116話 ヤクモ村の村長
「もうお兄ちゃん!今度勝手にコレ取ったら本当に怒るからね!」
「い、いや・・・でも、親の気持ちを考えると・・・ごめんなさい」
プリプリ怒りながら睨みつけて文句を言ってくるフィナに、少し言い訳をしようとすると、更に目つきが厳しい物に変わったので、諦めて取り合えず謝る。
結局、再び奴隷の首輪をつけた所でようやくフィナが泣き止んでくれた。俺も村長も疲れてぐったりしている。
「ギンジもこれに懲りたら勝手に盗ったら駄目よ。あの首輪フィナの宝物なんだから」
「そうそう、家族の絆だって言ってたよ」
「土屋は相変わらずよね~」
フィナの宝物なんて聞いた事ないぞ。ただの奴隷の首輪だぞ。そして水谷から何か分かった感じで呆れられてるのがムカつくな。
「フフフ。まあそう困った顔をするな。普通の奴隷だとこの首輪は嫌悪の対象だが、私やフィナにとっては価値あるものだ」
ちゃっかり自分も首輪を返してもらったガルラが自分の首を触りながら言ってくる。
「そんなもんか?まあトラブル防止の効果はあるけど、奴隷に見られるって悪い事の方が大きいだろ」
「獣人だってだけで奴隷以下の扱いだからな、人から奴隷に見られるぐらいどうって事ない。それに主殿、トラブル防止以外にもこの首輪にはこの大森林から外に出られるって良い点があるんだ。我々は掟で許可なく森の外に出る事は禁じられているが、奴隷は主人の命令には逆らえないからその限りではないからな」
笑いながら答えてくるガルラだが、そこに価値を見出しているのはお前だけじゃないか?大方外だと知らない魔物や強い奴と戦えるからだろと思ったけど口にはしなかった。
「まあ、それならそう言う事にしておいてやるけど、二人とも故郷まで戻って来たし、これで自由ってのは撤回しないからな。これからは好きにしていいぞ」
奴隷の首輪をつけていても、二人はここで自由にする。
「そうか、それなら今までと変わらず主殿について行く事にしよう。レイとヒトミを守るとガルフォード様に誓っただろ?約束は絶対に守るさ。それに未だに帰ってきていない村の者がいるようだし、それを探すのにも丁度いいしな。あとは主殿と一緒だと戦いに困らんしな」
ガルフォードへの誓いは置いておいて、後半二つの理由は本当だな。特に最後、ガルラの奴どんだけ戦闘狂なんだよ。
なんとなく話の流れで想像できたが、ガルラはこのまま俺達についてきてくれるみたいだ。嬉しい反面、家族とかはいいのかと思った。そう言えばガルラって婚約者がいるんだよな。
「家族とかはいいのか?」
「母は私が小さい頃に病気で亡くなった。父も村が襲われた時にな・・・だから主殿は気にしないでいい」
「婚約者は?フィナの兄貴って言ってただろ?いいのか?」
「く・・・あ、あいつはいい、大丈夫だ」
俺の問いに凄く苦々しい顔で答えるガルラ。どうもこの話題はフィナも含めて嫌がるんだよな。嫌いなのか・・・?
「私もついていくからね」
フィナもそう言ってきたが、さすがにそれは良いのか?と思い村長に顔を向ける。
「駄目だ!フィナ!お前はここに残るんだ!」
当然村長がダメだと言う。
「なんで?お姉ちゃんは良くて私は駄目なの?」
「本当は村長命令で止めてもいいんだが、セクターとの約束でな。ガルラは好きなようにさせてくれと頼まれている。それにガルラはもう大人だ。自分の身は自分で守れる」
「私だって自分の身は自分で守れるもん!これでもかなり強くなったんだよ!」
「駄目だ!親として村長としてフィナが村から出ていく事は認めん!」
珍しくフィナが我儘言っているけど、村長のあの様子だとフィナが俺達についてくる事は、絶対に認めないだろう。
「嫌!私もお兄ちゃん達についていく!」
「フィナ!我儘を言うな!これは村長命令だ!」
流石に親子でもあり村長と村人の話合いなので、俺は口を挟む事は出来ずに二人のやり取りを黙って聞いている。
「・・・・分かった。それなら私が村長になってそんな命令撤回させてやる!お父さん・・・いいえ、ガルオリーグ村長!村長の座を賭けて決闘を申し込みます!」
・・・・・
「・・・・グハハハ!それでフィナちゃんが納得してくれるなら受けて立とう。今、ここにいる奴等が立会人になれ」
ええ?これはどういう展開なんだ?取り合えずガルラに解説を求める。
「フィナが勝てば村長だ。村一番の村長の命令は絶対となるから、フィナの奴それで村から出るつもりなんだろう」
