メテオジャム
深夜二時半、俺はアパートの屋上へ向かった。
数時間後には学校に行かなければならないが、眠気や疲れは感じない。興奮して、いつもより元気なくらいだ。
別に、深い理由はない。単純に結果だけが知りたい。それだけだ。
落下防止のフェンスを乗り越え、屋上の縁に立った俺は、パーカーのポケットから、赤黒く、艷やかに光る液体が入った瓶を取り出した。
これは、とある計画を実行する為に、学校をサボって作り上げた、具のない赤いジャムだ。ベースとして苺を使ったが、裏ごしを行い、具とその他を分離させて完成させた、赤いジャム。
俺は、その瓶を持った手を前に突き出し、そのまま手を広げた。
よし、作戦は実行された。
俺は自分の部屋に戻り、外の様子を見ていた。
深夜という事もあり、しばらく何も起きなかったが、時計の針が4時頃を指した時、事件は始まった。
まずは、おばさんの大きな悲鳴。それから、野次馬が群らがる。その十数分後、パトカーがやってきた。
日はまだ登りきっておらず、薄暗さと肌寒さが残っている。
警察官は二人。野次馬を遠ざけて応援要請をしていた。
ここで皆さんは、ジャムなら匂いでわかるのではないか。そう思うであろう。
だが、このジャムはただのジャムじゃあない。血液に近い濃度にこだわり、匂いを偽装するため、授業で使った砂鉄を混ぜておいたのだ。
そして、現場に居合わせた人々は皆、マスクをしている。
御時世様々である。
警察も、悲鳴を上げたおばちゃんも、野次馬も、その赤黒く広がったジャムは、大量の血痕に見えているに違いない。
俺は、家を飛び出し、野次馬に紛れ込んだ。
「なんか、殺人事件が起きたらしいよ」
「ガラス瓶が凶器らしいわよ。ほら、周り見てよ、ガラスが飛び散ってる!間違いないわね…」
野次馬の八割は、おばちゃんである。各々が、探偵ごっこを楽しんでいる中、俺は警察に声を掛けた。
「あの、人、死んだんですか?」
警察は答えない。
だが、その血痕を見ていた警察は、難しい顔で議論している。たまに聞こえてくる声といえば、
「これって、血の匂いですかね?」
「確かに血独特の鉄の匂いがする、だが、一緒に匂うこの少し甘い匂いはなんだ?瓶の中身なのか?」
現場は不穏な空気が漂う。
暗さと寒さも相まって、おどろおどろしい光景は、笑いを堪えるには厳しかった。しかし、ここでバレるわけにはいかない。
俺は、しばらく様子を見た。
「これだけ大量の血痕なのにも関わらず、周りに死体は見当たらない。まさか!車で運ばれたか!?至急!周辺の監視カメラを確認しろ!」
「それにしても気の毒よね〜。この甘い匂い、いちごジャムでしょ?ジャムで死ぬなんて、あぁ…可哀想」
「もうすぐ刑事が来ます。それまでは何もするな、とのことです」
「ジャムと血が混ざった匂いとか気持ち悪すぎるでしょ。何人の人間が体験できるんだよ」
「刑事と監察官が到着です。住民の皆さんは離れていてください」
こうして現場は、不穏な空気をさらに重くさせ、野次馬や警察達の精神をすり減らした。
「では、現場検証を行います」
俺はドキドキした。俺が作ったジャムは、監察官達から見て、どう思うのだろうか。
監察官は、大量の道具で現場を検証した。
そして、監察官の手は止まり、大きなため息をついたあと、
「これ……ジャムっすね」
ここで俺は爆笑してしまった。
結局ジャムかよ!
いや、そりゃそうだよな。
「えっと、恐らく、このアパートの屋上から、血液に偽装したジャムの瓶を落下させただけみたいですね。全然事件じゃないですこれ。」
その言葉を合図に、野次馬は散っていった。
「突然、瓶のジャムが空から降ってきたら、隕石か何かと間違うかもしれませんね。」
その翌日。
町内の新聞に、【メテオジャム事件】として小さく掲載されていた。
犯人は見つかっていない。