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《 偽聖女 》

【コミカライズ】偽聖女だと追放されましたが、本当に偽物です。さて、どうしましょう。

作者: 新 星緒

「エルヴィラ・ドナトーニ!君は偽物の聖女だそうだな!」

 玉座から立ち上がった国王が険しい表情で私に向かって叫ぶ。


 その隣に立つ、王太子であり私の婚約者でもあるマクシミリアン・ジナステラが後を次いで

「婚約は破棄をするしかない。君は詐欺の罪により国外追放だ!」

 そう宣言した。


 建国記念の舞踏会。着飾った人々が溢れかえる城の大広間で突如始まった私への糾弾。彼らの傍らには可愛らしい男爵令嬢パルマ・インクロッチがいる。


「先程彼女が教えてくれたのだ。見せてやれ」と国王。

「これが証拠です」とパルマがたくさんの魔法画像を空中に出す。「そして最後のこれが、本日の決定的瞬間」


 それらは確かに聖女の仕事ができていない私の現場の画像だった。

 おぉっ、とどよめきが起きる。

 ああ、ついにバレてしまったとひとりごちる。確かに私は本物の聖女ではない。


「何故騙したのだ」とマクシミリアン。

「すぐにはお答えできません。お時間を下さい」と私。


 それから私はわずかな時間ももらえずに投獄され、翌朝には国外追放の刑となった。




 ◇◇



 この国の聖女は王国全土に結界を張って、魔物の侵入を防いでいる。そんな重要な仕事なのに存在するのは常にひとりで、現役聖女が死ぬと新しい聖女が現れる。聖女の目星になるのは星形のアザだ。それのあるなしで真贋を見極めることになっている。