年齢とか関係ないんだろうか?あとガルラって村でも一番強いって言ってたけど村長ではないんだ。
「強さは村一番だが、村長になるには計算等も必要になるからな」
ああ、そう言う事か。最初ガルラは文字も読めなかったし、計算も出来なかったもんな。ガルラの言葉に俺以外も納得している。
「ほら、始まるぞ。最初は計算からだ」
村長になる為に必要な計算か・・・2次関数ぐらいならフィナも解けるはずだけど・・・と心配したが、
「5人で狩りに出かけて獲物を1人3匹獲りました。合計何匹になったでしょう」
「15匹」
思わず力が抜けそうになった。何だコレ数学じゃなくて算数の問題か。フィナは悩む事なく即答する。
「ガルラお姉ちゃん。合ってるよね?」
「・・・・ああ、答えは15匹だ」
フィナがガルラに答えを確認する。・・・・おい、ガルラ、今少し考えただろ。
「ガルちゃんのお勉強時間増やさないと駄目かな」
ヒトミがボソリと呟く。
「な、何故だ!今のは合っているだろ!」
慌ててガルラが抗議の声を上げる。
「フハハハハハ。フィナちゃん。ガルラに聞いてどうする。こいつは数もまともに数えられないんだぞ。ほら、答えはいくつだ?」
村長が笑いながら後ろの獣人に声を掛けると、3人で固まって地面に何か書いて計算を始めた。・・・え~この村大丈夫か?っていうか獣人が心配だな。人族より強い力を持っているけど今まで低い立場にいた理由が何となく分かって来た。
「12、13,14、15!15匹です!あ、合ってます」
3人で答えを導き出すと、その答えを聞いて村長はとても驚いたようにガルラを見る。ガルラが少しドヤ顔をしているが、別にドヤ顔出来る程凄い事はしていない。
「じゃあ、次は私の番だね。冬を越すには一人4匹の灰狼の肉が必要だってのは常識だよね」
・・・常識なのか?慌ててレイ達を見るがそうなの?って顔をしているから俺だけが知らないって訳じゃなくて少しホッとする。但しこの場にいる獣人は全員何を当たり前な的な顔で頷いている。
「それで村には75人います。冬を越すのに必要な灰狼は何匹でしょう?」
「うん?あ~っとアレだ。ちょっと待て。75を4回足すんだから・・・」
村長は地面に何か書きながら考え出す。後ろでは他の獣人も顔を寄せ合って地面に書きながら考え出す。ホントにこの村の獣人って大丈夫かと思いながらチラリとガルラを見ると、ヒトミからは絶対に見えないように背中を向けて指で何やら数えている。その顔は普段の魔物との戦闘では見せたことがないぐらい必死な顔をしている。
「ガルちゃん、間違えたら・・・分かってるよね」
「だ、大丈夫だ。何回も確認したから合ってるはずだ」
ヒトミに慌てて答えるガルラは放っておいて、ようやく村長も計算が終わったようだ。
「分かった。280匹だ!」
「はい、残念。お姉ちゃん、答えは!」
「・・・さ、300匹だ」
少し震える声で答えるガルラ。それぐらいの計算はもう少し堂々と答えような。
「ガハハハッ!これは俺が正しいって事だな?」
「ふう~。お父さんが間違い。お姉ちゃんが正解だよ。お父さん、これが本当なら5人が飢えて死んだよ」
「な!・・・お前達!・・・え?マジで?ガルラが合ってるの?あのガルラだぞ?」
どのガルラか非常に気になるが、今のガルラは文字の読み書きと計算は・・・まあ何とか小学生レベルだから。・・・だからそんなんでドヤ顔すんな。
「むう。実際は灰狼だけ狩れるわけじゃないぞ。その時狩れた分をしっかり皆が飢えないように分配するのが村長の役目だ。こればっかりは経験だ」
「もう、お父さん、大人気ない!素直に負けを認めて!どうせ村長になるには次の強さでも勝たないとなれないんだし!」
村長になるには現村長に頭脳と力で勝たないと代替わりできないらしい。と言う事で引き続き力勝負。武器、魔法は無し、純粋に力だけの勝負になる。
「いいだろう、フィナ。潔く頭脳戦は負けてやる。但し、次の力勝負では手加減はしないぞ。フィナ知っているかもしれないが、父さんは昔、セクターと各村から集められた火竜討伐隊に参加して見事火竜討伐した事があるんだぞ」
「何回も聞いたから知ってる!それに自慢していいなら私も水竜と風竜一人で討伐したもん!」
「・・・・ブハハハ!フィナ!嘘は良くないぞ。・・・はあ~、やはりあの時村を離れていたのは後悔しか残らんな。捕まる前のフィナちゃんは噓なんて吐かない良い子だったのに」
