第23話 勇者レオンハルトは籠城戦を戦う 二十日目 後半
「ちっ、相も変わらず気色のわりい……」
赤銅の剣が城壁の守備に就いてしばし、オーク達はぽつりぽつりと起き出してくると遅い朝食を取る。食べているのは昨日の戦闘で死んだ同胞の亡骸だ。―――すなわちオーク同士の共食いである。火も使わず、生のままの死体を貪るように食うものだから、思わず目を逸らしたくなるほどおぞましい光景である。
とはいえ輜重も引かずほとんど手ぶらで侵攻してきたオーク達が延々と攻城戦を続けていられる理由がこれだから、理には適っているのか。
やがて食事を終えたオークから、やはりぽつりぽつりと散発的に城攻めを開始する。およそ軍隊らしからぬ規律の欠片もない行動だ。
「はいはい、皆さん、押さないで並んで~っ。あっ、そこ、割り込みはダメよ~っ」
「――――。―――。“回復”」
いや、軍隊らしくないのはこちらもか。城壁の下から、気の抜けた声が耳に届いた。
噂の聖心教の予言者様が自ら治療してくれると聞きつけて、冒険者も兵もいつもなら放置するようなかすり傷でもアニエスの元へと殺到していた。付き添いのエイラが声を張って行列を整備する。
「―――レオンハルト様っ、お待たせしました」
結局治療が一段落してアニエスが城壁を登って来たのは日が中天に差し掛かった頃だった。赤銅の剣の担当時間も間もなく終ろうと言う頃合いだ。
「……エイラのやつは?」
「下で待ってもらっています。冒険者でも兵士でもない方に登って来て頂くのは危険ですから。レオンハルト様の大事な御方みたいですし~」
「その話、まだ引っ張るつもりかよ」
「だって今だって、エイラさんが下で待っていると聞いてあからさまにほっとした顔をなさったじゃないですか。私なんて、目の前で頭部を破壊されてもたいして気にも留めてもらえませんでしたのに」
「ちっ。勝手に言ってろっ」
吐き捨て、城壁の“縁”に掛かった緑の指を聖剣でまとめて斬り飛ばした。
「―――ッッ!! ―――――ッッ!」
城壁に取り付いた他のオーク達も巻き込んで巨体が落下していく。
「……やっぱり大きいですね。あれが本物のオークキング。牙があんなに大きくて、身体も他のオークよりごつごつと筋肉質で」
アニエスが隣りにやって来て、今度は真剣な口調で言う。
包囲網の後方の一角、オークなりに本陣と言うことなのか、他のオークよりも一回り大きい古強者ばかりが集まった場所がある。その真ん中で偉そうに腕を組んでいる一頭。先日、人間の裏切りを糾弾し、オーク達に攻城開始の号令を下した個体だろう。確かに他の古強者と比べてもさらに一回り近く大きい。
とはいえ距離が離れすぎているから、牙が大きいだの筋肉質だのはレオンハルトの目には区別がつかない。アニエスは神聖魔法で視力を強化しているのだろう。
「聖剣を手に入れてからこっち、結構な数の古強者を仕留めてきたが、確かにありゃあ今までのやつみたいに簡単にはいかなそうだな」
「ご無理はなさらないで下さいね」
「あん? なんだ、あの化け物は俺がやるんじゃなかったのか?」
城壁を這い登るオークの頭部に投石をクリーンヒットさせながら問う。
「それはその通りなのですが、まだその時ではございません」
「その時ではない?」
「はい。私が見た予知では、レオンハルト様がオークキングを討たれるのはこのような籠城戦ではなく野戦。大きな川のほとりの戦場でした」
「野戦で、川のほとりねぇ」
予知だなんて実に胡散臭い話だが、そこは今さら疑ってもしかたがないだろう。
その予知の恩恵とやらでこの少女が蘇生するところを何度も目の当たりにしている。首の骨が折れても、頭蓋骨ががっつり陥没しても、上顎から上だけ引き千切られても。―――曰く、神から授けられた予知は絶対で、ゆえにアニエス自身が予知した死の瞬間まで、死ぬことはもちろんどんな傷を負っても跡すら残ることがない、だったか。
「んん? ちょっと待てよ、…………するってえと俺もお前と同じで死んでも死なねえし、傷も治るってことになるんじゃねえのか? お前が見た予知通りに俺がオークキングを討ち取る、その日まではよ」
不死身云々は周囲には秘密だし、正気を疑われそうだからアニエスに顔を寄せ声を潜めた。
「……それは、どうでしょうか?」
「何だよ、お前と何が違うってんだ?」
「私の場合は自分自身のことですから、夢に見たその人物がこの私当人であることに確信がございます。しかしレオンハルト様の場合、“実はよく似た他人だった”と言う辻褄合わせが発生する可能性がございます。実は以前に、似たようなことがございまして」
「似たようなこと?」
「はい、まだ私が予知の奇跡を発現したばかりで、その能力を検証していた時でした。私が親しくしている神官の一人が教会の中庭で怪我をする予知を見て、その者にはそこへ近付かないように言っていたのですが」
「……なるほど、別の神官が怪我をしたのか」
「はい。年恰好のよく似た、同じ神官服を着ていれば遠目にはちょっと見分けのつかないような方が。ですからレオンハルト様の場合も、誰か適当な方が代わりを務めるという可能性を否定できません」
「なるほどね、お前の予知ってのもけっこうテキトーってことか。いや、神様ってやつがあんがいテキトーなのか」
「造物主様に対してっ、何と恐れ多いことをっ」
「先にテキトーだのなんだの言い出したのはお前だろうが」
「私の言う適当はそういう意味ではなくっ。レオンハルト様とよく似たっ、勇者として適切な人物と言うことですっ」
「はいはい、大変失礼いたしました」
口先だけの謝罪の言葉を並べつつ、ふと思いつく。
要するに“どう見えるか”が大事だと言うことなら、“大きな川のほとりの戦場”を見た目だけでも再現してやれば、オークキングをこの場で討ち取ることも可能ということにはならないか。幸い城内には河川から水路が引かれているから、水に困ることはない。オーク達が惰眠を貪る夜間にこっそり城外へ出て、カトリら魔術師に土の魔法で地形を弄らせれば―――
「―――っと、いかんいかん」
予知とやらの存在自体は信じるにしても、思っていた以上にあやふやで不確かなもののようだ。そんなものを頼みにわざわざ危険を冒すなんて馬鹿げている。聖心教の連中に乗せられて、本当に勇者だか英雄だかにでもなるつもりか。
「おいっ、レオンハルトっ。いつまでくっちゃべっているっ! 交代まであと少しだっ、最後まで気を抜くなっ!」
「はいはい」
団長にせっつかれ、レオンハルトは投石を再開した。