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第2話 未来の大英雄は宝剣を振るう

「おっ?」


 窓の板戸を押し開け、頭から外へ出ようとすると肩が引っ掛かった。


「ぐっ、このっ、おいおい、嘘だろ?」


 腕から。足から。両腕を頭上でぴんと伸ばして飛び込むように。あの手この手を試すがいずれもどこかしらで行き詰まる。

 そうこうしている間に―――


「――――ッッ!!」


 “ぶひぃーー”とでも形容すべき雄叫びが耳を打つ。


「やっべ、見つかった」


 振り返るとオークが屋内へと侵入を試みていた。

 長身のレオンハルトよりもさらに頭一つ分高く、豚そっくりな顔面に似つかわしくでっぷりと肥えた腹と太い手足。体重は倍では効かないだろう。

 リトルフット用の入り口は緑の巨体にはいかにも小さく、身を縮こまらせミシミシと材木を削っている。されどレオンハルトのように完全に詰まることはなく、腹の脂肪を揺らしながら少しずつ少しずつ前進してくる。


「しかたねえ。試し斬りと行くかっ」


 窓から足を抜くと扉へ駆け寄り、手に入れたばかりのドワーフの業物を抜き放つ。

 オークも棍棒に手を伸ばすが壁に阻まれた。つかえているのは腹で、棍棒を差したベルトはまだ屋外だ。


「―――おらっ!」


 右の鎖骨から左の脇腹までばっさりと斬り下ろした。


「おおうっ!? こいつはすげえ」


 下半身を入り口に挟み取られたまま、一瞬遅れてオークの上体がごとりと屋内に落ちる。凄まじい斬れ味だ。


「……ちっ、今さら逃げられねえよなぁ、やっぱり」


 扉の向こうで、他の三頭も樹上の弟分―――アニエスを放置してこちらへ向かってくる。

 レオンハルトは入り口を塞ぐオークの身体をいくつかに斬り分けると、外へ出た。やはりよく斬れる。


「ニンゲンが、やッてくれたな」


 たどたどしい言葉で言うオークは、改めて見ると他のオークよりもさらに一回り身体が大きい。

 古強者ベテランと呼ばれる個体だ。年寄りたち曰く、昔のオークは今よりも大きく凶暴であったらしい。


 ―――まずいな。


 並みのオークなら一対二でも何とかなるが、古強者が相手となると一対一サシでも厳しい。

 他の冒険者一行パーティが戦っているのを物陰から覗き見したことがあるが、剣士に弓使い、それに魔術師というバランスの良い三人組が瞬く間に皆殺しにされていた。

 その上―――


「…………」


 古強者が顎―――というか鼻先をしゃくると、二頭のオークがレオンハルトの左右に回り込む。

 基本的に統制などと言うものとは無縁のオークであるが、古強者の命令には従うと言うのは本当らしい。

 二頭のオークが棍棒片手にじりじりと距離を詰め、あとは古強者の命令を待つばかりと言うところで―――


「―――今だ、やれっ!」


 こちらの方が叫んだ。

 レオンハルトの言葉と視線に誘われて、オーク達が背後を振り返る。


「えっ、えっ、兄貴、なに?」


 そこには意味が分からず慌てふためくアニエスがいるだけだ。

 オーク達がレオンハルトの元に集まった時点でさっさと逃げ出せば良いものを、とろ臭いことにまだ樹上にいる。


「―――ふっ」


 踏み込み、無防備にさらされた古強者の首筋―――人間で言ううなじの部分―――に剣を突き込んだ。剣先はほとんど何の抵抗感もなく骨と骨の継ぎ目を裂き、頭骨内に侵入を果たす。


