107話 冒険者ギルド本部
「すっご~い」
「大きいわね」
「ちょっと!はぐれないでよね!」
いつものように少し目立ちながら街に入ると、みんな驚くぐらいこの街は大きかった。その辺の人に話を聞くと『水都』や『風都』の約4倍の大きさだと教えてもらった。そしてこの街、東西南北に4つの冒険者ギルドがあり、街の中心には本部が置かれている。一つの街に本部を入れて5つもギルドがある事からもこの街がどれだけ大きいかが分かる。さすがこの世界で最大の都市だけど、今からこの国で一番偉い奴に会いに行かなきゃならないと思うと憂鬱だ。
「ギンジ、これからどうするの?取り合えずギルドに行く?」
「いや、色々調べたけど大した情報は無かったからな、ここでもあんまり期待できそうに無いから仕掛けてみる事にする」
「えっと。それってどういう事?」
「取り合えず王に会いに行こうと思う。それで向こうがどう出てくるか様子見しようかなって」
「まあ、いいんじゃない。何の成果も得られない情報収集は飽きてきた事だし」
水谷の言葉にクーミ達が激しく納得している。やっぱり顔には出して無かったけど、クーミ達も飽きてたんだな。
「まあ、向こうが手荒に出てくればそれはそれで楽しめそうだ」
「強いのかな~。世界最強の騎士団だもんね、強いといいな~」
戦う気満々の獣人二人だけど、残念ながら戦う気はないんだよな。向こうが実力行使できたら逃げるだけだ。そう言えばあの黒いトロル・・・ダークトロルは名前から想像できないくらいとんでもなく美味しかった。ガルラ達の村でも食べられるのは1握りの大人達だけで、その美味しさを小さい頃から聞かされて育ったから目の色を変えたらしい。
◇◇◇
「クソッ。絶対頭のおかしい奴だと思われたぞ。東の野郎嘘ばっかりじゃねえか」
「ちょっと恥ずかしかったね」
「これって向こうから仕掛けてくる事ないんじゃない?そもそも王様まで報告いかないんじゃないかな?」
「おかしいわね。殿下の話だと会ってくれそうだったのに、今からでも殿下の名前を出してみる?」
作戦通り仕掛ける為に城門の兵士に『建国王東一徹の指示で王様に会いに来た』と言ったけど、悲しい人を見る目で見られて、優しく教会の場所を教えてくれた。この国の兵士は平民に対しての教育もしっかり行き届いている事が分かったけど、知りたかったのはそこじゃない。そして水谷の提案は却下だ。どう考えても捕まる未来しか見えない。
「どうするかな~。ちょっと今後どうするか考えないと駄目だな」
「それなら少し時間ができるよね。私達ちょっと行きたい場所があるんだけど、寄ってもらっていい?」
レイとヒトミの行きたいのは、いつもの様に食材屋と本屋だろうと思って後をついていくと、想像とは違いそこはギルド本部だった。冒険者ギルド本部とは普通の冒険者ギルドと違い依頼を受ける場所ではない。各冒険者、ギルド、ギルド職員の情報を管理しているので一般の冒険者はまず立ち寄らないと聞いた事がある。それなのに冒険者が立ち寄ると言う事はよっぽどの事態となる。多くは不正の訴えなので、本部の職員は冒険者が立ち寄ると今のように少し緊張するのは当たり前だろう。
「今日はどのようなご用件でしょう?」
少し緊張した顔で対応する執事っぽい見た目の受付。
「二つ名を管理している責任者をお願いします」
「ええ?二つ名ですか?責任者・・・少々お待ちください」
想像していたとは全く違う質問が来たんだろう受付は、驚きの声を上げると席を離れていった。そして後ろの席に座っている責任者っぽい人に何やら相談して指示を仰いでいる。
「すみませんが、今責任者を呼んでいますので、少々お待ちください」
指示を仰いでこちらに戻ってきた受付の人の後ろでは、責任者の人が職員に指示をだしている姿が見える。
「それでは責任者が来るまで色々お話を聞かせて頂きます。二つ名について何かご不明な点でもありましたでしょうか?」
「そうですね、私達についた二つ名を返上する方法を教えて下さい」
やっぱりそうか。前にグラニカで聞いた時は出来ないって教えて貰ったはずだけど、二人とも諦めてなかったのか。
「ああ、二つ名の返上ですか・・・・返上???」
やっぱり受付の人が困惑して聞き返してきた。グラニカでもシャバラから二つ名の返上なんて話聞いた事ないって言ってたからな。もしかしたら前代未聞かもしれない。
「ええ?・・返上・・・・」
受付けの人がドン引きしている。
「なんだい、私に用があるってのはあんた達かい?」
背筋がピシッとした白髪のお婆さんがこちらにやってきた。雰囲気から昔は凄腕の冒険者だったんだろう事が分かる。
「ああ、代理。お疲れ様です。この二人が二つ名を返上したいと言われまして・・・」
「はあ?二つ名の返上なんて聞いた事ないよ」
代理と言われたお婆さんも驚いて大きな声を上げる。やっぱり返上なんて受付けていないみたいだ。
「じゃあ、二つ名の変更とかって可能ですか?」
「いや、そういうのも受け付けてないねえ」
「それなら二つ名を気に入らなければどうしたらいいんですか?」
諦めない。二人ともどうにかして今の二つ名から逃げたいみたいだ。
「どうにもならないねえ。そもそも二つ名を気に入らないとか聞いた事ないし、二つ名の返上なんて規則には無いからどうしようもないよ」
「それなら今後そういう規則を作って下さい。私達みたいに二つ名を気に入らない人も出てくるはずです」
出てくるのかな?
