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第19話 勇者レオンハルトはけしかける

「おいっ、ちょっと待ちやがれっ。城門を閉めるのは明日まで待つって話だろうがっ」


 城門の仕掛けに向かう門番の前に、レオンハルトは立ちはだかった。


「確かにそういう連絡はあったが、それはそれ。夜間は城門を閉ざす決まりだ。本来なら日が落ちると同時に閉めるところを、むしろこれでもずいぶんと待ったほうだ」


 胸に隊証を付けた、この場の責任者とおぼしき兵士が言う。


「それじゃあ明日まで待ったとは言わねえだろうがっ」


「通常任務を放棄せよとの命令は届いていない」


「そんなもん、明日まで待つって決まった時点で放棄に決まってんだろうが、あったまかてえ野郎だなぁっ。…………いや、違うな。初めから連邦の連中はそのつもりだったってわけかっ」


「と、とにかく、ここで文句を言われても私たちの一存ではどうすることも出来ん。何か意見があるなら上の者に掛け合ってくれ」


「じゃあ今すぐご意見ご注進に行ってくっから、話が決まるまで閉めるんじゃねえぞ」


「そういうわけにはいかん。門は一度閉めるから、改めて開ける許可を貰ってくるんだな」


「ふざっけんなっ!」


 一度門を閉めさせてしまえば、ごちゃごちゃと理由を付けて開門を拒否されるのは目に見えている。そもそも非戦闘員など極力城内に受け入れたくないと言うのが連邦政府の考えだろう。


「おい、レオンハルトっ。そうやってすぐにもめ事を起こすなっ」


「おいおい、何を揉めてやがるんだ?」


 アイリ達パーティ―メンバーや他の冒険者達、それに避難民達が騒ぎを聞きつけて集まって来る。


「こいつらひでえんだよっ! 明日まで待つって約束だったはずなのに、もう城門を閉めるっつーんだっ!」


 これ幸いと煽り立てる。


「はあっ、なんだそりゃあっ!」


「話が違うじゃねえかっ!」


 避難民はもちろん、冒険者達も怒号を上げる。

 城内に住居を持てるほど上等な暮らしをしている冒険者など数えるほどだ。大半の冒険者にとっては家族や知人を捨てろと言われているのと同じである。


「くっ、貴様ら」


 門番は総勢で二十名ほど。冒険者は五十名を超え、避難民はそれ以上だ。


「こ、この場の指揮権は私にあるっ。もちろん、お前たち冒険者達も私に従ってもらうっ」


「おうっ、冒険者風情はお偉い兵士様の命令に従えってか? ―――へっ、オークとの戦闘がおっぱじまったら、せいぜい背中に気を付けることだなぁっ!」


「―――っ」


 大勢を味方に付け、レオンハルトは強気に脅し付ける。

 ビクついた兵達が思わずと言う感じで槍先をこちらへ向け、冒険者達も得物の柄に手を掛けた。


「…………」


「…………」


 兵と冒険者でにらみ合いとなった、はからずもレオンハルトが冒険者側の代表者と言う立ち位置で。


「お、おい、レオンハルトっ、どうするつもりだ? お前のことだ、何か考えでもあるんだろう?」


 アイリがコソコソと耳打ちしてくる。

 いや、男性としても長身のレオンハルトと女性の平均的な体格でしかないアイリでは身長差があるから、耳を取って強引に頭を顔の高さまで引っ張り降ろされていた。コソコソと言えるほど潜めてはいない。


「そうだな、とりあえず冒険者みんなであいつら袋にして、どっかに放り込んどくか」


「なっ!? ほ、本気で軍と敵対するつもりかっ?」


「こうなっちまったらもう後には引けねえだろうっ」


 当然、レオンハルトとしても大事になるのは本意ではない。脅しに屈してくれればと他の冒険者達をけしかけたが、失敗だったか。袖の下でも握らせて様子を見るべきだったか。

 いずれにせよ、もう遅い。すでに一触即発の空気だ。


「お、お前の小賢しさだけは少しは買っていたというのにっ。こ、こんな考えなしの行動をするとはっ」


「心配すんな、この場は数で勝てる。この城全体で考えても、兵士より冒険者の方が数も多けりゃ実戦経験も上だ。問題ない、勝てる勝てる。……いや、冒険者の中にはお貴族様に付く奴らもいるか? だったら下手に数なんか集めるより、ここにいる連中だけで―――」


