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剣と魔術の伝承記   作者: 文夫
少年期
1/6

一話 旅の始まり

 あたりが煌々と燃えてゆく。

 真っ赤なその炎は家々を焼き崩し、焼け落ちる音と村人の悲鳴が響き渡っている。

 その様はまるで地獄絵図だ。

 その声を聞く度に身に覚えのない絶望感が襲う。


 燃えゆく村の中で家と骸の焼ける匂いを嗅ぎながら、俺はその場に座り込み動けないでいた。


 その理由はただ一つ。

 視線を自分の体に持っていくと、その腹には大きな穴が開いている。


 その穴からは炎に負けるとも劣らないほど赤く、熱い血がドクドクととめどなく流れ出て、そのせいか身体には力が入らない。

 この火の手から逃げようとも、このキズでは逃げ延びたところで魔獣のエサになるのがオチだろう。


 実に短い生涯だった。

 そんな事を思い、諦めてこの眠気のようなものに身を委ねてしまおうと思ったその時だった。


「……」


 気づけば目の前に深々とローブを着た怪しげな人物がこちらをじっと見つめながら立っていた。

 フードから覗く口元や袖から顔を覗かせる手はシワが目立ち、この人が老人であることが伺える。


 しかし、いつから俺の前にいたのだろうか、全く気が付かなかった。


「……早く逃げないと、危ないですよ」


 消えかけた意識を手繰り寄せながら、その人に警告する。

 自分が死にかけているのに、他人を気遣うなんてとんだお人好しだと自分でも思う。


 老人は俺の声が聞こえていないのか、何も答えずただ俺の前に立ち尽くすだけだった。

 辺りに火の粉が舞う中、その様子はまるで死んでいるようでどこか不気味だ。


「ーーーーー」


 その人は何かをブツブツと呟き始めた。

 何を言っているのか皆目見当もつかない。

 そういえばこの大して大きい訳では無い村で、知らないローブの知らない老人が俺の目の前にいる。

 この老人は、何者なのだろうか。


「なにを言って……」


 そう言いかけた時だった。

 その人は俺に空いた傷口に手を伸ばす。

 その手は俺が気づく頃には既に傷口に触れていて、そのすぐ後に酷い痛みが湧き上がる。


「う"ぁ"ぁ"……」


 老人の腕を掴み逃れようとするも、鈍い痛みと共に意識が遠のいてゆく。

 というよりも、身体から意識が引き剥がされているような、無理やり眠りにつかされるような、そんな感覚だ。


「なに、を……」


 意識を奪われてゆく。

 意識が消える間際、老人の口元がやっと動くのが見えた。


「ーーあとは、頼んだ」


 •*¨*•.¸¸☆*・゜


「……はっ!」


 起きて早々最悪の気分に見舞われる。

 痛む頭を押さえながら気怠い身体を起こし、あたりを見回す。

 あたりは鬱蒼としたただの森だ。

 ふと隣の寝床に目をやると、いるはずの者の姿が見えない。

 弓や短剣なんかの所有物すらないことから察するに、また一人で狩りにでも行ったのだろう。


「あいつ、また一人で……」


 ため息をつきながら更に鬱陶しく痛む頭を押さえる。

 この頭痛は毎度毎度酷くなり、夢の中で感じる痛みや苦痛が鮮明になっていくように思う。


「クソッ、なんなんだあの夢は」


 何度も何度も、まるで俺に忘れさせまいとするあの悪夢。

 夢と言うにはあまりにリアルで、寝た心地も生きた心地もしない。

 俺はまた無意味にも確認するように服をたくし上げる。


「……チッ。やっぱりある」


 捲った先に見えたものを見て、あの夢の痛みを思い出す。

 視線の先、俺の腹にはまるで肉を無理矢理繋ぎ合わせたような傷跡が残っている。

 悪夢の中で老人が触れ、悶えるほどの痛みが走った場所だ。


 正直言えば、夢ではないのは重々承知している。

 ただ、そんな記憶は俺の中にはどこにもない。

 いや、記憶自体がないと言った方が正しいか。


 俺は気がついたら森にいた。

 自分の名前や生まれた場所の記憶が抜け落ちていて、今いる森が何処なのかすら分からないでいた。

 隣には弟と名乗る少年がいて、あたりには使えと言わんばかりに見慣れない黒い剣や使い古した弓が転がっていた。


「兄さん!」


 声がした方を見ると、古びた弓を片手に持ちながら何かを引き摺ってくる女性の姿が見えた。

 ……いや紛れもなく弟である。

 俺含め、きっと誰もが女性と間違えてしまうだろう。

 雪のように白い肌に男にしては高い声、些細な仕草は言われるまで女であると信じてしまうものだった。


「ミア。一人で勝手に行くなとあれほど……」


 そう俺が溜息混じりに言うと「あっ」っと声を上げる。

