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剣と魔術の伝承記   作者: 文夫
少年期
3/6

三話 希望との出会い

 お互い大した会話をすることなく水浴びを終えた。

 久しぶりの水浴びは気持ちよく、細かな悩みは洗い流されたように思う。

 ミアはこちらにチラチラと視線を送ってきていたが、特に会話はなかった。


 〈ホット・エア〉


 そう呟くと俺の右手から暖かい風が吹き始める。

 火の魔術に風の魔術を掛け合わせたシンプルな魔術だ。

 それを右の手のひらに当て、熱くない程度に火加減を調整する。


 それを濡れた体に吹き付けて乾かしてゆく。

 この魔術はシンプルだが、地味に魔力の消費が大きい。

 本当なら水を操る魔術によって、体表の水滴を操作するのが確実かつ消費魔力も抑えられるのだが、俺にはそんな器用な真似は出来ない。


「あの、兄さん。僕も乾かして貰っても?」


 ミアの体は不健康に思えるほど真っ白だ。

 本人によるとそうゆう体質だそうだが、まるで好きと通るようなその肌はその顔と相まって女性的に見える。


「いいよ。後ろ向いて」


「はーい」


 ミアの濡れた短い黒い髪に〈ホット・エア〉を吹きながら、空いた左手で手ぐしをかける。

 それが終わったら体に満遍なく風を当てて乾かしてゆく。


「ごめんなさい。こうゆう器用な事は僕、苦手で……」


「良いんだよ。俺は攻撃系の魔術は殆ど知らないし、お前の魔力はもしもの為に温存しておく方が賢い。謝る必要は無いさ」


 兄弟は助け合いだ。

 そう言おうとして口を噤む。

 俺はミアの兄だが、その時の記憶はない。

 ミアの名前も、性格や好き嫌い、そんなことすら知らない俺は兄とは言えないだろうと思った。


「終わったぞ」


「ありがとうございます、兄さん」


「すぐに出発する。忘れ物のないようにするんだぞ?」


 ミアは右手を大きく振り上げ「はーい」と返事をする。

 相変わらず元気だな。

 そんなミアを見ているとさっきまでの陰鬱な気持ちが少し晴れた気がする。


 俺はそんな事を思いながら自分の脱いだボロボロの服を再び着ると、置いたカバンの中身を確認しながら持ち直す。

 この森の地図に非常食の干し肉、これは今日の昼ごはんになりそうだな。

 あとは方位磁針に剣の手入れに使う砥石と矢の素材っと。


「大丈夫そうだな」


「僕も準備OKですよ」


 再びフル装備になったミアは手でOKサインを出している。

 準備は万端と言う意味だろうか。

 俺は腰に剣を括り付けると地図を取り出し、カバンを閉よ閉じる。


「それじゃあ、出発しようか」


 取り出した地図を広げ、また目的地に向かって歩き始めた

 ーーーーー


 もう見飽きた森の中を嫌という程見た地図とにらめっこしながら進んでゆく。


「本当にこの森は大きいですよねぇ」


「そうだな。油断するなよ?」


 俺が前を歩く中、ミアはつまらなそうに後ろを付いてくる。

 もちろんミアにも大事な索敵という役割がある。

 俺も一度教わろうと思ったのだが、気配だの、相手の魔力がどうのとこうのと、全く理解出来ず会得は出来なかった。


「どうだ?なにかいるか?」


「うーん。〈ソナー〉には羽虫や無害な魔獣も引っかかるんですよ。だからややこしくって……」


 ミアは突然話を切り上げ、立ち止まる。

 さっきまでのつまらなそうな表情とは打って代わり、真剣な眼差しで木々の向こうを見ている。

 どうやら〈ソナー〉に反応があったらしい。


「敵か?」


「敵かはまだ分かりません。ただ、誰かがなにかと争っているようです。どうします?兄さん」


 考察するに、森に迷い込んだ人が魔物や魔獣に襲われているのだろうかと考える。

 この森に迷い込んで数週間、不気味な程人と出会わなかった。

 ここで助ければ王都への道が開けるかもしれない。

 選択肢はひとつだ。


「助けよう。ここからどのくらいだ?」


「そこまで遠くはないです。先導します、こっち!」


 ミアは進んでいた方向から左に少し逸れた方へ走り出す。

 俺はその後ろを追いながら木々の合間を縫うように、慣れた足取りで駆けてゆく。


 少し走っていると誰かの声と、鉄がぶつかる音が響いているのが耳に入ってきた。

 やはり誰かが魔物共と戦っているのだ。

 声を聞く限り魔物がやや優勢のようで、苦痛に呻く声が聞こえた。


「人とその相手の数、ここまで近付けば分かるだろ?」


 〈ソナー〉には有効感知範囲がある。

 あまり離れていると正確な数なんかが明確に分からないようだが、戦闘の音が聞こえるこの距離ならより正確な状況が分かるはずだ。


「えぇっと、人が五名、ゴブリンが十二匹です」


 ゴブリン群れとはまた厄介な相手だ。

 ゴブリンは一匹では大した相手ではないが、群れが大きくなるほど力と知恵が強くなってゆく魔物だ。

 それが二桁となると相手の指揮官は相当な手練と見える。


 それを踏まえて作戦を練り上げる。

