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第9話 冒険者達は偵察する

「いるいる、うじゃうじゃいやがる」


 その山砦はかつてはエクシグアとの国境を守護するオルタティオの前線基地であったらしい。

 そこに今ではオークが巣食っていた。

 団長アイリの言う“レオンハルト向きの仕事”とはその山砦に囚われたとある貴族令嬢を救い出すことだった。


「いやいや、無理だろ、こんなもん」


 本来なら砦周辺の草木は刈り取って視界を確保するものだろうが、オークにそんな知恵も根気もない。伸び放題の藪に紛れて、レオンハルト達は山砦の側近くまで接近を果たしていた。

 そうして様子を伺っていると、砦を出入りするオークの数が想定以上に多い。それはもう滅茶苦茶に多い。恐らく山砦に住まうオークの総数は百頭ではきかず、二百か三百かそれ以上か。


「つべこべ言うな、平団員」


 アイリがじろりと睨みつけてくる。

 こめかみの高さで左右二つに結わえた髪はレオンハルトのものほどに鮮やかではないが金色で、瞳はやはり少々くすんではいるが碧眼。

 無い胸を張る無駄にえらっそうな態度といい、恐らくオークの侵攻で没落した貴族か何かの家系なのだろう。細剣の鍔にも革鎧の胸元にも家紋のようなものが刻印されている。


「だけどアイリ、レオンハルトの言うことも一理あるわよ」


 板金鎧プレートアーマーの女―――ヘルガが味方してくれた。

 兜こそ被ってはいないが首元までをすっぽり覆うフルプレートだが、大仰な装備のわりに女三人の中では一番の小柄である。男でも難儀する重装備を苦もなく着こなしているのは、もしかするとドワーフの血でも少し混じっているのかもしれない。青みがかった黒髪は本人の生真面目な性格を象徴するように肩の高さできっちりと切り揃えられている。

 今はアイリに次ぐパーティの副団長の地位にある。


「んっ」


 魔術師の女―――カトリも小さく頷いた。

 フード付きの黒のローブを目深にかぶっているので顔立ちはしかとは窺えないが、魔術師でありながら一番体格が良い。身長も、ゆったりとしたローブ越しにも分かるくらいに肉付きも。端的に言えばエロイ身体をしていた。


「むっ。お前達、その男の味方をするのか?」


 女三人がごちゃごちゃと揉め始める。カトリは無言で頷いたり、首を横に振ったりをするだけだが。


 ―――はぁ、面倒くせえ。


 前回の冒険でパーティを組む恩恵も理解できたが、同時に弊害も身に染みた。

 少なくとも下っ端の平新人なんてやるものではない。大物新人として頭を下げて迎え入れられるか、自ら立ち上げるくらいでないとせっかくのうま味も他人にかっさらわれるだけだ。

 パーティ瓦解を機に、これ幸いと単独ソロ冒険者に戻るつもりでいた。

 ところが、新たに団長の座についたアイリが存続を決めていた。同一パーティとして継続することで、大型中堅パーティとしてこれまで築いてきた組合ギルドとの関係も引き継ぐ心積もりらしい。

 もちろん、今からだって抜けようと思えば抜けることは出来る。しかしもしパーティ存続の危機のこの状況で抜ければ、冒険者の間での信頼を失うことになるだろう。―――と、アイリ達から説得もとい脅迫された。

 今後もずっと単独で続けていくつもりならそれでも良いが、元々がそれに限界を感じたからこそパーティに入団したのだ。実際集まって来る情報の量も、請け負える仕事の質も単独とは段違いだった。