「嘘じゃないもん!お兄ちゃん!死体・・・はそうか置いてきたり素材で使ったんだった・・・まあ、いいよ信じてくれなくて倒した魔物で強さを決める訳じゃないし」
親子による軽い口喧嘩も切り上げてフィナが構えをとる。対して村長は構えもとらずにニコニコと優しい父親目線でフィナを見ている。完全に油断しているが、大丈夫なんだろうか。と思ったのも束の間、フィナの姿が消える。
「へっ?・・・・・」
「お父さん、本気出して。これで1回死んだよ」
フィナが消えた事に驚いて棒立ちの村長の背中にポンと軽く叩き、フィナが注意する。すぐに何をされたか理解した村長は慌ててその場から飛びのきフィナから距離をとって本気の呼吸で構える。今更ながらフィナの強さを理解したようで、顔から汗を流し始めるその顔は真剣そのものだった。
「があああああああああ!!!」
耐えきれなくって先に動いたのは村長だ。先程と違い真剣だ。自分の娘だって言うのにその一撃一撃に殺意が乗っている。まあ負けたら娘がまたいなくなるから本気にもなるんだろう。そして、村長の気合の籠った攻撃だが、掠りもしない。フィナは余裕で見切って紙一重で攻撃を躱している。そうしてしばらく攻撃を躱し続けた所でようやく攻撃の手が止まった。村長は肩で大きく息をしているが、フィナは呼吸を全く乱していない。
「お父さん。どう?いい加減負けを認めて」
「ハァ、ハァ。まだだ、速さは相当だけどその体では力はないだろう。村長は逃げ回っているだけでは駄目なんだよ」
「じゃあ、力がないか確かめてみて、ただしっかり防御はしてね」
村長の言葉にフィナはトコトコと近づいていき、村長を殴りつけると鈍い音と共に村長が吹っ飛んでいった。
「これで私の勝ちって事でいいよね」
フィナが周りにいる獣人に尋ねるとみんなコクコクと頷くだけで誰も答えてくれなかった。
「お父さん、大丈夫~」
周りから勝ちだと認めてもらったフィナは自分で吹っ飛ばした父親の元に走っていく。あんまり心配そうじゃないけど、防御した腕の骨が折れた音がしたぞ。
「あちゃ~。ちょっと強くやりすぎちゃったかな?」
そう言って手をかざすと村長の体が淡く光る。自分でケガさせて自分で『治癒』使うとか・・・いや、まあいいんだけど。
「な!!その光は・・・回復魔法!!」
フィナの回復魔法で周りの大人達が驚きの声を上げる。その反応だと獣人の中でも回復魔法は教国の神官しか使えないって認識なんだろうか。
「元々、回復魔法使いは獣人族にはいないからな。もしかしたらフィナが獣人族で1人の回復魔法使いかもしれん」
ガルラが解説してくれるけど、それならフィナって獣人族の超VIPになるんじゃねえか。俺達について行って大丈夫か?いや、それよりも、
「それなら今までケガしたらどうしてたんだ?流石に神官に癒して貰っていたって事はないよな?」
「少し前までは人族と交流があったからなポーションを使ってた。ただあまりに酷いケガをした場合は族長の許可を貰いエルフに癒して貰う事もある」
「エルフって回復魔法使えるの?」
回復魔法にレイが反応した。やっぱり神官以外にも使える奴いるんだな。
「数はかなり少なくエルフの中でも貴重だがいる事はいる」
「へえ~いるんだ。私の知らない回復魔法とか知ってるかな」
「ぐ・・・・俺は・・・一体・・・フィナ?・・・俺は負けたのか」
「村長、あなたはガルフィナに手も足も出ず、誰がどう見ても完全に負けました」
ようやく目を覚ました村長に大人の獣人が容赦なく結果を報告すると、村長は大きく溜め息を吐く。
「ま、まさかフィナがいなくなってから、この短期間でここまで強くなるとは・・・・って事はガルラもか?」
少し落ち込みつつもフィナの強さに感心していた村長だが、ガルラの強さも気になったようだ。
「うん、お姉ちゃん私より強いよ。お父さんにはこれでも手加減したんだけど、お姉ちゃんは本気を出した私に普通に勝つからね」
「あれで・・手加減・・うそ~」
「それにお姉ちゃん。火竜を一人で倒したよ」
フィナの言葉に更に驚く村長含む村人達。その顔がそんな馬鹿なと言っている。証拠として俺が火竜の頭を取り出すと、みんな更に驚く。そうして先程からの騒ぎで村人が何事かとこちらに集まってきた所に出したんだ。それはもう凄い騒ぎになった。