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第26話 勇者レオンハルトは籠城戦を戦う 六十日目

「――――――ッ!! ――――ッッ!!」


 城壁上にオークが躍り出て、兵士と冒険者が数名まとめて跳ね飛ばされた。

 槍が突き込まれ矢が射掛けられるも、オークは止まらない。身体をぶるんと振るうと腹部に突き立った槍を持った兵士の方が振り回され、転がされた。肩に刺さった矢などは意にも介さず、棍棒を振るう。


「レオンハルトっ、あっちを頼むっ」


「ちっ、またかよっ。てめらっ、道を―――」


 団長アイリの指示でレオンハルトが足を向けると、“開けろ”と言うまでもなく冒険者たちが左右に分かれた。


「ちっ」


 上手く使われているようで腹立たしいが、と言ってオークを放置しては共倒れだ。


「おらよっ!」


「―――――ッ!!」


「そっちもだっ」


 暴れ回っている最初の一頭を聖剣で斬り捨て、隙に乗じて後に続いた二頭も一息に片付ける。

 わーっと冒険者達から歓声が巻き起こった。“レオンハルトっ、レオンハルトっ、レオンハルトっっ”と名前を連呼される。


「ちっ、てめえらっ、相手は古強者ベテランでもねえただのオークだぞっ。だらしねえっ、しっかりしやがれっ!」


「へっ、聖女様のお気に入りで毎日たんまり飯を食えてるお前には分からねえさ」


「ああんっ? なんだと?」


 床に転がされた兵士の一人が吐き捨てるように言う。そばに倒れた他の兵士達も恨めしそうな目を向けてくる。

 揃いの鎧は体から浮いてぶかぶかで、覗く手足は骨と皮ばかりだ。

 レオンハルトとて教会での食事はずいぶんと減らされ、常に空腹を抱えている。が、それでも優先して食わせてもらっているので、やせ細るほどではない。優遇されているのは確かだが、―――だからといって言われっぱなしで引き下がるレオンハルトではない。


「おう、てめえ、助けてもらっておいてよくもそんな口が利けたもんだなっ。そもそもなぁっ、てめえらが頼りねえから、俺がこうして祭り上げられてんだろうがっ。俺がてめえらの何人分の働きをしていると思ってやがるっ」


「くっ、それは……」


「てめえらなんて俺のゼロ人分の働きしかしてねえんだからよっ、本来飯になんてまったく無くても良いくらい―――」


「―――よーう、レオンハルト。調子は良さそうだなっ。そろそろ交代の時間だっ」


「っ、あんたか」


 後ろからぶっとい腕を首に回された。金の爆斧の団長ギルバートだ。


「ほら、持ち場に戻るぞ。お前のところの団長さんが怖い顔して睨んでるぜ」


「ちっ、はいはい、分かったよ。―――おいっ、分かったから放せって」


 ギルバートはそのままずるずるとレオンハルトを引きずっていく。


「…………あんまり兵士共を刺激するなよ、レオンハルト。どうにもきな臭い気配だ。いつ爆発するか分からねえ」


 こそっと耳打ちしてくる。


「あー、分かってるって。おらっ、離れろっ」


「はいはい。……せいぜい用心しろよ」


 そのまま金の爆斧と交代して、本日のお勤めは終了となった。同じく役割を終えた他の冒険者達や兵と一緒に城壁を降りる。


「おお、レオンハルト様に赤銅の剣だっ。本日も防衛お疲れ様ですっ」


 大通りにはすっかりやせ細った住民達が何人も力なく座り込んでいる。

 眼窩は深く落ちくぼみ、飢餓の状態は兵士達以上に深刻だ。そんな連中でもレオンハルト達が姿を見せると、顔を上げて応援の声を上げる。


「ちっ、兵士のやつらも一緒か。ま~だオークの連中を撃退できねえのかよ。ったく、普段偉そうにしてやがるくせによう」


 一方で聞えよがしな兵への不平も聞こえてくる。

 籠城開始から二か月が経っていた。

 王都からの援軍は未だ一兵たりとも姿を見せず、住民達の不満と不安は同じエクシグア王国軍に所属する兵士たちへと自然と向けられた。

 一方で同じように城の守護に当たる冒険者達は住民達から感謝され、レオンハルトに至っては英雄視さえされているのだ。これで冒険者と兵士の間に軋轢が生まれないはずもない。