 いつかまたパーティを組みたくなるのは想像に難くない。となると、新生した団が軌道に乗るまでは抜けるわけにもいかなかった。


「だいたい、お貴族様のご令嬢が何だってオークなんかにさらわれてやがるんだ?」


「それはだな―――」


 アイリはちらとアニエスに視線をやってから続ける。

 今回はパーティの精鋭のみ―――レオンハルトと女三人―――による偵察だが、本人のたっての希望でこの有難い予言者様も同行していた。


「何でも聖心教に入信したとかで、辺境の集落を巡っては慈善活動などしていたらしい」


「そこをオークに襲われたってわけか。へっ、これだから宗教ってやつは」


「なっ、聞き捨てなりませんよ、レオンハルト様。悪いのはオークであって信仰でも苦境に立たされた人々に奉仕することでもありません」


「―――しっ。みんな、何か来た」


 ヘルガが言う。


「……馬車? 何だってこんなところに?」


 二頭立ての幌馬車で御者をしているのも人間、前後に並んだ護衛らしき者達四人も人間だ。

 門前のオーク達に軽く頭を下げるだけで、馬車は足を緩めることなく山砦へ入っていく。

 しばしして砦内からブヒィブヒィと咆哮が上がり、山にこだました。興奮したオークの叫びだ。


「な、何事だ?」


 女達は自然と寄り添い合う。


「っ、出てきましたっ。――――。―――。―――――。“肉体強化”」


 アニエスが人数分五回、神聖魔法とやらを唱えた。

 過日の戦闘で使用されたものだが、筋力の向上に留まらず視力や聴力も嵩上げされるらしい。

 砦を出てきた馬車は今度は門の前で足を止め、オークと二、三言葉を交わす。

 耳を澄ますと、神聖魔法の効果でやり取りが聞こえてきた。


「しかしニンゲンってのはよく分からねえな。同じニンゲンの女より、あんなただキラキラ光るだけの石っころをありがたがるだなんてな」


「―――っ」


 飛び出して行こうとしたアニエスの腕を取って引き止める。

 レオンハルトは“落ち着け”と手振りで示した。


「へへっ、また来るんで、次もよろしくお願いしまさぁ」


 御者の男は軽く頭を下げると、馬車を発進させた。


「早く女性たちを助けに行きましょう」


「馬鹿、無駄死にする気か。―――それよりも馬車を追うぞ」


 足音を殺してゆっくり山砦から距離を取り、十分に離れると神聖魔法の効果が継続する脚力で藪を強引にかき分けながら山を駆け下りた。

 アイリがぐんぐん前へ出る。アニエスほどに短慮ではなくても、憤ってはいたのだろう。

 重装備のヘルガと、少々どん臭いカトリに背を貸しアニエスの手を引くレオンハルトは引き離される格好だ。

 麓近くで馬車に追い付き、追い抜いた。


「くされ外道どもがっ!!」


 アイリが山道に飛び出して行く。

 護衛四人がすぐに前へ出るが、軽快な足捌きで翻弄し、細剣で浅く斬り付けていく。

 すでに神聖魔法の効力は切れているが、そもそもの実力が違う。


「くらえっ」


「―――――。――――。――――――。“爆炎”」


 横合いからヘルガが短槍で一人を打ち据え、レオンハルトの背中から放たれたカトリの魔術で一人が炎に巻かれ転げまわると、すぐに残り二人も斬り伏せられた。


「なかなかやるもんだ」


「お前も少しは手伝わないか」


 御者台から男を引きずり下しながらアイリが言う。


「この状態じゃ無理だろ」


「ひゃんっ」


 でかい尻を鷲摑みにすると、カトリが悲鳴を上げてレオンハルトの背中から飛び降りた。呪文以外でこの女の声を聞いたのは初めてかもしれない。


「よーし、お前ら、そこに並べっ」


 アイリは細剣を突き付け、男達を地べたに横並びに座らせる。

 全身に火傷を負った者が一人、顔を腫らせた者が一人、手や腕をズタボロに斬り刻まれて得物を握れなくなった者が二人、そして御者の男だ。


「オークの山砦などで、何をしていた?」


「…………」


「答えないか。まあ、それならそれで良い。うん、むしろ何も言うな。汚らわしい」


 アイリが細剣を振り被る、


「待て待て待てっ、まだ手ぇ出すなっ。せっかくの情報源だろがっ」


 背後から組み付き、アイリを押し留める。


