責任と激情
「それにしても、お前ひとり残してみんな帰っちゃったのか? ひどいんじゃないか」
「あー。キッチンは一人で朝から通しでしたからね。疲れて気づかなかったのかもっス」
元店長――黒烏はバツの悪そうな顔を浮かべる。
「いや、俺も連絡するべきだったな。代わりの要員を手配するべきだった。すまん」
「……そうっス! 連絡くらいほしかったっス! いきなり辞めるとか、あせるんで!」
「お、おう。そうだな。……普通、悪いのは店長じゃない的なフォローするとこじゃないのかここは」
「いやいや、悪いのは店長じゃないけど、店長のせいっス! ……ほんとにびっくりしたっス」
涙を浮かべたジト目で、トウコはクロウをにらみつける。
「俺もいきなりクビにされてびっくりしてたんだよ。そのあとも……まあ、今日はいろいろあったんだ」
「悪いのはオーナーっスね。それはわかってるっス……」
話しながらも作業を進める。作業の手順を教え、引き継いでいく。
「で、今日は手伝えたけど、明日からどうするんだ?」
「どうするって言われても……店長が戻ってくるとか?」
トウコは期待を込めて――希望にすがるように返事を待つ。
だが、クロウの返事は期待に添うものではなかった。
「それはない。仕事でやってたんだ。全力でやってきたんだ。それを要らないと言われたんなら、戻ってくるのは無理だ。店が嫌いとか、スタッフのみんながどうでもいいわけじゃない。それはわかってほしい」
「でも……!」
「今日はもう遅いから、早く帰れ。親御さんも心配してるかもしれないぞ?」
なにげない、常識的な言葉だったが、それはトウコを強く刺激した。意図したよりも声が荒くなる。
「うちの親は心配なんかしてないっス! 帰っても誰もいないっス!」
「……そうか。にしても、早く帰らないと明日学校だろう」
「……学校なんてどうでもいいっス! あたしはここで店長と、みんなと楽しく過ごしたい……それだけ……なのに!」
トウコの頬を涙が伝う。あふれ出る感情を制御できなかった。
ほとんど、トウコの言っていることはダタをこねているだけだ。
頭ではわかっていても、口をついて出る感情は止められなかった。
クロウもそれをわかって苦い顔をしている。それでも、結論は変わらなった。
「明日からのことはオーナーに指示を受けろ。今日の片づけは俺がやっておく。……それに、こう言うのもなんだが、バイトを続けなくたっていいんだ。正直、あのオーナーの下ではこの店に未来はないと思う。まあ、それを俺が言うのも無責任かもな」
「無責任っス! あたしが必要だって言ってくれたのは店長じゃないっスか! あたしにも店長が必要っス! 戻ってほしいっス!」
「……俺だってな。好きで去ったわけじゃない。どうにもならないこともあるんだ!」
「もういいっス! ……店長のわからずや!」
そう言って、トウコは店を飛び出していく。
あとには、苦い顔をしたクロウが残された。
大きなため息をついて作業を再開したが、その動きは心情を表すように重かった。
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