9話 師匠
絡んできた奴等から回収した装備品を商業ギルドで売り払った後、商業ギルドでおススメの宿を教えてもらったので、そこを本日の宿とした。夕飯と朝食付きで1泊銀貨1枚で、これが高いか安いかは今の所判断できないがおススメされるって事はなかなかお得なのだろう。夕飯はオーク肉の塩焼き定食と言われたので、恐る恐るオーク肉を食べてみると完全に豚肉だった。まあ主食がご飯じゃなくてフランスパン並みに固いパンだったのが不満点だったけど、箸かフォークを選べたのはビックリした。この中世っぽい世界ならナイフ、フォークが一般的だと思ったけど、まさか箸があるとは・・・。
夕飯食べてからお風呂に入りたかったが泊った宿にはお風呂はない・・・というかお風呂は下級貴族でも3~5日に1回しか入れない贅沢品らしい。こっちの世界では桶に水を溜めてそれで体を拭いて終わりだが、この宿は桶にお湯を溜めてくれるのも人気の一つらしいが、そんなんでは日本人の俺には満足出来る訳ないので『自室』に戻りシャワーを浴びた。ベッドは板張りの上に敷き布団を敷いているだけだが、『自室』で寝る俺に問題はない。敵がマップデフォの100m以内に入ったら警報がなるようにセットしてその日は就寝した。
翌朝6時に目覚める。朝早いが、電気もないこの世界では基本的に日が暮れたら寝て、昇ったら起きる習慣だ。ちなみにこの時期この時間で起きると少し寝坊したぐらいの感覚らしい。こっちの世界の人はどんだけ早起きなんだ。
起きたら支度してから1階の食堂に行き、朝食を食べる。朝食は昨日よりも固いパンと目玉焼きベーコン、サラダ、スープだった。固いパンはスープに浸して柔らかくして食べると教えてもらった。
今の俺の靴も服も全部兵士から奪った奴だし、新品の自分の奴が欲しいので、朝食を食べ終わった俺は少し買い物をする事にする。宿の人に服屋の場所を聞いてから店に行き服を買い漁った。って程ではなく出来あいの服を3着買った。服や靴は基本オーダーメイトか古着で自分に合う物を買うらしいが、見本で何着か店に飾ってある中からサイズの合う奴を選んだ。
そうして身支度を整え少し早いがで昼食を済ませてギルドに足を運ぶ。ギルドに着くと昨日のお姉さんがすぐに気付いてくれたのか手を振って俺を呼んでくれる。
「こんにちは!昨日は大丈夫でしたか?ギンさんは大丈夫とは言いましたけどあれから心配していましたよ。」
受付のお姉さんは本気で俺の事を心配してくれた様子で俺もほっこりした気分になる。
「こんにちは!あの後特に何もなかったですよ、気にしてくれてありがとうございます。あの後は・・・そうですね・・・変態が出たとか騒ぎがあったぐらいですかね」
そう答えるとお姉さんは真っ赤になり俯いてあの変態達のその後を教えてくれた。
「多分、その騒ぎはうちの所属の冒険者だと思います。男二人であんな所で裸でいるなんてナニをしていたのか。所属ギルドの職員としてはお恥ずかしい限りです。彼らには衛兵に現行犯で捕まった為、問答無用でギルド員資格剥奪にしました。ギンさんも犯罪を犯すと一発でギルド員資格剥奪されるので気を付けて下さいね」
「分かりました。それで、指導員は見つかりましたか?」
昨日の奴らの事はどうでもいいので先ほどから気になっている指導員について聞いてみる。見た感じ近くにそれらしい人はみえない。
「ああ、それならいい人が見つかりましたよ。その方はDランクで、斥候や鍵開けが得意でギンさんのスタイルとも相性がいいと思います。Dランクの冒険者が指導員になる事は滅多にないらしいんですが、今回はその方のパーティメンバーが負傷して依頼が受けられない状況だったので特別に引き受けて頂きました・・・あっ、来ましたよ!ガフさんこっちです!こっちですよ~!」
そう言って受付のお姉さんは俺の後ろに向かって手を振る。俺もつられて振り返ってみると、頭が痛いのか手で頭を抑えながら気だるそうにこっちに歩いてくるオッサン?お兄さん?微妙に判断に迷うぐらいの男がこっちに向かってくる。ボサボサに伸びた髪を雑に後ろで一つに結び、無精ひげを生やして、顔には大きな傷跡が残っていて見た感じかなり柄が悪い。山賊ですとか紹介してもらった方がしっくり来る。装備は腰に短剣を差してるぐらいで、特に荷物は持っているようには見えない。
