気絶でもさせそれを見られたらハイエルフは怒り出す可能性が高い。
「・・・・なっ!!??」
爆風で舞い上がった土煙が収まって俺達の様子が見えたエルフが驚きの声をあげる。俺達は今『光壁』の中で丸く集まって何事もないように相談しているからその様子に驚いたんだろう。
「き、貴様ら、何をした!良く分からんが、これなら・・・火よ!我が敵を塵も残さず燃やし尽くせ!『火嵐』」
「あっ!これも詠唱違うな~。エルフの魔法ってかなり簡略化されてるんだな~」
ヒトミが呑気な事を言っているが、レイの『光壁』に炎が纏わりついて周囲の森がえらい事になっている。エルフが森を燃やしてもいいんだろか。当たり前だけど、レイの『光壁』はビクともしないし、中にいる俺達は熱さを全く感じない。
「こ、これも駄目だと!それなら・・・天より墜ちる業火の炎よ!我が敵の痕跡、残さず滅却せよ『隕石』!」
おお、これが本物の『隕石』か・・・エルフの方が大きいが、ヒトミの方が数が多いな。
「へえ~これが本物ね~。これならヒトミもすぐに再現できるわね」
「そうだね~少し『火球』大き目に出せばいいだけだから出来るね」
水谷とヒトミは感心したように『隕石』を見上げながら呑気に話をしている。そしてレイは『隕石』を見上げるとすぐに目を離してどうしようか聞いてくる。レイの奴エルフの『隕石』は『光壁』の脅威じゃないと判断したようだ。
「取り合えずレイはこのまましばらくあいつの魔法防いでおいてくれ。しばらくしたら疲れて話も聞いてくれるだろ」
「ハァ!ハァ!・・・な、何故私の攻撃が通じない!」
「大分息が切れて来たわね」
「これで話聞いてくれるかな」
しばらくエルフの魔法や弓で攻撃を好きにやらせていたのだが、レイの『光壁』は相変わらずの固さでどの攻撃でもビクともしなかった。そしてようやく息も切れて疲れが見え始めたので、こちらも作戦を開始する。
「えい!」
レイが『光壁』を解除すると同時に水谷が目の前に黒い『水球』を出現させエルフに向かって放った。
「そ、それは・・・『水球』か?・・・まあ、何にしてもそんなものに当たるはずは無い」
エルフはギリギリまで引き付けて、一歩だけズレる事で『水球』を躱そうとするけど、そこは水谷の特別性の『水球』
パシャッ!
「な!・・・クッ!な・・・何だ!これは!」
水谷の操作でエルフの躱す動きに合わせて『水球』が直角に曲がり、意表をつかれたエルフは直撃して、水浸しになる。そして水谷はその水を操作して纏わりつかせると、エルフは必死に振り払おうとするが、その動きは先程と違いかなりゆっくりした動きになっている。
「お、重い。な、何だこの水は・・・」
エルフの言う通り水谷のこの黒い水は体に纏わりつくと水の中で行動している以上に体が重く感じる。だから、エルフが暴れると暴れるだけ体力を消耗してくれる。
「いい加減話聞いて貰えますか?」
「ふ、ふざけるな!誰が人族の話なんか!火よ!我が・・ゴボゴボボ・・・ガハ!ゴホッ!ゴホ!」
フィナの言葉に再び激高して今度は魔法を使って来ようとするが、詠唱を始めた途端、水谷が水を操作して口を覆うので当然水を飲み込み咽るエルフ。口から黒い水を吐き出しているけど、あの水、体に悪い影響ないだろうな?
「ゴホッ!ゴホッ!・・・・ハァ!ハァ!貴様ら、許さんぞ」
苦しそうに咳き込んでいたが、落ち着いてくると再び俺達を睨みつけて敵意をぶつけてくる。ただ、先程までの勢いはもうないのでかなり疲れてくれたみたいだ。ただ、この調子だとまだまだ話を聞いてくれそうにないからもう少し疲れさせる必要があるなと考えていると、マップに凄い速さでこちらに向かってくる反応があった。
ギャオオオオオオオオン!
