第20話 勇者レオンハルトは目を付けられる
「ああ、ここにいたか、レオンハルト。お前、勝手に持ち場を離れるな」
城壁沿いに仮設された資材置き場の物陰で休んでいると、アイリが男を一人引き連れてやって来た。
「はいはい。で、何の用だよ、団長さん?」
すでに何となく察するものはあるが、問い掛ける。
「お前を紹介して欲しいとこちらの方に言われてな」
そう言って、隣りの大男を示す。
いや、大男と言っても身長はレオンハルトと大差ないか。ただ、厚みがまるで違う。レオンハルトとて冒険者として十二分に鍛えているが、この男は何と言うか、ぶ厚い肉の塊と言った様相だ。
「昨夜は良い啖呵だったな、レオンハルトっ。“背中に気を付けろ”か、兵隊相手になかなかあれは言えんぞっ」
大男は馴れ馴れしく丸太のような腕で肩など組んでくる。
昨日からこういった手合い、―――要するにレオンハルトの意気に感嘆したと言う冒険者達が、ひっきりなしに訪ねて来る。これからオーク相手に絶望的な籠城戦だと言うのに、変に担ぎ上げられてはたまらない。こっそり持ち場を離れたのもそのためだ。
「あまりそいつを調子に乗せないでくださいね。何をしでかすか分からない男なんですから」
「はっはっはっ、いやいや、冒険者足るもの、それくらい元気がねえとなっ。お前さんのところがここ最近ずいぶんとご活躍なのも、察するにこいつの威勢のお陰じゃねえのか?」
「う、……ま、まあ、そういう面も無くはないですが」
「やっぱりなっ。いやぁ、お前さんのところの冒険者じゃなきゃ、うちにスカウトしたいくらいだぜっ」
「いえ、それは困りますっ。こんなでもうちの主力の一人ですから」
「なんだったらお前さんのところ、丸ごと面倒見てやってもいいんだぜ?」
「いや、それは」
アイリと大男がレオンハルトを挟んで言い合う。
「……で、さっきから馴れ馴れしいが、あんたはいったい誰なんだよ?」
ぐいっと押しのけるようにして大男の腕から逃れ、問う。
「おっ? お前、まさか俺を知らんのか?」
不快とか嫌みとかでなく、本気で意外そうに大男は言う。
「ああ? なんだ、知らなきゃおかしいか?」
「お前は、本当にこの方を知らないのか?」
大男の疑問を繰り返したのはアイリだった。
「だから知らねえって。組合で見かけた覚えくらいはあるけどよ、自己紹介されたことはなかったはずだぜ」
常にツンツンと上から目線のアイリが妙にへりくだっている当たり、どこぞの大物ではあるのだろうが。
「あのなぁ、この方は“金の爆斧”の団長ギルバート殿だ」
「金の爆斧ってえと、確かでかいパーティーの名前だったか?」
「この辺りで最大のパーティーだ。規模も、実績もな」
「へえ、そいつは知らなかったな」
「ふふっ、アイリ団長。“赤銅の剣”には本当に面白い団員がいるな」
「失礼しました、ギルバート団長」
ちなみに赤銅の剣というのが、アイリが団長を務めレオンハルトが所属する一行の名だ。―――いま思い出したが。
「で、レオンハルト? どうだ、うちに移籍するつもりはねえか?」
「へっ、ごめんだね。これでも俺はうちの団を気に入ってるんでな」
「レオンハルト、お前、そんな殊勝なことを思ってくれていたのか」
アイリはちょっと感動した様子だ。“気に入っている”はちょっと盛り過ぎだったか。
とはいえ、現状移籍する意味を見出せない程度には居心地が良いのは事実だ。元々折を見て抜けるつもりのパーティーだったが、今では団長のアイリを除けばけんけんうるさく言ってくる者もいない。今さらもっと大きな団に移籍して顎で使われたくはなかった。
「……意志は固そうだな」
「まあな」
「ふうっ、まあ無理強い出来るもんでもねえしな」
“意思は固い”と言うほどのものでもなく、例えば副団長なり何なりそれなりの地位や金銭的見返りを用意してくれるなら前向きに考えないでもないのだが、大男はすんなりと引き下がってしまった。
「まっ、これからおっぱじまる戦闘、いや戦争じゃお仲間だ。せいぜいお互い命を落とさねえように気張るとしようや。特にお前さんは、背中にも気を付けねえとな」
「ああ、分かってる」
あの場はメルヴィのお陰で丸く収まったが、兵の中にはレオンハルトを苦々しく思っている者もいるだろう。
「まっ、俺も気に掛けといてやるよ。うちの団の連中にも言っとくわ」
「そいつは助かる」
ぷらぷらと手を振ってギルバートは去って行った。
「さあ、我々も持ち場に戻るぞ、レオンハルト。もはやいつオークが攻めて来るか分からんのだからな」
「はいはい」
アイリに従って、城壁の上の担当箇所へ向かう。冒険者達に与えられた役割は城壁上でのオークの迎撃だ。
「そういえば、あのお嬢様の件、組合の連中は何だって?」
「ああ、特に問題にされずにすんだ。聖心教の方で話を通してくれたらしい」
「へえ、宗教もたまには役に立つな」
依頼の救出対象、それも領主の娘を死んだと偽って報告していたのだから、本来なら重い処罰が下ってしかるべきところだろう。聖心教と言うのは、レオンハルトが思う以上にこの国の上層部にまで食い込んでいるらしい。
