【銃創造】と【銃器】と【弾薬調達】……スキルの効果
トウコは呼吸を整えて狙いをつける。銃は手にしっかりとなじんでいる。
【銃器】の【照準精度】【安定化】の補助もあり、実際に銃を撃ったことのないトウコにもブレることなく構えることができた。
「発射……って、あれ!?」
引き金を引く……が、銃弾は発射されなかった。
「んん! 何で? って、セイフティがかかっているぞ新兵! ってやつっスか!? って、セイフティってどこ!?」
ゾンビが距離を詰めてくる。
トウコがいる踊り場まであとわずかの距離だ。
銃を確認してもセイフティーのスイッチは見当たらない。
トウコのつたない銃の知識にはなかったが、一般的にリボルバー拳銃にはセイフティはない。
そうしている間に、ゾンビはもう目の前まで迫っている。
混乱したトウコの脳裏にスキルが情報をもたらす。
銃を撃つために必要な情報が、脳内に流れ込んでくる。
「あ、撃鉄! うっかりした! この銃はシングルアクションだったっス!」
撃鉄を起こし、引き金を引くことで弾が発射されるのがシングルアクションだ。
一発の射撃ごとに撃鉄を起こす必要がある。
知っているはずの情報すら、戦いの中にあっては思い出すことができない。
リアルに迫るゾンビの姿は、それほどの恐怖を覚えさせていた。
トウコは撃鉄を起こし、引き金を引く。
目の前に迫るゾンビに動揺しているためにしっかりと構えている意識はない。
動揺したトウコに代わり【照準精度】スキルによる補正が働き、正しい狙いを維持する。
乾いた音を立て、銃口が火を噴く。
飛び出した弾丸はゾンビの胸部へ命中する。
鉛の弾丸が腐った肉を穿ち、ゾンビの胸を貫く。
「やたっ! 命中っス!」
「オォ!」
ゾンビは呻きを上げて反動にのけぞる。だが、ゾンビの歩みは止まらない。
上階の階段のへりに到達したゾンビは、バランスを崩して階段を転げ落ちる。
「ウウア!」
――トウコの居る階段の踊り場へ向けて。
「ちょっ!?」
トウコは驚いて硬直してしまう。銃撃した姿勢のまま動けない。
ゾンビは階段を転げ落ち、勢いよく踊り場に叩きつけられる。
それでもゾンビは動きを止めない。
妙な角度に曲がった腕をトウコへと伸ばす。
骨折した腕から骨が突き出している。
傷口から濁った血液が吹き出し、トウコの顔や身体へふりかかる。
「ひっ!」
トウコは吹き出すゾンビの血液をかわそうと身をのけぞらせる。
だが、無理な態勢に耐えられずに尻もちをつく。
鈍い痛みを覚えて、それが意味することに恐怖をかき立てられる。
「いたぁ! 痛い……? やっぱり……夢じゃない!?」
……夢ではないことには気づいていた。
これは夢だ。これはゲームだ。そう信じたかった。
トウコの意識が、その考えにすがりつくことを諦める。
これは現実だ。目の前にゾンビがいて、自分を襲っている。
そう理解した。そして、理解したことで恐怖がわき上がる。
自分を殺そうと、自分を食べようとする化け物が目の前にせまっている。
生存本能が逃げろ、逃げろと追い立てる。
身体の奥底から伝えられる過剰な危険信号が、正常な思考を押し流す。
尻もちをついたまま、ずりずりと後ろへ下がる。
「はあっはあっ……に、逃げないと。でも、どこに……?」
ここがどこかわからない。この洋館がなんなのか。洋館の外はどうなっているのか。ほかの人間はどうしているのか。どうして自分がこんな目に。悪い夢だ。目が覚めれば。どうすれば目が覚める。いや、夢でないとするなら、どうやって帰ればいい……。
そんな考えがトウコの脳裏を埋め尽くす。
生きるための貴重な時間を、ぐるぐると回る思考で浪費する。
そうしているうち、トウコは考えるのが面倒になってくる。
そして、理不尽な状況に怒りがわいてくる。
「ああ、もう! 考えるの面倒っス! 夢でも現実でもやることは変わらないんだ。やらなきゃ殺られる! あたしができることは銃をぶっ放すことだけっス!」
