102話 シーマの冒険者ギルド
「あれ?ギンジもう飲んでるの?」
「ギンジ君!昼からお酒なんてちょっとだらしないよ」
ビールをチビチビやりながら騒ぎをぼーっと見ながらも騒ぎに参加していないギルドの奴等を観察してたり依頼を眺めていたりすると、みんながやってきたみたいだ。
「あれ?アユム様・・・アユムは?」
クーミがアユムの姿が無い事にいち早く気付いて質問してくるので、人混みを指差して教えてやる。これからみんな身分は平民なので、クーミもみんなを敬称をつけずにタメ口で話すように言っているが、まだまだ慣れていない。逆にミルとルルは今までの話し方に慣れていなかったのですぐに慣れた。
「何の騒ぎ?何でアユムがあそこにいるの?」
疑問を浮かべるみんなに説明すると、クーミ以外はみんな納得してくれた。ミルとルルはまだ奴隷になる前、将来は冒険者になるんだろうなと思い、色々聞いていて勧誘の凄さを知っていたらしい。レイとヒトミはグラニカで何回も見た光景なので驚きはない。
「まあ、酷くなりそうなら助けに行くから、レイとヒトミは所属の変更に行ってくれ」
そう言うと二人は水谷を放置して受付に向かっていった。ここで水谷を放置できるなんて二人とも大分冒険者らしくなったな。
「『撲殺』!!!」
騒ぎを見ながら再びぼーっとし始めると、ギルド中に受付のお姉さんの声が響き渡った。その驚きの声に騒いでいた奴等も何事かと注目が集まり静かになる。
「その渾名は捨てましたので、その呼び方はやめて下さい」
静かになったギルドにレイの声だけが聞こえた。淡々としているが、この声はかなり怒っている時のトーンだ。顔は見えないが、背中からでも怒っている事が分かるので怖い。
「え?いえ、渾名じゃなくて二つ名なんですが・・・それに捨てるとかって出来ないですよ。・・・って事はこっちは『切り』・・ヒィィィィ」
「どうしました~?早く所属の変更をお願いします」
受付のお姉さんがヒトミに顔を向けると、悲鳴を上げる。ヒトミからも背中から怒りのオーラが見える。正直怖い、近寄りたくない。見るとフィナも尻尾を股に挟んで怯えている。ガルラは無表情で座っているが忙しなく尻尾を振っている。
「プハッ!ようやく出れた。土屋!何やってんのよ、さっさと助・・・・?どうしたの?」
人だかりからようやく抜け出した水谷が、周囲の異変に気付き周りをキョロキョロ見渡している。
「おい、今『撲殺』って言わなかった?」、「言ったよな?」、「あれが『撲殺』か、想像より弱そうだぞ」、「って事は隣のあの女が『切り裂き』か」、「いや、違うんじゃねえか?見るからに弱そうだぞ」「それに獣人連れてねえぞ。偽物だろ」、「お、おい。あっち見ろ。いるぞ金髪と銀髪の獣人が」、「いや、でも人数が多くねえかあいつら5人パーティだろ」
静まり返っていたギルド内が再びザワザワし出す。ほとんど俺達が話題になっている。
「終わったよ~」
周りのヒソヒソ話が聞こえていないのか噂の二人が受付から戻ってくる。
「そう言えばどうだった?めぼしい店はあったのか?」
「うん!聞いてよ!それが凄いの!全然見た事ない香辛料とか食材が一杯あってヤバかった」
「私の方も読んだ事ない本が一杯あってどれから買おうか迷っちゃった」
2人はよほど嬉しいのか若干興奮しながら話してくるから、さっき二つ名言われて悪くなった機嫌は直っているみたいだ。この後は宿をとって少し店を見る予定なので、その話はその時に詳しく聞こう。
ギルドの用事も終わったのでみんなで移動しようとした所、入り口から冒険者がやってきた。複数の美男美女のパーティだけど装備から男の5人組パーティだろう。男達がそれぞれ両脇に抱ている女は武器も持ってないし冒険者じゃないな。なんか『水都』でこいつらに似たような奴等がいたな。
「おう、何だ?何かあったのか?」
ギルドに入ってきた奴等は、ギルド内の空気がおかしいのに気付き近くの奴に声をかける。すぐに近くの奴が色々話し出すが、話している時にチラチラこちらを見て、笑っているから嫌な予感しかしない。話が終わるとそいつらは、脇に抱えた女から手を離して馬鹿にしたようにニヤニヤしながらこちらに歩いてくる。
「おい、お前等が『カークスの底』って本当か?偽物じゃねえよな」
「さあ、偽物とか本物とか良く分からないけど、『カークスの底』を名乗ってるぞ」
心の中で溜め息を吐きつつ答える。こいつらのこの態度や周りの様子からからこの街でも実力者っぽいけど、少し調子に乗ってる感じがするな。何とかこの場は穏便に済ませてくれないかな。
「おいおい、それにしては女の数が多いぞ。本物の振りするならもう少し調べてから真似しろよ。折角、獣野郎ふた・・・・・・」
バギッ!!!