「あっ、レオンハルト、一体どこへ行っていたんだ?」
当然、担当箇所ではヘルガ達団員が待機していた。
「ちょいと野暮用でな。…………ちっ、相変わらずうんざりする光景だぜ」
城壁から見下ろすと、そこには緑色の大地。
城外の建物は石造りの頑丈なものだけを残して大半が崩壊している。代ってびっしり並んでいるのがオーク達の巨体だ。
オークの大集団は予想通り昼頃には城下へなだれ込んできた。それから数刻、今ではアリの這い出る隙もないくらいに城外はオークで満たされている。
とはいえ、今のところオーク達からの攻撃はない。オーク達は特に隊列を組むこともなく座り込んだり、住居の残骸を漁ったりと思い思いに過ごしていた。レオンハルトが持ち場を離れられたのもそのためだ。
「援軍はいつ頃来るか分かってるのか、団長?」
「使者が王都へ着くのに早くて三日だから、あと一日。そこから軍を編成してとなると、十日以上は掛かるだろうと言うのが組合の予測だ。近隣の城にも応援を頼んだらしいが、どうもすぐに派兵とはいかないらしい。援軍を出すにしても王都の援軍に合流する形になるだろうと」
「それは、…………まあその方が良いんじゃねえか? いくら早く来てくれたって、たかが城一つの守備兵程度じゃオークどもに簡単に蹴散らされちまう。無駄に戦力を減らすだけだろう」
「むっ。それもそうか。……お前、どこかで兵法でもかじったことがあるのか?」
「兵法って、そんなたいそうなもんかよ。普段オークとやり合う時だっておんなじだろ? 一人二人で突っ込むより、全員まとめて掛かっていく方が良い」
「さすがですね、レオンハルト様。さすがは未来の英雄」
「はっ、なんだそりゃ、―――って、アニエス。来てたのか?」
「はい、兵士や冒険者の皆様に、お食事をお配りに」
「お食事?」
見ると、神官服を着た連中がパンやら保存食やらを配布して回っている。いや、神官だけでなくエイラや近所のガキどもも混じっていた。教会の土地を間借りさせてもらっている、その恩返しと言うことだろうか。
「レオンハルト様も、どうぞっ」
アニエスから押し付けられたのは上等な白パンに燻製肉だ。
「こんなもん、いったいどこから持ち出してきやがった?」
「そちらのパンは大通りにあるパン屋からのご提供ですっ。チーズや燻製は―――」
アニエスが不必要に大きな声で叫ぶ。
「……ああ、なるほど。軍に徴収されるくらいなら教会に寄付してその分宣伝してもらった方が得ってわけか」
「レオンハルト様、考え方が嫌らしいですよ。あくまで善意のご寄進です」
「その割に、お前だけじゃなくパンを配ってる連中全員が触れ回ってるのはどういうわけだよ?」
「これは兄弟子からの指示で、そういう意図では。陰徳は美しいが、善行は秘めねばならないものではないと」
―――なるほど。
どうやらアニエスの上にはやり手の上司が控えているらしい。聖心教が権力を握るわけだ。
そんなことを漠と考えていると―――
「ちょっとハルトっ、冒険者さん達から聞いたわよっ。兵士の方々に喧嘩売るようなことしたんですってねっ」
エイラが肩を怒らせこちらへとやって来た。
「ちっ、お前が城外でいつまでもとろとろしてんのが悪いんだろうが。俺だって戦の前から敵なんて増やしたかなかったよっ」
「……やっぱり、私のせいなのね」
「うっ。何を勘違いしてやがるっ。―――ク、クズ汁屋のババアだっ。ババアの姿が見えなかったからっ」
「あんた、それはちょっと無理があるでしょ」
「――――――ッッッ!!!」
「なっ、なんだ!?」
突如、城壁を揺るがすような咆哮、と言うより豚の鳴き声。
視線を下ろすと、座り込んでいたオーク達は立ち上がり、残骸に執着していたオークもそれを放り出して直立している。
不格好ながらも隊列を組んだオーク達が二つに割れ、そこから一頭のオークが進み出た。
「……古強者、いや、それにしてもでかいな」
遠目にも、他のオーク達とは体格が違う。
頭一つ分、いやそれ以上に背が高く、腹はオークらしく肥満して突き出ているが、腕や脚は筋張り筋肉質だ。もしかするとあれが―――
「…………オークキング?」
誰かがぼそっと囁くと、ざわっと城壁の上がどよめいた。
「ウラギリものをさしだせッ!!」
巨大なオークはたどたどしい人間の言葉で叫んだ。
「ウラギリもの?」
「……裏切者、か? 一体何の話だ?」
続けてオークが叫ぶ。
「オマエらッ、女さしだす言ったッ。オレたち、宝石わたしたッ! でもオマエら、仲間コロシテっ、女も宝石もうばったッ!!」
「女? 宝石? いったい何の話をしているんだ、あいつは?」
「いや、そういやちょっと前にそんな話を組合で聞いたぞ? どこだったかの一行が、オークの巣食ってた砦を落として女とお宝を山ほど持って帰ったとか」
「ああ、そういや俺も聞いたな。え~と、どこの団だったか? 確かあれは―――」
冒険者達は囁き合い、やがてその視線が―――
―――くっそ、移籍の話、受けとくんだったぜ。
赤銅の剣は針の筵の籠城戦を強いられることとなるのだった。