「ま、待て待てっ、お前、戦争でもするつもりか?」


「仕方ねえだろう、団長も覚悟を決めろ」


「お、おい」


 耳を掴むアイリの手を振り払い、レオンハルトも聖剣の柄に手を掛ける。


 ―――あなたはその剣でオークの王を討ち、やがて大帝国を築くのです。


 ふと、アニエスの言葉が脳裏に浮かんできた。

 国を築く。まるでピンと来ない話だったが、ここで冒険者たちの中心人物として軍を退け、そのまま領主や連邦政府の連中を追い出してしまえば、一国一城の主も夢ではないのか。大帝国どころか、今まさにオークの軍勢に襲われんとする風前の灯のような国ではあるが。


「はっ、俺としたことが。あんな宗教狂いの妄言を真に受けるやつがあるか」


「―――いったいこれは何の騒ぎですか?」


 独り言ちた瞬間、その少女の声が響いた。避難民達の人波が割れ、白装束の一団が進み出る。

 十数人いて、女性は頭部を覆うベールにゆったりとしたローブと、アニエスとよく似た格好だ。と言うか、先頭にいるのがそのアニエスだった。


「兵士の皆様、何故守るべき民に槍を向けているのです? 冒険者の皆様、こんな時に諍いを起こしてはいけません。オークの軍勢を前に人間同士で仲間割れなど愚の骨頂っ。皆さん、一致団結して事に当たらねば」


「聖心教の連中か。お前たちの相手までしている暇はない。うせろうせろっ」


「お、おい、やめないか。乱暴な口を利くな」


 兵士の間にも聖心教の信者がいるようで、小さなもみ合いが生じた。

 このまま兵同士で潰し合ってくれれば、冒険者と軍の問題ではなく兵士個人間の問題で片付くが―――


「お前たち、鎮まらないかっ。―――神官様方、我々に何かご用向きでもおありでしょうか?」


 最終的には例の隊証を付けた門番が諍いを収め、アニエスたちに頭を下げた。


「避難してきた方々を何かお助け出来ないかと思い、来させて頂いたのですが。これはいったい何を揉めているのです?」


 アニエスに代わって隣の別の女神官が門番を問い質す。


「いえ、我々は上からの命令に従い、城内の安全を確保するために城門を閉めようとしているだけなのです。それをこの道理をわきまえぬ冒険者達が―――」


「上、と言うのはどこからです? 国王陛下ですか? いえ、王都に居られる陛下はまだこの事態を把握すらしていないはず。ではこの地に居られる連邦政府の方々ですか? しかしこの城郭はエクシグア王家よりヴァ―サ家が与えられた物。いかに連邦政府と言えど、他国の者に口出しする権利はないはずです」


「そのヴァ―サ家の御当主様からのご命令です」


「―――っ。ああっ、そこまで堕ちてしまわれたのですか、お父様っ」


「お、お父様? あ、貴方様はもしやっ?」


 兵の中に“彼女”の顔を知る者がいたらしい。そう、先刻から神官たちを代表して兵とやり取りしているのは―――


「私はメルヴィ・ヴァ―サ。この地を守護する第十三代ヴァ―サ家当主の娘、メルヴィ・ヴァ―サです」


 先日オークの山砦から救い出した娘だ。家を捨て教会に身を寄せているが、元はこの地の領主の一人娘である。


「おっ、お嬢様っ!?」


「お、お亡くなりになったとお聞きしましたが」


「この通り健在です。あなた方にもう一度問います。まだ城外に残る人間がいると言うのに、城門を閉じろと命じたのですか、―――お父様が?」


「それは、その。わ、私もご領主様から直接ご命令を頂いたわけではありませんから。ただ、夜間の閉門作業は通常通りに行えと」


「……では父ではなく、頭の固い誰かが勝手に命じたと、そういうわけですね?」


「えっと、……は、はい。そういうことになるかと」


「だったら冒険者の皆様にお止め頂いて良かったではないですかっ。もし城門を閉めて民を締めだしただなんて後から知れたら、慈悲深いお父様のこと、きっとあなた方に処罰を下すでしょう」


