第5話 未来の大英雄は叫ぶ
「ああ? 何を言ってやがるんだ? 頭殴られておかしくなっちまったか?」
「失礼な。―――はぁ、不本意ですが、その剣を扱えるということはやはり貴方が本当に勇者なのですね」
「はあ?」
顔をさらけ出した弟分は訳の分からないことばかりを言う。
聖少女然とした外見だけでなく、口調までもそれに合わせて変わっていた。
「予言者様っ」
聖心教の女二人がアニエスに縋りついた。
「二人とも、ご苦労をお掛けしましたね。それに、マルコ達は―――」
アニエスは男冒険者達の死体と折り重なるように倒れる男性信者へ目を向け、痛ましげな表情で胸の前でT字を切った。
聖心教の連中がよく見せる所作だ。
「おい、アニエス。どうなってんだ、説明しろ」
「馬鹿、ご依頼人だ。それも聖心教のお偉い様っ」
細剣の女冒険者が寄ってきて、レオンハルトの頭を鞘の鐺で小突いた。
「いってえなっ。……って、ああ? こいつが聖心教のお偉い様だって? 何の冗談だ?」
「本当だ。御依頼に来られた方だ。教団では教主に次ぐ地位におられる」
「ってえと、団長が惚れ込んじまったって女が、このアニエスだってのか?」
「そういうことだ。私も新人冒険者として一行に潜り込んでいるだなんて、聞かされていないがな」
団長たちが神様とやらを信仰する気になったのも、この“弟分の中身”を見るとまあ分からなくはない。
神の使いとか聖女と言う単語から誰もが思い描くイメージそのままの姿をしていた。
「兄貴、いえ、レオンハルト様。私たちはその剣を、聖剣を扱える人間をずっと探していたのです」
「おお、そうだよ、この剣っ。なんだって急にこんなに斬れるように?」
「選ばれし者が手にしたからです。―――ええと、アイリ様でしたよね。試してみてもらえますか? レオンハルト様、彼女に剣を」
「ん? ……ああ」
促され、細剣の女―――アイリに剣を手渡す。
せっかく手にした名剣だ。そのまま取り上げられてはかなわないので、いつでも取り返せるように身構えながら。
「……はぁ。ではアイリ様、お願いいたします」
アニエスはそんなレオンハルトの様子を見て一つため息をこぼすも、気を取り直したようにオークの亡骸を示した。
「せっ、―――っ!?」
振り下ろされた剣は、緑のぶ厚い皮に阻まれ弾かれた。
「おいおい、その剣で斬り損ねるかよ」
「くっ、もう一度。―――ぬっ、こんのっ、くうっ」
アイリは一度と言わず再三再四と剣を振るうも、やはりオークの死肉を傷付けることは出来なかった。
こうなると、さすがに腕のせいばかりとは言えない。そも、アイリの剣筋は我流剣法のレオンハルトよりきれいなくらいだ。
「ではレオンハルト様、もう一度お試しください」
「おう」
剣が再びレオンハルトの手元へ戻された。
―――おっ、斬れるな。
特に気負いもなく、掛け声を発することもなく、オークのぶ厚い胴をとんとんとんっと輪切りにしていく。ハムでも薄切りにするように、いや、それよりももっと容易い。
先刻は―――自分自身が神聖魔法とやらで光っていたこともあって―――気が付かなかったが、手にした瞬間から剣はうっすらと光を帯びている。
「……この剣は一体?」
問うたのはレオンハルトではなくアイリだ。
「聖剣です。造物主様が天地創造に用いた七つの神器の一つ。大地を断ち大陸と成し、大陸を割り大河と成した、あらゆる物を斬る断界の剣。―――ただし、その力を引き出せるのは剣によって選ばれた“勇者”のみ」
聖剣、とやらを改めて見やる。
特に凝った拵えがあるわけでもない、ぱっと見には数打ちの粗悪品のようですらある。しかしこの斬れ味、そして同時に鈍らっぷりを見てしまうと、神様の得物というのもまんざら世迷言でもなさそうだ。
「なるほどね。それでその勇者とやらの候補として俺に目を付けて、こそこそ付いて回ってたってわけかよ。ふっ、なかなか見る目があるじゃねえか」
「……ええ、戦闘能力、咄嗟の状況での機転、大胆不敵な行動力。英雄たる才覚において、あなたは超一流と申してよいでしょう」
「ふふん、そうだろうそうだろう」
