11話 薬草採取
翌朝、7の鐘、日本でいう7時に広場に行き師匠を待つ。この街は朝6時から1時間おきに20時まで鐘の音が鳴るので、みんなそれで時間を把握しているみたいだ。時計は今の所こっちで見た事はない。
7の鐘が鳴って10分ぐらい待っていると、広場の人込みに師匠の姿が見えた。昨日と同じように頭を抑えて歩いてこちらに向かってくる。その姿は昨日と違い、首に長いマフラーっぽいのを巻いて革の胸当てをして、昨日は短剣しか差さっていなかった腰には多分ポーションと思われる物が2~3個ベルトについている。膝にもプロテクターっぽいのを付けて、更に深緑の薄汚れたマントも羽織っていて見た目は言っちゃ悪いが盗賊をイメージするが、ベテラン冒険者の雰囲気も出ている。
「おはようございます!師匠!」
「おはよう。・・・・わりい。二日酔いで頭痛えから。静かに話してくれ」
俺が元気に挨拶すると昨日と同じ事言われた。今日も二日酔いなのか。師匠ってお酒好きなのかな。
(分かりました。『念話』にしときます?)
『念話』を使って聞いてみると、すぐに師匠がしかめっ面になった。
「いや、それはやめてくれ!頭が余計に痛くなる」
ほうほう。二日酔いに『念話』は駄目なのか。
「分かりました。今日の依頼は薬草採取にしようと思いますけどいいですか?」
昨日寝る前に新人の依頼の板を見て決めた依頼について聞いてみた。採取なら危険は少なそうだしって理由だ。
「ああ、それでいいぞ。薬草はどこでも生えてるけど街の北が多いな。そんじゃあ、北に向かうか。」
そうして二人で街道を北に向かう。街の入り口ではギルドカードを見せれば特に何も言われずすぐに街の外に出られた。街の外にでるとすぐに師匠から雑草を渡される。
「何すか?この雑草?」
「雑草じゃねえよ薬草だよ、お前何も知らねえな。今日の目的だろ、何で知らねえんだよ」
師匠から呆れられる。これぐらいは知っておくべき一般常識なのだろうか。
「すみません。田舎者なもんで・・・」
「田舎者でもガキの頃は薬草採取で小遣い稼ぎするだろ」
「いや、うちの田舎はチビでもそんな事やってる奴いなかったですね」
日本にこんな薬草自体生えてないし、採取もしないからな。
「ったく、どんな田舎だよ。まあいいか、それでこれを良くみて触ったりしてたらイメージ沸くだろ」
師匠がぼやきながら俺に薬草を渡した意味を教えてくれたので師匠の言いたい事が分かった。これでイメージして『探索』で探せって事だな。そう言う事なら・・・・見た目は・・・うん雑草にしか見えねえ。匂いは・・・・うん、草の匂い。味は・・・苦!・・・これ特徴ねえな。
「師匠。これって何か特徴ありますか?」
「いや、もうこれはそういうもんとして覚えるしかねえな。」
しばらく街道を歩きながら薬草を眺めたり匂いを確かめたりする。周りからの視線が少し痛いが気にせずやっていると、
「もういいんじゃねえか?取り合えず1回頭で思い浮かべながらやってみろ」
師匠から指示されたので、薬草を探してる事を考えながら『探索』を使うとマップに緑の点がいくつか見える。っていうか今歩ている道の脇にいくつか生えてるみたいだ。
「ああ、出来ました。すぐそこにもありますね。採取してくるので待ってて下さい。」
師匠にそう言って薬草の生えてる場所に向かおうとすると師匠から襟首を捕まえられて止められる。
「待て待て。お前ホントに何も知らねえな。こんな街から近い所の薬草は採取したら駄目だ。さっき言ったろ、薬草採取はガキの小遣い稼ぎだって、だから街に近いのは子供たちに残しておいて冒険者は街から鐘半分は離れた所で採取するのが暗黙のルールなんだよ。」
師匠が注意してくれるが、そんな暗黙のルールがあるなんて知らなかった。それって教えて貰わないと絶対分からないルールだよな、師匠がいてくれて良かった。
「こんな所で採取してんの見られたら、ギルドに入れてもらえなくなったり、他の冒険者達から白い目で見られるし、パーティ組んでくれる奴はいなくなるぞ。まあ、街によってこういう暗黙のルールって色々変わるから移動した直後は、そういうの調べてから依頼受けた方がいいぞ。酒の1杯でも奢れば大抵の奴なら素直に教えてくれるから覚えておけ」
