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第24話 踊り子エイラは弟分達を想う

「はいっ、どうぞ」


「ありがとうございますっ、ありがとうございますっ」


 エイラがスープの器を渡すと、子供連れの女性は何度も頭を下げて離れていった。

 だいぶ日が高くなってきたが、早朝から始めた炊き出しはなおも人が途切れる気配がない。


「おうっ」


 列を無視して、レオンハルトが横からやって来た。起き抜けらしく、鮮やかな金髪は寝癖で乱れている。


「おはよう、ハルト。すぐご飯用意するね。皆さん、少しだけごめんなさい」


 エイラなら間違いなく列の後方に並ばせるところだが、隣のヤスミーンがさっさと準備を始めてしまう。

 弟の幼馴染で、エイラにとっても幼馴染であり妹分でもあるヤスミーンはとにかくレオンハルトに甘い。それが分かっているからレオンハルトも自分ではなくヤスミーンの方へ寄って行ったのだろう。幸い、順番待ちの住民達も気にした様子はなく、籠城戦の功労者に先を譲るのは当然という顔だ。


「はい、ハルト」


「おう。……また、ずいぶんとさびしくなったなぁ」


 当初は肉に野菜に芋にと具沢山だった教会炊き出しのスープは、籠城も一月を過ぎると申し訳程度の干し肉の欠片としなびた菜っ葉が浮いただけの貧相なものとなった。パンも武器にでも使えるんじゃないかと言うほどカチカチに固くなった黒パンだ。

