112話 湖都への道中
「ただいま~」
昼まで一人で『湖都』に向かって移動していた俺は、家に入り声を掛けると扉の向こうからみんなの返事が聞こえる。玄関に入っただけでも涼しいので外と気温差がかなりある事が分かる。そして扉を開けて俺の家のリビングに入ると、そこには俺のパーティメンバー5人が思い思いに寛いでいた。
ヒトミとフィナは各自で読書をしているが、ヒトミはこっちの世界の本、フィナは日本の本だ。逆じゃね?
そして残りの3人はリビングの馬鹿でかいテレビで格ゲーをしていた。この馬鹿でかいテレビは俺の家のじゃない、レイの家からわざわざ持ってきたな。
「むう、ピンクのボールの癖してこいつは何でこんなに強いのだ」
「ふふふ、普段の訓練でボロボロにしてくるガルラを、ゲームとはいえここまで圧勝できるなんて気分がいいわ」
「はいはい、アユムもそんなに煽らない。ガルも気にしないでいいわよ。まあこれも戦闘と同じで訓練すれば強くなるわ」
・・・・流石に俺が辛い思いをしながら移動していたのに、ここまで寛がれると少し思う所があるな。
「よし、部屋に籠っていても暇だろうから、昼からみんなで移動するか」
・・・・・・・・
俺の言葉に誰も反応しないし、視線を合わせようともしない。・・・おい。
「ガルラ、フィナ、どうだ?」
俺が声を掛けると二人ともビクンと体が跳ねる。
「いやあ、外には行きたいんだけど、走って移動はお兄ちゃんの足手まといになるからな~なんて」
「そうそう、砂漠だと足がとられてまともに走れないからな。情けないが主殿の足手まといにはなりたくない」
「なら歩くか?」
・・・・・・・
「すまない主殿。砂漠があんなに暑いとは思っていなかった。あの暑さは私達、獣人には無理だ!」
すぐにガルラが謝ってきたが、まあ、最初からそう言えば無理はさせるつもりはない。シャルラから移動を開始した直後は辺りは荒野っぽい感じだったが2日目3日目とどんどん辺りが砂っぽくなり、そして砂に足をとられて体力を消耗する所にこの暑さだ。普段はどれだけ移動しても疲れた様子を見せないガルラもフィナも暑いのは苦手みたいで、ただ移動しているだけなのに肩で息をするようになった。そして今日の朝、初めて二人が移動を休ませて欲しいと言ってきたのだ。まあ普段から俺に付き合って移動してくれる二人はいいだろう。
「う、アハハハハ。やーね。ギンジそんな顔しないの?」
「そ、そうだよ、ギンジ君笑って笑って」
「そ、そうよ、土屋ちょっと顔怖いわよ」
引き攣った顔で俺のご機嫌をとりにくる3人。ガルラとフィナは俺から目標が外れたことが分かったので安心しきった顔をしている。
「ほ、ほら、外、日差し強いじゃない?私達日焼けしちゃうよ」
「そ、そうよ。彼女の肌焼けたらギンジも嫌でしょ?」
「日焼け止めあったよな?」
2人の家というか部屋に使い慣れた日焼け止めがあって喜んでいたのを俺は知っているし、それがなくても姉貴が使ってた馬鹿高い日焼け止めがあるからそれを使えば大丈夫なはずだ。
「そ、それでもあの暑さだと絶対日焼けしちゃうよ」
「あっ、そうだ。ギンジ、1回お風呂入って来なよ。汗かいてるから1回サッパリしてきたらいいよ!その間にお昼準備しておくね。今日のお昼はキンキンに冷えた素麺にするね」
そう言われて背中を押され風呂まで連れていかれた。しっかり風呂が沸かしてある事から、俺の機嫌を取って全員昼からも外に出るつもりなかったことが分かった。
ズルズル。
今はみんなで素麺を啜っている。キンキンに冷えていて暑さで疲れた体に味も冷たさに染み渡る。そして水谷の冷たい視線も・・・・。
「変態」
・・ぐ、くそ。そもそもお前が確認せずに扉開けたからだと言い返してやりたい。言い返したいけどレイとヒトミから何も言うなと言われているので言い返せない。
あの後レイとヒトミ風呂に突撃して俺のご機嫌とりにきた。そこまではよくある事だからいいんだけど、ヒトミの姿が見えない事に気付いた水谷が探しにきて、3人で風呂に入って楽しんでいる所を見られてしまった。まあ、そんな訳で見られたのは俺達だが、何故か俺が一人で水谷から責められてる。未だにレイとヒトミと恋人同士なのが気に入らないらしい。
「大体!3人って!おかしいでしょ!」
机をバンバン叩きながら水谷が怒鳴ってくる。
「もう、アユムに何回も言ってるでしょ。私達はこれで納得してるって」
「そうそう、何ならアユムちゃんも混ざってみる?」
ヒトミがアホな事を言い出すので、当然水谷は顔を真っ赤にして怒り出す。
「混ざる訳ないでしょ!ふざけないで!何で私が土屋なんかと一緒にお風呂入らないといけないの!」
言われなくてもここまで嫌われているから俺も水谷はお断りだ。特に風呂だとこいつの怒鳴り声が反響して更に頭に響きそうだ。
「今はそんな事より、今後もこういった事が無いようにルールが必要って話でしょ!取り合えず土屋がお風呂の時は鍵閉めて誰も入れないようにしましょう」
水谷が強引に話を決めていくが、彼女二人は猛反対だ。
「嫌よ。アユムは後からパーティに入って来たんだから、そんな勝手に決めないで。それにそもそもこの家だってギンジが出したものよ。私達がどうこう言う権利はないと思うな」
「ぐ、そ、それはそうだけど・・・でもさっきのは嫌なの!見たくないの!」
まあ、友達のそういうのは見たくはないよな。俺もノブ達のは見たくなかったし。っていうか水谷が入る時にノックして確認すればよかったんじゃね?