「あっ、がっ」


 手首を返して脳を抉ると、引き抜いた。緑の巨体が崩れ落ちる。

 これで後は並みのオークとの二対一。


「やろうッ」


 二頭が同時に向かってくる。

 ぴっと一頭の鼻面に剣先を突き立てる。攻撃ではなく、動きを止めるための牽制だ。

 身をひるがえすや、オークの鼻に刺さったままの剣を今度は大きく弧を描くように振りかぶり、振り下ろす。


「ぶひぃっ!」


 鼻面を切り裂かれたオークが悲鳴を上げるが、狙いは振り向いた先のもう一頭だ。


「―――はあっ!」


 正中線に沿って、真っ二つに斬り下ろした。


「よしっ、―――って、あら? う、嘘だろ? せっかくのお宝が」


 業物の刀身が半ばから失われていた。

 見ると両断したはずのオークの身体はかろうじてY字の形に留まっている。

 そして切断をまぬがれた腰骨のところに、剣の中程から先端が引っ掛かっていた。


「くっそ、さすがに一刀両断は調子に乗り過ぎたかっ」


「―――兄貴、後ろっ!」


「おおっ」


 振り向くと、すでに棍棒は眼前に迫っていた。

 咄嗟に腰を落としてかわしながら、こちらも剣を薙ぐ。


「ちっ」


 折れた剣では間合いが足りず、腹の皮一枚を軽くなぞっただけだ。

 オークは鼻先から血を垂れ流しながら、これ幸いと棍棒を振りたくる。


「おっ、とっ、くっ」


 並みのオークと言えど身体能力は人間を大きく上回る。

 荒くれ者揃いの冒険者の中でも偉丈夫で知られたレオンハルトも、嵩にかかって攻め立てられると後手に回らざるを得ない。


「―――兄貴、これ使って!」


 樹上から投げ渡された剣をひょいと避ける。


「ああっ、ちょっ、ちょっと、兄貴ぃっ!」


 アニエスが非難がましく叫ぶ。


「うっせえ、そんな鈍らが使えるか」


 が、敵の注意がいささかでも逸れたのは有難い。オークの視線が地面に転がる鈍らを追っている隙に、自前の剣を抜く

 ドワーフの業物ほどではないが、旧オルタティオ王国の貴族邸を漁って手に入れた悪くはない剣だ。


「ここは慎重に行くか」


 棍棒をかわしつつ、浅く斬り付けていく。

 ぶ厚い肉の塊に十ほども剣を入れた頃だろうか。棍棒を振り回す度、緑の身体がよろめき始める。失血のためだろう。


「終わりだっ」


 駄目押しで内腿を切り裂いた。

 太い血管を断たれて血がぴゅーぴゅーと噴き出すも、すぐにそれは勢いを失い、ばたーんとオークの巨体は倒れた。


「ふうっ」


 二、三度と剣を振って血を払うと、鞘に納める。

 アニエスがするすると樹上より降り、地面に転がる鈍らに跳び付いた。


「よかった、傷ついたりはしてない。もー、兄貴、大切な剣なんだから、雑に扱わないでよね」


 不平を言う弟分を無視して、両断されかけたオークの死骸から折れた剣先を回収する。


「ちっ、いっそのこと宝石だけ引っぺがして売るか? いや、それより鍛冶屋に強引に接いでもらった方が良いか?」


 当然そんなことしても剣としては使い物にはならないが、拵えがこれだけ立派なら見る目のない者に高値で売りつけることは可能だろう。


「よし、その線で行くか」


 一つ頷くと、折れた剣先もまとめて鞘に戻した。


「あとは、……確か古強者を仕留めると連邦政府から報酬が出るって話だったよな。このご大層な牙でも持ち帰れば証拠になるか?」


 猪よろしく下顎から生えた牙が、並みのオークのものより太く立派だ。

 歯茎にザクザクと短剣を入れ、顎に足を掛けて引き抜いた。


「金になりそうなもんはこれくらいか。―――おい、とっと戻るぞ」


 がさがさと再び藪をかき分けて街道へ向かう。アニエスも後に続いた。


「……ところで、兄貴。さっき俺のこと見捨てた?」


「ん? さて、何の話だ? いきなりオークの野郎が現れて、びっくりして外に出てみたらお前が襲われてるもんだから、まったく驚いたぜ」


「いやいや、その前に目合ったよね? なのに顔引っ込めたよねっ!?」


「うっせえ、俺は子守りじゃねえんだぞ。自分の身ぐらい自分で守りやがれ。というかお前な、何を勝手に付いて来てんだよ」


「だって、俺は兄貴に付いていくって決めてるから」


「ったく、他の連中も俺たちが抜けてることにとっくに気付いてるだろうな。なんて言い訳したもんか。お前のせいで面倒なことになったもんだぜ」


「ご、ごめん、兄貴」


「ちっ、とにかくさっさと合流するぞ」


 弟分の詰問を勢いで有耶無耶にすると、足を進める。

 やがて藪の向こうに開けた道と、そこにたむろする人影が見えた。


「ちっ、まずいな。わざわざ俺たちのことを探し回ってでもいやがるのか?」


 本来ならもっと先まで進んでいるはずだ


「ど、どうするの、兄貴?」


「適当に俺に話を合わせろ。行くぞ。―――やーやー、みんな、待たせちまったか? 物陰に怪しい影が見えたもんだから確認に行ったら、まさかの古強者でよ。ああ、心配するな、俺の方でしっかり片付けたからよ。いやぁ、危ないところだった。隊が襲われていたら被害は甚大だったな。―――って、あら?」


 さりげなく言い訳、というより手柄話を主張しながら街道に出ると、そこには―――。


「レ、レオンハルトっ、てめえっ、見張りもしねえでどこに行ってやがった!? ―――ぐはぁっ!」


「かってにしゃべるな、ニンゲンッ」


 冒険者一行パーティの団長が緑の拳に殴り飛ばされる。

 そこには武器を取り上げられた丸腰の冒険者達と、それを取り囲むように十数頭のオークの姿があった。



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