そいつはガルラとフィナを侮辱する言葉を口にした瞬間、俺が思いっきりぶん殴ったから、壁まで吹っ飛んで行き言葉を最後まで口にする事は出来なかった。
穏便?そんな事は忘れた。こいつには少し思い知らせてやろう!
「てめえ!いきなり何・・し・・や・・・」
いきなり仲間が殴られた事でそいつのパーティメンバーが殺気づくが、自分達の置かれた状況に気付くまでの反応が遅い。周囲には無数の『光矢』、『火矢』が浮かんでいる。レイとヒトミは殺しの経験は無いから完全な脅しだけど、これだけでも恐怖を感じるだろう。
「待て!主殿!!!!・・・・フィナ!!!」
「分かってる!お姉ちゃん達やめて!これぐらい悪口にもなってないから!アユムお姉ちゃんも三人を止めて!」
「へ?・・・え?・・・ええ。ちょっと!怜、瞳どうしたのよ?いきなり」
「ガルとフィナを馬鹿にされたわ」
「大事な家族に酷い事言われたからね、怒るよね」
フィナが一生懸命二人を宥める隣で、訳も分からず二人を落ち着かせようとワタワタしている水谷。そして俺は、脅しじゃなくて本気で怒っている。
ガキン!
「ガルラ、何で邪魔をする」
ガルラの振り下ろしたこん棒を剣で受けつつ、ガルラに質問する。
「だから前から言ってるだろう。あれぐらい大した事ではないと!気にするなと!」
「俺は気にするんだよ!大事な仲間を!家族を!馬鹿にしたんだぞ!あいつはもう少し痛めつけて二度とふざけた事を口に出来なくさせてやる」
『獣野郎』・・・これは獣人を下に見て、侮辱する言葉だ。ただ、あまりにも言われるので獣人にとっては言われ慣れている言葉だそうだけど、俺の大切な仲間のガルラとフィナを侮辱する奴には容赦するつもりはない。
「チッ!・・・お前等!早くそこで寝てる奴を連れてどこかに行け!これ以上は主殿を抑えきれん!どうなっても知らんぞ!」
俺が本気で怒っている事が分かったガルラが、俺を怒らせたパーティメンバーに声をかけると、慌てて4人が頭を下げて謝りながら気絶している仲間を連れて外に出ていった。一緒の女達は腰が抜けたのか床に蹲っている。まあ、まだ怒りはあるが、逃げて行った事だしこれぐらいにしておくかと思った瞬間、頭上に気配がしたので慌てて飛び退く。
バシャッ!