「そ、そうですかね?」


「はいっ、そうに決まっています。娘の私の言葉が信じられませんか?」


「それは、…………はい、分かりました」


 なかなか上手い落としどころだ。

 有りもしない“領主の意向”を盾に命令を覆してしまった。下手に藪をつつけば“領主の真の意向”が現れる可能性もあるところを、曖昧なまま押し通した。

 父への疑念から城持ち貴族の家を捨てて教会に入るくらいに潔癖な女だが、こういう腹芸も出来るか。


「さあ、兵士の方も冒険者の方も武器を収めてください。……ここは少し暗いですね。もう少し火を焚きましょうか。避難してきた方々が暖も取れますし。あ、そちらの冒険者の方、確か火の魔法をお使いになれましたよね? 兵士の皆さん、冒険者の皆さん、薪を組んでいただけますか?」


 領主の娘だけあって人を使い慣れているのか、メルヴィがてきぱきと指示を飛ばし始める。


「よ、よし、やるか。えっと、薪は……」


「兵舎の裏にあるのを使ってくれ」


「俺達も、何か手伝えることがあれば」


 兵士と冒険者が足並みをそろえて動き始める。避難民の中にも協力を申し出る者がいて、城門前がにわかに騒がしくなった。


「―――え~と、これ何ごと?」


「エイラっ。ったく、遅かったじゃねえかっ」


 つんつんと脇をつつかれ、視線を向けるとようやくの待ち人の到着だった、。


「いやぁ、クズ汁屋のお婆ちゃん、避難する人達の中にいなかった気がしたからさぁ。様子見に行ったら案の定寝てたって」


「ちっ、クズ汁屋のババアかよ。放っとけば良いだろうによ」


「そんなわけにはいかないでしょ。クズ汁屋のお婆ちゃん、母さんの友達だったんだから。あんただって昔は世話になったでしょうが」


「……んあ? 何だい、ここは? 何だって城内になんて? と言うかあんたら、今、あたしの絶品スープのことクズ汁とか何とか言っていなかったかい? あんたらがここまで大きくなれたのは、栄養満点のあたしのスープのお陰なんだからねっ」


 エイラの背中で眠りこけていた婆さんが顔を上げてケチをつけ始める。耳も頭もずいぶん鈍くなってるが、悪口だけはしっかり聞き取る。


「あーあー、分かった分かった。婆さんの作るスープは最高だよっ。……エイラ、教会の場所は分かるな? 他の連中もそっちに避難してるから、お前も」


「貴方はどうするのよ、ハルト?」


「俺は今から仕事だ」


「そっか、気を付けなさいよね」


「へいへい」


 “さっさと行け”と、レオンハルトはしっしと手を振った。


「あら、ずいぶんななさりようですね、レオンハルト様。もう少し素直になられては? エイラさん、実はですね、レオンハルト様はエイラさんのために軍と―――、むがっ」


「てめえは黙ってろっ、アニエスっ!」


「あっ、ちょっとハルトっ。女の子の顔をそんな気軽に触らないのっ!」


「うっせえっ、お前はさっさと教会行けっ」


「えー、ちょっと何よ? お姉ちゃんにも教えなさいよ~」


「いいからっ、さっさと行きやがれっ!」


「はいはい。もー、すぐ邪険にするんだから。姉さん、悲しいわっ」


 わざとらしく泣き真似などしながら、エイラは老婆を背負い教会へと去って行った。


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