「そう言えばまだあんた達の二つ名を聞いてなかったね。まあその面子から『撲殺』と『切り裂き』だろう。次の会議の時にそういう要望があったと議題として挙げては見るよ。しかし約500年の歴史を持つギルドでも二つ名を返上したいなんて初めての事件かもしれないね」
やっぱり二つ名の返上なんて前代未聞の出来事みたいだ。レイとヒトミは少しだけ返上できる可能性が見えた事でほっとしている。
「まさかガルマリー様もこんな事言ってくる冒険者がいるとは思わなかっただろうね」
そう言って代理が笑う。俺は何となくその名前が気になった。
「ガルマリーって誰だ?ガルってつくから獣人か?」
「いや、聞いた事は無いな」
ガルラに聞くが首を振られるフィナも首を振っているから違うみたいだ。
「ガルマリー様は建国王様達と冒険者ギルドを設立したお方で初代グランドギルドマスターだよ。ほら、あんたらの後ろに肖像画が飾ってあるだろ?」
代理が指差す方に振り返るとそこには狼の仮面をつけた女性の肖像画が描かれていた。その顔は額から鼻まで覆っていて口元だけは仮面から出しているだけなのでどんな顔をしているか分からない。分からないが黒い髪を肩口で揃えて白い高そうなローブを羽織った上からでも胸の膨らみがしっかり描かれているので女性だと分かる。
「何で仮面なんてしてるんだ?」
「それはね、『皇帝』との戦いで顔に酷い傷を負ったからと言われているよ。それもあってかあまり前に出られる方では無かったと伝わっているけど、仕事は信じられないぐらい早く、正確で設立から2年でもう今の冒険者ギルドのような形になっていたそうだよ。その時に作った冒険者ギルドのルールなんかもその頃からほとんど変わってないのさ」
「へえ~優秀な人だったのね」
「そう、優秀だった、自分がいなくてもギルドが順調に回るようにしたら、さっさと2代目様に後を譲って引退してしまったそうだよ。ほら隣の絵が2代目様だ。建国王様の奴隷だった身分から王妃様になったフェイ様だ」
さっきから気になっていた初代グランドギルドマスターの隣にあったエルフの絵、それが2代目だった。白い髪に白い肌、エルフ特有の長い耳、そしてその顔は絵だけでも物凄い美女だったと分かるぐらいに描かれていた。漫画とかでよくあるエルフは美形って言葉は本当だった。確かフェイって魔法と若さと美に関係する妖精の名前だったはずなので、この絵の人物にピッタリの名前だと思った。
「すっごい美人」
「はあ~。綺麗だね~。エルフって美形が多いって本当なんだね~」
2代目の絵にほれぼれしているレイとヒトミの横で水谷が少し考え込んでいる。
「ねえ、もしかしてこの2代目って魔法が得意だったとか?」
「そうだ、よく知っているね。建国王様達から教えられて色々な魔法を使いこなす事が出来ると聞いているよ」
「やっぱり、そうなのね。あと、建国王の妃って闇の国を建国した人じゃなかったの?」
「建国王様には3人のお妃がおられた。闇の国を建国した建国王妃様、そして2代目グランドギルドマスターのフェイ様、最後が砂の国を興したナイアス様だ」
水谷は何か思い当たる事があるのか代理の返事を聞くと妙に納得した顔になる。後で教えて貰ったが、『ナイアス』は泉の精霊で、恐らく『湖都』にある湖とかけているんだろうと水谷は考えたそうだ。
しかし東の奴3人も嫁がいるとは羨ましい奴だ。そのうち一人が超絶美人のエルフとかあいつ絶対こっちの世界満喫しただろうな。
「3代目以降の肖像画は無いんですか?」
肖像画が二つしかないのを不思議に思ったんだろうヒトミが代理に尋ねる。
