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第8話 予言者アニエスは冒険者組合を訪れる

「あるところに心優しい少女がおりました。ある日、少女の元に一羽の雀が舞い降りてこう言います。“大鷲に追われています。このままでは食べられてしまいます。どうかお助けください”と」


 貧民街の片隅で今日もアニエスは説法する。


「やがて巨大な鷲が少女の前に降り立ち、言いました、“雀を出せ”と。少女は答えます“私を頼ってやって来た小さな命を、あなたの好きにさせるわけには行きません”」


 一度言葉を止め、聴衆に目を向ける。

 人々は神妙な顔付きでアニエスの話に耳を傾けていた。

 初めはお菓子目当ての子供だけだったものが、今では大人達も興味深げに足を止めてくれるようになった。


「“雀だけを守って、私には飢え死にしろと言うのか”。少女は答えました、“それなら私の肉をお食べなさい”と。大鷲は秤を取り出し迫ります、“ならば雀と同じだけの肉を、お前から頂こう”」


 緊迫の場面に聴衆がごくりと息を呑む。

 娯楽の少ない貧民街であるから、聴衆の大半は含蓄に富んだ説話としてではなく物珍しい小話として聞きに集まっている。最初はそんなものだ。

 アニエスも声色を変えて臨場感たっぷりに聞かせる語り口を意識する。


「少女は自分の右の腿の肉を切り取ると、雀を乗せたもう一方の天秤に乗せました。しかし秤は釣り合いません。次に左の腿の肉を。それでも足りません。右の乳房を、左の乳房を、左の腕を―――」


 次々に自らを捧げていく少女に、人々ははらはらした様子で聞き入っている。


「そして最後に、少女が自ら天秤の上に乗ると、ようやく秤はぴったりと釣り合ったのです。少女は哀れな雀のために己が命を捧げたのです」


 アニエスが軽く一礼すると、パチパチと拍手が上がった。


「さて、皆さん。このお話がどんなことを示しているのかお分かりでしょうか?」


「…………」


 人々が顔を見合わせる。


「……では、エイラさん」


 唯一の聖心教徒を名指しする。


「ええっ、私? えっと、無駄な親切心は身を滅ぼす、とか?」


「いえ、これはそういう話ではなく」


「じゃあ、……苦情客クレーマーの要求を一つ飲むと際限なくなる、とか?」


「違います。どなたか他に分かる方はおりませんか?」


「わかった! 罠を張って大鷲を取っつかまえるのが一番ってことじゃないの。お貴族様のところに持ってけば、高く買ってくれるからっ」


 子供達の一人が叫んだ。

 触発されるように大人達も思い思いに口を開く。


「そんな面倒ごとを押し付けてくるような雀、俺だったら最初からかくまわねえな」


「雀だってお前んとこにゃ来ねえだろう。お前んとこで売ってる串の肉、ありゃあ雀だろっ?」


「大鷲の肉って美味いのかなぁ」


 が、いずれも的外れというか、もはやただの雑談だ。


「はぁ。……レオンハルト様はどう思われますか?」


「ん? 俺か? ……ふっ、まったく、お前ら馬鹿ばっかりだな」


「何だぁ、偉そうに。ハルト、お前は分かるってのかよ?」


「当たり前だろう。そもそもこいつは聖職者様による有難―い説法なんだぜ。当然、ためになる教訓ってやつが盛り込まれているのさ」


「ああっ」


 思わず感嘆の声が漏れる。あのレオンハルトから、そんな言葉が聞けるとは。


「要するにだな、この話の言いたいことは“相手が用意した秤なんて信用しちゃいけない”だ」


「おおー、なるほど」


「そういうことかぁ」


 聴衆たちが得心の行った顔で頷き合う。


「違いますっ。……はぁ、あなたと言う人は。―――このお話は、どんな小さな生き物にも同じだけの魂が宿っていると言うことを、生命の尊さを皆さんに示しているのですっ」


「ええー、何だよそれ。しっくりこねえな」


 レオンハルトのみならず、他の聴衆までが首を捻っている。

 やがて説法を終えると、どこか納得のいかない顔の聴衆達は散っていき、エイラも二度寝に家へ戻り―――例によって昨夜も踊り子の仕事で帰りが遅かったらしい―――、その場にはレオンハルトだけが残った。


「……」


 アニエスの不満が伝わったのか、何やら神妙な顔で考え込んでいる。

 金髪緑眼の華やかな偉丈夫に憂いが加味され、そうしているとこれほど若き英雄に相応しい男もいない。


「……あのよ、ちょっと考えてみたんだけどよ。お前の説法を聞きに集まってくる連中からよ、一人銅貨一枚でも取れば、結構な儲けになるんじゃねえか?」


「あなたと言う人は、本当に」


 口を開くと全て台無しになる男だった。

 その日は城内の組合ギルドに顔を出した。

 冒険者組合ギルド

 オークに土地を奪われたことで、働き場所の無い避難民がエクシグア王国に溢れることとなった。また自身も避難民である異国の王族、貴族達はエクシグアの手前、自前の私兵を抱えるのは憚られた。とはいえこんな時代であるから、兵力は欲しい。