「しかし、人間性は最低最悪」
「ぬっ」
「小利を貪り、大義をかえりみぬ凡俗」
「むむっ」
「自らが生き残るためなら他者の命など歯牙にもかけない。その下劣な性根は犬にも劣る」
「そこまで言うことはねえだろうがっ」
「何か間違えていますか?」
「大間違いだ。この善意のかたまりみたいな人間を捕まえて何を言いやがる」
「私を二度、お見捨てになりましたよね?」
「あっ、そうだ、お前っ。そもそも何で生きてんだよ?」
「当たり所が良かったのでしょう」
「そういう問題か?」
首の骨が折れているように見えたのだが。見間違いだろうか。
「まあっ、何にせよこうして生きてるんだから、それで良いじゃねえか。ぐちぐち文句を言うな」
「…………はぁ、どうしてこのような者が、勇者に選ばれるのか」
アニエスが盛大にため息をこぼす。
「なんだよっ、お前が剣を渡したんだろうがっ。あっ、今さら返せと言われたって、もうこれは俺のもんだぜっ。俺が選ばれたんだろうっ? 俺しか使えねえんだろうっ?」
「はぁ、ご自由に。それはあなたが振るうべきものです」
アニエスが額を抑え、またため息をこぼす。
とはいえ言質は得た。レオンハルトは聖剣を鞘に慎重に納めると―――斬れ味が過ぎるため鞘自体を両断しかねない―――、荷物へまとめた。
「……さて、団長さんが亡くなり、今この一行のリーダーは誰になるのでしょうか?」
「……序列で言うと、私か?」
アニエスの質問に生き残った冒険者達は顔を見合わせ、しばししてアイリが言った。
他の冒険者達が異論はないと首を縦に振った。レオンハルトも適当に頷いておく。
自分とそう変わらぬ年齢―――おそらく二十を過ぎたか過ぎないか―――だが、女だてらに腕が立つし一行の幹部の一人だったようだ。
「アイリさん、依頼のことなのですが」
「ああ、この状況で旧サフィロス王国まで行くのは不可能です。申しわけないが、今回のところは」
「分かっています。依頼料はちゃんとお支払いいたしますから、亡くなった方で家族のいる者がいたら同じように分配してあげてください」
「ちょっと待て。こういう時は生き残ったもんの総取り、それが冒険者の暗黙のルールってもんだろうっ」
「黙っていろっ」
アイリにまた細剣の鐺で小突かれた。
「依頼料を払ってくれると言うのなら正直助かるし、分配の件も言われた通りにしましょう。しかし、良いのですか?」
「はい。すでに目的は達成しました。」
「目的と言うのは、つまり―――」
「はい、そこのレオンハルト様を見定め、聖剣を手にして頂くことが今回の旅の目的でした」
「……そうですか」
アイリが複雑な表情を見せる。
当たり前だろう。
聖剣が使えるかどうか試すだけなら、危険を冒してまでわざわざオークの領域深くまで入り込む必要などない。
「すみません。お告げあったものですから」
「……お告げ、ですか」
ふりとは言えしばらく冒険者をしていたのだから、アニエスも思うところがあったのだろう。言い訳のように口にして、かえって墓穴を掘った。
「はははっ、お告げと来たかよ。これだから神様なんて信じてる奴は手に負えねえっ」
「……レオンハルト様」
むっとした顔でアニエスが睨みつけてくる。
「だがまあ、どんな理由だろうが依頼は依頼だけどな。こっちも正義やら大義やらのためじゃなく金のために働いてるんだ。金さえ支払われるなら何の問題もねえなっ」
「まあ、それはそうだな」
アイリが小さく頷いた。
下手に話がこじれて、剣の返却でも求められてはたまらない。レオンハルトは胸を撫で下ろした。
「それで、出来れば今後も私達に、私とレオンハルト様に協力して頂けると助かります」
「協力?」
「はい。先ほども言いましたが、勇者となられたからにはレオンハルト様にはオークキングを討ち取って頂きます。そのお手伝いをして頂けると―――」
「―――待て待て待てっ、オークキングを討つ? 俺がっ? そんなん無理に決まってんだろうっ!」
「いいえ、出来ます。お告げがありましたから」
「はあっ? これだから神様なんて信じてる奴はっ」
レオンハルトは今度は心から叫んだ。