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第27話 勇者レオンハルトは追跡する

「レオンハルト様への恨みを晴らすための犯行と言うことでしょうか?」


「いや、いくら何でもそんなことで人一人刺して、一人かどわかすとは思えねえ。仲間もいたみたいだし、そんな簡単な話じゃねえだろう」


 ヤスミーンが息も絶え絶えにアニエスへ語った話をまとめると、薄い粥の炊き出しを終えて後片づけをしていると、普段なら手伝ってくれるエイラが男と連れ立って歩いていくのが見えたという。最近になってよく教会へ顔を出すようになった男で、以前にレオンハルトが難癖を付けて蹴り倒した人物だ。

 教会の入り口のところに馬車が一台止まっていて、その前で男とエイラは何やら言い争いを始めたらしい。男がエイラの手首を取って強引に馬車へと引き込もうとしているのに気付いてヤスミーンは駆け付け、―――そして直後に刺され、殴られたと。

 その頃にはさすがに他の信徒達も騒ぎを聞きつけて集まってきたが、馬車から数人の男が降りてきてエイラを引きずり込むと、そのまま駆け去ってしまったらしい。


「ヤスミーンさんを躊躇わず刺すような者たちです。……エイラさんはご無事でしょうか? もしかしたら―――」


「そこはまあ、たぶん平気じゃねえのか? 初めっからエイラに手を出す気なら、わざわざ馬車を用意して連れ去るなんて面倒なことはしねえだろう」


 仮に人気の無い場所に連れ出して秘密裏に危害を加える計画だったとしても、ヤスミーンをその場で刺した時点で破綻している。それでもなお誘拐にこだわったと言うことは、何かしら目的があってさらわれたと考えるべきだろう。思い浮かぶのは、籠城戦の英雄としてすっかり名が売れたレオンハルトか、あるいは聖心教に何かしらの要求を突き付けてくる可能性か。


「……よかった」


 こちらを上目遣いに見上げていたアニエスが、ほっと息を付いた。―――別にレオンハルトの言葉でエイラの身の安全が保障されるわけではないのだが。


「しかし馬車か。今この街でそんなもんを持ってるのは、かなり限られるよな?」


「そうですね。教会は元々保有しておりませんし、冒険者組合の馬車も、馬の方をすでに潰して食料に回したという話ですし」


「そうなると貴族か、あとは軍って可能性もあるか」


 城内で馬車を走らせるだなんて、すでに滅多に見られない状況となっている。それ故に目撃情報には事欠かなかった。

 アニエスと話しながらも足を進めていく。路地裏で生活する避難民達が大勢いるから、目撃者は探すまでもない。


「……ここか」


 最後の目撃者が馬車が入っていくのを見たと言ったのは、城内の外れにある一軒の家屋だった。

 避難民で溢れる城内には珍しく人気が無い場所だ。目撃者はこの状況下で走る馬車を見て、何か施しでももらえないものかと後を追ってここまで来たと言っていた。

 窓が無い一階建ての建物だ。大きな横開きの扉からしても、恐らく倉庫か何かだろう。てっきり貴族のお屋敷か軍の施設にでも辿り着くと思っていたから、ちょっと意外だ。

 エイラがさらわれてから、さして時間は経っていない。

 とはいえ、“こと”が起こるには十分な時間とも言える。職業柄やエイラの容姿を思えば、やはり一番に懸念すべきは“そういう事態”であろう。エイラは“そういう契約”で貴族の屋敷に勤めたこともある擦れた女だから、多少のことでまいったりはしないはずだし、あるいは手玉に取ることだって―――


「レオンハルト様?」


「…………なんだ、アニエス?」


「いえ、何やら怖いお顔をしていらっしゃいましたから。いえ、エイラさんが、お姉様がさらわれたのですから、それも当然ですよね」


「……おう、それじゃあ行くぞ」


 足音を殺して倉庫の入り口、横開きの扉へと近づいていく。


「―――っ、ああっ!?」


「おっ、おいっ? 何考えてやがる、静かにしやがれっ」


 背後から付いてきていたはずのアニエスが、急に声を上げた。振り返ると、両腕で頭を押さえつけるようにして地面に蹲ってしまっている。


「なんだ? どうしたってんだ?」


「ああっ、そんなっ、い、いけませんっ、レオンハルト様っ、それを見てはっ」


 アニエスは頭を振り振り、うわ言のように叫ぶ。


「ああっ、だめっ、だめですっ。あなたがそのようなことをしてはいけませんっ」


「おいおい、なんだってんだ?」


 不死身の化け物みたいな女だから、心配する必要もないのだろうが。問題はエイラが怪我でもしていた時の傷薬役がこんな様子では困るということだ。


「―――はっ、ここは? …………ああっ、レオンハルト様、どうか落ち着いてくださいっ」


 ややあってアニエスはぱっと顔を上げた。レオンハルトと目が合うとまたも訳の分からないことを口走る。


「いかに下劣な者たちが相手とは言え、命を奪うことだけはおやめくださいっ。貴方は人類を統べる偉大なる王となるお方っ。その手を同胞の血で汚すことだけは」


「落ち着くのはお前だ、お前。さっきから何を言ってやがる?」


「あ、あら、ここは?」


 アニエスはきょろきょろと周囲を見回し、目を白黒させる。


「……ああ、そうか、今のは。……今ならまだ。―――いえ、そんなことをしても結果は。ああ。いったいどうすれば」


「マジで何だってんだ?」


 またも頭を抱えて今度は考え込み始めたアニエスに、どうしたものかとレオンハルトも思案していると―――


「―――お、お前らっ」


 倉庫の扉が開いて、件の男が顔を覗かせた。忘れもしない―――いや、何度となく忘れてきたが―――顔だ。


「ちっ、待ちやがれ」


 引っ込んだ男の後に続いて、倉庫へと足を踏み入れた。


「―――っ」


 扉をくぐった瞬間、左右から角材となまくらの剣が振り下ろされてきた。足を止めず、むしろ速めて斬撃をかいくぐる。


「てめえらっ、どこの誰だか知らねえが、よくもこの俺の身内に手を出してくれたなっ。覚悟は出来てるんだろうなぁっ」


 くるっと振り返り、扉の陰に隠れていた男達に向き直る。先程の男とは別の二人だ。


「…………」


 扉の隙間から入る外の光があるだけで、倉庫内に他に明かりはない。件の男は奥の暗がりにでも潜んでいるか。

 三人、あるいはそれ以上に囲まれた形だが問題ない。敵地なのだから十分警戒はすべきであるが、わざわざ扉の陰から奇襲なんて仕掛けてくるくらいだから、他の手札もたかが知れている。


「…………っ」


 すんっと鼻を鳴らすと、何やらすえた臭いがした。やはり事は起こった後か。いや、しかしこの臭いはその手のものと言うより、むしろもっと嗅ぎ慣れた―――


「お前っ、お前が悪いんだからなぁっ! 俺たちに、あれだけのことをしやがったくせにっ、何ひとつ覚えてもいやがらねえっ。だからっ」


 暗がりから声が響く。覚え、―――はないが、恐らく件の男の声。


「あれだけのこと? いったい何の話だ? まさか本当にちょっと蹴り倒されたくらいのことでこんなことを仕出かしやがったのか? …………?」


 球状の“何か”が、倉庫の奥からレオンハルトの足元へと転がされてきた。


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