幸い向こうから大声で叫んでくれたので、みんなすぐに気付いて戦闘態勢に入る。
「お、おばあ様・・・」
目の前のエルフが空を見上げながら呟いた先には、真っ黒い龍がこちらに向かってゆっくりと空から降りてきていた。見た目はこの間の火竜とよく似ているが全身真っ黒で禍々しい色をしていて、更にこの間ガルラが倒した火竜の倍近くの大きさがある。
「こ、黒龍様」
フィナが少し怯えた様子で言葉を口にした。
これが黒龍か、そしてその背中に乗っている年老いたエルフがハイエルフ・・・フェイって所だろう。
黒龍が地面に降り立つと、婆さんがその背からヒョイと飛び降りて、ゆっくりとこちらに歩いてくる。手には杖を持ち少し腰を曲げて歩いてくる様子は唯の年寄りにしか見えないが、黒龍からの着地を見た時点で俺は悟った。
この婆さんかなり強い。そして黒龍も敵意はないが、火竜の比じゃないないぐらいプレッシャーが半端ない。みんなには『念話』で警戒するように注意し、俺もいつでも対応できるように構える。そして俺達のそんな警戒を余所に、テクテクとこちらまで歩いてきた婆さんは、小さくなっているエルフに話しだした。
「シルカ、さっきから何をやっておるんじゃ。森が燃えてしまうじゃないか」
「・・・お、おばあ様。・・・申し訳ございません。人族を排除しようとしていたのですが、思いの他手強くて・・・」
婆さんにビクビクしながら報告するエルフは、先程の勢いはどこにも見えない。それだけこの婆さんが恐ろしいって事なんだろう。時々エルフがこっちをチラチラ警戒した目で見てくるけど、婆さんは全くこっちに視線を向けない。
「はあ~。少し見えてたよ。あんた手も足も出て無かったじゃないか。何やってるんだい、情けない」
「も、申し訳ございません」
このエルフさっきまでの俺達への態度が嘘のように婆さんにペコペコ頭を下げたので、話も終わったのか、ようやく婆さんがこっちに目を向けた。
「あんた達もウチの孫が迷惑かけたね。それで何の用じゃ?一応ここは儂の管理している森なんじゃが、迷い込んできたって訳じゃないだろう?」
「は、ハイエルフ様。初めまして、この度新しく族長になりましたヤクモ村ガルオリーグの娘ガルフィナです。この度は族長就任の挨拶に参りました」
ハイエルフの質問にまずはフィナが前に出て緊張しながらも挨拶を始める。これはしきたりみたいなものだから、向こうも文句は言ってこないだろう。
「・・・・似てるね」
「はい?」
フィナが挨拶すると、しばらく顔を見ていた婆さんが呟いたが、何の事だか分からない。
「いや、何でもないさ。それにしてもあんたみたいな小さい娘が族長って先代は何をやっておるんじゃ」
その言葉にアハハと乾いた笑いしか返せないフィナ。まあ、先代はあんな奴だからフィナもそういう反応しか返せないのは仕方ない。そしてそのフィナにはそれでもう興味を失ったのか、俺達の方へ顔を向ける。
「それで?人族がこんな所まで何の用だい?」
「えっと、まずはサイ国の王と砂の国の女王より手紙を預かっていますので、それを読んで頂けますか」
「はあ、大体書いている内容は理解できるよ。断ったってのに諦めが悪いねえ」
最初に自分から勇者と名乗るよりは、王様達の手紙を読んで貰ってから名乗った方が信用できるだろうと思い先に手紙を渡す事にした。目の前にはハイエルフ様がいるって事で若干俺もテンパっていたんだろう。名前を名乗る事もせずに、いつものように鞄から『影収納』経由で手紙を取り出そうとする。
「ギャオ!」
手紙を出そうとした所で、何故か黒龍が怒ったような、慌てたような感じで一声叫んだので、それが気になって顔を上げる。
そこからは本当に一瞬の出来事だった。
俺が顔を上げると、こちらを見ている黒龍。さっきまでと違い『探索』では色が赤に変わっていた。・・・・何故?疑問に思った所で、俺の目の前にハイエルフの婆さんがいて、俺の胸に両手を当てていた。婆さんもいつも間にか赤に変わっていて、頭に警報が鳴っていた。
油断。
みんなに警戒しておけと言っておきながら、俺自身が油断していた。・・・見た目がヨボヨボのお婆さんだったから、俺が手紙を渡す為にあれだけ近付いても向こうは警戒しなかった等理由はあるが、そんなもの言い訳だ。
「ハアッ!!!」
婆さんの気合の籠った言葉と共に、俺の胸に信じられないぐらいの衝撃が伝わり俺は大きく吹き飛ばされた。