新たなゾンビは素早く新鮮!?
ゾンビは動きが遅い。のろのろと体をゆすり、足を引きずるように歩く。
だが、こいつはそうではない。
今、鏡の部屋の入り口で威嚇するような音を喉から発しているゾンビは、これまでとは違う素早さで走ってくる。
「ちょっ! 止まれっス!?」
トウコは銃を構えて照準する。
よろめくように走るゾンビは狙いがつけにくい。
「んにゃろう!」
だがトウコは冷静に狙いを定め、引き金を引く。
胴体へと命中した弾丸が、ゾンビの体を揺らす。
「ガァッ!」
「うらうらあっ!」
さらに二発の弾丸を打ち込み、ゾンビは倒れる。
走ってきた勢いで、トウコのすぐ前に倒れ込む。
その頭部に、トドメの一撃を打ち込む。
ゾンビが塵となる。トウコは弾丸を拾い上げて装填する。
「あ、あせったっスー! ゾンビのくせに走るとか……」
ゾンビ映画などでも、走るタイプのゾンビは存在する。
腐りかけたゾンビよりも新鮮で、身体能力が高いタイプだ。
不意を打つような登場に、まだ胸はドキドキと高鳴っている。
大きく息をつく。
「ふー。でも、なんとかなったっスね! スキルレベル上げといてよかったっス!」
弾丸の装填もスムーズに行えている。
敵が強くなるとしても、トウコも成長している。
レベルが上がり、スキルレベルも育っていけばなんとかなるかもしれない。
「でも四発撃ったから弾は赤字だなあ……頭を狙うのは難しそうっス……」
素早く動く敵の頭部を的確に撃ち抜くことは難しい。
スキルの補佐があっても、百発百中とはいかない。
安定して当てられる胴体を狙っていくのがいいと判断する。
「シャアアッ!」
再び、ゾンビの威嚇音が聞こえる。
ドアのほうからだ。
トウコの視界に、ゆらりと動く影が見える。
こちらに向かって来る。
「食らえっス!」
装填を終えた銃を二射する。
ゾンビが砕け散る――
「えっ!? ――くだけた!?」
砕けたのはゾンビではなく、鏡だ。
ぼやけた鏡に映ったゾンビを見間違えた。
砕け散った鏡の破片ががしゃがしゃと大きな音をたてて床に散らばる。
鋭利な破片の上を、かまわずにゾンビが走ってくる。
「うっ……うわあっ!」
すぐそばまで迫ったゾンビに銃を向ける。
動揺して狙いが甘くなる。
一発の弾丸は逸れて壁にめり込む。
続けて発射した弾丸がゾンビの胸に風穴を開ける。
さらに弾丸を撃ちこみ、ゾンビを塵に変える。
「はあっ! ビビったっス! な、なんでこんな見間違いを……!」
部屋は薄暗く、鏡はぼやけている。
よく見れば間違うはずはない。
だけど、この館の雰囲気は何かおかしい。
鏡も、ただの鑑ではないのかもしれない。
いま、割れた鏡の破片は部屋中に散らばっている。
そしてトウコは裸足だ。
「う……踏まないようにしないと……」
自分の家の冷蔵庫に飲み込まれたトウコは靴を履いていない。
服装も室内着のラフな格好だ。
銃に弾丸を込める。これでもう、余分の弾丸はない。
ガラス片のまき散らされた部屋を眺めているトウコの耳に、大きな音が響く。
通路の外、この部屋の向かい側にあるドアが大きな音をたてている。
「な、なんスか!?」
どんどんと叩くような音。
木製のドアが軋んでぎしぎしと鳴っている。
「ぞ、ゾンビが来る? マズイ! 移動しないとっ!」
だが、部屋の出口まではガラス片が散らばっている。
すり足で移動するか……無理だろう。
「ええいっ! 考えている暇はないっス!」
パーカーを脱いで、足元に敷く。
それを引きずるようにして、少しずつ移動する。
「痛っ! もうっ! ちょっと切ったっス……」
それでもなんとか、廊下へと脱出する。
向かい側のドアはほとんど破られかけて、ドアの隙間からゾンビがのぞいている。
「ウウアァ」
「アァア」
「ひえっ!」
今、銃で撃ってもしかたがない。
弾丸が回収できない。
壊れかけたドアの隙間から見えているゾンビは二体以上いる。
まずは距離を取って、そのあと考える。
エントランスホール側へと戻るように移動する。
傷ついた足が痛むため、その歩みは遅い。
ドアが破られ、外にゾンビがあふれ出る。
三体だ。
トウコを見つけて、ぞろぞろと向かって来る。
「もうちょっと引きつけてから……」
エントランスホールの階段上まで下がったところで、横から現れたゾンビに掴みかかられる。
「ウアアァ!」
「ああっ! ちょっ!? どっから出たっスか!?」
階段の手すりに押し付けられる。
吹き抜けになっていて、すぐ下は一階だ。落ちたら無事では済まない。
手すりがみしりと、頼りない音を上げる。
「離せっ!」
トウコは無理やりに体をひねって、銃をゾンビの頭部に押し付け引き金を引く。
倒れたゾンビが手すりと一緒に階下へと落ちていく。
床に叩きつけられたゾンビがぐちゃりと血の染みとなる。
それを上からのぞき込んで、トウコは冷や汗を浮かべる。
「あ、危なかった……!」
背後には三体のゾンビが迫っている。
トウコは痛む足をかばいながら、階段へと逃れた。