 それでも教会にはまだ余裕がある方で、今や炊き出しには避難民だけでなく元々の街の住人―――いわゆる上流階級に当たる―――の姿までぽつぽつと見える。


「ごめんね、ごめんね」


「いや、お前が謝ることじゃねえだろう」


「もうっ、ハルト、ヤスミーンをいじめないっ!」


「だから、そんなつもりじゃねえって! …………にしてもよ」


「ん、なによ?」


「お前もだいぶ瘦せたなぁ」


「えっ。そっ、そうっ?」


「ああ。元から胸と尻以外にはほとんど脂肪なんて付いてねえ身体だったけどよ。それにしたって腹筋やら肋骨やらが浮き過ぎだろう」


 パンをスープに浸しながら、レオンハルトはしげしげとエイラを見つめてくる。


「あちゃ~、まずったなぁ。太るのは論外だけど、あんまり痩せすぎってのも嫌がるお客さん多いのよねぇ」


 状況が状況だから踊り子の仕事なんて今は無いが、この籠城が解けた暁には祝勝会やらなんやらで書き入れ時だろう。その時に瘦せっぽっちのみっともない姿は見せられない。


「ハっ、ハルトっ! 私はっ?」


「ヤスミーンは、……ああ、お前もちょっと痩せたかもなぁ」


「やった」


 貧民街の劣悪な栄養環境で生まれ育ったというのに、ちょっぴりお肉が余りがちなのがヤスミーンの密かな―――と本人は思っているがバレバレの―――悩みである。

 そんな感じでレオンハルトと雑談を交わしつつ、炊き出しを続けていると。


「―――おいっ、そこのお前っ、何見てやがるっ!」


「わ、わわっ、私は見てなんてっ」


 ずずず~っとスープを飲み干すや、レオンハルトが駆け出していた。教会敷地内の片隅にいたローブ姿の男に詰め寄る。

 座り込んで炊き出しを味わっていたその男は、突然の事態に地べたに尻をこすりつけながら後退る。―――あ、スープこぼした。


「嘘をつくんじゃねえっ。今こうしてばっちり目が合ってるのが、何よりの証拠だろうがっ!」


「そっ、そんな無茶苦茶なっ! わ、私は声がして、レオンハルト様が迫って来たものですからっ、それでそちらを向いただけで」


「そんな言い訳が通用すると思ってんのか? ああぁっ? だいたい何で俺の名前を知ってやがるっ!」


「そ、そりゃあ今ご活躍中のレオンハルト様を、城内に知らぬ者なんておりませんよっ」


「どうにも胡散臭えな。―――おいっ、だから、逃げんなっ!」


「ひっ、ひいっ」


 レオンハルトは男の薄汚れたローブを踏んづけ、その場に拘束する。


「ちょっ、ちょっとちょっとっ、ハルトっ、やめなさいっ!」


「ハ、ハルト、駄目だよぉ、乱暴しちゃぁ」


 ヤスミーンと二人、レオンハルトの両腕を取って男から引き離しにかかる。


「エイラっ、ヤスミーンっ! 放しやがれっ!」


「……ちょっと、あれ」


「レオンハルト様? えっ、喧嘩?」


 有名人レオンハルトの暴挙に炊き出しの列に並んでいた者や信徒達が集まって来て、すぐに人垣が出来上がった。


「ほ、ほら、ちょっと落ち着きなさいって、ハルト」


「ハルト、深呼吸、深呼吸」


「いや、別に興奮してるわけじゃねえよっ。俺は冷静にだなっ」


「ちょっ、ちょっと、お通しくださいっ。―――いったいこれは何事ですかっ、レオンハルト様っ」


 人垣をかき分けるようにして姿を見せたのはアニエスだ。神官数名を伴っている。


「いや、この野郎がよ、こっちを監視してやがったもんだから」


「監視? この方がですか? …………あら、あなた、どこかで」


 アニエスの言葉に改めてエイラも男に目を向けると、


「―――あっ!」


「なんだよ、エイラ、知った顔か?」


「知った顔って言うか。ほら、籠城が始まってすぐの頃に、今みたいにあなたがいちゃもんつけて蹴り飛ばした人がいたじゃない。あの時の人ですよねっ?」


「ああ? そんなことあったか?」


 レオンハルトは首を横に捻っているが、男は“そうですそうです”と何度も激しく縦に振った。


「ほら見なさい。まったく、さっきからなんか既視感のあるやり取りだなぁと思ったら。ハルト、あなたこの人に二度も難癖付けたのよ? 謝りなさい!」


「レオンハルト様、そんなことをなさっていたのですか? 少しは勇者に相応しい振る舞いというものをですね」


「いやっ、確かに変な目でこっちを見てやがったんだよっ、こいつっ! そうだっ、オークの手先かなんかじゃねえのかっ? それで、きっと籠城戦の英雄である俺の命でも狙ってっ」


「あなたねぇ、もう少しましな言い訳を考えたらどうなの? オークの手先って」


「そうですよ、レオンハルト様っ。人間がオークの手先に何てなるはずがないじゃないですかっ」


「いやっ、でもこいつ、確かにこっちにいや~な感じの目を向けてやがったんだって!」


「そりゃあ過去に因縁つけられて蹴り飛ばされた相手なんだから、恨みがましい目の一つもするでしょ」


「ぐっ。……もっ、もう知るかっ。俺は仕事だ、仕事っ! 今日もお前らのために、オーク退治をしなきゃいけねえんだからなぁっ!」


「あっ、レオンハルト様っ! お待ちくださいっ! 本日は私も戦いに参加を―――」


 レオンハルトは吐き捨てるように言うと逃げ出していった。アニエスが小走りでその後を追う。

 “レオンハルト様って、ちょっと”などと周囲からひそひそ声が聞こえてくる。


「まったく、あの子ったら。せっかく皆が持ち上げてくれてるんだから、ちょっとはそれらしく振舞うってことを覚えたらいいのに」


「そ、そこがハルトの良いところだからっ」


 ヤスミーンが苦しいフォローを入れる。


「……はぁ、あなたもあの子の言いなりになるばかりじゃなく、ちょっとは上手く操縦してやることも覚えないと駄目よ。そんなことじゃ、あの子のこと安心して任せられないぞっ」


「なっ。エっ、エイラ姉ちゃんっ。わ、私はそんなんじゃ」


「もう、そんなこと言って。少しは積極的に行かないと、他の子に取られちゃうわよ。最近、あの子の周り妙に女の子が多いんだから。アニエスちゃんでしょ。アイリって赤銅の剣の団長さんでしょ。副団長のヘルガさんに、あの魔術師のカトリって子だって」


「だ、だから、私はそんなんじゃないって~~っっ」


 ヤスミーンがレオンハルトに惚れているのなんて近所の子供たちにすらバレバレなのだが、本人はいまだに隠せているつもりらしい。

 弟とこの妹分の恋をそれとなく応援してきたが、ここにきてライバル多数が出現していた。

 アニエスは今は聖女としての使命感が勝っている様子だが、たぶんそれだけではない。

 ヘルガとカトリの二人はほぼ間違いなくレオンハルトを憎からず思っているだろう。

 アイリはむしろレオンハルトを嫌っているようにも見えるが、ああいうのは切っ掛けさえあればコロッと行くタイプだ。何となく美男子に弱そうだし。自慢じゃないが弟は顔だけ見ればかなりのものだ。


「ほんっと、ライバルが多くて困っちゃうわねぇ、ヤスミーン。新顔に負けちゃダメよっ」


「……ライバルって言うなら、そんな新顔なんかよりもよっぽど」


「なに、ヤスミーン? 何か言った?」


「ううん、何でもないっ」


 ちょっと不貞腐れた顔。誰にでも優しく、レオンハルトに対しては従順と言って良いほどのヤスミーンがこういう顔を見せるのは、姉貴分の自分に対してだけだ。


「もうっ、可愛いんだから」


「……私、可愛くなんてないもん」


 思わず頭を撫でるも、何が気に障ったのかぷいっとそっぽを向いてしまった。


「ふふっ」


「……あ、あの~」


「あ、ああっ、ごめんなさいっ。お怪我はないかしら?」


「はいっ、大丈夫です」


 ローブの男がようやく立ち上がる。

 偉丈夫のレオンハルトとの対比で何となく貧相に見えた男だが、こうして見ると中肉中背だ。姿勢が悪いから年寄りに思えたが、年齢もせいぜい三十代くらいだろうか。


「ごめんなさいね。あの子にも別に悪気はないんだと思うんだけど、籠城が続いてちょっと気が立ってるみたいで。貴方の顔を忘れてたのも、興味がないことは本当に覚えられない子ってだけでっ。って、これじゃあ言い訳になってないかっ」


「いえいえ、お気になさらず。興味を持ってもらえるほどの顔ではありませんから」


「いや、その……」


 冗談か嫌味か分からず曖昧な反応を返している間に、男は軽く頭を下げて人混みの中へと消えていった。


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