「ああ、ミーサちゃん。分かったから、でけえ声出さないでくれ。まだ二日酔いで頭痛えんだよ。」
「ガフさん!また飲みすぎですよ!今日から指導員になるからお酒は控えて下さいってお願いしましたよね!」
「いやあすまねえ。昼からって話だったからいつもみたいに飲んでも酒抜けるだろって思ったんだけどな。まあ指導については大丈夫。しっかりやるさ」
「本当ですか?この街の期待の新人さんですからね。指導はちゃんとして下さいよ!じゃないと報酬はあげませんからね!」
「かあ~きついね~。まあ指導については心配しなくても大丈夫だって!それよりも指導が上手くいったら食事の件考えておいてくれよ」
「上手くいったら考えてあげます」
俺をほったらかしで話す受付のお姉さんミーサさんと指導員ガフさん二人の会話を聞きながら俺は少し心配になってきた。
このガフさんって人本当に大丈夫なのか?酒臭いし、ミーサさんナンパしてるし、ちゃんと指導してくれるのか?元々俺の金じゃないけど、こっちは銀貨10枚前金で払ってんだから、気に入らなければチェンジも考えておこう。
「それで、ミーサちゃん。こいつか?指導員制度最長で依頼した新人ってのは?」
「そうですよ。この方が今回依頼してくれたギンさんです。」
ミーサさんから紹介された俺は頭を下げて自分の名前を名乗る。
「そうか、ギンって名前か、俺はガフってんだ。よろしくな」
「ギンです。初めまして。10日間よろしくお願いいたします。」
「おう、こっちこそ宜しくな」
「それじゃあ私は仕事に戻りますからガフさんくれぐれもお願いしますね」
ガフさんは、「はいよ~」と手を振りながらギルド内に置かれたテーブルに歩いていくので、俺もついていく。テーブルにつくと座るように言われたので、ガフさんの対面に腰かける。改めてみるまでもなく顔が怖いしミーサさんがいなくなって二人きりなので不安が増してくる。ギルドの紹介なので信頼できる人なのだろうが、いきなり「おう、金出せや」とか言われてもおかしくないぐらいだ。
「ほんじゃあ改めてよろしくな。ちなみに今日は唯の顔合わせだから指導は明日から10日間だから心配するなよ。でだ、聞いてるかもしれねえが、この制度利用する奴って全くいねえんだよ。だから俺も依頼を受けてみたはいいものの何したらいいか分かんねえんだわ。ギルマスからは新人依頼こなしながら、冒険者の注意点教えろって言われたんだけどな。ギンって言ったか?お前はどうしたい?なんか要望があれば聞くぞ」
あれ?ガフさんって見た目はかなり怖いけど、こうやって本当の事を話してくれたり、俺の意見を聞こうとしてくれる所とか、かなり良い人?
「俺も冒険者について良く分かってないので、ギルマスの言うように新人依頼こなしながら指導してもらうって感じでお願いします。先生」
ガフさんからは指導してもらう立場なので、しっかり敬意を払う必要があると考え、『先生』って呼ぶことに決めたが、
「『先生』?俺が?ブハハハハ!やめてくれよ!俺が先生とかって似合わねえ。そんな呼び方されると恥ずかしくて仕方ないわ!指導ちゃんと出来ねえかもしれねえからその呼び方はやめてくれ」
ありゃ?『先生』って呼んじゃだめなのか。指導出来なくなるってのも困る。だったら『師匠』はどうだろ。
「それでは『師匠』でお願いします」
「『師匠』?いや、普通に『ガフ』でいいぞ」
「いえ、指導して頂くので礼儀はしっかりしておきたいです」
「はあ~。まあ『先生』よりかはマシか。でもあいつらには笑われるだろうな」
師匠が何かぼやいているが、独り言の様だし気にしない。
「それで、俺に依頼が来たって事は斥候とか罠解除なんかの役割目指してるって事でいいんだよな?」
師匠の質問に頷く。
「あと俺のメインは短剣だから戦い方はそれしか教えられねえぞ。で、お前の武器はどれだ?見た所何も装備してねえけど」
言われて俺はリュックから手持ちの短剣3本を取り出して師匠に見せると若干呆れられた。