 まったく、危なっかしいにも程がある。

 この森には魔物や魔獣がウヨウヨといて、そのどれもが決まって群れているのだ。

 もしばったり遭遇してもしたら、餌になるのが関の山だろう。


「ごめんなさい兄さん。でも、ローウルフが一匹でいたから珍しくて、つい……」


 ミアが片手に引き摺っている獲物はローウルフだ。

 見たところこいつはまだ若いが、それでも俊敏で警戒心が強く、匂いに敏感なはずだ。

 それをこめかみを射抜いて一撃とは。

 相変わらず見事な弓の腕だと、思わず関心してしまう。


「怪我は、ないな?」


「はい……」


 ミアは俺に怒られてへこんでしまった。

 俺として一人で危険な事をするのを辞めてくれればそれでいい。

 ミアも分かっているはずだ。


「それならいいさ。ほら、俺はもう怒ってないから早く食べよう」


「はい、兄さん!」


 本当に明るくて、強い子だ。

 俺の記憶がないと知っても、変わらず慕ってくれている。

 こうして笑うのがカラ元気なのは理解しているが、ミアの笑顔には何度も救われた。


 しかし、久しぶりにあの悪夢を見たせいで朝から少し疲れてしまったようだ。

 だがそれでも、無理をしてでも行かなければならない場所がある。


 ミアが肉を解体する間俺は再度確認するために枕にしていたカバンを開ける。

 これは森で目覚めた時に装備と一緒に落ちていたもので、中にはこの森一帯の使い古しの地図と方位磁針が入っている。


「この地図によればもう少しで王都ですね」


 後ろからミアが顔を覗かせる。

 俺の肩に置かれた手はさっきの魔獣の血に塗れていて少し血なまぐさい。

 もう慣れたはずなのだが、こうも近くにあるとやはり臭い。


「ああ。あと二日と歩けば、この深い森ともおさらばだ」


「王都は、僕らを受け入れてくれるでしょうか」


 ミアはそんな不安を漏らす。

 俺たちが生まれ育った村は王国の領地内のものだとミアから聞いている。

 その領民を見捨てるはずがないと俺は思う。


 だが、ミアはそれを聞いて納得しないだろう。

 そんな理屈的な事を言ったところでミアは安心出来ないとも思った。

 記憶が朧気ではあるが、それでもかけがえのない弟であり、守るべき家族であるということだけは覚えている。


「何があっても、俺が守る。だから安心しろ」


 そう言いながら俺は肩に乗ったミアの手に自分の手を重ねる。

 小さく温かいその手は、俺がこの手で守るべき命だと理解させてくれた。


「とても、頼もしいですね兄さんは」


 ミアは言いながら、するりと手を引いて元いた場所に立ち去っていってしまった。

 ……俺のゴツゴツとした手が嫌だったのだろうか。

 それとも、実はなにか記憶を取り戻していれば言える答えがあったのだろうか。


 そんな事を考えながら手近かな枯れ枝を集め火を灯す魔術を唱える。


 〈ティンダー〉


 そう呟くと身体の中心から突き出した人差し指に向かって何かが流れていくのを感じ、それが小さな火がの形に変わる。

 それを小枝の中に移し、枝を徐々に増やしながら空気を送り込んで火を大きくしていく。

 もう手馴れたものだ。


「兄さん、出来ましたよ」


 そう言ってミアが木の棒に刺さった肉を持ってくる。

 さっきの惨たらしい肉塊からは想像出来ない綺麗な串だ。


「サンキュ」


 俺はそれを火の周りを囲むように置いてゆく。

 直接焼くと枝が燃え、肉も焦げてしまうため時間はかかるが遠火でじっくり焼いてゆくこの方法に落ち着いた。


「なぁ、ミア。その手洗わないのか?」


 俺は血みどろのミアの手を指さす。

 赤黒い血がついたその手は、弟の手とは思えないほど禍々しかった。


 するとミアは何故か顔をしかめる。


「えぇ〜。いいよ、めんどくさいですし」


「手は綺麗にしておけ。弓の弦や剣の柄を握った時、滑ってしまったらいざとなった時困るだろ?」


「じゃぁさ、近くに川を見つけたからそこで水浴びしようよ、兄さん。どう?」


 確かに最近は水浴びをしてない。

 慣れてしまって分からないが今の俺は相当汗臭いだろう。

 タオルはないがまぁ、魔術で乾かせばいいか。


「分かった、そうしよう」


「本当に!?やったッ」


 ミアは小さく拳を握った。

 そんなに水浴びがしたかったのなら言ってくれれば良かったのに……。

 いや、俺が頼りなくて頼めなかったのかもしれないな。

 弟に気を使わせるとは兄失格だ。


 そんな事を思いながら肉が焼けるのを待った。

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