「それならガルちゃんに言っておこうか?ガルちゃんなら何も言わなくても空気を察してフィナちゃんと自分の部屋に行くよ。その時にアユムちゃんにも声かけるようにすればいいんじゃない?」
今はガルラとフィナは自分達の家で素麺を食べて貰っている。別に差別とかではなく、こういう話をフィナに聞かせたくないからだ。フィナも何か察したのか素直に部屋に戻っていったし。
「そうね、それで我慢してもらうしかないわね。心配しなくてもアユムの家のお風呂じゃ絶対にしないから、安心して」
「当たり前よ!やったら殺すからね!!」
何故レイじゃなくて俺を見て言うんだろう。
翌日から移動速度が上がった。って言うか元に戻った。今までは砂に足をとられて思うようにスピードが出せなかったが、今はいつもみたいに普通に走れている。その理由は俺が抱きかかえたレイにある。
「ウヒヒヒ。最高。あ~でもちょっと暑いのが問題ね。それ以外は最高だわこれ」
ご機嫌な様子だろうレイが答えてくる。想像になっている理由は腕に抱きかかえたレイが完全日焼け対策で肌を出していないからだ。長袖長ズボンを着て、頭はタオルが巻かれている。唯一出ている目もサングラスを嵌めているので、声以外でレイと判断できない。そして、そのレイが出した『光壁』の上を俺は走っている。昨日の夜、移動について話合いをした結果、幅2mぐらいの『光壁』を限界まで伸ばしてもらいその上を走ってはどうかという案が出たのでそれを試している所だが、これが正解だった。ただ、
「なあ、俺がフル装備する必要はあるのか?」
「あるに決まってるでしょ。私のモチベが違うのよ。ああ~やっぱりその格好いいな~。あの時助けられた事を思い出す」
あの嫌な思い出も自分から話をするとはレイの中では大分消化できたようだ。ただ俺も顔を隠した暗殺者スタイルは余計に暑いんだけど・・・。
「ただいま~。あ~これなら移動も苦にならないわ。全然OKね。アユム、昼からも私がやろうか?」
「・・・いや、いい。一応順番だからね!順番!決めた事はちゃんと守るわ!」
「ふ~ん。・・・まあいいや。お昼準備するね。今日はどうしよう・・・蕎麦でいいか」
ニヤニヤ笑い、水谷の顔をみながらレイは台所に向かって行った。残ったのは俺と何かレイに言いたそうな顔をした水谷と頬を膨らませて物凄く不機嫌そうな顔をしたヒトミの3人。ヒトミの機嫌が悪い理由は分かっているが、朝からまだ機嫌直ってないのか・・・。少しフォローしておこう。
「どうした?まだ機嫌悪いのか?」
「レイちゃんとアユムちゃんばっかりずるいよ。何で私の火魔法は燃えるんだろ・・・・」
・・・・火魔法は何故燃えるか・・・哲学かな?いや、そうじゃなくて、
「仕方ないだろ。流石に俺も火の上を走る事は出来ないぞ。それに今度どこかで穴埋めするって約束だっただろ?」
昨日の夜レイの『光壁』の上を走って移動しようってなった時に、水谷の『水壁』も同じように走れるのかという話になり、実際に強度を上げたら走れる事が分かった。但しその場に留まっているとゆっくりと沈んでいくので止まる事は出来ない。あとは大きな水球を出して浮き輪で浮いて、その水球を動かして移動するって事も出来るが、見た目がマヌケすぎるのと移動速度が遅いので却下となった。因みに『影移動』で移動しようとしても砂に足がとられる事は確認している。影に潜っても周囲は砂だらけだからだと思っている。そしてヒトミの『火壁』だが、これは熱すぎて近づけないのでどうやっても無理だった。当然と言えば当然だが、ヒトミは落ち込んだ。
「うん。分かってるけど、レイちゃんのあの顔見るとね・・・」
落ち込むヒトミだが、俺には後日同じ事をするとしか言えない。こういう時ノブとかなら上手い事言うんだろうな。
「ほら、行くわよ」
昼ご飯を食べ終わり、ここから水谷の番だ。俺はヒトミを上手い事慰められなかったので少し落ち込んでいる。移動中、水谷に相談でもしてみるか。
「で?どうする?別に抱き抱えなくてもおんぶとか肩車でもいいぞ」
「な、何言ってるのよ!レイと全く同じにしないと不公平でしょ。いいからレイと同じにして・・・ほら顔の装備も!」
「顔もか?顔はいいだろ?隠す必要ないだろ」
「あるに決まってるじゃない!しないとレイが可哀そうでしょ!それにヒトミの時も顔の装備しないで移動するつもり!」
・・・よく分からん。何でレイが可哀そうなのか、ヒトミの時はヒトミがどうしたいか聞けばいいだけだろうし。・・・いや、ここで何か言ってもこいつは五月蠅いだろうから大人しく指示に従うか。
「フヒヒヒ」
夕方移動を終わらせて家に戻ると水谷は、何故かご機嫌で気持ち悪い笑いをしながら自分の家に戻って行った。まああいつの事よりヒトミの事だが、水谷に相談してもこればっかりはどうしようもない、後でフォローするしかないと言われた。そして翌日も同じようにして移動すると夕方には『湖都』に辿り着いた。