第7話 予言者アニエスは味方を得る
「レオンハルト様のご両親は、どこの誰とも分からないのでしょうか?」
エイラと並んで歩きながら、レオンハルトのことを色々と問い質す。
「いつの間にか貧民街に住み着いていた悪ガキだったからねぇ。本人も記憶にないみたいだし。どこぞの王様の落し胤じゃないか、なんて噂はあったけど」
初めはぎこちない敬語でつっかえつっかえだったエイラも、普段の口調で構わないと言うと実に滑らかに様々な話を聞かせてくれた。
「確かにあの見事な金髪緑眼は、高貴な血筋を思わせますね」
かつて人類の盟主国であったレグント王国の王も金髪緑眼であったという。
オークに背を向けることを潔しとせず、レグントの王族は絶えて久しいが、現在残っている諸王も元を辿れば大半がその分家筋である。王の中には金髪か緑眼、どちらかの特徴を備えている者は少なくない。
「あとはそうね、口の悪い連中は、オークの巣穴から逃げ延びて娼館落ちしたエルフの血を継いでる、なんて言ってるわね」
「うう~ん、 ハーフエルフには見えませんが。もっとずっと血が薄ければ、あるいは彼のような偉丈夫にもなり得るのでしょうか」
エルフというのはたいてい金髪で、瞳も緑や青など鮮やかな色が多い。
しかし細身の者が多く、筋骨たくましいレオンハルトの印象とは重ならない。
「だから私も高貴な血筋ってのが当たりじゃないかと思ってるんだけど」
「そうですね、お名前もご立派ですし」
貴族にはありふれた名だが、庶民の名前としてはちょっと珍しい。
「あー、いや、あれはあの子が勝手に名乗ってるだけよ」
「えっ? それではレオンハルトと言うのは本名ではないのですか?」
「あの子が母さんに拾われた時、自分の名前をハルトとしか憶えてなかったのよ。だからディートハルトなのかベルトハルトなのかヴォルフハルトなのか、本当のところは分からないのよね」
「―――おう、エイラっ。たまに俺たちが飲むような店にも来てくれよっ」
露店の店先で酒を立ち飲みしている男が胴間声でがなり立てた。
「ふふっ、また今度ね」
エイラはひらひらと手を振って受け流す。
彼女はこの辺りでは有名人らしく、歩いていると男達からひっきりなしに声を掛けられる。
それもそのはず、見た目の印象そのままに酒場で踊り子などしているのだという。今も今夜の仕事場へ向かう彼女に付き合う格好だった。
「だからね、ジークハルトとかラインハルトとか名乗ってた時期もあるのよ」
エイラが話を戻す。
「で、冒険者になるって言い出した時に、コロコロ変えてたんじゃ名前を売り出せもしないでしょ。それで悩んで悩んで、一番格好良いのはレオンハルトだってね。だから私や、古くからの知り合いはあの子のことをハルトって呼ぶのよ」
「なるほど、それは彼がいくつぐらいの頃の話でしょうか?」
「ええと、七、八年前だから、たぶん十二か十三? あの子、年もはっきりしないからね。母さんに拾われた時に、私よりちょっと小さかったから一つ年下の弟ってことに決めたんだけどさ」
「はあ、十二ですか。それ以来、ずっと冒険者を?」
こんな時代、こんな街で生きているのだ。早すぎると言うほどのこともないのだろうが。
「ええ。正直、冒険者なんて危ない稼業は辞めて欲しいんだけどね。でも他のことやっても長続きしない子だからさ。一山当てるなんて言って、山師に弟子入りしたこともあったんだけど、一ヶ月くらいで音を上げちゃったし」
話しながら、雑踏とした貧民街を抜け、城門を潜り―――薄汚れた貧乏冒険者の服装のままだったから門番に一度制止されかけたが、エイラの一声で解放された―――、城内の大通りへ入った。
「ねっ、アニエスちゃん。アニエスちゃんが言うってことはさ、ハルトは偉業ってやつを成し遂げて、えらくなって幸せな人生を送れるってことだよね?」
「はい、そのはずです。少なくとも私の見た予知では、レオンハルト様はお元気な姿で玉座にお付きになられていました」
「そっか、よかった。―――あっ、ここ、今日のお店」
言って、エイラが足を止めたのは大通りに面した大きな酒場の前だ。
レオンハルトに引っ付いて冒険者達が集う酒場には何度か顔を出したが、ちょっと規模が違う。一般人ではなく、貴族や豪商を客層とした店だろう。
「これだけ大きな酒場に呼ばれるほどでしたら、城内に家を持つことも出来るのではないですか?」
「うーん、実は一度お貴族様に専属にならないかって誘われてね。まあ、要するに実質愛人みたいなもんなわけだけど、それで二、三ヶ月お屋敷でお世話になったんだけど、どうもああいうところは性に合わなくってさ」
「ああ。先ほどレオンハルト様がエイラさんを出戻りなどと仰っていたのは、そのことですか」
