四話 騎士団長 ガル・フィン・ブリッツ
先の戦いのあと自らを団長と名乗る男の提案で昼食を共にすることとなった。
騎士団長の部下が帰還ルートを切り開く間、俺達は尋問にあうことになった。
「それで、なんだって二人で森にいたんだ?」
騎士団長の鋭い視線は俺を見据えている。
俺への質問なんだろうが、生憎俺には記憶がない。
どうしたものかと少し困っているとミアが二人の視線が重なる間に入ってきた。
「僕達は兄弟なんです。住んでいた村が焼失してしまって、王都を目指して二人でこのナルカの大森林を抜けようと……」
「まさかその焼失した村、エルロン村か!?」
ミアの話を遮るように騎士団長は立ち上がる。
その剣幕にミアは完全に気圧され、ひっくり返るのではと言うほど仰け反り、騎士団長を見上げている。
「そ、そうです」
「お前達の名は、名はなんという!」
大声でそう問いながら焚き火を挟んだこちら側に向かってこようとする。
その顔はもうさっきまでの騎士然としたものではなく、まるで何かを心配し祈るようなそんな様子だ。
「ぼ、僕はミア・フォン・アルフレイドで兄は……」
「アッシュ・フォン・アルフレイドだ」
俺たちの名を聞いた途端、さっきまで声を荒らげていた彼が嵐が去ったようにどさりと丸太に腰を下ろし、そのままへたり込んでしまう。
「生きて、いてくれたのか」
「あの、大丈夫ですか?」
ミアがそう尋ねると、騎士団長のゆっくりと顔を上げる。
何事かさっぱり分からないが、どこか安堵した様子である事から少なからず望む答えであったのだろうか。
「いや、すまないな。取り乱してしまった」
「いや、大丈夫ですけど。どうしたんです?」
「実はエルロン村が焼失する少し前、俺の元に救援を求める文が届いたんだ。それを見て俺は動ける兵をかき集めて村に向かった。でもナルカの魔物に足を取られ、到着が遅れてしまった……」
それがこの軽装の兵と言うわけか。
まるで懺悔でもするかのようなその口調に俺達は何も言えず、ただその話を聞くことしか出来ないでいた。
「着いた頃には俺の知っているエルロン村はなかった。俺はまだちりちりと火が燻り、肉と家々が焼ける匂いが残る村の中を奔走した。もしかしたらまだ生き残っている者がいるかもしれないと。だが……!」
そこまで言って当時の情景を思い出したのだろうり
彼は怒りに任せ座っている丸太を殴りつけ、そこはべこりと拳の形に陥没する。
「エルロン村は僕らを除いて全滅、ですか……」
騎士団長はミアの問にコクと首を縦に振って答えると、それを見てミアは肩を落とす。
育ててくれた両親や大切な友達がいたのだろう。
俺はそれを覚えていない自分が許せないでいた。
誰かを失った悲しみや苦しみをせめて分け合う事すら出来ないのだから。
「王国騎士団長と言う立場にいながら、君達の村を守れなかった。本当にすまない」
そう俺達に謝る声は少し震えているように思えた。
騎士団長は両腕を膝に置き頭を深々と下げ、「すまない」と悔しそうに口に出す。
その姿は騎士団長と言うにはあまりに弱々しく、少し前までの堂々とした様子は見られなかった。
「……謝らないで、下さい」
絞り出すような弱々しいミアの声が焚き火の音に消されていく中、騎士団長の方からパキッっと枝を踏みしめるような音がした。
もしやと思い剣の柄に手をかけるが、
「団長。帰還ルートの確保が完了しました。ゴブリン共の追っ手もいないようです」
出てきたのは騎士団長の兵士だった。
どうやら周辺警戒から帰ってきたようで、地形などの周辺情報や魔物の有無など、騎士団長に色々と報告している。
「報告ありがとう、テルン。では、王都へ帰還しよう。それとこの兄弟も連れて帰る事になった。異論はあるか?」
テルンと呼ばれている騎士がこちらを向く。
その視線は俺たちを観察するように上から下へ、そして俺の腰にぶら下がっている剣で一度止まり、彼の表情は訝しむような険しいものへと変わる。
「騎士団長のご指示とあれば。他のものにも伝えてきます」
そう言って騎士は胸に手を当て頭を下げ、他の騎士の元へ向かった。
疑いが晴れた訳ではだろうが、王都まではミアと安全に迎えそうで一安心だな。
騎士団長にはお礼を言った方がいいだろう。
「騎士団長、色々とありがとうございます」
そう言って頭を下げる。
この人には今後も世話になるだろうし、礼節は弁えておきたい。
だがしばらく待っても何故か返事が帰ってこなかった。
不思議に思い頭を上げると、騎士団長はその目を丸くしてこちらをじっと見ていた。