 といっても星型のアザなんて、いくらでも偽造できるので私みたいな偽物もまかり通ってしまうのだ。


 私エルヴィラは公爵家の長女として生まれた。けれど幼いうちに母と父が相次いで病死。以来ドナトーニ家の当主として家を守ってきた。


 そして数年前にマクシミリアンと婚約。王家の狙いはドナトーニ家の領地と財産を得ることだったけれど、私も公爵家に仕える者たちもそれで構わないと考えていた。

 女当主である私には財産目当てのろくでなしばかりが集まってくるので、うんざりしていたからだ。


 それに比べてかねてから知人であったマクシミリアンは良くも悪くも育ちのよい素直な青年で、好感が持てたのだ。

 私たちは節度を持って、適度な距離感で仲良くやってきた。恋はなくても友情ならばある。


 そんな恵まれたと言える状況で何故、 私が聖女を騙らなければならなくなったかというと……。


 ガタンと馬車が大きく揺れて止まった。手にしていた鏡を素早くしまう。それと同時に扉が開いた。

「降りて下さい」と兵士。

 私と目を合わせようとしない。

 分かりましたとカバンをひとつ手にとり、馬車を降りる。ここは国境で、この先はひとりで行けということだ。


 聖女を騙ることは本来ならば死罪だ。だけど王太子の婚約者だとか、幼くして両親を失くした可哀想な子だからなんて理由で、追放刑になったらしい。


 だけどどうみても街道ではなく、ひとっこひとりいない田舎の国境地帯に私をひとり放り出していくというのは、盗賊なり暴漢なりに襲われてしまえということだろう。


 こんな末路をおくれだなんて。マクシミリアンとは仲良くやっていたつもりだったのだけどあの男爵令嬢に惑わされて、私を嫌いになってしまったのだろうか。

 いや、聖女を騙っていた女だ。嫌いになるのが当然だ。

 胸がツキンと痛む。

 恋ではなくても彼に好感は持っていた。幸せな夫婦になることが楽しみだったのに……。


 私を乗せてきた馬車が向きを変えて走り去る。


 だけど誰もあの令嬢をおかしいと思わないのだろうか。聖女の仕事は非公開だ。何をどのようにするかは知られているが、他人が見ることは禁止されている。

 あの令嬢は曾祖母が聖女で、その曾祖母が夢枕に立って、本来の聖女はパルマで、偽物の悪事を暴けと告げたなんて語っていたけど。


 とにかく、今の私がすることは。

 手にしていたカバンを地面に置く。と、

「エルヴィラ」

 と私の名前を呼ぶ聞き慣れた声がした。

 慌てて振り向くと、そばの大木の影からマクシミリアンが出てきた。


「何をしているの!」

「勿論、君を待っていた」

 にこりとするマクシミリアンは、旅装で大きなカバンを持っている。

「魔法で先回りをしたのだ。君と共に行くためにね」

「どういうこと!?」


 すっかり混乱した私にマクシミリアンは、まあ落ち着いてなんて言う。

「君は偽聖女だ。それは間違いないのだろう?」

 うなずく。

「となると刑は免れえない。結婚なんて到底無理だ。だけど僕は君と離れたくない。だからね、王太子マクシミリアンはショックのあまり出家して修道院の一室に引きこもったことにしたのだ。王太子、ひいては国王は弟がなればいい。あいつはそれを望んでいたからね」


 えーと……。


「君は全然気づいてないようだけど」とマクシミリアンは私の目の前に立った。「僕はずっと昔から君が大好きだよ。父が貪欲にもドナトーニ領を我が物にするため結婚を提案してきたときは、小躍りして喜んだのだから」

「……小躍り?」

「引っ掛かるのはそこかい?」


 マクシミリアンはくすくす笑ったかと思うと、素早く私にキスをした。ファーストキスだ!ダンスのときを除いて手を繋いだこともなかったのに、一足飛びにキス!?

 私たちの間にあったのは友情ではなかったの?


「いいね、王太子でないというのは。うるさく小言を言う者がいないから、好きにキスができる」

 そう言ったマクシミリアンは私の手を取り、そちらにもキスをした。


「父も大臣たちもみな愚かだ。エルヴィラが偽聖女だとしても、そこには何か理由があるはず。君は私利私欲でひとを騙す人間ではないからね。だけど誰もそうは思わない。むしろドナトーニ領を簡単に手に入れる良い機会ととらえる。

 僕はそれが分かっていたから、パーティーでは敢えて国外追放を言い渡したんだ。ショックだっただろう?すまなかったね」


 ええと、つまり。

 マクシミリアンは私を好きで、偽聖女をしていたには理由があると考え、私を救いつつ自分が共にいられるよう動いた、ということなのだろうか。


 そう尋ねると、彼は素晴らしい笑顔でその通りと首肯した。

「今後のことも案ずることはないよ。アレッシオがひとまず所領に匿ってくれる。それから僕は別人の身分をもらって地方庁舎に官吏登用だ。迎えもここに来るから、心配ない」


 アレッシオはここから数歩先の隣国の王太子だ。マクシミリアンとは仲が良く、頻繁に魔法通信で会話をしているのは知っていたけれど、まさかこんな手助けをしてくれるなんて。


 それにしても手配が早い。

 この国境は都から一週間かかる距離だけど、魔法を掛けられた馬車で半日で着いた。そして建国記念パーティーは昨晩だ。


 正直なところ、マクシミリアンがこんなに素早く行動できるひとだとは思っていなかった。

 二度目になるが、彼は良くも悪くも育ちのよい素直な青年なのだ。あっさり身分を捨てる決断をしたり、友とはいえ隣国の王太子に借りを作る交渉をしたりというのは彼のイメージとは違う。


 そう言うと、

「君を失う危機には僕だって奮起するさ」とマクシミリアンは笑った。


 と、突然隣国側の道に馬車が現れて、ガラガラと音高く走って来た。そして私たちの目の前で止まったかと思うと扉が中から開き、アレッシオが顔を出してウインクをした。


「乗っていくかな?おふたりさん?」



  ◇◇



「それで、どうして聖女のふりをしていたのだい?」馬車に乗り込むとアレッシオが尋ねた。「だいたい君が聖女になって一年だろう?君が偽物で結界が張られていなかったのなら、どうして魔物を防げたのだ?」

「父たちは先代の結界の効力が残っていたと考えている」とマクシミリアン。

「そんなことがあるのか?」


 私は小さな手鏡を隠しポケットから出して、覗き込んだ。映った顔がうなずく。

「聖女は妹のフェデリカなの」

 とふたりに告げて、手鏡を彼らに向けた。そこに映るのは都の屋敷にいる妹のフェデリカ。鏡を使った魔法通信だ。


「初めまして」と妹が震える声で挨拶をした。

「やあ。ようやく会えたね」とマクシミリアンが優しい声を出す。


 ふたつ年下の妹フェデリカは、父が酒場の踊り子との間にもうけた子供だ。母親を亡くした彼女が我が家に引き取られてすぐに父も他界。私たち姉妹は母親が違えども、たったふたりきりの家族だから支え合い仲良く育った。