「何でリュックに入れてんだよ。ちゃんと装備しとけ、いざって時に間に合わなくて死ぬぞ」
最初の指導は「武器は装備しとけ」でした。すぐに「死」が出てくる所が冒険者らしくて恐ろしくもある。
「うお、お前これ、3本とも結構いいじゃねえか。これなんか大金貨5枚以上するだろ。どこで手に入れた?」
俺が取り出した短剣を見ると師匠がビックリする。
「田舎のお爺ちゃんの遺品です。」
商業ギルドでも使った嘘をついて誤魔化す。そうか結構いい武器なのか、ハンターさんに悪い事・・・いや、別に悪くねえわ。俺を殺そうとしたんだから自業自得だわ。
「すげえな、お前の爺ちゃん。昔冒険者だったのか?いや悪い、家族の事は詮索しちゃいけねえよな。忘れてくれ。」
冒険者の心得「家族の事は詮索しない」か、覚えておこう。しかし、ゲームとかだとこういう冒険者の一般常識みたいな事は全く出てこないから勉強になるな。
「ほい、返すわ。とりあえずこれをメインで使ってろ。他の2本は見た感じからして高価すぎるから新人のお前が持ってると絶対他の連中から狙われる。まあE・・・いやこっちはDランクになるまでは持ってる事は隠しておけ」
そう言って短剣を返してくれたので、師匠の言う通り、他2本はリュックにしまい、勧められた1本を腰のベルトに差す。いやあ、少し話してるだけでもかなり参考になるな。やっぱり指導員制度かなりいいぞ。
「あとはスキルだな。どんなんが使える?本当はスキルの事はパーティメンバーしか話さないのが暗黙の了解なんだが、今回は仕方ないだろ。ギンのスキルでどういうスタイルにするか考えなきゃなんねえしな」
スキルについて教える前にいくつか聞きたい事があるので先に師匠に質問する。
「師匠!何でスキルの事はパーティメンバーにしか教えちゃいけないんですか?あとレベルとかステータスっての無いんですか?」
「スキルについてはバレたら対策されちまうだろ。パーティメンバーは逆にどんなスキル持ってるか知らないと連携とれねえから教えといた方がいいんだよ。あとレベル?ステー・・・?何だっけ、そう言うのは聞いた事ねえな」
この世界レベルもステータスもないのか、あるのはスキルだけ・・・って事はスキル覚えて強くなっていけばいいのか
「それならスキルを覚えていけば強くなれるんですか?」
「いや、物にもよるけど基本的にスキルは簡単に覚えられねえぞ。死にかけると覚えやすいって話もあるけど、あくまで噂だからな。俺の持ってる『鍵開け』はひたすら鍵開けの練習すれば覚えられるから比較的簡単な方かな、それでも俺は覚えるのに1年かかったけど、まあ普通ぐらいだ。『身体強化』みたいにどうすりゃ覚えられるのかさっぱりな奴は最初から覚えられないって思っとけ。一応ギルドにもスキルを教えてくれる職員もいるが、覚えても覚えられなくても銀貨1枚で、覚えられる方が珍しいから金をドブに捨てるようなもんだな」
ふむふむ、なかなか参考になる。でも師匠の『鍵開け』って1年練習したんなら、スキルじゃなくて普通に習得しただけなんじゃ
「それでお前のスキルはどんなんがあるんだ?」
「えっと『探索』ですね」
『影魔法』と『自室』さすがにこれを教えるのはマズいのは俺でもわかるので、この二つは秘密にしておく。あと『念話』だけど、これ使い方分かんねえんだよな。『念話』は教えても問題ないか?まあ今日会ったばかりだけど師匠は信用できそうだから教えるか、使い方知ってるかもしれないし。
「後『念話』ってのがあるんですが、これは使い方良く分かんないんですよ。師匠は分かりますか?」
俺がスキルについて教えると、師匠はビックリした顔をして辺りを注意深く見渡している。
ヤバい、なんかマズかったか?逃げるか・・・・なんかムカつく国のせいですぐに逃げるって発想が出てくるようになったな。
「えっと、師匠?どうかしましたか?」
様子の可笑しい師匠に声を掛けると、小声で注意される。
「・・・・お前・・・それどっちもかなりの激レアスキルだぞ。さすがにここじゃマズいな。個室に行くぞ、ミーサちゃん!個室の鍵貸してくれ。」
いきなり立ち上がり、受付のミーサさんに声を掛けて鍵を受け取ると個室に入っていった。