うおおお。また為になる話教えてもらった。スキルのせいでパーティ組む事はあきらめているけど、だからといって変なトラブルに自分から飛び込んでいく気はないので、この忠告は非常にありがたい。
師匠に更なる感謝と尊敬をしつつ大体30分ぐらい街道を歩いた所で師匠から声を掛けられる。
「よ~し、もうそろそろいいか。この周辺ってどうだ?何か分かるか?」
師匠に言われて『探索』を使うと、あんまり近くには生えていないみたいだ。少し森に入った所にぽつぽつって所で、これを採取していくのは非常に効率が悪い。マップを縮小すると、もう少し歩いてから森に入った所に群生しているみたいで一帯が薬草になっている場所がある。そっちの方が効率がよさそうだ。
「もうちょっと街道を歩いてから少し森に入った所に結構ある感じですね」
そう師匠に言ってからしばらく歩いて、マップを確認しながら森に入っていく。森に入って10分程歩くといきなり目の前が開けた。開けた場所は木に囲まれているが、そこだけぽっかり穴が開いたみたいに木が生えてなく、足元からは草が生い茂っている。
「着きました。『探索』だとここですね。っていうかこの雑草って薬草?で合ってますか?師匠?」
後ろを歩いて付いてきていた師匠を振り向くと、ポカンとした顔をしていた。と思ったらすぐに大声で騒ぎだした。
「おいおい、ギン、こりゃヤベえぞ。この辺の全部薬草じゃねえか。ぱっと見でもどんだけあるか想像できねえ、しかも人の手が入った感じしねえな。何でこんな穴場が誰にも見つかってねえんだ。ガハハハッ。こいつはいいや薬草だけで金貨稼げるんじゃねえか。よし!ギン!早速採取するぞ!報酬は納品分を除いた数を半分こな!」
師匠がご機嫌のようで何よりです。でも師匠の笑い方汚い大人の笑い方だなあ。いや、そんな事よりさっさと採取しないと。
「ああ、そういや、採取のやり方教えてなかったな。薬草はこの地面の生え際の所をこうやって切ってやると一つにまとまったままで刈れる、これで1個ってカウントするからな。間違って上の方刈ってバラバラにすると買い叩かれるから注意しろよ。」
そう言ってガンガン薬草を刈っていく師匠。手際がいい。俺もやってみるがアスファルトで固められた街に暮らしていた俺が草刈りなんてやった事がないので当然上手くいかない。いくつかバラバラにしながらも何となくコツを掴むと師匠に大分差を付けられながらもどんどん薬草を刈っていく。しばらくすると、師匠から声を掛けられる。
「おい、ギン!ちょっと調子乗って刈りすぎたわ。もうカバン一杯で入んねえ。お前の方はどうだ」
そう聞いてくる師匠の方を向くと俺が薬草を刈って出来たスペースの3倍ぐらい広いスペースが出来ていた。
「『魔法鞄』あいつの分も借りてきたんだけど、想像以上に多かったわ。これ以上は持てねえから一旦街まで戻ってから薬草納品と売却してから出直してくるぞ」
ああ、師匠はもう持てなくなったのか、俺はでかいカバンに入れるふりして影収納に放り込んでるんだけど、容量が一杯になる気配はないなからまだ入るんだよなあ。街に一旦戻るってのも面倒だな。師匠も持ってるみたいだし、俺もこのカバンが『魔法鞄』って事にするか。
「師匠。それなら俺のこれも『魔法鞄』なんでまだまだ入りそうだから、もう少し続けましょう。」
俺がそういうと当たり前だけど師匠はビックリする。
「お前新人の癖になんでそんな高えもん持ってんだよ。・・・まあいい、そんであとどんだけ入りそうだ?」
「俺のじゃなくて爺ちゃんの遺品です。量は・・・多分全部入ると思います」
「お前の爺さんナニモン・・・いや聞いちゃいけねえ。容量はマジでそんなに入るのか、嘘だろ?」
俺の『魔法鞄』の容量を疑っている師匠だが、
「・・・・・入ったな。」