 だけど周りの親戚や貴族たちは彼女を嘲った。母親の身分が低いこと、下町訛りが抜けないこと、そんなつまらないことをネチネチと表でも裏でも言って笑っていたのだ。

 公爵家に引き取られたことが羨ましかったのだろうと思うが、理由はなんであれ許せないことだ。


 フェデリカはそんな最低な奴らのせいで対人恐怖症になり、部屋から出られなくなった。彼女が安心できるのは私と使用人たちだけ。

 そんな悲しい生活が九年目という昨年に、彼女はあろうことか聖女を引き継いでしまった。


 どうするのが最善なのか皆で話し合い様々試みた結果、私が聖女の表となりフェデリカが裏、ふたりでひとりの聖女となろうということになったのだった。


 幸い聖女の仕事は立ち会い厳禁で、神殿でひとりきりで行う。私は鏡を首から下げて決められた儀式をする。一方でフェデリカは神殿を模した屋敷の一室で鏡を通して本物の神殿を見て、私と同じ決められた儀式をする。


 これでフェデリカはきちんと聖女の力が発揮でき、この一年間結界を張り続けてきた。多分神殿や儀式は形式的なものに過ぎないのだろう。国史によれば、それらは聖女の存在よりずっと新しいものだったから。


 このことを説明するとマクシミリアンは、やっぱりエルヴィラは素敵な令嬢だねと満足そうだった。どうしてその意見になるのか分からないけれど、フェデリカのことを責めないでくれたことがとても嬉しかった。


「ところで君はどこにいるのだ?ドナトーニ公爵家は取り潰されるのだろう?」とアレッシオは鏡の中のフェデリカに尋ねた。

 当主である私が偽聖女として追放されたのでそう決まったようだ。パーティーの後、フェデリカは泣いていた。自分がいたらないせいだと言って。


「いけない、フェデリカのことを説明し忘れていた」とマクシミリアンは私を見た。「彼女のことは僕の従者に頼んである。信頼できる護衛を雇って通常ルートでこちらに来る。アレッシオが彼女も引き受けてくれている」

「まあ」


 私は鏡の中のフェデリカを見た。


「だけど彼女が聖女ならば結界はどうなるのだ?」とアレッシオ。「男爵令嬢とやらは偽物ということだろう?」

「そうだな」とうなずくマクシミリアン。「彼女には星に見えないこともないアザがあって、自分が本物と信じているようだったが」

「あなたは信じたの?」

「どうでもよかった、が一番近いかな。僕にとっての問題は君が偽物でパルマが証拠を握り、父は君に味方しないだろうということだったから」

 なるほどとアレッシオが苦笑する。


「結界が失くなるのは……」とマクシミリアンは初めて顔を曇らせた。「国には友も大切な従者たちもいる。結界が失くなるのは困るが、父がエルヴィラの話を聞く姿勢さえあればこの事態は避けられたかもしれない。そう考えると僕は計画通りに妹君も共に亡命を、としか言えないな」


 再びフェデリカを見る。実は護送馬車の中で、彼女と今後についてずっと話し合っていたのだ。

 人間性が劣悪なひとたちのせいで対人恐怖症になったフェデリカ。彼女は私に向かって、しっかりとうなずいた。それを確認して鏡をマクシミリアンに向ける。


「殿下。私のことまでご配慮下さり、ありがとうございます」

「エルヴィラの大切な妹君だからね」

「ですが私はそちらには行きません。私にもここに大切なひとたちがいます。屋敷のひとたちです」


 そう。幼くして両親を亡くした私たち姉妹にとって、屋敷の使用人たちは大切な家族だった。子供だけではダメだと血縁関係がよく分からない謎の親戚たちが頻繁にやって来たけれど、ハイエナのような彼らから私たちを守ってくれたのは、使用人たちだった。


