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第4話 未来の大英雄は“その剣”を手に取る

「こんなところで死んでたまるかっ! やってやろうぜっ!!」


「おうっ、新入りにだけ良い格好させんなっ!」


 冒険者達が口々に叫び、武器を取る。


「ちっ、若造の口車に乗るのは癪だが、しかたがねえっ! お前らやるぞ!」


 流れに乗り遅れまいと、団長も指示を飛ばし始めた。


 ―――よしよし、これで何とかなりそうだ。


 あとは男達にオークの相手を押し付け、頃合いを見計らって離脱するだけだ。

 やはり自分には単独ソロが合っている。一行パーティの方は自主退団といかせてもらおう。


「―――って、おおう? こっちに来るオーク、なんか多くねえか?」


 先頭の一頭を斬り伏せながら、戸惑いを口にする。

 円陣を組んだ男達には十四、五頭のオークが向かい、そしてレオンハルトの元にもそれとほぼ同数のオークが攻め寄せていた。


「当たり前でしょう、あんな手を使ったのだから」


 側にいた女冒険者の一人が武器を取りながら言う。


「人間の私だって、見ていて良い気はしなかったものっ」


 女は細剣をひらめかせ、オークを寄せ付けない。なかなかの腕だ。


「ど、どういうことだよ?」


「よく見なさいっ、こちらに向かってくるオーク達をっ」


「なんだってんだ? ―――あっ」


 襲い来るオーク達はいずれも乳当てを巻いていた。つまりは雌オークだ。


「仇討ちってわけかよ」


「と言うより、同じ女としてむかついたってことでしょっ」


「ちっ」


 細剣の女の口調もどこかとげとげしい。

 十数頭の雌オークに対して、周囲の戦力は細剣の女も含め女冒険者が三人だけだ。


「みんな、私の後ろに」


 板金鎧プレートアーマーに盾と短槍の一人が聖心教の女性信者二人を守るように立ちはだかる。


「――――。――――――。――――」


 杖を持った最後の冒険者もその背後に隠れ、魔術言語と呼ばれる門外漢にはちんぷんかんぷんの言葉で呪文を唱え始める。

 手慣れた連携コンビネーションだ。三十人からの粗野な男達の中で女三人―――正確にはアニエスを入れて四人“だった”が―――、普段から行動を共にしているのだろう。

 レオンハルトと細剣の女、板金鎧の女で前衛は三人。互いに左右をかばい合うようにして得物を振るう。


「せっ」


 身を沈め雌オークの膝頭を斬り払う。どうっと巨体が倒れ、苦痛に暴れ回る。

 団長の剣はドワーフの業物にも劣らぬ斬れ味だ。

 あえて雌オークにとどめは刺さず、暴れ回るままに放置した。他のオーク達も寄せ付けず、しばしレオンハルトは手が空いた。

 女二人の前のオークに横やりを入れる。肩を裂き、脇腹に剣を突き込む。


「余計な真似をっ」


「助かったわ」


 細剣の女はなおもとげとげしく、板金鎧の女は率直に礼を言う。

 この二人がいるから一対一か、せいぜい一対二の戦いで済んでいる。どちらか一方でも倒れればこちらも共倒れである。

 ずっと単独ソロ冒険者を続けてきたが、なるほど、確かにこういうとき仲間がいるのは有難いものではある。


「――――。―――――。“爆炎”」


 そこで魔術師の杖の先端から炎が飛び出した。


「グアァァアアッッ!!」


 一頭の顔面に命中し、そのオークは大袈裟なくらいにのたうち回る。

 長時間の呪文詠唱を経てようやく拳大の炎を撃ち出す魔術と言うのは、戦力としてはいかにも貧弱に思える。しかし本能的に火を嫌うオークへのこけおどしにはもってこいだ。

 オーク達の腰が引けているのが分かる。


「しっかし、全然数が減りやがらねえなっ。俺はもう五、六頭は斬ったぞ。そっちは?」


「二頭よっ」


「すまない、私はまだ一頭だ」


 得物が細剣と盾に短槍ならそんなものだろう。回避や防御を主体に、浅手を重ねてじわじわと倒すという戦法にならざるを得ない。

 それでも魔法で焼かれたオークも合わせればやはり十体近く仕留めている。終わりが見えても良い頃だ。


「ガアッ!」


 振り下ろされた棍棒を左の手甲で受け流し、右手の剣で胸元へ突きを見舞う。

 深々と心の臓まで抉ったところではたと気付く。

 乳当てがない。といって緑のおっぱいをぽろりしているわけでもない。雄だった。


「くっそ、あいつらほとんど倒さねえうちにやられちまってんじゃねえかっ」


 男冒険者達に視線を向けると、最初に組んでいた円陣はすでにない。

 数人だけまだ粘ってはいるが、雄オークの大半がレオンハルト達に標的を変えていた。


「仕方ないでしょう、元々うちは戦闘よりも探索が専門の冒険者一行パーティなんだからっ」


 細剣の女が叫ぶ。


「ちぃっ、さすがにこの数は体力が持たねえぞっ」


 レオンハルトを執拗に狙っていた雌オークはすでに数体を残すのみとなっている。

 何とか包囲を斬り抜けて、女達を残してここでとんずらと行くか。

 雄オークなら女を確保することを最優先するだろうから、逃げ出したレオンハルトを執拗に追っては来ないはずだ。