呆れたように師匠が言う。辺り一面キレイに雑草・・・じゃなくて薬草が刈られてすっきりした感じになっている。あの後、師匠が刈って俺が収納していくという役割分担をして作業していくとあっという間に終わってしまった。まだお昼にもなっていない。下手したら10時ぐらいだと思う。
「まさか本当に全部入るとは思わなかった。俺らの持ってる奴よりかなり高えぞ、それ。ギン、お前それが『魔法鞄』だとバレないように気を付けろよ。バレたら狙われる・・・下手したら殺されて奪われるからな」
師匠がおっかない事を言う。この鞄、本当は唯の鞄なんだけど、まあ狙われたら命が惜しいからすぐに渡そう。銀貨3枚だし、3万で命が助かるなら安いもんだ。
そんな事考えていると師匠から更に続けられる。
「それで、ギンはこれからここどうすんだ?」
「どうするってどういう事ですか?このまま放置しかできないですよ」
「違えよ。はあ~ほんと何も知らねえな。じゃあ俺が決めといてやるけど、20日経ったらまた薬草が生えてるから採取しに来い。薬草は根っこだけ残ればすぐに生えてくるからな。お前がこの街にいる間はそうしてろ。ああ、暇な時は俺も採取手伝ってやる、報酬は貰うけどな。で、他の冒険者には内緒だぞ、こんな簡単に稼げる場所はバレると文字通り根こそぎ持っていかれて稼げなくなっておしまいだからな。んで、お前が拠点変えるまで誰にもバレてなければこの場所は孤児院の連中に教えてから街を離れろ」
「何で街を離れる時なんですか?別にある程度稼いだら教えてもいいですよ」
そこまで金には困っていないし、本音を言えば依頼を完了できるだけの薬草が集まったので、別にすぐに孤児院に教えてもいいと思ってる。
「孤児院に教えてみろ。ガキばっかりだからそんなの2~3回採取したら絶対に誰かに気付かれる。それで調べたらすぐに教えたのがギンって分かるだろうよ。そうすると当然今までギンがあそこで採取していたと考えるだろう。それでギンは街にまだいるのに孤児院に教えたって事はある程度稼いだって思う訳だ。そうすると金持ってて街にいるなら盗ってやろうって奴もでてくる。まあお前が街を出ても追っかけて行って盗ろうって奴もいるけど、そっちはそこまで多くはないと思うがな。」
理由を聞いて納得したが、金持ってるかもってだけで狙われるってやっぱり異世界ヤベえ。
狙われるのは嫌なので師匠の言う通り街を離れる時に孤児院に教えようと思いながら、街道まで戻っていくと、街道の所で師匠からまた草を渡された。今回はあれだ、チューリップの花がないって感じの草だった。
「ほれ、これは魔力草って奴だ。次はこいつの採取行くからこれ見て覚えろ、覚えたら街に戻る間に良さげな場所がないか探しながら帰るぞ」
そう言って師匠は地面に座りカバンから道具を取り出し何やら準備を始める。俺は師匠の行動が少し気になったが言われた通り受け取った魔力草を眺める。日本でよく見るチューリップとほぼ同じなのですぐにイメージができるようになり『探索』を使うと今とは反対方向の森の中に群生している事が分かった。
「師匠。さっきと反対の森の中に群生しているみたいです」
そう言うと火の準備をしていた師匠がビックリして顔を上げる。
「マジか。・・・いやでももう持てねえだろ。一旦戻ってからまた来るか。まだ時間も早いし何とかなるだろ」
師匠はこう言うが、また街に戻ってからもう一度ここに来るのは面倒くさい。しかも師匠は何か勘違いしているみたいだ。
「師匠、俺の『魔法鞄』まだ余裕ありますよ。少し採取してから帰りましょうよ」
「ホントお前新人にしては武器もアイテムもヤベえもん持ってんな。ホントバレねえように気を付けろよ。まあ、鞄にまだ入るってんなら飯食ったらちょっと採取してから帰るか」
師匠から何度目になるか分からない注意を受ける。師匠はさっきから何かやっていたが昼飯を食べる準備をしていた事がようやく分かった。準備と言っても火を起こして鍋に入れた水を沸かすだけだけど、それでもベテラン冒険者あっという間にお湯を沸かす準備が完了する。
「お前昼飯準備してきたか?なけりゃあ俺の分けてやるぞ。鉄銭5枚な」