 魔物を相手取っている人間が、どれだけ疲弊しているか分からない以上は頼ることは出来ない。

 実質的には二対十二と言う事だ。


「ひとまずゴブリン統率能力を削ぐ必要がある。ミアは到着と同時に指揮官だと思われるゴブリンに目星をつけて欲しい」


「分かりました。それで?」


「その指揮官を俺が単騎で討つ。ミアはいつも通り後方支援を」


「了解しました」


 そうして作戦を共有している間に現場が見えてきた。

 向かって右側が魔物の群れ。

 人側はだいぶ押されているようで、負傷している者も何人か見える。

 しかし、あの人達は不自然な程軽装だ。

 森に入るというなら手足だけでも武装すると思うのだが、もしや野党なのだろうか。

 対して魔物側はまだピンピンしている。

 あの人達がなにかは知らないが、もう少し遅かったら危なかった所だ。


「兄さん!あいつが怪しいです」


 ミアは群れの後方で左手に触媒となる大きな杖を持っているゴブリンを指刺した。

 骨で飾り付けた派手な格好に大きな杖、あの特徴的な見た目は指揮官どころではない。


「ゴブリンシャーマンだ」


 簡単に言えば魔術が使えるようになったゴブリン。

 人間の魔術師と違うのは、元は戦士であった点だ。

 打たれ弱い魔術師と違ってあれらは言わば魔法剣士のようなもの。

 面倒極まりない相手だが、やるしかないのだ。


「援護は任せた!」


 そうミアに言い放ち、答えも待つ間もなくシャーマンに向かって走り出す。

 流石に向こうもこちらに気づいたようで、動物の骨で装飾された杖をこちらに向けている。


 〈ファイアアロー〉!


 俺の横をすり抜け、ミアの魔術がシャーマンを捉える

 が、放った魔術はシャーマンの構えていた杖の大振りによってかき消される。

 辺りに散った魔力の残滓と火の粉が漂うその最中、俺は大振りを行なったシャーマンの隙を見逃さなかった。

 魔術をかき消すために生まれた隙、そこに速度を乗せた一撃を叩き込む。


「チッ」


 決まったと心のどこかで安堵していたのだが、流石にそう易々と倒されてはくれないらしい。

 俺の振り抜いた剣はいつの間にか取り出されていた右手の棍棒によって防がれていた。

 どうやらこの棍棒は魔力が込められているようで、いくら力を込めようと切れる素振りは見せない。


 シャーマンが突然ニヤリとその汚らしい顔をさらに歪ませ、ブツブツと何かを呟き始める。

 呟いたその言葉は魔族のもの。

 なんと言ったのかは分からないが、魔術師が呟くものなどひとつしかない。


 魔力が次第にシャーマンから抜け出てゆき、唱えた魔術の形へと集まっていくのを肌で感じる。

 俺は釣られるように魔力が集まる先である頭上を見上げた。


「はっ?こんな至近距離で……」


 思わずそんな愚痴がこぼれる。

 メラメラと燃える炎の玉、それが俺の頭上に生み出されていたのだ。

 それは間違いなく中級魔術〈ファイアボール〉だ。

 着弾と同時に爆発を起こすこの魔術は本来こんな至近距離で使う代物じゃない。

 自爆かはたまた、避ける算段でもあるのか。


「兄さん避けて!」


 少し止まった思考に焦ったようなミアの声を受け、急いでバックステップで距離を取る。

 と同時にその火球は俺に向かって放たれた。

 後ろに下がるその瞬間を狙ったその火球はもはや必中と言っても差し支えない起動だった。


 〈アクアアロー〉!


 ミアが対抗する魔術を放った。

 その魔術は俺の頬を掠め、一直線に火球へとぶつかる。

 その直後、凄まじい破裂音と共に辺りに水蒸気が立ち込めた。

 これは、チャンスだ。


「はっ!」


 前は魔術のぶつかり合いで生じた水蒸気によって塞がれている。

 だがその霧の中、うっすらと浮かぶそのシルエットに迷わず俺は剣先を突き立てた。


 苦痛に呻く声が響き、俺の黒い剣に赤い血が伝う。

 シャーマンの呪い殺さんとするその眼にさらされながら、剣を横一文字に振り抜く。

 鮮血が吹き上がり言葉にならない断末魔を上げながら、ゴブリンシャーマンはバタリと倒れた。


「あとは残党を……」


 パチパチパチとこの場に似合わない拍手が聞こえてくる。

 その音が聞こえる方を見ると、ゴブリンの死体が幾つも転がっている。

 そしてその先、ここに来る途中に確認した人達がいた方にそいつはいた。

 白銀のフルプレートに身を包み、身の丈ほどの大きな剣を地面にわざわざ突き立て、手を叩いている男。


「見事だな。まだ荒削りだが、二人とも磨けば光るものがあると見た」


 よく通る声で俺とミアを褒める。

 しかし、そんな事は頭に入ってこない。

 この男は指揮官がいないとはいえ、たった一人でゴブリンの群れを片付けたのだ。

 それに対する驚きで頭はいっぱいだった。


「あなたは誰ですか!?」


 ミアの声が隣から聞こえてくる。

 いつの間にか隣に移動してきたようだ。


「私は王国直属の騎士団、その団長ガル・フィン・ブリッツだ」

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