 フェデリカは、彼らの住む都を魔物だらけにしたくないと言った。そして何より、大切な姉が偽物と貶められたままにする訳にはいかないのだそうだ。

 だから彼女は自分が本物の聖女だと名乗り出て、全てを説明すると決めたのだ。


 なんて素晴らしい妹だろう。


「……となると」

 フェデリカの決意を聞き終わったアレッシオは私を見た。

「マクシミリアンは都に戻ってフェデリカのアシストをしたほうが良いのではないかな」

「できることならお願いしたいわ」

「いや。テレンツィオに任せよう」とマクシミリアン。

 テレンツィオは第二王子だ。正直なところ兄よりも切れ者で野心もありついでに腹黒そうだ。彼にフェデリカは託したくない。

「心配ない。あいつは誤解されやすいだけだ」

 本当だろうか。


「僕は良くも悪くもひとの良い王子と思われている。そんな僕よりも切れ者のテレンツィオがフェデリカが本物だと言うほうが説得力がある」

「確かにな」とアレッシオ。

「それにあいつは王になりたいのだ。ここで活躍すれば皆に王の器有りと認められるだろう」

「……では、コンタクトを取れるようにしていただけますか」

 フェデリカが消え入りそうな声で言い、私は仰天した。


「大丈夫なの?フェデリカ」

「お姉さまとみんなのために頑張るわ。今まで散々甘えてきたのだもの。今頑張らなくて、いつ頑張るの?」

「君、かっこいいね」とアレッシオ。「うまく行かなかったら全員引き連れてこちらへおいで。大歓迎だ」

 そう誘うアレッシオの甘い笑顔にフェデリカは顔を赤らめたようだ。


「お姉さまはしばらくゆっくりしていて。一年も聖女の役目をやってくれて、ありがとう」

 そのフェデリカの声音は、それまでと違ってしっかりとしたものだった。



 ◇◇



 偽聖女だと国を追放されてから、ひと月が経った。フェデリカの言葉に甘えて、アレッシオの所領でマクシミリアンとのんびりと過ごしている。


 もちろんのこと、通信魔法でフェデリカの様子は見守っていた。が、特に心配することは何もなかった。


 テレンツィオが今回のことにいたく乗り気で張りきって、私に時間を与えなかったことを父王に追及しまくり、パルマの身辺を探って星型に見えないこともないアザは自分で彫ったタトゥーだと暴き、彼女とグルだった神殿付き侍従を探しだし、そうして全面的にフェデリカの味方をしたのだ。


 国王はパルマを新聖女に任命をし終えていたため面目が立たず、引責退位してしまった。

 パルマは国外追放。そこは前例である私に合わせたらしい。


 フェデリカは最初に名乗り出なかったことを国民に謝り、正式に聖女となった。とはいえ対人恐怖症が治ったわけではないので、謝罪のあとは必要最低限のひとにしか会わないようにして、仕事をこなしているらしい。


 そうして何故か、テレンツィオの猛烈な求愛を受けているようだ。フェデリカからは毎日、愚痴なのかノロケなのか分からない話を聞かされている。


 とにかくもふたりのおかげで、私の国外追放の刑は撤回された。だけどまだ帰国する予定はない。マクシミリアンが

「プレ・ハネムーンだね」

 と言って、誰にも邪魔されない生活を満喫しているのだ。


 デレデレの顔でいちゃつこうとしてくるマクシミリアンは、子犬みたいで非常に可愛い。せっかくだからイチャラブな生活をもう少し堪能しようと思っている。


 恋はないけど友情ならある、とはもう言わない。


「ねえ。結婚してしまおうよ」

 読書をしている私を後ろから抱えているマクシミリアンが言う。

「ダメだってば。あなたはまだ王太子なのだから勝手にするわけにはいかないと、何回言えばいいのかしら?」


 国王の退位に伴い、テレンツィオがちゃっかり即位した。だけど独身子なし──というかまだ17歳だ──なので、マクシミリアンは王太子の位を下ろさせてもらえなかったのだ。


「やだやだ。せっかくのプレ・ハネムーンなのに」

 可愛らしく拗ねたマクシミリアンは私の首筋にチュッとキスを落とす。


 偽聖女だと告発されたときはどうなるかと思ったけれど。かえって幸せになってしまったなあと思うと、顔が緩むのだった。


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