「別に準備はしてきてるんで大丈夫ですけど、何で金とるんですか?可愛い弟子に恵んでくれてもいいじゃないですか!」
「アホか!ただで飯が食べられると思うな!っていうか冒険者が街の外で、飯をタダで恵んでもらうのはマナー違反だから絶対に金をとれよ!まあ大体相場の倍って所だな」
金をとろうとする師匠に軽く文句を言うと逆に怒られて注意された。しかし相場の倍ってぼったくりやん。
「そりゃあ、飯が足りないっていう準備不足は冒険者が一番やっちゃ駄目な事だからな。教訓の意味も込めて飯を売る時は相場の倍ってなんとなく決まってんだよ。お前も日帰り依頼の予定でも2日分の食料は必ず準備しとけよ。遠出の場合は予定日数+3日分の食料を持ってくのが普通だな」
相場の倍って事に俺が納得していないのが分かったのか師匠が色々教えてくれた。本当にこういう注意はありがたい。
「それでお前の昼飯は何だ?」
「これです。あっ、師匠お湯だけ恵んでもらうってのはアリですか?」
俺はカップラーメンを鞄から取り出し準備をしながら師匠に尋ねる。
「あ、・・・ああ。それぐらいなら別に文句は言われねえな。・・・っていうかギン、それなんだ?初めて見たけど食えんのかそれ?」
俺のカップラーメンを指差しながら興味津々で俺の準備を見てくる師匠。師匠はほぼ昼飯の準備が終わったみたいで、固いパンと干し肉を薄くスライスしたものを木の皿の上に置いている。コップには先ほど何か粉を入れていたみたいで多分お湯が沸いたら注いでから飲むんだろう。
「カップラーメンって奴ですよ。美味しいですよ。あっ!お湯沸きましたね。こうやってお湯注いでしばらく待てば完成です」
カップラーメンは『自室』から持ってきたもので、この世界には多分存在しないだろうけど別に高価なものじゃないし、大丈夫だろと思っている。
そうして出来たカップラーメンを食べながら師匠に遠征中の食べ物なんかに質問してみるが、師匠はさっきから俺が食ってるカップラーメンが気になるのかチラチラ見てくるけど俺は気にしない振りをする。
「師匠、街の外で食べる飯って師匠の今食べてるのが普通なんですか?」
「いや、今日は日帰りだからパンを持ってきてるが、日持ちしねえからパンは遠征の時は持っていかねえな。基本干し肉とこのスープだな、後は食える魔物や獣、木の実なんかが獲れるとそっちから食うな。・・・それよりギン、お前の食ってる奴俺にも食べさせてくれ」
さっきから熱い視線で師匠が見てくるのでそう言ってくる事は分かっていた。俺はすぐに了承するが、俺も干し肉とスープがどんな味をしてるのか気にはなっている。
「いいですよ。その代わり干し肉少しとそのスープ下さい」
そう言って貰った干し肉はあんまり美味しくない、獣臭くて必要が無ければ食べたくない味だった。スープの方はお湯に香草の匂いが付いたってレベルでこちらも美味しくない。遠征の時は『自室』でご飯食べようと心に決めた。
俺がこの世界の弁当に絶望している中、初めてカップラーメンを食べる師匠は食べる前に色々確認している。
「匂いは・・・美味そうだし、薄くなさそうだな。見た目は・・・パスタっぽいな。味は・・・うま!うめえぞ何だこれ!」
恐る恐るカップラーメンを初めて口にした師匠はすぐに美味しい事に気付いて、あっという間に全て食べ終わる。・・・俺の昼飯・・・。
「いやあ、うめえ!こんなうめえもんが外で食えるとは思わなかった。おい、ギン!
これどこで手に入れた?」
「街に来る前にすれ違った商人から買いました。まだ試作段階だから大々的に売り出してないって言ってましたね」
まあ、カップラーメンを昼飯にしようと思った時点で聞かれる事は予想していたので考えていた答えを伝える。
「ちっ、そうか、って事はその商人は街にいねえな、いやこんだけ美味いならもう街の商人も知ってるかもしれねえな。聞くだけ聞いてみるか」
師匠はブツブツ言っている中、俺は師匠から指示された火の始末をしている。そうして火の始末も終わったので、師匠と魔力草の採取に向かう為、今度は先ほどと反対側の森の中に入っていく。