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第22話 勇者レオンハルトは籠城戦を戦う 二十日目 前半

「レオお兄ちゃんっ、起きて~~っ」


「起きろーっ、レオ兄ちゃんっ!」


「―――っ。てめえっ、こら、ガキどもっ、何しやがるっ!」


 わあーっと、身体の上に跳び乗って安眠を妨げた子供達が逃げて行く。


「ったく、……そろそろ時間か」


 窓から差し込む光と、腹の減り具合から頃合いと見て取ると、レオンハルトは立ち上がった。

 教会の一角、元は談話室として信徒たちが集まって神官から有難い御説法を聞く部屋らしい。他にも十数人の人間がここで起居していて、何やら微笑まし気な視線など向けてくる。見世物にでもなった気分で、迷惑そうな目で見られた方がまだマシなくらいだ。


「ちっ」


 教会には狭いながらも個室がずらっと並んだ宿舎も存在する。住み込みの神官や巡礼に訪れた信徒達のための宿泊施設だ。

 アニエスにはそちらへの寄宿を勧められたが、すっかり聖心教に取り込まれてしまう気がして突っぱねていた。空いた個室は代わりにエイラやヤスミーンに使わせている。


「あっ、ハルトっ。今からお仕事? ご飯食べてくよね?」


 教会の建物を出ると、ヤスミーンに声を掛けられた。前庭で避難民相手の炊き出しを手伝っていたようだ。毎日のことで、今ではお手伝いと言うより現場責任者の一人くらいの立ち位置となっている。


「ああ」


「待ってて」


 ぺこぺこと炊き出しの列に並ぶ者達に頭を下げると、ヤスミーンは先にレオンハルトの分のパンとスープを用意した。避難民達に特に責める気配が一切ないのは、この籠城下では戦闘要員―――冒険者や兵士―――が優先されると理解しているのと、


「レオンハルト様だわっ」


「今日もよろしくお願いしますねっ、レオンハルト様っ」


 聖心教の広報活動によって、民の味方で籠城戦の英雄レオンハルトの虚像がすっかり出来上がっているからだ。

 籠城生活が始まって、すでに二十日が経過している。組合ギルドの見立てでは、すでに援軍の一つも到着して良い頃合いだが、現状何の音沙汰もない。

 民の間には徐々に不安が漂い始め、そしてそこに付け込むようにして聖心教では盛んに英雄レオンハルトの名を喧伝していた。―――正直、あまり面白くない流れだ。


「はい、ハルト。……どうしたの、変な顔して? お腹の具合悪い? あ、パンとスープ火にかけて、パン粥にしてきてあげよっか?」


「いーいー、よこせっ」


 取り上げるようにヤスミーンからスープの器とパンを受け取り、さっさと腹に詰める。

 皮肉なもので、城外で普段食べていた食事よりもずいぶんマシだ。組合ギルドでいつも食べるパン粥よりも上物で、そんなことをしなくともパンは柔らかいし、スープにもしっかり具が浮いている。


「もー、そんなに急いで食べると、お腹痛くするよ」


「はいはい。じゃ、本日のお勤めに行ってくるわ」


 空になった器をヤスミーンに押し付け、教会の敷地を出ようとしたところで―――


「お待ちください、レオンハルト様。今日は私もご一緒いたします」


 礼拝堂の扉が開き、アニエスが姿を見せた。真面目くさった顔をしたエイラが従者が如く付き従っている。


「おおっ、予言者様だっ」


「聖女アニエス様っ」


 アニエスが足を進めると、避難民たちは頭を下げ、人によっては膝を付いて祈りまで捧げ始める。


「皆様、お騒がせする気はありません。お食事を続けてください」


 アニエスが手振りで制する、偉そうに。いや、実際に偉くはあるのだ。

 現状、アニエスは城内の聖心教組織の長と言う位置付けだ。色々と画策―――商店から食料品の寄進を募り宣伝と共に人々に供するだとか、そうして得た支持を元に赤銅の剣を擁護しレオンハルトを英雄に祭り上げるだとか―――をしてくれた彼女の兄弟子とやらは、オークの攻囲が完成する前にさっさと城を出たらしい。

 城内の指揮系統の中枢は城主にあるが、一方で自前の戦力と民の支持を背景に隠然とした権力を手にした集団がいる。冒険者組合ギルドと聖心教だ。この二つの勢力は協調関係にあり、その権勢はいまや城主にも迫るほどである。アニエスはその一方の集団の長なわけだから、城内で三指に入る権力者と言っても過言ではないのだった。