「くっ、邪魔をするなっ、平団員っ」


「いいからっ、ここは俺に任せろって。ヘルガ、カトリ、この考え無しを取り押さえろっ」


 女二人は顔を見合わせ頷き合うと、レオンハルトに加勢した。


「お、お前達っ、またその男のっ」


「アイリ、ここは一度レオンハルトにやらせてみよ、ねっ」


「んっ」


「うっ、裏切り者ぉっ」


 アイリの相手はヘルガ達に任せると、レオンハルトは男達の前に進み出た。


「とりあえず、死なれちゃ困るな。アニエス、回復だ」


「こんな者達を?」


「良いから、さっさとやれ」


 嫌そうな顔の元弟分を促し、回復の神聖魔法を掛けさせた。


「おおっ、何だこれは」


 そんな魔術の存在を知るはずもない男たちは驚き、喜色を浮かべる。


「さて、ありがたーい、聖女様の奇跡ってやつを拝ませてやったんだ、お礼を頂戴しようじゃねえか」


「い、いったい、お前ら何が目的だ? 俺らに何の用があるってんだ?」


「まずは―――」


 ―――オーク達から受け取ったキラキラ光る石っころとやらをよこせ。


 喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。

 さすがに女達から総スカンを喰らうことになるだろうし、首尾よく取り上げたとしても五頭分だ。ここは機を見て独り占めを狙うべきだろう。


「えーとだな、……お前ら、何だってオークと取引なんてしてやがる? いや、どうやってって方が大事か。どうやってオーク何かと渡りを付けやがった?」


「それは」


 男達は顔を見合わせ、首をひねる。


「何だ、分からねえのかよ?」


「あ、ああ、俺たちは上の指図で運び屋をしているだけなんで」


「上ってのは」


「それは―――」


 再び男達は顔を見合わせ、口籠る。先程の質問の時とは違い、何かに迷っている顔だ。


「どうした、口がねえのかな、―――っと」


「―――っ、ぎゃあああぁぁあぁぁっっ!!」


「なんだ、喋れんじゃねえか」


 血をまき散らしながら、一人が転げまわる。


「おいおい、たかが腕一本だろうが。そんなに騒ぐんじゃあねえよ、みっともねえ」


 がすっと容赦なく蹴りをくれると、その足をそのまま男の胸の上に踏み下ろす。身動きが取れず、されど血は流し続ける男の眼前に聖剣の切っ先を突き付け、言う。


「おら、さっさと吐かねえか。それとももう一本いっとくか? ―――って、あら、気絶しちまった。いきなり腕はやり過ぎだったか。さてと、次はどいつにするかな」


 レオンハルトは残る男達に順繰りに目と聖剣の切っ先を向けていく。


「う~ん、お前にするか。お前だけ痛い目にあってねえのは不公平だしな」


 御者をしていた男の眼前で切っ先を止めた。一際おどおどしている。


「ま、待ってくれっ、言うっ! コ、コンティオラだっ。コンティオラ家の若旦那だっ!」


「コンティオラ家ってーと、確か」


「エクシグア王国に仕える貴族の一つですね」


 アニエスが答えた。


「ああ、そうだったそうだった。おいおい、貴族のお偉いさんがオークに女なんか売りつけてんのかよ」


 残る三人の様子―――情報を吐いた御者を憎々し気に睨んでいる―――からして、恐らく嘘は無いだろう。


「さてお次の質問は、―――お前に聞くとするか」


 レオンハルトは別の男に聖剣を向けた。

 なかなか口を割らない護衛の四人をひとしきり痛めつけては、御者にあっさりと喋らせていく。


「……こんなもんか」


 聞きたいことを粗方尋ね終わった時には、周囲には男達の耳やら鼻やら指やらが散乱していた。

 傷一つ負っていない御者の男も憔悴しきった顔でうなだれている。


「あ、あなたは、相手が人間であっても躊躇と言うものがないのですね」


 同じく青い顔でアニエスが言う。


「あん? オークに人間を売る様なクズだ、別に構わねえだろう?」


「そ、それはそうですが」


 見ると、真っ先に男達を斬り捨てようとしたアイリまでが責めるような視線をレオンハルトに向けていた。



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