「そういうこと。あの子ったら私がお屋敷へ行くって言ったら拗ねちゃって拗ねちゃって、もう大変だったんだから。あー、そうそう、聖心教に入会したのもそこのお貴族様に誘われたからなんだ」
貴族や豪商の中にも聖心教の信徒は少しずつ増えつつある。
兄弟弟子達の熱心な布教活動と、何より大きいのは神聖魔法の存在だ。
主として傷病治療を目的に作られた魔術の亜種である。先のオークとの戦闘ではレオンハルトに“肉体強化”の加護が与えられたが、それはあくまで副産物だ。発案、構築したのは現在教団の教主の地位にある兄弟子で、故に行使者は聖心教の神官に限られる。
従来の祈祷や医術とは比べ物にならない効果があり、世の権力者たちが求めるのも当然であった。
「じゃ、私は仕事行くから。アニエスちゃん、一人で帰れる?」
「いえ、私は教会に泊まりますから」
「そっかそっか。場所分かる? 案内しよっか?」
「何度か訪れたことがありますから、大丈夫です」
「あー、そういえば私も入会したばかりの頃に一度、遠目に見かけたことがあったわ。……ん? でもあれって確か」
「どうかなさいましたか?」
「ううん、何でもない。じゃあ行くね」
エイラが建物脇の路地へと入っていく。
従業員や踊り子は裏口から入るのだろう。そういうところもやはり高級店だ。
「さて、私も行きますか」
教会は一応城内にあるが、大通りのこんな目立つ場所からは離れている。
有力者の中にもそれなりに信徒を集めているとはいえ、エクシグア王国とは良好な関係にない。
当たり前だ。国が危険視する以上に、教団は教祖を殺されているのだ。決して分かり合うことはない。
だからこそ、レオンハルトが必要なのだ。今はまだ多少腕が立つだけの冒険者に過ぎないが、彼を聖心教最大の庇護者にまで育て上げる。
エイラと話していて、何となくレオンハルトの更生の糸口を掴んだ気がしていた。
あの男は、決して根っからの悪人ではない。善意や愛と言うものを、十分に知らずに生きてきてしまっただけなのだ。
翌朝から、レオンハルトの家の前で説法を始めた。
「かつて一人の賢王がこの大陸にあった時代の話です。賢王の朝廷に赤子と二人の女がやってきました」
教えそのものを語ったところで興味など持ちはしないだろうから、まずは説話から。
父が語り聞かせてくれた物語の数々をまとめたもので、よくよく考えてみると聖心教の教義と矛盾しているものも含まれている。
兄妹弟子たちはその矛盾点にこそ造物主と救世主の玄妙なる真意を読み解く鍵があるのだと、解釈を巡って侃々諤々の議論を戦わせたりしている。
娘の立場から言わせてもらえば、たぶん思い付くままに語った結果だろう。
「んん~、何?」
「朝っぱらからうるせえぞ」
あばら家から姉弟が顔を覗かせた。
「あら、アニエスちゃんじゃない、何をしてるの?」
「聖心教の神官として、この地で伝導させて頂こうかと思いまして。さっ、お二人も聞いていって下さい」
「エイラ姉ちゃん、レオ兄ちゃん、一緒に聞こうよ」
先客は、飴菓子で釣った昨日の子供達だけだ。
「うう~ん、一応信徒だし、出来れば参加したいんだけど」
「二日酔いですか? 少々お待ちください。――――。―――――。――――」
アニエスは詠唱を始める。
子供達もエイラも、意味の取れない言語を口ずさむアニエスをおっかなびっくり見つめている。
「――――。―――。―――――。“回復”」
「えっ、なになに、こわいっ」
ほのかな光に包み込まれたエイラが不安を口にするも、それもつかの間のことだった。
「ん? おおっ、頭痛が収まった。それにむかつきも。話には聞いてたけど、神官様のお祈りってのはすごいね」
エイラは興奮気味に言う。
「これも神聖魔法ってやつか?」
「はい、レオンハルト様。私はそれほど得意な方ではありませんが、お酒のような軽い毒であったり、多少の切り傷程度であれば癒すことが出来ます」
「ふ~ん、冒険にゃ便利そうだな」
「ええ、お役に立ちますよっ」
「そうかい。じゃ、また冒険するときゃ声掛けるぜ。そんじゃ、俺はもうひと眠り―――」
「何を言ってるの、あんたもここに座んな」
いつの間にアニエスの正面に陣取ったエイラが、自分の隣をポンポンと叩く。
「ちっ。何だって俺まで」
レオンハルトが渋りながらもそこへ腰を下ろす。
何のかんのと文句は言っても、レオンハルトはこの姉に頭が上がらないようだ。
「賢王の前で、女二人はいずれも自分が赤子の母であると主張し、譲りません。そこで賢王は一本の刀を用意し、言いました。“お前たちのために、私がその子を二つに斬り分けてあげよう”と―――」
良い味方を手に入れた。胸中でほくそ笑みながら、アニエスは説法を再開した。