 そこで両者を結びつけるために作られたのが、冒険者組合である。成り立ちを考えると傭兵組合と言った方が適当だが、そこもエクシグアに対する配慮であろう。

 今となっては雑多な依頼も増え、冒険者組合と言う名がしっくりくる組織となっている。


「こいつの褒賞をくれ」


 組合のカウンターにレオンハルトが牙を二本転がした。


「これは、古強者ベテランを討伐されたのですねっ。おめでとうございますっ」


「おう、古強者を二体、な」


「……二体、ですか」


 受付係がレオンハルトに鋭い視線を投げかける。

 荒くれ男が多い冒険者達にやる気を出させるためなのか、受付には見目の良い若い女が多い。ここでも、二十代も半ばの綺麗な女性だ。


「どうした、そんなに俺の顔を見つめて」


 レオンハルトはにっこりと微笑み返す。


「……いえ、確かに二体分。承りました」


 女性は小さく頷くと、二本の牙を―――古強者一体の右の牙と左の牙を受領し、褒賞の金貨をカウンターに並べた。

 何もレオンハルトの微笑に目が眩んだというわけではないだろう。

 古強者討伐は連邦政府からの要請であり、組合はあくまで窓口に過ぎない。一体が二体になったところで、組合自身の腹は痛まない。

 そして冒険者が古強者を討ち取れば討ち取っただけ組合の立場は強くなる。

 組合もレオンハルトも、双方にとって利益のある話なのだ。

 この辺りの暗黙の了解は、数ヶ月冒険者をやっている間に理解している。


 ―――本来なら、止めるべきなのでしょうが。


 父を殺した連邦政府に対しては、どうしても平静ではいられない自分がいた。


「それと、こいつを拾ったんだが」


「剣ですか。こちらはドワーフの手による業物ですね。もう一方も見事な。……しかし、いずれも折れていますね。登録だけしておきます」


「……よっし」


 レオンハルトがぐっと拳を握りしめる。

 現在の冒険者組合の基盤となる業務が、この拾得物の取り扱いである。

 大陸中から避難民が押し寄せたエクシグアでは、当然諸々の物資が枯渇した。

 そこで連邦政府より組合が委託されたのが、オークに奪われた大地からの遺物回収業務である。

 建前上は元の持ち主が判明し次第返還する決まりで、そのために組合での登録が必要となる。が、実際には自身や一族の所有物であることを証明出来るケースはほとんどなく、形ばかりの手続きとなっている。

 冒険者が“廃墟荒らし”だの“遺物漁り”だの“火事場泥棒”だのと揶揄される理由である。

 国としては市場に物資が流れてくれればそれで良いと言うわけだ。

 ただし拾得物の価値が一定以上である場合には、持ち主が現れた場合に備えて―――と言う名目で―――保証金を支払う必要がある。言うなれば国からのみかじめ料のようなものだ。しかし今回は折れているということもあってその対象には当たらなかったようだ。

 これでこの“二本”の剣は、レオンハルトが使用しようが売買しようが好きに出来ると言うことになった。


「……ちょっと、レオンハルト様っ」


 カウンターを離れ、いそいそと荷物に剣を戻す未来の英雄に耳打ちする。


「その剣、団長さんの物でしょう? いいんですか、勝手に自分の物にしてしまってっ」


「オークの支配地に落ちていたもんには違いねえだろう。で、拾ったのが俺だ」


「そんなめちゃくちゃな話がありますか。遺族の方を探して、お返ししましょう」


「何言ってんだ、遺族だってこんな折れた剣なんて渡されたって困んだろ。俺が上手いこと有効活用して、金に換えてやった方が団長も浮かばれるってもんだぜ」


「でしたらそのお金を遺族に―――」


「―――あっ、ようやく見つけたぞ、レオンハルトっ」


 そこで声がして、女達が駆け寄って来た。例の細剣の女冒険者アイリと、その仲間二人である。


「アニエス様も御一緒でしたか」


 アイリはこちらへ一礼すると、レオンハルトに詰め寄る。


「貴様、団の会合にも顔を出さないで、いったい何のつもりだ?」


「ああん? 団長も死んだし、冒険者一行パーティは解散だろが」


「馬鹿を言うな。あの場で私が新たな団長になると言うことで、お前も賛同したではないか」


「あん? あれはあの場限りの話じゃなかったのか?」


「そんなわけあるか。団規にもある。団長が亡くなった場合は、その時点でもっとも地位の高いものが後を継ぐと。今は私が正式な団長だ、平団員」


「へいへい、そうですか。で、その新しい団長さんが、俺なんかに何の御用で?」


「決まっている、仕事だ。お前向きのな」


 女達はレオンハルトの退路を断つように、三方から囲い込んだ。



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