セレクト①(前編)
無機質な白の壁を沿って何歩か歩き、すぐ目の前に現れる階段を登り終えたら左側にあるドアを開く。そこには大きなテレビとゲーム機がある。
機械のスイッチを入れ起動させる。そして、とあるオンラインゲームを始めた。
コントローラーのスティックを前に倒す。テレビ画面上に現れるアバターが真っ直ぐに走っていった。今度はボタンを押した。アバターは画面上の敵目掛けて手に持った剣を振っていった。斬られると一瞬にして消えていくモンスター。ボタンを連打するだけで多くのモンスターの命が消えていった。俺赤名なろは無双するこの状況に快楽を覚えていた。
敵を倒し続けていると、ふと画面が真っ暗となった。
一時間が経ったのだ。
死んだ敵が落とした貴重なアイテムらが全て消えた。全てが無に帰り俺はその場で寝転がった。
「馬鹿だなー、お前も」
そう言いながら友達の青木哲樹は顔を覗かせてきた。
上下ブルーのたぶたぶなジャージが目に入る。気だるそうな表情で欠伸をする。その欠伸が伝染したのか俺も欠伸をしてしまった。
ここはネット依存症によって社会的問題を抱えた人が何ヶ月か入居して依存症脱却を目指す施設「こころの家」愛知県支部である。
入居時に決めたルールとしてゲームは一日一時間までというものがある。そして、そのルールを強固とするためか一時間経つと強制的にシャットダウンするようになっている。消える前にデータの記録しなければ全てが無に帰るのに俺はゲームに夢中になり過ぎて記録をする前に落ちてしまった。
馬鹿だと言われても仕方ない。
ただ、馬鹿と言われても何とも思っていない。
肩に手を回して接触してきた。これが哲樹なりのスキンシップだ。
「次は俺の番な。俺は最新の"VRMMO"をやるぜ」
VRMMOとはゲームの世界観の中に入り込んでプレイするゲームである。非常に面白いのだが、ここの仕組みで一時間しかできないのが難点であった。
彼がゲームの準備をしている間に、そこへと女の子がやってきた。
「ブルッモやるんだ。あたしも見たいのに見れないもんなー」
「ブルッモなんだそれ」
「そのゲームのことだよ」
彼女はそのゲームを指さしてブルッモと呼んだが俺にはなんの事だがさっぱり分からなかった。一方で哲樹は理解したようだ。
「分かった。VRMMOのことだろ。Vでブ、Rでル、MMOでッモってことだろ。面白いな、その呼び方」
その説明で俺も理解した。それと同時に笑いが込み上げてくる。
「ブルッモって草生えるわ。馬鹿だなー」
笑っている間に哲樹の笑いは消えた。彼は一人、ゲームの世界観の中に意識が取り込まれていった。