「3代目はまだ決まってないんだよ、お嬢ちゃん。今もグランドギルドマスターは2代目のフェイ様のままなんだよ」
「「「ええええええええ」」」
驚いた!本当に驚いた。みんなも驚いている。まさか約500年前に設立された冒険者ギルドのグランドギルドマスターが2代目のままだとは。そう言えば『水都』に行く途中でマリーナさんに建国王の奥さんのエルフはまだ生きていると教えてもらったな。
「ほ、本当か?それなら今もここにいるのか?会わせて貰う事ってできないか?」
それが本当なら会いたい。会って建国王について色々話を聞きたい。
「いや、建国王様達の最後の仲間のナイアス様がお亡くなりになると、代理を指名してから自分の子供を連れて大森林に帰っていった。それ以来ここに来た事は無いよ」
そうか、それは残念。いたら話を聞かせて貰いたかった。何も聞いていなくても東が何か残している場所を知っているかもしれないし、知ってる人を教えてもらえるかもしれないからな。
「あの方が大森林に帰ってから人族の前に姿を現した事はほとんどないよ。血縁者以外と会おうとせずに大森林の深部で静かに暮らしていると聞いている。無理に大森林に入ってもエルフや獣人に敵うはずもなく追い出されるだけだから会いに行く事は諦めな」
そうは言っても簡単に諦められない。日本に未練はないが、何故俺達を召喚したのかとか疑問は山ほどある。
「ガルラ、フィナ。お前達となら大森林に入って行けないかな?」
「・・・私達の村なら大森林の一番浅い場所にあるので、恐らく問題はないだろう。ただ主殿達がいくら我が村の恩人だと言っても大森林の奥には通してもらえないだろう。私達も深部はハイエルフ様と黒龍様の住まう聖域だから絶対入るなと教えられている」
「獣人族ではフェイって奴の事をハイエルフ様と呼んでいるのか?」
「名前については知る事すら不敬と言われている。エルフ族の一番偉いお方だから『ハイエルフ』様と教わった」
「まあ人族もハイエルフ様で伝わるから同じようなもんさ」
おお、ガルラの答えを聞くに会う事すら難しそうだ。名前を知る事すら不敬って神様か何かなのか?とか考えていると肩が叩かれる。振りむくと、緊張した顔でヒトミが俺の顔を見ている。
「どうした?」
「いや、ギンジ君。今ってグランドギルドマスター2代目が一番偉いんだよね。でもその2代目がずっといないって事は実質冒険者ギルドのトップってそこの『代理』になるんじゃないかな?」
言われてギギギと首を戻して目の前の代理に顔を向ける。
「まあ、そうだね。私が今このギルドを取り仕切っている代理のユーテラスだ」
本日2度目の驚きの声をあげる俺達。
「な、な、何でギルドのトップが対応してるんですか!!」
「いや、あんた達が二つ名の責任者呼べっていうから」
「それでトップが来るとは思いませんよ!」
「だからさっき言ったろ。初代様が自分がいなくても仕事が回るようにしたって、だからここでは私が一番暇なのさ」
ええ・・・そんな事ってあるのか?・・・代理がそう言うって事はあるんだよな。初代様どんだけ優秀だったんだ。
「ククク、最近驚かされてばかりいた『カークスの底』を逆に驚かせてやったよ。アハハハハ」
ドン引きの俺達を前に代理は上機嫌で大笑いしている。それを職員がにこやかに眺めているから職場の空気は悪くなさそうだ。
「いやあ楽しい楽しい。こうやって本部に顔を出した冒険者を驚かせるのが私の生きがいだから許しておくれ。まあ二つ名の返上については議題に挙げる事は約束してやるよ」
そう約束してくれたので、俺達は未だに驚きから覚めない中、ギルド本部を後にした。