飛び退くとさっきまで俺がいた場所に水が落ちてきた。
一体誰が?と思って周りを見渡すと、水谷がポカンと口を開けてこっちを見ている。いや、俺だけじゃない、レイとヒトミにも視線を送っているな。
「水谷、何の真似だ?」
「少し頭を冷やしてやろうと思ったけど、何でよけるのよ!瞳も怜も何で普通に防いでるのよ!」
「え?いや、今のは普通に防げるでしょ」
「いや~何か無意識で防いじゃった」
2人も怒りが収まったのかいつもの調子で話してくる。レイは頭上に『光壁』を、ヒトミは『火壁』を出して水を防いだようだ。そして二人が手を振ると、魔法は全て消えた。
「つ、強ええ」、「おいおい、本物の『カークスの底』じゃねえか」、「嘘だろ、あいつらもCランクだぞ。それをあんな一方的に」、「何だよあの魔法の数。生きた心地がしなかったぞ」
しまった!
頭に血が昇り過ぎたようだ。周りからまたヒソヒソ噂されている中、俺たちはそそくさとギルドから出ていった。
「あちゃ~。ちょっと目立っちゃたね」
「でも仕方ないんじゃない?あれは向こうが悪いし」
「まあ、仕方ない。この街にはそんなに長居するつもりはないから、あんまり気にしなくてもいいだろ」
3人で反省している隣でガルラとフィナが何か文句を言いたそうな目でこっちを見ているけど、気にしないでおこう。クーミはさっきの騒ぎを凄い凄いと言ってミルとルルと騒いでいる。
「アユム様・・・アユムは二人と同じ事出来ますか?」
「無理ね。そもそもあんた達何で詠唱唱えてないのよ?」
クーミからの質問にすぐに出来ないと答えた水谷はレイとヒトミに話を振る。
「あれって結局生活魔法の応用だからよ。アユムも生活魔法なら無詠唱で出来るでしょ?だから練習すれば出来るようになるわよ」
「そうそう、多分すぐ出来るようになるよ。それにアユムちゃんって水魔法だったよね?それだったら多分なんちゃって『大海嘯』もすぐに使えるようになるよ」
「使える訳ないでしょ。そもそもなんちゃって『大海嘯』って何よ」
話し方は普通なんだけど、その内容はかなりヤバい。そもそも『大海嘯』って水魔法の最上級魔法だよな。そんなもん使える奴がそうポンポンいて・・・・いたわ。普段は中級までって約束だから忘れていたけど目の前の二人最上級魔法使えるな。その事に気付いて若干顔が引き攣る。見れば話を振ったクーミも引き攣った顔で3人を見ている。
「あ、あの、さっきからあの3人は凄い事を話しているんですが、本当なんでしょうか?」
クーミが引き攣りながらも俺に質問してくる。俺達が勇者だって話をしたとは聞いているがどれぐらいの実力かは言ってないらしいので、今日の夜にでも話しておこう。それで明日からは水谷に魔法の練習させて、せめて中級魔法ぐらいは無詠唱で使えるようになってから新人クエスト進めていくか。あとはサイ国の情報も集めないとな。クーミには夜に俺達の事を教えると言ってから明日以降の予定を考える。そうして買い物を終わらせてから家に戻った所で、クーミ達に俺達の事を教えた。
「「「影魔法!!!」」」
俺が影魔法使いだと伝えると、3人は座っていた椅子から文字通り飛び上がり部屋の隅まで逃げていった。相変わらず物凄い嫌われようだな。っていうか説明してなかったのか?