 冒険者達からは持ち上げられこき使われ、兵士たちからは恨まれる。レオンハルトは自分が一番の被害者だと思っていた。


「……はあ、いったいいつになったら援軍は来るのかねぇ」


「言ってどうなるものでもないんだ、黙っていろ」


「確かどこかの団長さんは初め、十日くらいで援軍が来るなんて言ってた気がするんだけどなぁ」


「―――っ! わ、私が悪いと言うのかっ!? 私だって、組合ギルドの上の者からそう聞かされただけでなぁっ」


「へっ、不確かな情報を広めて、無駄に期待をあおるような真似はやめて欲しいもんだぜっ」


「レオンハルトっ、貴様ぁっ」


「はいはい、喧嘩しないの。レオンハルト、苛つくのは分かるけどアイリで発散しない。アイリはいちいち挑発に乗らない」


 副団長のヘルガが割って入った。

 小柄な女だがドワーフの血が四分の一入っているとかで、力は強い。簡単に引き離されてしまった。


「ちっ、あばよっ」


 折よく、他の団員との別れ道まで来た。レオンハルトは教会へ、他の面々は冒険者組合の用意した簡易宿舎へ。まだ文句を言い足りなそうな顔のアイリに背を向けると、そのまま別れた。


「お疲れ様です、レオンハルト様」


「レオンハルト様、本日もご苦労様でした」


 聖心教のお膝元、教会に近づくと人々の態度がいっそう恭しくなる。

 レオンハルトは適当にプラプラと手を振って無責任な声援に答えつつ、―――周囲に目を配った。あるいは急に方向を変えて来た道を引き返したり、路地裏に入ってみたり。

 ギルバートに言われるまでもなく用心はしている。籠城が始まってからこっち、伺うような視線を感じることが度々あった。それで揉め事を起こしてエイラにどやしつけられたことも一再ない。


「…………今日は大丈夫そうだな」


 この数日は特に酷く、こうして一人で歩いているとまとわりつくような視線を感じたものだが、今はおかしな気配は感じられなかった。


 ―――いや、もしかすると俺が神経質になり過ぎていただけか?


 久々の解放感に、そんな気持ちも湧いてくる。

 籠城以来ちょっと気を張り詰め過ぎだったかもしれない。普段の冒険と違って、エイラやヤスミーンやガキどもや爺さん婆さん達まで戦場にいると言う状況に、無駄に警戒心を煽られたか。


「……ん、なんだ?」


 いささか気の抜けた足取りで帰路を辿ると、教会の前に人混みが出来ていた。


「おう、何事だ?」


「あっ、レオンハルト様っ」


「……ハルト」


 声を掛けると、人垣がぱっと割れた。その先の、人混みの中心にいたのはアニエスとヤスミーン、それに数人の神官達だ。


「ヤスミーンっ、お前っ、それ」


 頬を赤く腫らし、服には大きな血の染みが出来ていた。神官が寄り添い、ぼんやりと光を放つ両掌をヤスミーンへ向けている。回復の奇跡を行使しているようだ。


「わ、私は大丈夫っ。そっ、それよりっ―――」


「―――レオンハルト様、こちらへ。皆さんはヤスミーンさんの治療を続けてください」


 アニエスに促され、人混みを抜けて教会の中庭の片隅へ。


「おいっ、何があった? ヤスミーンの怪我は大丈夫なのか?」


「ヤスミーンさんのことならご心配なく。ナイフで腹部をかなり深く刺されていましたが、奇跡が間に合いました。すでに傷は塞がっております。お顔を殴られた跡も奇跡で綺麗に治せます」


「……そうか」


 逆を言えば、聖心教の奇跡が無ければ死んでいてもおかしくなかったと言うことだ。


「で、どこのどいつがやりやがった? ……まさか兵士か? 兵士には気を付けろって、エイラとヤスミーンには言ってあったんだけどな。 ああ、そういえばエイラは? ヤスミーンが大変な時に、どこ行った? まさか兵士の詰め所にでも乗り込んでねえだろうな」


「……落ち着いて聞いてくださいね、レオンハルト様。エイラさんが、―――さらわれました」


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