「あ、あの、そちらの男性の方、すこし動かないでもらえますか? アイリさん、ヘルガさん、しばしオークの相手をお願いします」


 胸中で算盤そろばんを弾いていると、聖心教の女―――二人いるうちの一方に声を掛けられた。

 女冒険者二人―――アイリとヘルガと言うのが名前だろう―――が、半歩前へ出る。


「ああんっ? 何だよ? 今あんたらの相手をしている暇はねんだけどなっ」


 胸算用を見透かされたのかと思い、つい強気で言い返した瞬間―――


「―――。――――。“肉体強化”」


 もう一方の聖心教信者が持つ杖から光がほとばしり、レオンハルトの身体を包んだ。


「な、なんだこりゃあ? ―――ん? おおっ?」


 身体が軽い。

 いや、軽いというよりも、体重を支える両足が異常に力強い。

 ただ立っているだけなのがもったいないような、うずうずと走り回りたくなる感覚。それは足だけに留まらず全身の筋肉に及んでいる。


「神聖魔法です。貴方の身体能力を強化させて頂きました」


「神聖魔法? いや、まあ今は何でもいいか」


初めて聞く言葉だが、何にせよこれなら―――。


「とうっ ―――おおっ!?」


 一頭のオークの眼前まで踏み込むつもりが、勢い余って体当りをぶちかますことになった。

 オークの巨体に当たり負けせず、むしろ数歩後退らせる。


「ふっ!」


 今度は加減して適切に踏み込み、首を飛ばす。


「ガアァァッ!!」


 両脇から棍棒が襲い来る。

 視力や反応まで向上しているのか。オークの剛腕で振り下ろされる棍棒がひどくゆっくりと見て取れた。

 右に左に身をひるがえしいずれも紙一重で躱し、―――同時に二体のオークの腹を断ち割っていた。


 ―――いける。


 跳躍し、オークの巨体を跳び越えざまに脳天に剣を突き立てる。

 低く駆け、オークのぶっとい太腿を斬り飛ばす。


「お、おいっ、こっちも手伝わないかっ」


 前衛が一人抜けて窮地に陥っていた女達の元へ駆け戻り、ばっさりと二頭、三頭と斬り伏せていく。


「てっ、てめえ、本当にニンゲンかッ? ―――ひ、ひいぃっ!」


 頭上に棍棒を掲げて受けに回ったオークを、その棍棒ごと斬り下ろした。


「へへん、―――って、あら?」


 既視感のある光景。

 オークの身体が両断をまぬがれY字に留まり、そして腰骨のところに引っ掛かっているのは団長の剣の刀身だ。

 またも調子に乗って剣を酷使し過ぎた。

 今回は根元近くからぽっきりと折れ、手元に残っているのはほとんど柄だけだ。


「いまだッ、やっちまえッ!」


「くっそ」


 これを好機とオーク達が嵩にかかって攻め寄せてくる。

 強化された身ごなしで捌き、とりあえず拳で殴りつけるも、さすがに効きはしない。拳闘は素人だし、何より体重が違い過ぎる。


「―――兄貴っ」


 響いたのは、なんとアニエスの声だった。

 死んだはずの弟分が立ち上がっている。


「お前、生きてやがったのか」


「そんなことより、これをっ!」


 こちらへ向けて投げられた例の鈍らを今回は掴み取った。


「……まあ、今の調子ならこんなもんでも十分か」


 鈍らだが、少なくとも鉄の棒ではある。強化された力で殴り付ければ、それだけで十分致命傷を与えられるだろう。鋭利でない分だけ折れ難く、かえって今の自分には合っているかもしれない。

 軽い足取りで半歩後退して棍棒をすかし、踏み込むのは一歩。

 打撃で仕留めるなら狙いは頭部。オークの固い頭骨を割るべく、思い切り振りかぶり、振り下ろす。


「ととっ、な、なんだ?」


 予期した反動はなく、数歩たたらを踏んだ。

 空振りしたと錯覚するほどの抵抗の無さ。しかしオークの巨体が“左右二つ”になって倒れた。


「……斬った、のか?」


 ドワーフの業物でも、団長の利剣でもしくじった一刀両断である。


「ガアッ!」


 横合いから棍棒。

 軽く弾くつもりで剣を振るうと、棍棒をさっくりと斬り飛ばし、勢いそのままにオークを上下二つに斬り割った。


「どうなってやがる、これがあの鈍らか? 斬れ味が良いなんてもんじゃないぞ」


 無造作に剣を走らせる。オークの骨も固い樫の棍棒も、空気でも裂くように何の抵抗感もなく切断されていく。

 すでに残すところ十体程度となっていたオークを仕留めきるのに、時間は掛からなかった。

 女冒険者達も聖心教の信者も、かろうじて生き残った数人の男の冒険者達も唖然とした顔でこちらを見つめている。

 一人、訳知り顔の弟分がうんうんと満足気に頷いた。


「アニエス、これは一体?」


「―――聖剣です」


 弟分が小汚いフードを脱ぎ、襟巻きを外しながらこちらへやって来る。

 オークに殴られた顔は傷跡一つなく綺麗なものだ。―――というより、綺麗過ぎる。

 長い白銀色の髪が零れ落ち、肌は白磁のようにどこまでも白く透き通っている。高名な彫刻家の傑作を思わせる精緻な顔立ちは、侵しがたい神聖を宿していた。


「あなたはその剣でオークの王を討ち、やがて大帝国を築くのです」


 弟分、もとい白の聖少女は運命の幕開けを告げた。


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