意識を切り替える。自分にできることを精一杯やる。それだけだ。
できることからやるんだと、バイト先の店長も言っていた。
手に持った拳銃を両手で構える。
座り込んだ体制のまま、上体を起こして狙いを定める。
ゾンビの腐った腕がトウコの足を捉える。
冷たい死者の湿った感触におぞけを覚える。
あえてそれを無視して、撃鉄を起こし、引き金を引く。
至近距離で発射された弾丸はゾンビの折れた腕を撃ち抜き、吹き飛ばす。
「ああああっ! 死ね! 死ねっス!」
さらに二発の弾丸を撃ち込む。
弾丸はゾンビの胴体へ着弾し、貫通する。
血と肉が背後へ飛び散る。
ゆっくりと、ゾンビが膝から崩れ落ちる。
「はあっはあっ……やったっスか!? ……いや、フラグじゃないっス!」
倒れたゾンビの身体から、踊り場のすり切れた敷物の上に赤黒い血が広がる。
トウコは焦って血のしみから後ずさる。
「あわわっ! ばっちい!」
倒れたゾンビは動かない。
トウコは疑いの表情でゾンビを警戒する。
そろそろと手を伸ばし、銃口でゾンビを軽くつつく。
「こういうのって、近づくとガバッと来るんスよね……。もう一発ぶちこんでやりたいところっスけど、弾がもったいないっス」
残弾は二発しか残っていない。
一体のゾンビに四発かかったことを思えば、心もとない。
【弾薬調達】スキルの説明によれば敵を倒した場合に弾薬が手に入るとある。
トウコは弾の補充をこのスキルに頼るつもりで取得していた。
「うーん、もしかして死体をあさらないといけないんスかね。うええ……」
一体目のゾンビも一階へ続く階段に倒れているままだ。
経験値が得られてレベルが上がったので倒したとみなしてよいのだろうが、気は抜けなかった。
死体はゲームのように消えてくれるわけではないようだ。
「とりあえず、とどめを刺して安心しておこう」
フラワーテーブルを拾い、倒したばかりのゾンビの頭部へ打ち下ろす。
「よし、これでさすがに死んだはずっス……お?」
頭部を失ったゾンビの死体がさらさらと黒い塵になって崩れていく。
あとには、三発の未使用の弾丸が残された。
「おおー、頭部を破壊すると死体が消えると。……どうせなら、すぐ消えてほしいっス。ともあれ弾ゲットっ! 倒すのに四発。手に入れた弾は三発。これは外すとすぐに弾切れになるっスね……」
階段下のゾンビの死体も同様に頭部を破壊する。
死体は消えたが弾薬は生成されなかった。
かわりに生成されたのは、あめ玉のようなサイズで黒く濁った小さな石だ。
「うーん。これは魔石? 【弾薬調達】スキルがない時に倒したからっスかね。なんか使い道あるんスかね? 買い物に使えたり? 一応とっておくっスか。この状況なら、弾丸のほうが嬉しいんスけどねー」
魔石はファンタジーゲームなどに登場するドロップアイテムだ。
今は、使い道はわからない。
トウコはスキルを得た後に倒したゾンビのみが【弾薬調達】スキルの効果対象になると理解する。
回収した弾丸を銃に込めながら、これからのことを考える。
いつまでも怯えていても状況は良くならない。
動かなければ始まらないとトウコは考える。
「とりあえず、館の中を探索してみるっスかねえ。靴とか弾薬があるといいんスけど。それに、どうにかして脱出しなきゃならないっス」
館からの脱出というよりは、現実世界へ帰ることを考えている。
明日が来なければよい、学校にもどこにも行きたくないと思っていたトウコだったが、こんな場所に来たいわけではなかった。
「今、何時なのかな。学校はいいけど、バイトはいかなきゃなんないっス。あたしが休んだらもう、店はおしまいっス!」
生命の危機にある中、バイトのシフトに穴をあけることを心配するトウコであった。
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