まるでありえないと言わんばかりの視線だ。
何か間違えたのだろうか。
「アッシュ、俺の事覚えてないのか……?」
だがその答えは俺の記憶に関する事だったようだ。
記憶喪失の俺には騎士団長、ガル・フィン・ブリッジなんて男の名前は知らない。
「すみません。実は俺は記憶が無くて、ミアに色々と教えて貰っているんです」
「そうか……」
記憶があった以前の俺はこの人と交流があったようだ。
ただの村人が騎士団長と話す機会などあるのかが疑問だが、ミア曰く俺は村にいた頃はロムと言う男に剣を習っていたのだと聞いたことがある。
その剣技が身体に染み付いているから記憶がなくてもある程度は戦えるのだと。
もしかしたらその俺の師匠であるロムと関係があるのかもしれない。
「いや、そうだな。あの惨状から逃げ延びて無傷である方がおかしいのかもしれないな。知らなかったとはいえ申し訳ない事を」
そう言って騎士団長は易々とその頭を下げようとする。
その諦めたような声色を聞いて、こちらも申し訳なく思えてきた。
俺はその下がろうとする肩を掴み静止する。
「いえ、いいんです。それより出発を急ぎましょう」
今の俺には記憶を含めて何も無い。
そんな俺が唯一持っているのは弟のミアだけで、兄である俺はミアを守る義務がある。
「そうか……そうだな。では行こうか、王都へ」
ーーーーー
……半日程歩き続け、日が沈み始めた。
日が落ちると一部の危険な魔獣達が活発に動き始める、そんな中歩き続けるのは流石に危険と判断した騎士団長の指示によって、俺達一行は野宿をすることになった。
「俺とアッシュでテントの設営、お前達二人は火起こしとまき集めを、ミア含めた他は夕飯の支度をしてくれ」
騎士団長の指示により皆がテキパキと動き出す。
俺も与えられた仕事をするべく、団長と共にテントの設営に向かった。
「すまんな、むさくるしくて。連れてきた団員達は不器用でな、テントを一緒に建てられそうなのはお前くらいしか思いつかなかったんだ」
テント設営に使う道具を並べながら、申し訳なさそうにそんな事を言ってくる。
俺が器用がどうかは疑問だが、団長の言う通り他のメンバーがテントを建てられないほど不器用なら少しは役に立てるだろう。
「むさ苦しいのは構わないですけど、テントなんて建てたこと無いですよ?」
そう俺が言うと団長はハッとした表情でこちらを見てくる。
ああ、俺の記憶が無くなる以前の話だったのか。
騎士団長という立派な地位の人とテントを建てたことがあるなんて、一体以前の俺は何者なんだろうか……。
「いや、すまない。まだ慣れなくてな」
ハハッと苦笑いを浮かべながら、申し訳なさそうに頭を搔く。
そんな顔を見せられたらこっちが申し訳なく思えてくる。
ミアの時もそうだった。
俺にはミアが弟である確信以外無い。
ミアは俺にいつだって遠慮がちに話しかけてきて、気を使わせている。
その目には不安がチラついていて、それを見る度自分が情けなく思えて仕方がない。
せめて立ち振る舞いだけでも以前の俺に寄れば、周りも少しは安心できるのかもしれない。
「……以前の俺は、騎士団長とはどういう関係だったんですか?」
気休めなのは分かっている。
でも、俺の事を知っている人が俺と気を使って話しているのが何となく嫌だ。
だからせめて、記憶を取り戻すまではアッシュ・フィン・アルフレイドを演じようと心に決めた。
俺の質問に少し困惑したような様子だったが、俺の決意が伝わったのかゆっくりと口を開く。
「前はガルと呼ばれていた。模擬戦をしたり、森に薬草を取りに行ったりと、まるで年の離れた友達のようだった。今のお前のように敬語なんて使われたことなかったな」
騎士団長は懐かしむようにそう語り、これでいいかとばかりに俺の事を見据えてくる。
騎士団長と友達、か。
「こんな感じで……。こんな感じかな、ガル」
「プッ……、ハッハッハはぁあ」
俺のセリフに何故か吹き出すように笑い始めるガル。
これでも俺は結構決意した方なんだが、それを笑われているようでなんだか不快だ。
「なんで笑うんだよ、ガル!」
「あぁ、すまない。以前のお前はもっと高圧的な感じだったものでなッ……。つい」
まだ笑ってるよ……。
しかし以前の俺は相当酷いやつらしいな。
あのゴブリンの群れを掃討するほどの剣の腕の持ち主に高圧的な態度を取るとは、今の俺ではありえない。
「うっし、笑った笑った。チャチャッと建てちまうか」
ひとしきり笑ったガルはそう言いながら紙を一枚渡して来る。
そこにはテントの建て方が書いてあり、俺はそれを受け取った。
「そうだね」