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平穏な日常と唯一の居場所

 阿蘇(アソ)トウコは変わり者である。

 少なくともクラスメイトからは関わるのが面倒な者だと思われている。


「おつかれーっス! ……って、誰も返事しないけどまた明日!」


 片手を軽快に上げて挨拶をする。

 ちらりと視線を送るくらいの者はいる。

 しかし、教室を出て行くトウコへ返事を返すクラスメイトはいなかった。


 学期の途中で転入してきたトウコは、クラスで浮いた存在となり、孤立している。


 高校一年の中頃にもなれば、クラスでは既に人間関係が確立し、友達グループが形成されている。

 しかし、まだ強い結束は生まれていない。そんな微妙な時期だった。

 転校してきた異物(トウコ)を受け入れる余裕はクラスメイト達にはなかった。


 これまでも、両親の都合で引っ越しをくり返していたため親しい友人はできなかった。

 中学校までに養われる当然の対人スキルが育つことなく、高校まで来てしまった。


 その穴をトウコは漫画やゲームの知識で補った。

 無駄に大きなリアクションや、奇抜に見える行動は親しみやすさを生むと、トウコは期待していた。


 だが、現実は非情である。

 漫画やゲームのようにはいかないものだ。

 変わり者が好かれることなどはなかった。

 クラスのどのグループにも入れず、中途半端な存在になっていた。


 相手にされないのはいつものことなので、トウコは気にせずに学校を後にする。

 ショートカットの髪とスカートのすそをひるがえし、バイト先のファミリーレストランへと駆けていく。



 店の扉をくぐると、トウコは元気よく挨拶(あいさつ)をする。


「おはよーっス!」

「おう、おはよー。はやく着替えて入ってくれ。洗いもんがたまってる!」


 この店の出勤時の挨拶は、おはようにするのが慣例だ。


 バイト先での人間関係というのは、学校のように曖昧(あいまい)ではない。

 仕事という共通の目的や話題がある。

 そういうわけで、バイト先では無視されることなく会話が成立していた。


 挨拶も当たり前に返ってくる。

 そんな当たり前がうれしくて、出迎えてくれた店長に笑みを向ける。


「いやあ、挨拶が返ってくるっていいっスね!」

「当り前だろ。挨拶は基本だぞ」

「そうでもないんスよねー。学校の連中は挨拶なんて返してくれないっス! あたしなんかいないみたいに扱うんスよ!」

「へえ、そりゃひどいな。ほれ、早くいけ。着替えてこい!」

「へいへい。さっさと働かせていただくっス!」


 ビシリ、と敬礼(けいれい)を返すと更衣室へと走っていく。

 それを同僚(バイト仲間)は笑って見送る。


 高校の制服を脱いで、ファミレスの制服であるメイド服()の制服に着替える。

 制服がかわいいという理由でトウコはこの店でのバイトを決めた。


 メイドカフェではなく、普通のファミレスである。

 本格的なメイド服ではなく、ファミレスの制服として許されるぎりぎりを攻めたようなデザイン。

 一部の客の評価は高い。ちなみに男性の制服は執事風(しつじふう)だ。


 メニューは和風から洋風まで取りそろえている。

 料金も手頃だ。味は料金にしてはマトモといったところ。


 今は世界的なパンデミックの影響もあって、人の入りは少な目だ。


 しかし、シフトに入っている従業員(スタッフ)も少ないので一人当たりの負担は大きい。

 客がはけて、時間的余裕ができると店長が雑談を再開する。


「そういやお前の学校って、進学校で女子高だっけ? 冷たい感じなの?」


 自分の愚痴(ぐち)などすっかり忘れられていると思っていたトウコは意外さを表情に出す。


「あ、ちゃんと聞いてたんスね。流されたかと。ん-。冷たいっていうか無関心っスね」

「へえ。もっと(はな)やかなもんだと思ってたわ」

「いや、ぜんぜん。あたしもキラキラした……百合(ユリ)百合した世界を期待してたんスけどね」

「期待すんな、んなもん!」


 そんなものは漫画の世界にしかない。

 あるとしても、女子高の様子など店長の黒烏(クロウ)という男には知るよしがなかった。


「現実は非情っス!」

「そういうのは置いといて、共学にいけばよかったんじゃないか。そっちのほうがお前に合いそうだ」

「そうっスかねえ。まあ、少年漫画とゲームで育ったあたしとしては、そうかもしれないっス」

「ま、学校がつまらなくても気にすんな。そういうもんだよ」


 店長はなんでもないような顔で言う。


 トウコにとっては、なんでもない会話ができることが貴重だ。

 ここは唯一、人と関われる場所だった。


 学校に居場所がなくても、バイト先には居場所があると思える。

 それで、つい考えもせずに口に出して聞いてしまう。


「……ねえ、店長。もしも、あたしが居なかったら困るっスか?」


 店長はその問いを聞いて、不思議そうな顔をしている。

 トウコは思ったことを口に出してから後悔する。


 よく考えずに余計なことを言うのが悪い癖だと、学校生活を通じて十分にわかっているつもりだった。

 だが、性分は変えられない。後先を考えずに動いてしまう。

 大体の場合に、いい結果にはならなかった。


 拒絶の答えが返ってきた場合を考えて、身構える。


「あっ……やっぱなし、なんでもないっス……」


 なんとかその場をごまかそうとするトウコ。

 店長はこれまでの雑談と変わらぬ態度で、なんでもない顔で答える。


「ん、トウコがいないと困るな」


 そのなんでもなさが、当たり前にここに居ていいのだと教えてくれる。

 トウコは不覚にも涙が浮かびそうになるのをこらえる。


「て、店長……」

「仕事も早いし、楽しそうに働いてくれる。居てくれると助かるよ」

「あ、あう……」


 思いのほかちゃんとした理由で()められて(あわ)ててしまう。

 そこへ、やはりなんでもない調子で店長が続ける。


 手には付箋(ふせん)がたくさん貼り付けられたシフト表がある。


「あ、ところで明日シフト入れる? 人が足りなくて困ってたんだ」

「不覚にも()れるかと思ったのにっ! シフトの話っスか! 労働力が目当てっスか! 感動を返してほしいっス!」

「いや、トウコが居ないと困るのはホントだって。で、明日どうよ?」


 店長がいい笑顔で返答を待っている。

 自分を求めてくれる相手は他に居ないので、断る事なんてできない。


「へいへい。働かせていただくっス!」


 トウコは、笑顔で答えた。

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