「ああっ、聖女様っ、まさか戦場に立たれるというのですかっ?」


「そんなっ、危険ですっ」


 この少女アニエスに限って心配など無用であり、これほど無益なこともないのだが、信徒たちは騒ぎ立てる。


「皆様、ご心配なく。これでも私、冒険者としてそれなりに場数を踏んでいるんですよ。それに、いざと言う時は我らが英雄様がきっと助けてくださるでしょうし」


「おおっ、そうか、我らにはレオンハルト様がいた」


「レオンハルト様、どうか聖女様をよろしくお願いいたしますっ」


「ちっ。……アニエス、行くならさっさと行くぞ」


「―――あっ、レオンハルト様っ、お待ちくださいっ」


「まあまあ、レオンハルト様ったら、あんなにむきになられて」


「美男美女、美丈夫に美少女、英雄に聖女様。なんともお似合いのお二人ではないか」


 野次馬共の戯言を背中に聞いて、レオンハルトはずんずんと足を速める。


「も、もうっ、お待ちくださいったらっ。……ふふふっ」


 アニエスが小走りで追い付いてきた。


「で、何でお前まで付いて来てやがんだ、エイラ?」


「アニエスちゃんの護衛よ。こんな可憐な少女を獣みたいな男達と、獣そのもののオーク達が争う場所に一人でやれるもんですか」


「はっ、こいつに護衛が必要かよ。殺したって死なねえってのに」


「死ななくたって色々あるでしょっ、女の子には。冒険者や兵士の皆さんだって、籠城生活でアレがアレしてるでしょうし」


「……いくら溜まってるからって、こんな乳くせえガキに手ぇ出す奴がいるかぁ?」


「何言ってるのよ、アニエスちゃんは絶世の美少女だって、予言者ってだけじゃなくそういう意味でも人気なのよ。失礼しちゃうわよね、アニエスちゃん」


「まったくです。……ふふっ」


「お前はさっきから何を楽しそうに笑ってやがる?」


「ふふっ、先程の聞きましたか? お似合いですって」


「あー、確かに言われてたわねぇ。でもお姉ちゃんとしてはちょっと複雑かも。ヤスミーンのこともあるし」


「あら、やっぱりヤスミーンさんってレオンハルト様のことを?」


 女二人がきゃっきゃと盛り上がり始める。―――こんな状況下でも、まったく女と言うやつは。


「はっ、確かに笑えるよな、俺とお前がお似合いだなんてよ。あいつら、どんだけ目ん玉節穴なんだか」


「―――なっ。いや、別に私だってレオンハルト様とお似合いだなんて言われて、甚だ不本意ではありますけれどっ」


「そうだろ。お前みたいなちんちくりんと誰がお似合いだってんだ」


「えーえー、そうですともっ。貴方みたいな守銭奴と、私がお似合いだなんて失礼な話ですっ」


 互いに合意を得て円満に話はまとまったはずだが、アニエスはぷりぷりと妙に不機嫌な様子だ。


「ふんっ、どうせ貴方はエイラさんみたいな、セクシーな女性がお好みなんでしょうっ?」


「なっ、だっ、誰がエイラなんてっ」


「……おや、その反応」


「―――っ、ちっ、ちげーよっ! 勘違いすんじゃねえぞ、アニエスっ。エイラもっ」


「あらあら、この子ったら相変わらずお姉ちゃん大好きなんだから」


「だからちげえって!」


「またまたぁ」


「やはりレオンハルト様はセクシーな女性がお好きで」


「ちっ、付き合ってられねえな」


 かまびすしい二人に辟易していると、


「―――おお、今日はアニエス様もご一緒でしたか」


「アイリさん。ええ、私も一応今でも赤銅の剣の一員ですから、たまには顔を出しませんと」


 城壁へ向かう道すがらであるから、自然と他の団員も合流してきた。

 それで沈静化するかと思えばヘルガやカトリまで会話に加わって“えー、レオンハルトってそういうのが”とか“……わ、私も前に胸触られた”とかいっそう盛り上がり始める。

 団長のアイリが止めてくれれば良さそうなものだが、


「赤銅の剣の皆さんっ、今日もよろしくお願いしますっ」


「アイリ団長よ、素敵っ!」


 団員が集まると自然と民衆の注目も引くことになる。

 案外俗物的なところのある団長はぴくぴくと小鼻を膨らませて胸を張り、歓声に手を振り返すのに忙しいご様子だった。


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