「あっ、忘れてた。私が聖女だって事に驚きすぎてギンジの説明全くしてなかった」
まあレイの聖女も中々に衝撃の事実だから仕方ないか。
「へえ~、土屋って魔法も変わったの使えるのね。ちょっと使ってみてよ」
魔法『も』って何だ?何となく言い方が気になったが何も言わずに影を操作したり、手を作って見たりする。その度にクーミ達が悲鳴を上げるのは何故だろう。そこまで怯える必要はないのに。
「アユム様、危ないですよ」
「あの影魔法だよ」
「アユムもうちょっと離れて」
俺の出した影で作った手を興味深々で触ったりしている水谷に3人が注意してくるが、水谷は全く気にした様子はない。
「あんた達、何怖がってるのよ。確かに影魔法ってヤバい奴等が使ってたんでしょうけど、今これ使ってるのは土屋よ。津村君にお願いされたあんた達を傷付ける訳ないでしょう」
水谷の言葉に納得してくれたのか、恐る恐るこちらに近づいてきて3人は水谷と同じように手を触りだす。たまに悲鳴をあげるのは少し落ち込むから止めて欲しい。
「それで?後はどういう事が出来るの?」
偉そうに聞いてくる水谷を影で拘束して体験させてやる。
「ちょっと、何これ?動けないわよ」
「影で相手を拘束してるんだよ。あとは『影収納』だな、お前の家でやって見せただろ?応用でこういう事も出来るぞ」
そう言って水谷の服を全て収納する。但し影で包まれているので外からは何をされたのか分からない。分からないが、当の本人はすぐに気付いたようだ。顔を真っ赤にして叫んでくる。
「・・・へ?・・・あれ?・・ちょっと!土屋!私の服返しなさい!あっ!このまま影の拘束解除したらマジで怒るからね!」
まあそう言う事をする気はない。何より凹凸のない裸を見ても楽しくないので、すぐに服を着せて影を解除する。
「あとは『影移動』だな」
そう言って影に潜りその辺を歩き回る。水谷の視線が俺の動きについてくるので動いている影を目で追っているんだろう。そうして動き回りふと上を見上げる。ぼーっと突っ立ってこっち見下ろしている水谷が見える。ついでにスカートの中も丸見えだ。相変わらずこっちの世界の下着は色気がないなと思った次の瞬間、
『光』
レイの呟きで辺りが明るくなる。そして俺はそのまま影から弾き出された。
「・・・クッ!・・・な、何で?弾き出された?」
影から弾き出された俺は混乱している。弱点の『光』を使われても怯まないように練習して、克服したはずなのに・・・。
「フフフ。それはねえ今の『光』は属性魔法に変化しないギリギリまで魔力を込めたからよ。ギンジが影に逃げたらどうしようもないからね。その対策よ。上手くいって良かったわ」
目が全く笑っていない笑顔を作りながらレイが教えてくれた。俺への対策だけでこんな魔法開発するなと言いたいが、ヒトミも何故かレイと同じ顔をしているので怖くて何も言えなくなる。
「ギンジ君。今覗いてたでしょ?彼女がいる前で他の子の下着見るのはどうなのかな?」
・・・ば、バレてる。って事は当然レイも分かってるからさっきの魔法使ってきたんだよな。ジリジリと歩み寄ってくる二人。俺はゆっくりと影に沈んでいくが、
『光』
「クッ!」
再び影から引きずり出される。ヤベえ、完全に影が無効化される。それならと二人を影で拘束するが無詠唱で魔法が使えるレイには意味が無かった。再び影を無効化され拘束が解除される。
これもう駄目な奴だ。俺は覚悟を決めた。
「ホント!悪い事に魔法を使うんだから」
「すみませんでした」
怒っている2人に頭を下げる。言い訳はしない。
「アユムは怒らないの?」
「え、ええ。まあ二人から叩かれたんだからもういいわよ。そもそもこっちの世界の下着って何かオーバーパンツみたいだから見られたって感じがしないのよね。二人ともいいなあ。家があって向こうの服とか持ってこれるんだもんね。まあ私も二人のおこぼれでシャンプーとか使えるからこれ以上は贅沢は言わないけど」
・・・・・あれ?
「うん?」
「・・・・・・あっ!そっか!アユムちゃんまだ自分の家を出して貰ってないんだ!そうか、ギンジ君忙しかったもんね」
ヒトミに言われて気付いた。移動に集中してて水谷の家を出してやるのをすっかり忘れていた。
「・・・は?出せるの?私の家?えっと日本の家よ?」
「そう言えば出してなかったな。もうフィナは寝ただろうから明日出してやるよ」